3 ユーリとクロウ
「だーからすまんって。俺が悪かったからそろそろ許してくれよ」
さっきからこの謝る気のないような謝罪を繰り返しているのは、丸渕眼鏡をギラギラと光らせながらどこか不敵な表情を浮かべる黒髪の青年である。
歳の頃は17〜18歳だろうか。黒のジャケットにこれまた黒のズボンに黒皮の手袋。黒ずくめではあるが奇抜というほどではない。肩に引っ掛けた小包ほどの小さな鞄が唯一身につけているものだ。
「助けてくれたのには感謝してます。でもあんなにジロジロ、しかもいやらしい目で見るのは最低です!」
暗い森を歩く二つの影。少女の影は青年の影からやや離れていて早足だ。
あまりの凄惨な光景に気絶した少女が目を覚ました時、青年は少女のほっぺたを突きながらいやらしく笑っている‥‥ように見えた。
「いやー早く起きないかと思って暇つぶししてただけなんだよね。別にいやらしい気持ちとか一切なかったからホント」
青年の口調は軽い。が、助けて貰ったのも事実なので今回の件はそれでなかったことにしようと考える。
「もういいですけど、次はないですよ!」
強い口調で言い放つ少女。まだ十四歳の彼女にセクハラまがいの行為をいかに対処するかなんてスキルは持ち合わせてなかった。
「そーいえば、名前は何なんていうんだ?」
青年が問いかけに少女は歩みを止める。
「浅見、浅見由有莉です」
「ユーリちゃん?」
「ユーリちゃん!?」
青年のいきなりの名前呼びに驚くユーリ。
「ユーリちゃんだろ?」
「……それでいいです」
ユーリははぁ〜とため息をつく。
「そういう貴方は何ていうんですか?」
「俺はクロウだ」
「九郎さん?」
「ん? なんか違うような‥‥まぁいいか。よろしくな」
「はい、よろしくお願いします。ところで九郎さん、ここはどこですか?」
「ここ? ここはクロイネの森だな。もうすぐ街道に出れるから、そこから三十分もしないうちにベルシュカ市に入れると思うぞ」
「そうですか。ってそれも知りたかったことですが、そもそもここはどこですか? ベルシュカ市なんて聞いたこともないんですが‥‥」
問いかけるユーリにクロウはやはりというように答えた。
「やっぱり別の世界から来たばかりなんだな。ここでは多いよ、そういう奴は」
「別の世界?」
「まぁ詳しいことは案内所で聞いてくれ。いちいち説明すんのも面倒臭ぇ。腹も減ったしさっさと街に戻るぞ」
言うとクロウはズカズカと歩き始める。
「あ、待ってください!」
先ほどとは一転して、ユーリは慌てて彼の後を追いかけるのだった。
* * *
森を出てそれなりに整備された街道を半時間ほど歩くと巨大な城壁が現れた。ぐるりと街を囲っているのだろう。城壁はユーリの視界のずっと先にも続いている。
(城壁……なんだか映画みたい)
道中クロウに聞いた話によると、街道には人を襲うことのある獣の他に悪魔が出ることがあるらしい。
ユーリが襲われた犬のような怪物も恐らく悪魔だろうと。そういった外敵の存在から街を守るために城壁が備えられているのだろう。
既に辺りは真っ暗になっており、街に入るための門はまだ開いているが、通行する人は見当たらなかった。
「おーい、あんたら。入るなら急いでくれよ」
人影は見えないがどこからかこちらを確認しているのだろう。門横のスピーカーから門兵の声が聞こえてくる。
「悪いねー。ほらユーリちゃんも急いで急いで」
そう言って手招きするとクロウは早歩きで門を抜けて街の中に入る。慌ててユーリも後に続いた。
ほとんど土のままだった街道に比べると門の内側に広がる街並みはユーリが想像していたよりも近代的であった。
古めかしい木造・煉瓦造りの家もあるがビルのような建物もちらほら見える。道路も舗装されており、脇には街灯が設置されていて夜闇を照らしていた。
「ここは‥‥」
クロウにトコトコとついて行きながら自分の知る景色とは異なる光景にボーッとしていると、クロウかが立ち止まってユーリの方に振り向いた。
「ここが案内所だ。他の世界から来た連中の世話をしてくれるところでどこの街にもある。困ったら行けばいい」
それだけ言うとクルッと踵を返し後ろ手に手を振りながら歩き去ろうとする。
「えっ。どこ行くの?」
「世話してくれるって言っただろ。説明やら家やら仕事やらなんとかしてくれるから入ってみるといい。来たての奴を案内所に連れて行くのは珍しいことじゃない。まぁ元気でな」
そういうとクロウはさっさと歩き去り、黒ずくめの装いはすぐに夜闇に溶けていった。
残されたユーリは少し呆然としていたが、クロウの言葉を思い出し案内所の方を向く。
〈鏡の国案内所〉。そう書かれた看板はビルの一階部分に付けられており、もう遅い時間ではあるがすりガラスになっている扉の向こうはまだ明かりがついていた。
途方に暮れたユーリはおずおずと扉を開く。
「すみません‥‥」
「あら、いらっしゃいませ。どうぞこちらにお掛けになって下さい」
ユーリが扉をくぐると、事務所内を箒で掃除していた女性が声を掛けてきた。案内所の内装は簡素で、たまに両親と訪れる役所のようだとユーリは思った。
案内されたユーリが椅子に腰掛けると女性も向かいに座り和やかな笑顔を浮かべる。
ユーリよりも一回りは年上に見える女性は艶やかなロングの黒髪と右の口元にあるホクロが印象的で、ティアドロップ型の眼鏡から覗くおっとりとした瞳に同性のユーリもドキリとしてしまった。
「もしかして、ここに来られてすぐの方ですか?」
「は、はい。そうだと……思います」
ややドギマギしながら答えると女性はユーリを見つめながら少しダラシなく笑った……ように見えた。
「ありゃ、かわゆい女の子なのに大変ですね。安心して下さい。誠心誠意、私がお世話致しますので!」
心なしか女性の笑みには邪な何かが感じ取れる。
(だ、大丈夫かな……?)
「こほん‥‥」
やや引き気味のユーリの様子を見て普通の笑みに戻った女性はお茶を出しながらユーリに名乗る。
「初めまして、鏡の国案内所ベルシュカ市支所で働いておりますカイリと申します。ようこそ、鏡の国へ!!」




