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リアトリス  作者: 高速処女膜
第一章 誘いの仮面編
24/25

21 終わりの始まり②

  

 よろつきながらクロウの元へ向かう少女は服はボロボロ、擦り傷だらけで何より顔が少しやつれていた。

 幼い頃より戦い続け、数多の死線をくぐり抜けてきたクロウと違い、彼女は誘拐されたのも命を懸けた殺し合いをするのも初めてのことだろう。

 (はっ、大した奴だよお前は)

 ユーリがクロウの前で力が抜けたよう膝をつく。

 「あはは、助けに来たつもりだったけど、もう体力の限界かも」

 「いやいや、大金星だぜユーリちゃん」

 クロウもユーリが少しばかり()()()()()()とは感じていたが、ここまでとは思っていなかった。

 「後は俺の仕事だな――助けられたよ」

 「……うん!」

 クロウの言葉に笑みを浮かべるユーリ。

 電子の仮面(ディスプレイ)は二人の様子を眺めながら首を傾げる。

 (参ったな。脱出不可能のイリーヤの隔離空間を破るか。つまりは〈光の王〉の力を使いこなしたということ。召喚は中途半端に終わったと思っていたが、これは……)

 「ご、ご主人……」

 膝をついたイリーヤが息も絶え絶えといった様子で呻く。

 「〈光の王〉の力を直接受ければ君達悪魔は太刀打ちできないからね。それを防ぐための依代だけど、内側から破られたんじゃ役には立たないな。後は僕の仕事だ。お前は撤退に備えていろ」

 電子の仮面(ディスプレイ)はクロウに顔を向ける。

 クロウもそれに気づき電子の仮面(ディスプレイ)に対して構え直した。

 

 「また仕切り直しだな」

 

 「ああ、これで終わりだ」

 

 「ごめんなさいするなら今の内だぜ」


 「抜かせよ。小僧(ガキ)が」


 湾曲したナイフを逆手に持つ電子の仮面(ディスプレイ)は自然体だが隙がない。

 (もっと深くしてかねーとな)

 クロウは深く息を吐きつつ余計な感情も思考も排除し、湧き上がる闘争心だけを高めていく。集中力を増していく中でかつての師の言葉を思い出した。

 

 『ヤバい時に役に立つのは体に覚え込ませた技と実戦で身に付く胆力だけ。それさえありゃ体が勝手に反応する』


 (鍛錬は一日たりとも欠かしてねぇ。悪魔共を狩り続けて何度も死にかけたが生き抜いてきた)

 クロウが纏う影が厚みを減らし上腕と脚部のみに収束していく。

 (この力が何なのかよくは分からねーが、仮面野郎は随分と警戒してるみたいだ)

 クロウが足を前後に軽く半身を開く。重心はやや後ろ。手を自然のまま体の前に構える。


 その様子を見た電子の仮面(ディスプレイ)の重心がやや前方に傾き、互いの間合いが近づいてプレッシャーが跳ね上がるのに応じてクロウも更に集中力を上げていく。

 

 ――深く。深く。深く。深く。

 

 ギラギラと熱を持っていた思考が冷めあがり、クロウの眼光が濃い闇に沈む。

 「ーッ!!」

 電子の仮面(ディスプレイ)がその眼に気圧された一瞬、クロウは電子の仮面(ディスプレイ)がナイフを構える左手側に踏み込む。

 反射的に電子の仮面(ディスプレイ)が振るったナイフを手を回して受けつつ体当たり気味に相手の側面に入り身する。

 〈シグマ流ー柔法 側方投げ〉

 クロウは体勢を下げて腰を差し込み、そのまま自身の腰を支点に電子の仮面(ディスプレイ)を引っくり返す。

 グルリと視界が上下逆転した電子の仮面(ディスプレイ)はそのまま地面に叩きつけられるがすぐに立ち上がる。そこに蹴りを打ち込もうとクロウの右足が浮く。クロウが得意とする上段回し蹴り。それを読んだ電子の仮面(ディスプレイ)は即座に防御の態勢に入ろうとする。

