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リアトリス  作者: 高速処女膜
第一章 誘いの仮面編
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19 光と影の狂騒②


 「君は〈影の魔王〉という存在がこの世界においてどういった意味を持つのか分かっているのかい?」

 クルクルと柄に付いた円環部に指を通しナイフを弄びながら電子の仮面(ディスプレイ)がクロウに訊ねる。


 「さぁ? たまに聞くけどよく分かんないね。美味しいの?」

 「〈影の魔王〉というのはね。この世界の破壊者。〈光の王〉を喰らい終末の闇をもたらす存在――つまり、嫌われ者さ」


 電子の仮面(ディスプレイ)の話を適当に聞き流しつつクロウは電子の仮面(ディスプレイ)に向かってスタスタと無造作に歩いていく。


 「へぇ~。アンタより?」


 「君はここで死ぬべきだ。君の存在は僕にとっても彼女――ユーリちゃんにとっても害でしかない」


 「そうなんだ。まぁ、何でもいいよ。アンタをぶち殺せる力ならね」


 クロウと電子の仮面(ディスプレイ)の距離近づきお互いの間合いが接する。


 「やってみなよ」


 電子の仮面(ディスプレイ)が湾曲したナイフを構えゆらりと揺れる。


 「死にやがれ!!」


 正拳を中段に構えたクロウが放った影の手甲に覆われた右拳放つが、電子の仮面(ディスプレイ)がクロウの内側に踏み込んで躱しながら頭部を覆うように上げた腕が、そのまま肘のカウンターとなってクロウを襲う。

 反射的に下がって肘を躱そうとしたクロウの動きが止まった一瞬で電子の仮面(ディスプレイ)は頭部を覆っていた手を伸ばし軽くクロウの顔面を打ち据えた。

 「――っんが!!」

 (やっべぇ)

 電子の仮面(ディスプレイ)の一撃は隙を作るための当身。逆手に持ったナイフがクロウの首筋に迫る。瞬時に片手を差し込んで受け止めるが、電子の仮面(ディスプレイ)が自身のナイフの柄頭に肘打ちを叩きこみ、強引にナイフを突き入れる。

 

 鮮血が宙を舞った。

 

 「痛ってーなー!」

 ボタボタとクロウの左腕から血が流れていた。

 切り裂かれる寸前にクロウは首筋とナイフの間に手を差し込み、先ほどのようにナイフを消し去ろうとしたが上手くいかなかった。分厚く纏った影の装甲で斬撃は弾いたが先ほどのようにナイフは消し去れず、逆に電子の仮面(ディスプレイ)がそのまま滑らせたナイフで影が覆っていない部分を撫でるように裂かれていた。

 (問題はねぇ。筋や動脈は切られてない。あの湾曲したナイフ、さっき悪魔のガキ(イリーヤ)から受け取ってたやつだよな)

 電子の仮面(ディスプレイ)はナイフをクルリと回しながら笑う。

 「君の力はこの世界そのものを喰らう――この儚い世界を形作っている”光”をね。故にこの世界で生まれた全ては〈影の魔王〉に通用しない。でもね、コイツは僕が自分がいた世界から鏡の国に持ち込んだいわば輸入品なのさ。君の力じゃ消すことは出来ない」

 そう言いながら電子の仮面(ディスプレイ)が仮面を撫でると先ほどクロウがつけた傷が跡形もなく修復される。

 「僕の計画に〈影の魔王()〉という邪魔が入ったのもまた運命なんだろう」

 電子の仮面(ディスプレイ)の言葉にクロウが噴き出した。

 「運命だぁ? 似合わねぇーな」

 「〈光の王〉はどこかで必ず大きな流れを引き起こす。鏡の国の住人たちは王が現れるたびにそのうねりに呑み込まれ、そして世界が動く時だからこそ生まれる災厄もある」

 「それが俺だってか?」

 「ああ。僕は王としてこれから世界を掻き回す。立ちはだかるのは君だけじゃない。だが、その全てを打ち倒してみせよう」

 「ご立派、ご立派。なるべくデカい墓標を建ててやるよ」

 電子の仮面(ディスプレイ)の決意をクロウが嗤う。

 

 「Activation(プログラム起動)ーー〈閃電〉」

 電子の仮面(ディスプレイ)が放った雷撃はクロウの影に触れた瞬間に吞み込まれるようにして消滅するが、強烈な雷光に思わず腕で光を遮る。

 その僅かな隙で電子の仮面(ディスプレイ)がクロウに肉薄する。

 距離を離すためにクロウが放った前蹴りを電子の仮面(ディスプレイ)が斜めに躱しながら奥側の手でクロウの足を掬い上げた。

 (まずっ)

 そのままバランスを崩したクロウに体当たりから肘打ち、逆手に持ったナイフによる斬撃が一息で叩き込まれる。

 「ぐっ!!」

 何とか防いだクロウは自分から地面に倒れ込みそれ以上の追撃を避け、起き上がろうとするがーー


 「次はその頭を抉ってあげるよ」


 顔を上げたクロウの前には薄っすらと透過し始めた腕で突きを放とうとしている電子の仮面(ディスプレイ)がいた。

 (ここで使ってきやがるか!!!)


