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リアトリス  作者: 高速処女膜
第一章 誘いの仮面編
5/25

5 鏡の国散歩


 (う、うう……)

 

 薄いカーテンのかかった窓から差し込む柔らかい朝の日差しでユーリは目を覚ました。


 (朝?)


 普段ユーリは早寝早起きの規則正しい生活を送っている。しかし昨晩の疲れからか、今日は随分と寝てしまったような気がした。

 ぐぅ〜とお腹が鳴る。そういえば昨日から何も食べていない。昨夜に案内所のカイリから食事に関しては鏡の国での生活が安定するまで、日に二食は受付に申請すれば提供して貰えると聞いていた。

 

 のそのそと起き上がったユーリは洗面台の前に立ち首をかしげる。

 蛇口はあるのだが操作できそうな部分がない。自動で出て来るのかと手をかざしてみたがうんともすんとも言わなかった。

 

 (どうやって使うんだろ?)

 

 ぼーっとしながら考えていたユーリだが、蛇口に刻まれた太陽のマークに気づく。中央には赤い宝石のようなものが嵌め込まれている。

 試しに手で触れてみると、宝石が淡く輝きサーと蛇口からお湯が出てきた。どうやらこのマークで設備を使えるようになるらしい。

 軽く顔を洗った後もう一度マークに触れると光が消えて水が止まった。

 さっぱりして少しだけ頭が冴えてきたユーリは自分の置かれた現状を思い出す。


 (昨日のカイリさんの話だと、帰る手段はないってこと?)


 着の身着のままでよく分からない世界に放り出されて、帰り方も分からないということに薄らと涙が滲んでくる。

 ぐう〜。再度鳴ったお腹の音で我に返った。


 (とりあえず、ご飯を食べよう)

 

 そう考えてユーリは軽く身支度を整えると部屋を出て案内所のオフィスに向かった。



 * * *



 「すみません……」

 

 ガチャリと扉を開けて中に入る。


 「あらあら、おはようございます。昨晩はよく眠れましたか?」

 カウンターに座って作業をしていたカイリがユーリに声をかけた。

 

 「はい……あとお腹が減って死んじゃいそうです」

 

 それを聞いたカイリはフフフと笑うとこちらへどうぞと案内してくれた。


 「奥の食堂でこの食券を渡して下さい。食べ終わったら昨日の続きと街の案内をさせてもらいますね」

 そう言うとカイリは数字の書かれたプレートを渡してくる。

 

 「ではごゆっくり」

 

 ユーリはカイリに礼を言うと部屋の奥へ向かう。昨夜はカイリ一人だったが、今は他に数名の職員が働いている。それぞれが利用者と思われる人達とカウンターで向かい合って話をしており、随分と忙しそうだ。


 食堂では少しぽっちゃりとした犬耳の生えた……というかより犬に近い顔立ちの女性がエプロン姿で動き回っている。

 今まで一人で外食した経験がほとんどないユーリはいまいち勝手が分からず、どうしたものかと立ち尽くしていると、こちらに気付いたのか彼女が歩いて来る。

 

 「お食事ですねー。食券はお持ちですか?」

 

 問いかけられるも、ユーリはインパクトのある見た目にぼうっと顔を眺めてしまった。

 

 「あのー」

 

 再度の問いかけにようやく反応する。

 

 「あっ、すみません。食券ですね」

 慌てて食券を渡す。彼女はクスリと笑った。

 

 「獣人はいない世界の方ですかね? そういった方にはよくそんな反応をされます。すぐ料理をお待ちするのでそこの席でお待ちください」

 「い、いえ。失礼しました」


 ユーリは一言謝ると案内された席に着く。

 程なくして料理が運ばれてきた。ワンプレートの料理でお米のようなものに野菜や肉が添えられソースがかかっている。

 

