20 終わりの始まり①
『初めましてお嬢さん。少しだけ手助けをしてあげよう。私の企みに巻き込んだことへの少しばかりの礼としてね』
ユーリの脳内にさっきまでとは別の”声”が聞こえてくる。
(だ、誰なの?)
『今は親切なお姉さんといったところかな。それよりも時間があまりなくてね。私の意識が浮上していられるのも少しの間だけだ。その間にここから出る手助けをしてあげよう』
”声”は自身の正体についてははぐらかしつつも先ほどまでの”声”とは違い、ユーリに友好的なようだ。
(助けてもらえるんなら……そうして欲しいけど)
『なぁに簡単だよ。君はただここから出たいと強く願えばいい。私がその願いに道を与えよう。信じるんだ。君は世界の理すら捻じ曲げる力を持っている――それが〈光の王〉というものなのだから』
”声”はそうユーリに告げる。
(思うだけで……いいの? というか〈光の王〉ってなんなの?)
電子の仮面も話していた〈光の王〉について、この”声”はもっと深いところまで教えてくれるかも知れない。ユーリのその考えを覗いていたかのように”声”が答える。
『さっきも言ったけれど時間がない。悪魔に堕ちたこの子の狂気は深く激しい。君の疑問にはまた会えた時にでも答えよう。私の知りうる限りではあるけどね』
少しずつ”声”が掠れていく。
慌ててユーリはお礼を言った。
「あ、ありがとうございます。頑張ってみます!」
”声”はもう聞こえない。そして、宙に浮いたようになっていたユーリの感覚が少しずつ戻り始めた。
『アーア……邪魔シヤガッテ。コレカラダッタノニ、残念ダ』
また最初の”声”が聞こえてきたが、さっきに比べると随分穏やかだ。ユーリの意識もハッキリとしている。
電子の仮面の行った召喚の目的は何であったのか。今ユーリの中には何がいるのか。分からないことだらけだが、今すべきことは明確だ。
(九郎君を助けに行かないと……)
電子の仮面に拉致されて以来ほとんど何も食べていない。また、今まで命の奪い合いなんてものとは無縁なところにいたユーリだ。短くとも先ほどの争いはユーリの気力や体力を大きく奪っていた。
それでも疲れきった体に鞭を打ちユーリは立ち上がる。
「待っててね九郎君。今行くから」
ユーリは願う。恩人の窮地を救う助けとならんと。そんなユーリを柔らかな光が包み込んだ。クロウの怪我を治した時と同じ輝き。同時にまた声が聞こえてくる。前回よりも少しだけハッキリ聞こえたその声は少女のもののようだった。
ーーオネ、ガイーー
『フフ、素直ないい子だ。〈光の王〉たるに相応しい』
ユーリは導かれるように手を伸ばし、目の前の何もない空間に突き入れる。
ーーバリィ!!
淡く光る手が空間に突き刺さり。そのままユーリは両手を使って空間を引き裂いていく。
『君はこの世界で何を破壊し何を創造する? 楽しみにしているよ』
微かな”声”の呟きを聞きながらユーリは自らの開いた空間の裂け目に飛び込んだ。
* * *
「透過する手」
(――!?)
電子の仮面の腕が徐々に透き通り、僅かな間で完全に透明化する。
クロウには視認は出来ないが眼前に迫る死の気配が膨れ上がるのを感じた。
立ち上がった瞬間を狙い打った一撃。
(回避は間に合わねぇ)
そう判断した時には既に体が動いていた。クロウは瞬時に軸足から体重を抜くと、逆の足で電子の仮面の内腿に足を引っかけるように蹴り上げ、その部分を支えに上体を強引に地面に落とした。
ボッ!
