22 エピローグ
明け方、エウレカ達の部隊が遺跡の中心部に到達した時には既に誰の気配もなく、直前まで行われていたであろう戦闘の跡のみが残されていた。
騎士たちは現場の検証を行いつつ何組かに分かれて周辺を探索したが、追跡できるような痕跡は残されておらず、昼前にはベルシュカ市へ撤収。エウレカも騎士団本部に戻っていた。
* * *
ベルシュカ市騎士団本部。
その一室にて一組の男女が机を挟んで向かい合っている。
「ーーとまぁ、以上が先の任務における報告です。電子の仮面は消息不明。触媒も見つかっていませんが、状況から考えるにユーリという少女を使って高位悪魔の召喚を試みたでしょう。その後、私の部隊が到着する前に移動していたかと」
「結局、奴の思い通りというわけですか。エウレカ卿は今回の騒動における奴の目的とその後の移動先について何か推測できることはありますか?」
カチャリと指で眼鏡の蔓を押し上げながらスケッチ少佐が目の前にいるエウレカに訊ねる。その問いにエウレカは少し間を置いて、逆にスケッチ少佐に質問を投げかけた。
「そのことですがスケッチ少佐……電子の仮面が本部内に侵入した際、わざと奴を見逃しませんでしたか?」
「……何のことでしょうエウレカ卿。おっしゃっている意味が分かりませんが」
普段は気の抜けているエウレカの表情だが、今はやや硬い。
「まどろっこしいのはなしにしましょう。いくら電子の仮面が優秀でも高位悪魔を召喚できる触媒の情報なんてのは国家の最高機密。そう簡単には入手できない。保管場所も定期的に変更されている上に、輸送には〈転移門〉が使われていて手出しは難しい。しかし、ヤツは以前に引き起こした研究所襲撃から半年以上、触媒が来るのを待っていた。スケッチ少佐、貴女がいるこのベルシュカ市にね」
「どうして私が電子の仮面手引きしたと?」
「奴が用意した機密保管庫の許可証には扉の術式に対応した市長と騎士団司令官の燦術が仕込まれている。これを用意できるのは本人しかいない。それに研究所を破壊したときは職員を皆殺しにした奴が、本部内に侵入したときにはサミュエル氏も含めて誰も殺さなかったのも不可解だとずっと思っていてね」
「込められた術式が異なりますから私の側では市長の術式は偽造出来ませんし、狂人の殺人基準など知りえません。それにお忘れではないでしょうが、エウレカ卿も独断で連れ出した手配犯を見失っていますね。その件はいかがされるおつもりで」
スケッチ少佐の表情は変わらない。それを見て少しエウレカが声を荒げた。
「市長の許可は市議会の議決で決まる。市内の警察権力を統括する少佐と潜入・工作に長けた奴が手を組めば工作は容易でしょう。それに私がここに来たのは元々派遣されていた騎士が電子の仮面に殺されたからだ。少なからず貴女ともやり取りがあったはず。何を吹き込んだ?」
「お気の毒に思いますが、私は何もしていませんよ」
無機質に言い放つスケッチ少佐。
「ではもう一つ。貴女の元の所属国はかつて〈青の静典〉を保有していた常夜国ですね。八年前にソル=ソレイユ煌国に滅ぼされた」
エウレカの言葉にスケッチ少佐はピクリと眉を動かす。
「なぜそのことを? もしや、私怨をお疑いですか? 戦争に負けた国が吸収されるなどということは鏡の国ではよくあることです。それに奴がどう足掻いたところでソル=ソレイユ煌国は揺らぎもしないということは良く分かっていますので」
「……そうですか」
エウレカも協力関係の明確な証拠が掴めている訳ではない。ただの推論だ。この程度ではスケッチ少佐を追い詰めることはできないだろう。
(さて、これで充分だろう。本題を切り出すとしますか)
エウレカが自身を落ち着かせるようにフッと息を付いた。
「念のため申し上げますと、我々の目的はあくまで〈黒の教典〉の奪還です。どの国も余計なことを嗅ぎまわられることはよく思っていない。私としては電子の仮面を追って後ろから撃たれるのはゴメンなんでね」
スケッチはエウレカの意図が読めず首を傾げる。
「つまりエウレカ卿の勘違いについてはこれ以上詮索されないと?」
「いやぁ、お恥ずかしながら私は左遷された窓際騎士ですからね。本国としては今後も電子の仮面を追うでしょうが、面倒な過去は振り返りませんとも。それでですね、一つ相談があるのですが、今回の件に関しては手配犯の捜索も含めてマギクラッド導国に預けて頂けないかと。スケッチ少佐もお忙しくなるでしょうしね」
確かにスケッチ少佐は今回の一件、特に機密保管庫への侵入を許した件で煌都へと召還を受けていた。
査問に時間がかかることは明白であり、厳しい処分も考えられる。捜査についてはエウレカ卿に引き受けて貰った方が円滑だろう。仕事熱心なタイプではないエウレカが積極的に職務を買って出る様子にスケッチ少佐が疑念を抱くが、エウレカの発言の意味するところは明確に脅しである。
スケッチ少佐は少し考えを巡らせるが諦めたように首を振って返答する。
「分かりました。捜査権はお預けします。元々導国との共同捜査本部です。伯爵位をお持ちのエウレカ卿であれば煌都も異論はないでしょう」
「ありがとうございます。スケッチ少佐。私も本国への報告は最低限にしておきますよ」
ガチャリと扉を閉めて司令室を後にしたエウレカは懐から破れた札を取り出した。
(ま、スケッチ少佐が裏で電子の仮面と繋がっていようが僕にはどうでもいい。しばらくはクロウ君たちが逃げる時間は稼げるはず。これで約束は果たせたかな)
エウレカがクロウに渡した札は二枚。悪魔を呼び出す札と、陰陽一対の札。
無事に救出と逃走に成功したらクロウの持つ陰の札を破る取り決めだった。
(しかし、悪魔を操作している時に奴の術式を覗いたけど、恐らくだがあれは悪魔の力を縛りつけるものだった。奴は悪魔の力を目的としていたんじゃあない。なら一体何が目的だ?)
