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リアトリス  作者: 高速処女膜
第一章 誘いの仮面編
20/25

17 降臨


 (ダメ……来ないで。お父さん、お母さん……九郎くん)

 ユーリは何かが自身の心の奥底に侵食してくる恐怖に耐えながら、朧げな意識のまま項垂れていた。

 夢と現実が曖昧になりながらも、このまま抵抗を諦めてしまえば、もう二度と自身の意識を取り戻すことはないだろうと本能的に感じ、必死に足掻く。


 『サァ、コッチニ来ナ。イイ加減ニ諦メロヨ』


 "声"が聞こえる。最初は幻聴かと思ったが、次第に大きく、体の奥底からはっきりと聞こえてくるようになりユーリはゾッとした。


 そんなユーリの様子を電子の仮面(ディスプレイ)は少し離れた場所で術の展開を続けながらじっと見つめていた。

 (高位悪魔に憑かれてまだ耐えられるとは。成りたてとはいえやはり〈光の王〉ということか)

 彼自身の目的の為に〈血の暴動〉(レッドスローター)の力は縛り付けて抑え込んではいるが、彼女の意識は悪魔に喰われてしまっても問題はない。何の処置もしていないもののユーリは耐えていた。

 そこに、電子の仮面(ディスプレイ)の後ろの空間が引き裂かれイリーヤが現る。

 

 「ごめんなさぁい、ご主人様ぁ。あの坊やが来たのだけど、やっぱり止められなかったわぁ」

 「へぇ、まさか彼がここまで来るとはね。誰の手引きか知らないが、例え君でも彼が相手では依り代に受肉している状態じゃあ厳しいだろう」

 「……そうねぇ。ところで召喚は問題なく進んでいるようですね」

 「ああ、完全に定着して安定するまではしばらくかかるだろうけどね」

 

 イリーヤはユーリを中心に重い気配が周囲に漂っているのを感じ取る。

 (本当に嫌な気配。苦手なのよねぇ、あの女)

 主人である電子の仮面(ディスプレイ)との契約があるため従っているが、同じ悪魔としては出来ることなら会いたくない相手であった。

 

 「……来たようだ」

 

 電子の仮面(ディスプレイ)が呟くと同時、カツカツカツと鋲打ちされたブーツが崩れた石畳を打ち鳴らし、丸渕メガネをギラギラと光らせた黒づくめの男が廃都の広場に現れる。

 

 「ハッ、随分オカルトなことやってんじゃねーのよ」

 

 確かに魔法陣の中心に女の子を縛り付け、周りには仮面の男と妖艶な少女が囲っているのは少々怪しすぎるかも知れない。

 

 「一度死んだだけじゃあ飽き足らないみたいだねぇ?」

 

 電子の仮面(ディスプレイ)は手に持った端末を閉じると、仮面からブチブチと配線を引き抜きながらクロウに向き直る。

 

 「僕が何をしているか知ってきたんだろう? 召喚は終わりを迎えつつある。果たしてここにいるのは君の知るユーリちゃんかな?」

 

 クロウは縛られたまま項垂れ、表情の見えないユーリを見やった。

 (悪魔に心を食われちまってるかも知れねぇってわけか)

 クロウは過去に悪魔の依り代になった人間を目にしたことがある。取り憑いた悪魔を倒したとしても、その末路は心を完全に壊されて廃人となるか、よくても人格が変わるほどの恐怖を味わうことになる。


 「ま、ここまで来たんだ。ユーリちゃんがどうであろうとやる事はおんなじ。まずはお前のその仮面、ぶち割ってやるよ」


 「諦めの悪い小僧だこと」

 イリーヤが片手を挙げると周囲に漂っているだけだった気配が凝縮する。先ほどあれほど倒したのにも関わらず、無数の悪魔が広場を囲った。


 それを見たクロウは大仰にため息をついた。

 「………あのさぁ、さっきあれだけボコったよね? お前もビビって逃げちゃったくせに」

 クロウは少しだけ間を置いて声に怒気を含ませる。


 「……格付けは終わってんだろうが。今更つまんねー雑魚の相手させんなよ」


 「ーーッ!」

 丸渕眼鏡越しに睨め付けるクロウにイリーヤは小さく悲鳴を上げる。

 (なんなのよアイツは! アタシは悪魔なのよ。何でこんな小僧風情に)