クロウの眼前で電子の仮面の腕が空を引き裂く音と共に再び姿を現す。
すぐさまお互いに距離を取るクロウと電子の仮面。
「獣並みの反応だね……いや、考えるより先に体が動くまで練磨したのか。君は無手勝流ではないと思ったが……誰に習ったんだい?」
「さーてね。いつの間にか行方を暗ましちまった師匠だからな。詳しいことは何も知らねーよ」
クロウが戦い方を学んだのはもう随分と前のことになる。師と過ごしたのは二年程の間、生活を共にしていたもののプライベートな話をした覚えはほとんどなかった。
「シグマなんて名乗ってたが、本名かどーかも怪しいしなぁ」
「へぇ、シグマ……ね」
クロウのつぶやきに電子の仮面が反応する。
「何だよ、知ってんの?」
「シグマと言えばこの世界で唯一大公位を授けられている騎士の名前だろう。彼のシグマ流の指導を受けた各国の騎士が戦果を挙げている。君は彼の弟子なんじゃないのか?」
「知らねーよ。習ったのも十年近く前だしな」
クロウはそういって構え直す。
「まぁ、辺境で悪魔狩りに勤しんでたんじゃあ知らないのも無理はないか――と、どうやら終わったようだ」
「あん?」
「はぁい。イリーヤちゃんですよぉ~」
怪訝そうな顔をするクロウの正面の空間を巨大な爪が引き裂きイリーヤが現れる。
「おかえり。随分早かったね。〈血の暴動〉が表に出ていれば時間がかかると思ったんだけど」
問いかける電子の仮面にイリーヤが答える。
「面倒だから早めに呑み込んじゃった。アタシの中でならどれだけ暴れても問題ないし。まぁ当分あっち側は使えないかも知れないけど」
「それはこちらを片付けてから考えよう」
電子の仮面はクロウに向き直る。
「どうするクロウ君? ユーリちゃんはこちらの手の内だ。僕と君は実力伯仲……イリーヤが加わって少々厳しいんじゃないかい?」
電子の仮面は仮面を指でなぞる。
「コイツの借りはあるが……ここで引くなら今は見逃そう」
「そーだよぉ。拾える命は拾っとこうよ」
イリーヤも唇を吊り上げ笑って電子の仮面に続ける。
「ははーん。二人係りで俺に勝てないんだ」
そんな二人にクロウは意地悪く笑いながら思索を巡らせる。
(何の理由もなく引く奴らじゃねぇ。多分エウレカさん達の討伐部隊が森に入ったんだろう。俺に時間は掛けてられないってことか)
到着まで時間を稼げればユーリを助け出すことも可能かも知れない。しかしクロウの考えを読んだように電子の仮面がクルクルとナイフを回して構える。
「君は単純なようでいてずる賢い。やはりここで仕留めるか」
「はぁ。面倒くさいなぁ~」
イリーヤが野生の獣を思わせるように両手を地面すれすれに近づけ、すぐにでも飛び掛かれるように力を溜める。
(さぁ~て、随分楽しくなってきたな)
森に入ってからの連戦で流石に疲れが溜まり、集中も乱れ始めている。
決して万全とは言えない。
(まぁ、いつものことだ!!)
クロウが自身に活を入れ電子の仮面達を迎え撃とうとしたとき、イリーヤの様子が変わる。
「ぐ、ぐが。ああぁ」
口元を押さえてその場から後ずさる。
「どうしたイリーヤ」
「うう、すみません……ご主人」
イリーヤは掠れるような声でそう呟くとグルンと白目を剥きその場で磔にあったかのように直立する。
その背後に数mはあろうかという巨大な咢を持つ獣が薄っすらと浮かんでくる。
「これは……」
電子の仮面の声と同時に獣の腹が引き裂かれた。
「GAAAAaaaaaaa!!」
獣の絶叫が響き渡る。
腹から転がり落ちるように出てきたのはユーリだった。その体は淡く輝いている。
「なっ、お前」
驚くクロウによたよたと立ち上がったユーリが笑う。
「なんか……上手くいったみたい」
「助けに来たよ。九郎君!」