 しかし、その動きを捉えたクロウが技を変化させる。蹴りが電子の仮面(ディスプレイ)を通り過ぎ、そこから軌道を変え蹴りを切り返す。

 下段から上段へくの字を書いた内回し蹴りにテンポをずらされた電子の仮面(ディスプレイ)は反応できず、その側頭部に衝撃が走る。

 「――くっ」

 追撃を避け大きく後退する電子の仮面(ディスプレイ)


 (ここで邪魔されるわけにはーー行かないんだよ)


 電子の仮面(ディスプレイ)が所属していた〈箱舟〉が滅ぼされて二年。ただ一人で準備を重ねてきた。

 (()()との取引もある。失敗すれば生き延びたとしても面倒なことになるのは間違いない)

 電子の仮面(ディスプレイ)がふらつく足を地面に叩きつけ構える。

 クロウが好機と見て間合いを詰めた。

 手首を捻りつつ螺旋軌道を描きナイフを突き入れる電子の仮面(ディスプレイ)に対して半身を切り躱しつつカウンター気味に拳を繰り出すクロウ。

 電子の仮面(ディスプレイ)はその拳を顔全体を守るように覆った腕の肘でクリアリングし、そのまま腕を伸ばして眼鏡の内よりクロウの目を手刀で擦る。


 「――?!」


 一瞬視界を失うクロウ。軽い瞬きですぐに視力を取り戻すがそこに電子の仮面(ディスプレイ)の姿はない。

 ゾワリとクロウに寒気が走り、影を急所に集中させる。

 「助かるよ」

 クロウが視力を失った一瞬の内に背後に回り込んでいた電子の仮面(ディスプレイ)は湾曲したナイフを走らせる。

 狙われたのは急所に集中させたクロウの影が手薄になった手足。

 (くそったれ!!)

 慌てて身を躱し距離を取るクロウだが、片足の太腿あたりからドバドバと血が噴出していた。

 クロウは影を巻き付け強引に止血をする。

 (とりあえず止まったが、チンタラしてられねぇな)

 血は止まったが痛みが疲労を呼び起こし、クロウの集中を阻害しようとする。

 

 「君がいなければもっとスムーズに計画は終わっていたはずだ。何が君を死地に飛び込ませるのか分からないが、僕もね、単なる私利私欲で動いてるわけじゃあないんだよ」

 「だったらガキ攫って悪魔を植え付けてもいいってか? テメェは何のために戦ってるっていうんだよ!」

 「世界のため――この世の歪みを正すことのできるお方の為にだ。もう……この世界は()から醒めるべきなんだよ」

 「夢? 何を言ってやがる」

 「興味本位で首を突っ込んでるような奴に教えることじゃないな」

 そう冷たく吐き捨てる電子の仮面(ディスプレイ)

 (興味本位だって? ハッ、まぁ大した理由は確かにねーな)


 クロウは鏡の国で生まれた。両親の顔は覚えていない。

 ちょうど多くの国が乱立して様々な諍いを起こしており、クロウの両親にも何らかの不幸があったのだろう。

 物心がついたときには数多くいる孤児の一人として暮らしていたが、失い奪われることのほうが遥かに多い生活だった。

 師となる人物と出会ったのは彼にとって人生の大きな転機であった。押しかけるように師事して技術を学んだのは自分の力で自由を勝ち取るため。

 クロウはだた流れに流されるだけでない。大きな力にぶつかったときに選ぶことのできる力を求めた。


 (俺が自分で選んだ道だ。例えここでくたばろうとも、ユーリちゃんは奪わせねぇ)


 「気に入らねぇんだよ、テメェは!!」


 「本当にガキだな。暴れるだけのサルが!」


 電子の仮面(ディスプレイ)が逆手に持ったナイフを横振りに振るう。

 それに対してクロウは防御を捨てて脱力した。

 〈シグマ流ー流法 雪柳〉

 皮一枚を切り裂かれながらもクロウの体はしなやかにナイフを受け流す。

 そして受け流すだけにとどまらずに電子の仮面(ディスプレイ)のナイフを持つ腕に手を添え、受け流しながら抑え込もうとする。

 (これは……!?)