 「人間さん向けにお出ししている料理になります。苦手なものがあれば言って下さいね。あっ、あとアタシはリヤっていいます。ここのウェイトレスをしているのでまた顔を合わせるかも知れませんね。よろしくお願いします」

 

 そう自己紹介するとリヤはユーリに軽く手を振って仕事に戻って行った。

 ほかほかと湯気の立っている料理を前にしてユーリのお腹は悲鳴を上げている。


 「いただきます」


 あまりの空腹にユーリはかき込むように料理を平らげていく。複雑な味わいではないが塩気がしっかりと聞いており、反対に甘めのソースがいいコントラストになっている。

 完食するのに時間は掛からなかった。

 喉を潤すために出された水を飲んでいるとカイリがこちらに歩いてくる。


 「お味はどうでしたか? 結構いけません?」

 「はい、美味しかったです!」

 「お腹一杯になったら少しお散歩しましょうか?」


 そう言われ、ユーリは席を立って食器を返却口に戻すとカイリについていく。


 「忙しそうですけど、時間は大丈夫なんですか?」

 「これも鏡の国にいらっしゃった方全員に実施している業務なので大丈夫ですよ。それにユーリちゃんくらいの子がいきなり外を出歩いたら危ないですからね」

 やや単純というか物怖じしない性格ではあるが、ユーリもまだ十四歳の少女である。見知らぬ土地を一人で歩き回るのは危険だろう。


 「それなら、よろしくお願いします」

 「はい」


 (ウフ、ユーリちゃんとの合法デート♡  役得ですわぁ)


 「……え」

 カイリから僅かに感じる暗い気配にたじろぐユーリ。

 「どうされましたか? ユーリちゃん」

 「い、いえ」

 ユーリの感じた違和感は、カイリのニッコリ営業スマイルの圧力で強引に掻き消された。


 その時、他の職員からカイリに声が掛かる。


 「……すみませんカイリさん。ちょっといいですか」

 「どうされましたか?」

 「それが……先ほどマギクラッド導国の騎士という方がいらっしゃいまして、何やらユーリさんを連れてきた男性について話が聞きたいそうで。カイリさんと、出来ればユーリさんもご一緒に来て頂けると」

 「隣国の騎士がわざわざ……騎士殿はカウンターでお待ちですね? すぐに向かいます」

 

 カイリは職員にそう伝えるとユーリに向き直った。

 「すみませんが少しお付き合い頂いてもよろしいですか?」

 話に出てきた男性というのは恐らくクロウのことだろう。ユーリも勿論そのつもりだった。

 

 「分かりました」



 * * *



 カウンターの椅子に一人の男が腰掛けながら湯気の立ったコップを傾けている。向かってくるこちらに気づくと先に声を掛けてきた。


 「お忙しいところすみません。マギクラッド導国騎士団捜査課所属のエウレカ・オーツと申します。少々お話を伺いたいのですが、お時間はよろしいですか?」

 

 見たところユーリの父と同じくらい、四十歳そこそこの年齢だろうか。軍服のような装いと灰色の髪の毛を短めに刈り込んだところまではいかにも騎士といった感じだが、着ている軍服は長らくアイロンが入っていないのかよれよれで、無精髭とレンズの曇ったスクエアの黒縁眼鏡から覗く気怠そうな視線が雰囲気を台無しにしていた。


 「案内所職員のカイリと申します。こちらが昨晩に鏡の国に来られたユーリさんです。ここでは手狭ですし奥の会議室にご案内致しますね」

 

 カイリはそう言うと、エウレカと名乗った男とユーリを連れてパーテーションで仕切られた会議スペースに移動する。

 ユーリはカイリに手招きされ、彼女の隣に腰掛けた。


 「それで、昨夜にユーリさんが会った男性について聞きたいとのことでしたが?」

 

 カイリの問いかけに男が答える。


 「まぁ、大した話ではないんですがね。マギクラッド導国と他地域で色々と揉め事を起こしてる指名手配犯を追いかけてお邪魔している次第でして。少しばかり捜査に協力して頂けないかなぁと」