 後ずさったイリーヤを見て電子の仮面(ディスプレイ)が笑った。

 「ハハ、あちら側じゃちょっとした悪魔であるはずのイリーヤをここまで怖気付かせるとは。どうやら君は普通じゃないらしい。いいさ、僕が遊んであげよう。仕返しがしたいんだろう」

 慌ててビビってないと言い張るイリーヤを無視して電子の仮面(ディスプレイ)が前に出る。


 「しかし、勝算はあるのかな? 近接戦闘はお得意だろうけどそれだけでは勝てないよ! Activation(プログラム起動)ーー〈雷閃〉」

 言い様に仮面に術式(コード)が走る。電子の仮面(ディスプレイ)が翳した手から複数のバチバチと高音を鳴らす光球が生まれ、残像を残しながら一直線にクロウに走る。

 「ハッ!」

 クロウは電子の仮面(ディスプレイ)が手を翳した時には既に身を屈めて突進していた。

 「出し惜しんでんじゃねぇよ! 死んでから後悔しても遅いぜ!」

 前に出ながら光球を交わしたクロウはそのまま電子の仮面(ディスプレイ)への両足へとタックルを仕掛ける。咄嗟に体勢を下げてタックルを切ろうとする電子の仮面(ディスプレイ)。その重心が落ちた一瞬を狙ってクロウが起き上がり様に短めのアッパーを放つ。

 「っ!!」

 ギリギリ躱した電子の仮面(ディスプレイ)が距離を取る。

 「せっかく遊んであげてるのに、それほど死にたいのかい?」

 そう言いながら電子の仮面(ディスプレイ)が踏み込みつつクロウに手を伸ばす。その手が触れる寸前にクロウは地面を蹴って体を大きく躱した。

 「二度は喰らわねーよ」

 「いつまで逃げ切れるかな?」

 電子の仮面(ディスプレイ)の仮面がまた術式(コード)を描き、その両手にナイフが生み出される。

 接近した電子の仮面(ディスプレイ)がクロウの突き出した拳を肘でいなし、そのままいなした手に持つナイフを振り下ろす。何とか躱したクロウだが、お互いの体が接触するほどの距離で電子の仮面(ディスプレイ)が両手に持ったナイフが自在にうねり、絡みつくようにクロウに襲い掛かる。

 (捌ききれねぇ。距離を取りたいが、そうすりゃ燦術(さんじゅつ)が飛んできやがる)

 「厄介な野郎だ」

 何とか前蹴りで電子の仮面(ディスプレイ)を押しのけたクロウが呟く。

 「もう十分遊んだだろう。Activation(プログラム起動)ーー〈巨人殺しの槍〉」

 間合いが空いたとみるや電子の仮面(ディスプレイ)の仮面に先ほどより大量の術式(コード)が走り、バチバチと周囲の空気に電撃が毀れる。


 「ま、そろそろかな」


 「何?」

 電子の仮面(ディスプレイ)に向かってクロウはニヤリと笑うと合図を送るかのように片手を上げる。

 それを見た電子の仮面(ディスプレイ)は嫌な予感がして召喚の真っ最中であるユーリの方を振り返った。

 「なっ!」

 描かれた陣の上、椅子に縛られたユーリの傍に何かがいる。

 ずんぐりした一つ目の異形。悪魔の気配を放つそれはユーリを解放し連れ去ろうとしている。イリーヤも周囲の悪魔の気配に紛れ込んだそれの動き気付けていなかった。

 (何故? 配下の悪魔共が裏切ったのか?)

 「くっ、イリ―……」


 「ダメじゃん。こっちのこと忘れちゃ!」


 とっさにイリーヤに指示を出そうとした電子の仮面(ディスプレイ)の背後にクロウが忍び寄り、渾身の上段回し蹴りを打ち放った。



 * * *


 

 数時間前――。

 「しかしクロウ君、どうやってユーリ君を助け出すつもりだい?」

 「どうやってって、行けば何とかなんじゃないの? おじさんもいるしね!」

 その返事にエウレカはため息をつく。

 「まぁ、そんなんところだろうと思ったよ。あのね、言っておくけど僕は直接出向くことはできないからね」

 「えっ、何でよ?」

 「僕は本国から電子の仮面(ディスプレイ)捕縛の為にベルシュカ市に向かっている部隊に状況を引継ぎしないとならない。それに、君の為にそれとなく彼らの足止めもしないとね。つまり市内からは出られないのさ」