 電子の仮面(ディスプレイ)が抑え込みに抗おうと反応した瞬間。クロウの抑え込もうとしていた腕が即座に切り返し、電子の仮面(ディスプレイ)の抗おうとした力に合わさる。

 結果ーー電子の仮面(ディスプレイ)が文字通り()()()()()()()

 (まだだ!)

 さらに受け身を取ろうとしたところに追撃が入る。

 〈シグマ流ー剛法 旋回脚〉

 這いつくばるような姿勢で低空から打ち上げる後ろ蹴りが宙に浮いて身動きの取れない電子の仮面(ディスプレイ)に炸裂する。

 更に跳ね上げられる電子の仮面(ディスプレイ)

 (追撃が来る。空中で防御は難しい。燦術(さんじゅつ)で足場を……いや、風か何かで自分を吹き飛ばすか)

 自身の窮地に電子の仮面(ディスプレイ)の脳内を高速で思考が駆け巡る。

 しかし、実際に口から漏れ出たのは渇いた笑いだった。


 (ははっ、間に合わないな)


 電子の仮面(ディスプレイ)の視界には指先を揃えた手を引き手に構えるクロウが映っていた。

 クロウの手を覆う影が密度を増す。

 足で受けた地面からの反発を腰へ。腰で増幅した力をロスなく腕へ。脱力した腕は伝わった力を吸い上げるように加速し、影を纏った指先が描く黒い一閃が降り積もった雪に差し込むように、抵抗なく電子の仮面(ディスプレイ)の胸を食い破る。


 ーー〈シグマ流ー剛法 『絶紹』五本貫手〉


 同時にクロウの腕を覆う影が電子の仮面(ディスプレイ)の存在そのものを内側から喰らっていく。


 「ぐがあぁぁぁあああああ!!!」


 電子の仮面(ディスプレイ)が呻きながらも何とかクロウの体を突き飛ばし距離を取る。

 クロウに貫かれた胸の穴はすぐに塞がるも、フラフラとよろめき、立っているのも精一杯といった様子だ。

 (……かなり喰われたね。これ以上の継戦は不可能か)

 「イリーヤ、動けるな。撤退だ」

 電子の仮面(ディスプレイ)の呼びかけにイリーヤが現れる。


 「逃がすかよ」

 「逃げれるとも」


 別空間に逃げ込めるイリーヤに自在に透明化可能な電子の仮面(ディスプレイ)。二人の隠密能力は本気で逃げに徹すれば逃げ切れぬことなどそうはない。


 「騎士どもが到着するまでそれほど時間もない。君だって見つかるのは不味いんじゃないかい?」

 クロウとしても大人しく捕まるのはごめんだ。かと言って消耗した今のクロウでは戦うことは難しい。

 「それに君が〈影の魔王〉だとバレれば即座に抹殺されるぞ。その影はなるべく見せびらかさないことだ」

 「あん? なんでそんなことを」

 電子の仮面(ディスプレイ)かクロウに利することは話すのは違和感がある。そう思って首を傾げるクロウ。


 「君と居れば安心だと思ってね。ユーリ君は君に預けよう。また、迎えに行くよ」


 仮面をユーリの方に向ける電子の仮面(ディスプレイ)

 「お、お断りします」

 その視線に少しビビりながらもユーリが言い返した。

 また彼らに誘拐されるなんてごめんだったが、”声”のことなどユーリの身に起きたことをはっきり知っているのは彼らだけだろう。

 (強く……ならないと。次は九郎君を守れるように)