 「つまり、ユーリさんを連れてきた人物がその任務に関係すると」

 「ええ。最後に掴んだ足取りからこのベルシュカ市に来ているのではないかと市内の騎士団本部で男の聞き込みをしたところ、昨日の夕方頃に丸渕眼鏡に黒ずくめの若い男が案内所に女の子を連れて行ったと聞きまして。詳しい風貌などを教えて頂けますか?」

 「なるほど、お話は理解致しました。恐らく、その女の子というのは昨晩ここにいらっしゃったユーリさんで間違い無いかと思われます」

 

 カイリがユーリに向き直る。


 「ユーリちゃん、この案内所にいらっしゃった経緯をお話して頂いてもよろしいですか?」

 

 その言葉にユーリは頷く。エウレカという騎士曰くクロウは指名手配犯らしいが、彼は悪魔に襲われていたユーリを助けてくれた。そのことはしっかりと伝えたい。

 ユーリはクロウの風体や案内所までのあらましをエウレカに説明した。


 「あっ、あの。九郎君が指名手配って……九郎君は私を助けてくれて……」


 やや口篭りながら話すユーリに、エウレカはクロウについて教えてくれた。

 

 「ユーリ君はここに来たばかりだろうから知らないだろうけど、ベルシュカ市は鏡の国の()()に近い――いわゆる外境と呼ばれる地域でね。果ての向こう側からやって来る悪魔が多い。彼は外境近くの町で悪魔狩りの請負みたいな事をしてるみたいなんだけど、基本的に悪魔の対処は騎士の仕事だから、バッティングして揉め事を起こすことも多いんだよね。まぁ安心してよ。何も殺せと言われてるわけじゃない。抵抗しなけりゃ命は取らないさ」


 エウレカはそう言うと気だるそうな様子でぐっと伸びをする。

 「しかし、仮面の男……ね。その件はベルシュカ市の騎士団に共有しておきます。念のため遅くに一人では出歩かないように」

 「分かりました」

 エウレカの言葉にユーリは素直に返事をする。元より勝手の分からない今、何の案内もなく外出はできない。


 「まぁ、話はそれだけです。とりあえず私はベルシュカ市の騎士団本部に戻ります。ご協力ありがとうございました。名刺をお渡ししておきますので何か分かればご一報下さい」

 

 ユーリ達にそう礼を述べるとエウレカは案内所を出て行った。


 「カイリさん……」

 「心配なのは分かります。指名手配の件はどうしようもありませんが、あくまで捕縛するつもりのようですし大丈夫ですよ。どうやらエウレカ卿は伯爵(アール)位をお持ちなようで、アレで実力者のはずです。クロウさんを怪我なく捕まえてくれると思いますよ」


 カイリがエウレカが去り際に渡した名刺を見ながらユーリを励ます。

 ユーリには伯爵だかはよく分からなかったが、カイリがこちらを心配してくれていることは嬉しく思った。


 「ありがとうございます、カイリさん」


 少し心配が薄れたユーリはカイリに礼を述べる。


 「ふふ。では気を取り直して市内を少しばかりお散歩をしましょうか!」

 「はい!」


 

 * * *



 ベルシュカ市北部に存在する国際鉄道の駅舎。商業施設やホテルも併設されたその巨大な建物は鏡の国に存在する三つの国と一つの共同統治領を繋げる経由駅の一つである。

 鏡の国案内所はその鉄道駅舎から市内のど真ん中を南端まで伸びる大通りにあるらしい。


 今ユーリはカイリのガイドでゆっくりと大通りを北上していた。


 ユーリが見るベルシュカ市の景色は見慣れたものとそうでないものが入り混じり混沌としている。

 道路には馬車も車も走っているし、近代的なビルの横に大木をくり抜いたツリーハウスが並び、大きな池には半魚人が泳いでいる。道を行き交う人々も先ほど会ったリヤのような亜人もいればドロリとしたスライム状の塊も、子供ほどの体格をしたツルツルした銀色の人らしき何かも闊歩している。


 (宇宙人……じゃないよね?)