 「あ~、そう言うこと」

 成程と頷くクロウにエウレカは呆れたように顎をかく。

 「それに、君も一度負けてる相手に馬鹿正直に突っ込むのかい?」

 「なんとかなるよ。いつもそれでやってきたしね」

 「まぁ、下手に作戦なんて考えるよりはそっちの方が君には合っているのかも知れないけどね」

 そこで言葉を切ってエウレカがクロウに強く詰め寄った。

 「間違えるなよ。今大事なのはユーリ君の無事だ。僕が陽動してやるからまずは倒すことより二人で生きて戻ることを考えろ!」

 エウレカの珍しく真剣な表情に流石のクロウも少し気圧される。そこで先ほどのエウレカの言葉を思い出した。

 「でも陽動っておじさん来れないんじゃ……?」

 首を傾げるクロウにエウレカがニヤリと笑う。

 「そういえば僕の()()については話してなかったね」

 そういって懐から()()の札を取り出す。そこには”悪行罰示”と文字が書かれている。

 「奴らのアジトに乗り込む前に札を破るんだ。そうすれば僕の使役する悪魔が現れる。そいつは僕と感覚を共有できるし自由に操れる。たいして強くはないが、その方が電子の仮面(ディスプレイ)の連れている悪魔の気配に上手く紛れるだろう」

 エウレカがクロウに向けてニヤリと笑う。

 「上手く助けたら最後に派手にかましてやる。何とか逃げてどこか他の町までいくことだね」

 「おじさんはなんでそこまで助けてくれんだ?」

 エウレカはフッと肩を竦めるだけで疑問には答えず、クロウを急かした。

 「そらもう行った行った。時間は限られてる。上手くやることだね」

 へいへいと返事をして背を向けて歩いていくクロウ。


 (君は各地で問題こそ起こしているが、決して非道ではない。今回も君には何の得にもならないというのにユーリ君を助けに行こうとしている。全てを失い歳をとった僕にはもう持ち得ない真っすぐさだ……)


 クロウの背を見送りながら、そうひとりごちるエウレカは過去を懐かしむような表情を浮かべていた。



 * * *



 「――っ! ――っ! ―リっ!」

 声が聞こえる。

 名前を呼ばれているような気がする。

 

 『……ーリ。理不尽ヲ突キ付ツケル、自分勝手ナ連中ヲ、皆殺シニシヨウジャナイカ。ナァ、ユーリ』

 

 「!!!」

 

 ハッと意識がクリアになり、ユーリは目を覚ました。

 「ユーリちゃん、大丈夫か?」

 どうやらクロウに背を支えられ呼びかけられていたらしい。

 いつもヘラヘラと笑っているクロウが少しだけ心配そうにしているのを見てユーリは何故か可笑しくなった。

 「助けてもらうのはもう三回目だね」

 ニコリとほほ笑むユーリにクロウは半眼になる。

 「はぁ、随分とヨユーそーじゃないの」

 ユーリの反応に少し呆れ気味のクロウ。

 「召喚の途中で邪魔したはいーけど、まだ電子の仮面(あの野郎)はピンピンしてやがるだろうし、さっさとずらかるぞ」

 言いながら先ほどの蹴りで電子の仮面(ディスプレイ)が吹き飛んだ家屋を見るクロウ。

 (あの程度でくたばってはくれねーだろうなぁ)

 そこに一つ目の異形が現れる。

 「ほらほら行った行った。派手にかますとは言ったが良くて数十秒の時間稼ぎだ。全力で走りたまえ」

 「何、この子? ちょっと可愛いかも」

 エウレカの使い魔にユーリが目を輝かせた。一つ目ではあるがずんぐりしたデフォルメチックな二頭身体形。確かに少しキモいがファンシーな人形としてありそうではある。

 「うんうん、後でね」

 クロウは呆れたようにそう言うとユーリを担ぎ上げた。

 お姫様抱っことかではなく米俵を担ぐアレである。

 「うひゃあ」

 ユーリは悲鳴を上げるが無視してクロウは走ろうとする。

 

 「おいおい、計画をぶち壊しておいてとんずらなんて、許すわけがないじゃないか」

 

 そこで瓦礫をかき分け電子の仮面(ディスプレイ)が姿を現した。

 最初のクロウの宣言通りに、その仮面には罅が入り表示が乱れている。

 「仮面に傷までつけてくれちゃって。すぐに召喚のやり直しとはいかないけど、その子は置いてってもらうよ」

 「って言ってるけどどうする?」

 クロウがユーリを見てニヤリと笑う。ユーリは電子の仮面(ディスプレイ)達との()()な監禁生活を思い出した。

 「うーん。いっぱい脅されたし帰りたいかな」

 「ははっ、振られたな。じゃ、後はよろしくおじさん!」

 「ああ、僕はここでおさらばだ、上手く逃げられることを祈ってるよ」

 そういうとグググっと悪魔の体が膨れ上がる。


 ドンッ!!

