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リアトリス  作者: 高速処女膜
第一章 誘いの仮面編
2/25

2 暗き森


「はぁ、はぁ、はぁ」

 闇夜に荒い息遣いが響き渡る。


 小さな影が木々の合間を抜けてきた僅かな月明かりを頼りに森を駆け抜けていた。


(何? 何なの?)

 影が走りながらちらちらと後ろを振り返る。

 影の後ろから少し離れて、一対の赤い光が影を追っている。その速度は影に追いつくでもなく、引き離されるでもなく、まるで追いかけるのを楽しむかのようだった。

 耳を澄ませれば、走る影の足音が大きく響く中、微かな獣のような息遣いと「アァアウ。ンキャウ」と異様な声が聞こえてくる。


 (早く、もっと早く逃げないと……)

 走る影が焦れば焦るほど息は乱れ、足取りはふらついてくる。


 (あっ!)

 その時、大きく隆起した木の根に引っ掛かり影が倒れ込んだ。

 倒れた拍子に強く体を打ち付けたらしい。影は立ち上がれずに、それでも必死に逃げようともがく。


 しかし、追手はすぐそこに迫っていた。


 赤い光……鈍く輝く眼光が一対、二対と増え、影を取り囲んでいく。

 そして最後に大きな四つ足の影がゆっくりと木々の間から這い出てきた。


 大きく発達した前足を支えに高さだけでも2メートル近い巨体を持ち上げ、犬のような頭部にはぬらぬらと輝く牙がのぞいている。

 皮膚はところどころ鱗のようなもので覆われており、ドロリとした体液がしたたり落ちている。

 なにより異様なのはだらしなく垂らされた舌の奥、巨大な顎の中に逆さまになった赤子の顔が覗いていることだろう。よく見れば見た目は犬のような造形であるものの、手足は人間のそれである。

 無邪気に輝く赤子の瞳は小さな影をじっと見つめていた。


 その醜悪な姿に小さな影が悲鳴を上げる。

 「ひっ! だ、誰か」

 薄い月明りに照らされたシルエットは少女のもののようだ。


 『ヤァ、オ嬢サン。ゴ主人様ガオ待チダヨ』


 赤子の口が流暢に言葉を発し、獣が少女に近づいてくる。

 そして、その吐息が少女に触れんとしたその時、新しい影がフラリと現れた。


 「何やってんの? ナンパ?」

 

 少女が声の方を向くと、獣達の後ろに人影があった。薄暗く姿はよく見えないが、月明かりにギラギラと丸渕眼鏡が光っている。

 「よっと」

 影は手近な獣を踏み台に飛び上がり、少女の前に着地する。

 そのまま影は無造作に獣の顎を蹴り抜いた。

 「アアッッアァー!」

 獣が吠えながら飛びのく。その太い首は蹴りの衝撃でおかしな方向にねじ曲がっていた。

 「悪魔の臭いがすると思って来てみれば女の子とはね。ついてねぇなぁ。立てるか?」

 影が振り向き、少女に声を掛ける。

 「あっ、あの。足が……」

 どうやら足が痛むらしい。

 「抱えていくにはちょーっと大変だな。よっし、目ぇ摘むって耳塞いでな。すぐ終わるからさ」

 影はそう言って獣に向き直る。

 「さーて、ご主人様がいるなら伝えな。こいつは俺が預かるってよ。まぁ、生きて帰れたらだけどな」

 黒い髪に黒い目。十代後半であろうまだ少し幼さの残る顔だが、巨大な獣を前に不敵な笑みを浮かべている。


 「ァア、アアアアァアアア!!」

 

 獣が吠える。そして巨大な足を振り上げ青年に襲い掛かった。

 「ハッ! ついてねぇな、お前も」

 交錯は一瞬。倒れたのは巨大な影の方だった。

 「キャァァアァー!!」

 悲鳴を上げる獣に近寄る青年。

 「死ねよ」

 残酷な笑みを浮かべると赤子の首を掴み顎の中から無理矢理に引きちぎる。

 「ギャーァァ!!」

 青年は断末魔を上げ痙攣する首を少し眺めた後、無造作に放り投げた。悪魔の遺体は黒い影となって溶けるように消え、首領を倒された為か周りを囲んでいた獣達は我先にと逃げ出し始めた。

 青年はそれらを追おうとはせずに少女へ振り返る。

 「よっし。大丈夫かお前‥‥ってあら」

 少女はこれまでの恐怖が取り除かれた安心感と目の前の凄惨な光景のショックからか、白目を向いて完全に気絶していた。


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