 「透過する手(ラジエーションハンド)


 そのまま透過した腕が”影”の覆っていないクロウの頭部を貫いた。



 * * *


 

 迫る巨大な顎。呑み込まれる最中ユーリは死を覚悟した。

 (な、何……?)

 しかしユーリを通り過ぎるように顎は過ぎ去り、イリーヤの姿も消えていた。

 遠方でクロウと電子の仮面(ディスプレイ)が闘っているのは確認できる。

 「どういうこと? 私は呑み込まれて……」

 そこでハッと視線に気づく。近くの木陰。その影に紛れるように優美な毛艶の黒猫がその琥珀色の瞳でこちらを見つめていた。


 ーーチリン。


 首輪の鈴が音を立てる。

 「もしかして貴方。イリーヤさん?」

 ニャアと鳴いた黒猫はその整った顔立ちに似合わぬ邪悪な笑みを浮かべた。

 「最初からこーしてれば良かったねぇ」

 その醜い笑みに寒気を覚えたユーリはイリーヤに向かって構えを取る。

 「無駄よぉ。この姿はこちらで使ってる端末みたいなもんで壊してもダメージはないし幾らでも作れるわぁ」

 ーーチリン。

 「――!?」

 すぐ後ろで聞こえた鈴の音に振り返る。

 木陰にいるのと同じ黒猫がグッと伸びをしていた。

 「これがアタシの能力。こちらから元の世界(あちら)は見えても干渉できないし、元の世界(あちら)はそもそもこちらを感知できない」

 イリーヤが再び邪悪に笑う。

 「行き来できるのはアタシだけ。ここであのガキ(クロウ)が殺られるのを黙ってみてなさい」

 「なっ!」

 クロウを見やるユーリ。どちらが優勢なのかは遠くて詳しくは分からないがイリーヤの言葉を聞いてか少し押されているようにも感じられた。

 「さて、アタシは加勢に向かおうかしら。じゃーねー」

 黒猫はそう言ったきりクタリと力が抜けたように横たわる。

 (どうしよう。九郎君が……)

 今まで何度もユーリのピンチを救ってきたクロウだが二対一では流石に分が悪いかもしれない。


 『モウ満足シタダロウ。サァ、全部アタシニ寄越シナ』


 「ううっ……」

 戦いの高揚の中で薄れていた"声"が再びユーリを蝕み始めた。


 『アノ舐メタ小娘ノ四肢ヲ引キ千切ッテ、這イ蹲ラセテヤロウ』


 ゾワゾワとユーリの体に何かが入ってくるような感覚が広がっていく。

 (このままじゃ、でも……)

 イリーヤの言葉を信じるならこのままクロウを助けに行っても何もできないし、気づいてすらもらえないだろう。

 (……どうすれば)

 ユーリを侵食する感覚は徐々に体の自由を奪っていく。反比例するように声は次第に小さくなっていった。

 そしてフッと意識が浮き上がったような気がした。

 

 「サァ、ヨウヤクダ」


 ユーリが立ち上がる。その口角は吊り上がり歯を剝き出しにし、普段はまっすぐ穏やかな光を帯びていた眼は吸い込まれそうなほどの昏い闇を湛えて憎しみに染まっている。

 (ダメ……ダメ、戻って!)

 こんなものを解き放っては大変なことになる。

 悪魔の強烈な負の感情に晒されていたユーリはそう確信するがどうにもならない。

 ただ自身の瞳が映す視界をテレビでも見るように眺めているだけ。

 (どうしたら……九郎君。ごめんなさい)

 今回"声"に振り回されてはいたが、ユーリには助けてもらってばかりだったクロウの手助けができる喜びがあった。

 しかし、これではクロウにまた迷惑をかけてしまうかも知れない。

 (ううん、それよりももしも……)

 もしもそれでクロウが死んでしまっては……。

 (ごめんなさい……)



 『やれやれ、賭けに勝ったかと思えば随分ややこしいことになってるみたいね』



 (えっ?)


 『初めましてお嬢さん。困っているようだし、少しだけ手助けをしてあげよう』


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