 

 そして倍程に膨れたところで弾け、中から濃密な”霧”が噴出した。

(持続時間は一分少々。少しばかりの時間稼ぎにはなるはずだ……健闘を祈るよ)

 「何よこれっ!?」

 視界を完全に塞ぐ濃い霧に飲まれる電子の仮面(ディスプレイ)とイリーヤ。

 「面倒な……しかしまぁ、あまり舐めるなよ」

 電子の仮面(ディスプレイ)が軽く手を翳す。瞬間――。

 

 「そこだな」

 

 濃い闇の中でまるでクロウたちの位置も周りの建物や障害物も見えているかのようにクロウに接近する。

 「――!?」

 「僕には()()()からね」

 そう言い電子の仮面(ディスプレイ)の位置を掴めていないクロウに拳を叩きこむ。

 「がっ!!」

 たまらず倒れ込むクロウに代わりユーリを受け止める電子の仮面(ディスプレイ)

 「邪魔だ」

 そのまま燦術(さんじゅつ)を起動し振り周りの霧を吹き飛ばす。

 「テメェ!!」

 倒れたまますぐさま電子の仮面(ディスプレイ)に掬い上げるような後ろ回し蹴りを放ち反撃するクロウ。

 「っ何!?」

 しかしその蹴りが当たることはなく電子の仮面(ディスプレイ)の体を透過してしまう。

 「遊んでやってると言っただろう。君も――いい加減消えろ」

 クロウに向けてスッと手を翳す電子の仮面(ディスプレイ)。嫌な予感を感じ取ったユーリが叫ぶ。

 「私はいいから逃げて九郎君!!!」

 

 「ーー〈見えざる死(イラジエーション)〉」

 

 「ッ!」

 ――――見た目の上では何も起こっていない。何も見えてもいない、聞こえもしないはずなのに――クロウの足がカクンと落ちる。

 まるで見えない死神に命を狩られたように。

 

 「九郎……君?」

 崩れ落ちるように倒れたクロウを見てユーリが目を見開いた。

 「死んだよ。ただの人の身ではこれは耐えられない」

 「嘘……」

 信じられずユーリの目に涙が浮かぶ。

 「九郎君……ごめんなさい……私が、巻き込んだから……」

 「言っただろう、〈光の王〉はこの世界では神に等しい。強大な存在はそこに在るだけでどうしようもなく周囲を巻き込み流れを創る。彼はそれに耐えられなかったのさ」

 そう嘯く電子の仮面(ディスプレイ)の声もユーリには聞こえていない。

 (また……また九郎君が死んでしまう。私のせいで。私が巻き込んで)

 


『ナァ、ヤッパリ殺シタホウガイイダロウ。勝手ナ連中、巻キ込マレルダケノ弱イ奴ラ。皆殺シテテオケバ悲シクナンテナイサ』

 


 「声が……」

 「……?」

 呟くユーリに怪訝な顔をする電子の仮面(ディスプレイ)

 


 『ホラ、早ク。早ク早ク早ク早クハヤクハヤクハヤクハヤク――アタシヲ使エ!! ユーリィィィ!!!!!』



 ユーリの頭の中で"声"が響き続ける。それは強烈な衝動を伴いユーリの全身を揺さぶり続ける。

 「あ、ああ。あああああああああああああああああぁぁ!!!」

 「……!?」

 手の中で小刻みに震えながら目を見開くユーリの様子に只ならぬものを感じ取る電子の仮面(ディスプレイ)

 "声"から伝わる殺意。憎悪。狂気。喜悦。絶望。怒り――様々な感情がユーリを揺さぶり視界が紅に染まったその時――。



 

 「おいおい、誰が耐えられないって?」




 ユーリの耳に聞きなれた不敵な声が聞こえてきた。


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