そこまで考えてブンブンと首を振る。
(あーやだやだ。仕事は終わり。しばらくはいつも通り適当にサボるかね)
そう考えた時、懐の端末が震え始めた。
(いやーな予感……)
エウレカはそっと端末を取り出し、表示された名前を見てガックリと肩を落とした。
* * *
そこは薄暗い部屋だった。随分と壁に装飾が凝らされた豪勢な部屋のようではあるが、中央に置かれた水晶玉が淡く光っているだけで細かな造形は読み取れない。そして、水晶玉を囲うように四枚の鏡が配置されていた。
薄暗い部屋に突然強い光が輝く。周囲を明るく照らすそれは鏡の内の一枚。その鏡の中で赤々と燃える焔だった。しかし鏡の前には何も存在していない。
やがて少しずつ炎は弱まり一人の影を映し出した。
子供。十代にも至っていないであろう白髪の少年だが、その表情にあどけなさはなく、燃える様に揺らめく金色の瞳が威圧的な雰囲気を醸し出している。
「なんだ、俺しかおらんのか」
そう子供の影が呟くのに合わせるかのように、もう一枚の鏡に緑から赤へと光のグラデーションが映る。
「お疲れ様でーす。あれ、今日は早いっすね」
軽い口調で話すのは長髪の青年。耳に付けられたピアスの数々や三白眼気味の目つき、そしてその髪は赤や緑、青と次々と色合いを変えており、派手で粗野な印象を与えている。
「月に一度とはいえ、アンタらの顔見にこなきゃいけないのはウンザリするわね」
弱々しく淡い光と共に鏡に映し出されたのは黒髪の女性。三人の中では一番歳上に見えるがそれでも十代後半といったところだろう。
「ならば、彼女のいた二年前までの方が良かったか?」
そう言う少年に女性は暗いままの最後の一枚の鏡を見やる。
「アイツは嫌い。てか、アンタのところで不始末があったって聞いたけど?」
「ああ、その話を先にしようか。煌国内で触媒が奪われ、〈血の暴動〉が召喚された。下手人とされるのは〈叡智の方舟〉の関係者だそうだ」
「うちの研究所から〈黒の教典〉が強奪された件か。〈血の暴動〉、懐かしいねぇ。しっかし、今更アイツを喚び出してどうするつもりよ? 悪魔に堕ちたアイツじゃ俺らにとって脅威とはならねーだろうに」
「さあな。だが相手はあの〈方舟〉だ。奴らを率いた当人はもういないとはいえ、何らかの仕込みがあるかも知れん」
「何呑気なこと言ってんのよ。アンタらの責任なわけよ。どーするつもりなのよ」
他人事のように話す少年に女性が食ってかかる。
「事件の捜査はマギクラッドの仕事だ。そんなことより、その下手人だが、〈光の王〉だそうだ」
少年の言葉に女性が目を細めた。
「……へぇ、さっさと見つけて始末しないと」
「怖いっすよ。我々の同志なんですから仲良くしましょーよ」
「バカね。志なんてバラバラでしょう。実際、うちらに喧嘩売ったわけだし。〈光の王〉が増えたって碌な事ないのよ。また昔に戻りたいの?」
「というか、〈箱舟〉にもう一人〈光の王〉が居ただなんて」
「あの秘密主義のいけすかない女なら何を用意していても不思議じゃないわね。共同統治領なんてうだうだやってないで、あの女の元領地はさっさと更地にでもしておくべきだわ」
「またまた~。過激なんすよ、いっつもいっつも」
言い争う二人を止めるように少年が声を掛ける。
「そろそろ始めるぞ。構わないか?」
「はいよ」
「さっさと終わらせましょう」
少年の言葉に青年と女性が頷いた。
「なら、ソル=ソレイユ煌国・マギクラッド導国・クリスタルシャトーの〈光の王〉による定例会議を始めるぞ」
そこで少年は一旦言葉を区切った。
「最初の議題はイリススプリアを本拠とし、各地で勢いを強めている新興宗教組織〈天使教〉についてだ」
ここで第一部完となります。読んでいただきありがとうございました。
また書き溜めて投稿予定です。