 「色々な世界から色々な種族の方がいらっしゃって、同時に様々な技術や生活様式が持ち込まれるので、どの街に行ってもこのような多様というか雑多な景色がよく見られます。でも、かつて〈叡智の方舟〉(ARDC)の本部が存在したキャルゼールや〈残光の女王(ローライト〉)が治めるクリスタルシャトーは街並みも統一されていて非常に美しいと聞きますね」


 カイリの説明を聞きながらユーリは改めて今まで住んでいた場所との違いを感じる。

 昨日は夜だったこともあり、あまり周囲の景色には気を配れていなかったが、日中の街はユーリにとってはかなり異質な空間に感じられた。

 

 (ここは本当に違う世界なんだ……ちゃんと帰れるのかな?)


 ユーリが不安になって顔を曇らせているとカイリが声をかけてくる。


 「大丈夫ですよ。ちゃんとこの世界で暮らせる様になるまで、しっかりとサポートさせて頂きますから」


 明るく言うカイリにユーリは元の世界へと帰りたいことを伝えようとしたが、昨晩同じことを言った際のカイリの表情を思い出した。

 あの時のカイリは今の柔らかな様子とは似つかない冷たい雰囲気を感じた。

 ユーリは思い直して別のことをカイリに尋ねる。


 「この鏡の国には王様がいるんですか?」

 もしかしたら王様であれば元の世界の帰り方について何か知っているかも知れない。

 「そうですね。まずはこの世界の簡単な成り立ちを説明しましょう」


 カイリは前置きをすると話し始めた。


 「ここが鏡の国と呼ばれているのはかつて存在した巨大な統一国家に由来します。その国は永らく平和だったそうですが、いつしか内乱が頻発し沢山の国に別れてしまいました。それから長い間戦争が続いていたんですが、今は強大な力を待つ三人の〈光の王〉と号される方々がそれぞれの国を治めています」

 「戦争……」

 「今は心配いりませんよ。国家間の仲は良好のようですし。先ほどいらしたエウレカ卿のように他国の騎士と協力することも当たり前になってきました」


 カイリはにっこりと笑うとユーリの前で両手を広げる。


 「そして今いるここは三国のうちの一つ、『炎陽帝』ソリス様の治めるソル=ソレイユ煌国の都市の一つ、ベルシュカ市です。といってもベルシュカ市は外境に位置するので結構辺鄙な場所なんですけどね」


 そう言ったカイリは少し真面目な様子になる。


 「先ほどエウレカ卿が世界の果てのお話をされていましたが、この世界には明確に世界の果てがあります。果ての向こう側は悪魔の領域とされていますし、ベルシュカ市の近くでも危険な獣もいます。一人でベルシュカ市の外に出てはいけませんよ」

 

 カイリに強く念を押され、昨晩の悪魔を思い出したユーリはこっくりと頷いた。


 「ユーリちゃんがクロウさんと出会ったクロイネの森も、森の深部は獰猛な獣の生息域ですし、最近は行方不明事件が度々起こっています。ユーリちゃんも危なかったようですし、クロウさんには感謝しないといけませんね」


 (そういえばどうして九郎君はあの森にいたんだろう?)

 臭いがどうとか言っていたような覚えはあるが、昨日はユーリも混乱していてよく覚えていなかった。


 「さて、難しい話はこんなところにしてお茶にしましょう♪ 近くにいいお店があるんです。また帰ったら難しい話をしないといけませんし、今はたっぷり()()()を楽しみますよ!」

 「はい!」

 デートという発言に少し疑問を覚えつつも、柔和な笑顔を浮かべるカイリにつられてユーリは笑うと、彼女に着いてベルシュカ市の雑踏の中を進んで行った。

 

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