 そんなユーリの様子を見て電子の仮面(ディスプレイ)の仮面の表示が瞬きするように点滅する。

 「そういえば君はこの世界から帰りたいと言っていたね」

 「そうですけど‥‥」


 「帰る方法を教えてあげようか?」


 「し、知ってるんですか?」

 電子の仮面(ディスプレイ)の言葉に驚くユーリ。

 

 「何、簡単なことさ。また元の世界に戻りたければ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()他にはない」

 電子の仮面(ディスプレイ)が誘うようにユーリに手を伸ばす。


 「つまり、やる事は我々と同じということだ」


 そう言うと電子の仮面(ディスプレイ)がイリーヤに片手で合図を飛ばす。

 「では、また会おう」

 「ばいばーい」

 イリーヤが空間を引き裂き、二人の姿が一瞬で掻き消える。


 「今のって……」

 「さーな。そんな話は聞いたことねぇ」

 クロウも首を振る。胡散臭い相手だ。本当の事を言っているとは限らないだろう。

 

 「って、そーいやおじさん達が来るんだっけ? 俺は逃げるけどユーリちゃんはどうするの?」

 「え、私は……」

 どうすればいいのだろうか。クロウについて行きたい気持ちもあるが、街に戻ってカイリさんやリアに会いたいとも思う。しかし戻ってもいつまた”声”が聞こえて体を乗っ取られるか分からない。

 迷っているとクロウが続けた。

 「悪魔のことはエウレカおじさんに付いてった方が詳しく分かると思うけどさ、ユーリちゃんの意外とイケイケなところは結構好きなんだよね。元の世界に戻りたいってんなら力を貸すぜ」

 そう言ってニヤリと笑う。

 そんなクロウの様子にユーリも笑みが溢れた。

 「うん! お願いします」

 

 「問題はどーやってこの森から出るかだよな。ちんたら歩いてると追いつかれるだろうし」

 かと言ってユーリもクロウも走る体力なんてほとんど残されていない。

 

 その時、強い気配が当然ユーリ達の周りから噴出する。

 「なっ!!」

 気配に反応して気力を振り絞り臨戦体制をとるクロウ。

 いつからユーリ達を取り囲んでいたのだろうか。現れたのは吸い込まれるような漆黒の毛並みを持つ巨大な狼達だった。


 「僭帝狼(タイラントウルフ)。クロイネの主ってやつか……」


 広大なクロイネの森を支配し、森の奥深くに踏み入った者を狩る狼がいることはクロウも街で耳にしていた。

 (デカいな。流石に今この数は……)

 冷や汗を垂らすクロウに一際大きな狼が近づいてくる。

 そしてユーリのすぐ近くまで来るとスッと前足の膝を折り曲げた。

 (何?)

 怯えながらも疑問を浮かべるユーリだが狼の背に見覚えのある生き物が乗っていることに気づいた。

 黒い毛並みの小さな子犬。ユーリが元の世界で暴れているところを助けようとした子犬だった。

 この世界に来た直後にはぐれてしまったのだが、狼達に拾われたらしい。よくご飯を食べられているのか、この一週間ほどで少しばかり大きくなっていた。

 ユーリを見つけた子犬は嬉しそうにキャンキャンと甲高く鳴き始める。


 『拾ったこの子が会いたいというものでね。お礼を言いたかったらしい』


 ユーリの脳内に声が響く。どうやらこの狼の声らしい。

 「おお、喋った!!」

 驚いているクロウを見るに彼にも聞こえているらしい。

 『この子は我らの群れで預かろう。この森に蔓延っていた悪魔共を片付けてくれたのも主らだろう。大したことはできないが礼をしよう。如何かな』

 その言葉にユーリとクロウは顔を見合わせた。


 「ならちょっと頼みたいことが……」


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