16 進む理由
(あ~あ、忙しいなぁ)
クロイネの森に入った頃から見られているような感覚は付き纏っていた。つい先ほど倒した悪魔との戦いもそれはずっと見ていた。
ーーそれがすぐ近くにいる。
「こんばんわ〜」
声と共にクロウのすぐ後ろの空間が爪で引き裂かれるように剥ぎ取られ、赤い眼に狂気を浮かべた少女が現れる。そしてそのまま振り上げていた腕を無造作に振り下ろした。
「ぐっ!!」
白く細い指を軽く曲げて放った引っ掻きだったが、何とか防いだクロウの腕が軋む。
初撃を防がれた少女はすぐさま後退する。
「凄いじゃ〜ん!! いいタイミングの不意打ちだと思ったんだけどなぁ??」
そう言って笑うのは仮面の男に従っていた悪魔の少女イリーヤだ。
「せっかくあの子に助けられて拾った命を捨てにきたのかなぁ? 馬鹿みたい。でも好きよぉ。そーゆー頑張ってる子を殺すの!!」
イリーヤは喜悦に歪んだ顔で殺気を振り撒いている。
「テメーに興味はねぇ。失せろ」
笑うイリーヤに対してクロウは冷たく言い放つ。
「あらぁ、そんなつれないこと言うのかしらぁ。なら教えてアゲル。次にアナタが会うあの子はもうあの子じゃないの。随分来るのが遅かったわねぇ」
「ハッ、なら何でテメーはここにいる? 時間稼ぎだろ? テメー如きが俺に勝てるわけないもんなぁ!」
意地悪く笑うクロウに一転してイリーヤが顔を歪めた。
「そうかよ。なら、死んじゃえ」
吐き捨てるように言いながら両腕を振るう。イリーヤの周りの空間が突如として現れた巨大な爪に引き裂かれて大量の悪魔が姿を現す。その数は百体近いだろうか。
「随分と溜めこんでんじゃねーのよ」
どういう能力なのかは定かではないが、この少女の形をした悪魔は自身や他者の姿を隠すことができるらしい。
「ご主人様は時間稼ぎだけでいいって言ってたけどぉ、オマエはムカつくしここで死ぬといいよぉ」
そう言ってイリーヤはもう一度爪を振るい姿を消す。
クロウの周りには奇怪千万な悪魔達が不気味な呻き声と共に蠢いていた。本来、この数の悪魔を相手にするならば優秀な燦術士が揃った一個大隊程度は必要になる。しかし、クロウはそれらを見やって不敵に、そして禍々しく嗤った。
「ゴミ共が、オマエら本当に俺に勝てると思ってるのか?」
悪魔の奇声が一瞬で静まる。闇よりいづる悪魔。上位悪魔が発する澱みから生まれ、下位種とされる彼らは負の衝動そのものとして存在し、本能的に鏡の国の住人たちを襲う。
狂気そのものでできていると言っていい彼らがクロウの発する気迫と殺気に怯んだ。
(ーーうぐっ)
自らの能力で身を隠しているイリーヤですら一瞬戦意を失いかける。
(なんなのよコイツは? 下位の悪魔どもに怯えなんて感情はないはずなのに……)
「オマエら誰が主人なのか忘れたのぉ? さっさとそのガキを擦り潰せ!!」
イリーヤが発する命に悪魔達は我に返り、再び狂気を走らせクロウに襲いかかる。
「いいぜ、トコトンやろうじゃねぇか!」
クロウは笑いながら四方から攻め寄る悪魔を待たずに自ら正面の悪魔に突っ込んだ。
一息に懐に飛び込まれた四つ手で昆虫のような頭をした悪魔はクロウを見失う。その一瞬で悪魔の四つの腕は全てへし折られてそのまま横の悪魔に向かって蹴り飛ばされる。
ーーゴキ!ゴキ!
そのまま横から食いついてきていた大顎を持つ女の悪魔に食い潰された。
クロウは四つ手を蹴り飛ばした反動で反対側から迫っていた悪魔に近寄り、掌底を叩き込んで即座に絶命させるとその悪魔を盾がわりに背にしつつ次の悪魔を指を揃えた抜き手で撃ち抜く。
(……イカれてる)
次々と悪魔達が葬られていくのを見遣りながらイリーヤは絶句していた。
〈光の王〉や燦術士であればまだ分かる。光は悪魔にとって最大の弱点だ。イリーヤのように壁となる依り代がなければ下位悪魔など触れただけで消し飛ばされる。だがクロウは殆ど苦戦している様子もない。下位とはいえ、野生の獣などより遥かに強い悪魔を相手にしてだ。
(森の番人に配置していた中位悪魔も近接戦闘では手も足も出ていなかった。仕掛けは早めに使うべきね……)
「ハッ! どうしたぁ!!」
クロウは数多の悪魔を屠りながらも息すら切らさず動き続ける。
老人の顔をした奇怪な猿のような悪魔の攻撃を半歩下がって躱し、開いた距離を使って蹴りを放つ。重い音と共に悪魔の体は吹っ飛んでいく。
(ーー!?)
次の悪魔に狙いをつけたクロウは見えたものに動きを止める。
数体の悪魔を取り巻きにした巨漢の悪魔の片手に握られるクロウと同い年くらいの少女。
「あらぁ、ちゃんと気づいたのね。後は言わなくても分かるわよねぇ」
聞こえてきた声にクロウが頭上を見上げると、頭上の木の枝にイリーヤが腰かけていた。
「た、助けて……」
恐怖に顔を歪めた少女は絞り出すようにクロウに助けを求める。
つまり、人質。少女に手を出されたくなければ黙ってやられろということだろうか。
そのどうしようもない状況で、少女の助けを求める声を聞いたクロウは嗤った。
「まぁ、頑張って耐えろよ」
クロウはそう言うと巨漢の悪魔の取り巻きを屠り始める。
「なっ、アンタ意味わかってんの!?」
「なんだ? 心配してやってるのか」
人質の少女の存在を気にも留めないクロウに驚くイリーヤ。
「助かるかどうかはアイツ次第だ。結局自分でどうにかするしかねーのさ」
取り巻きを全て屠ったクロウは巨漢の悪魔の膝を蹴り砕く。たまらず崩れ落ちた悪魔の顎に膝蹴り。その衝撃で頭がおかしな方向に向いた悪魔は溶けるように崩れていく。
「何とかなったな」
悪魔から解放され蹲る少女に手を差し伸べるクロウ。
声を掛けられた少女が顔を上げるが、その顔が獣のように変貌しクロウに襲いかかる。しかし、クロウは動ずることなく少女の顔面を無造作に鷲掴みにした。
「お前何か勘違いしてるみたいだな。エウレカさんには悪いけど、ユーリちゃんを助けるのはついで。俺の目的は仮面野郎だよ」
そのまま少女の顔面を握りつぶして嗤うクロウ。
「あいつは俺なんかが助けるまでもないさ」
(コイツ……ガキを助けに来たんじゃあないの?)
イリーヤはクロウのセリフが理解できず、ただ気味の悪さを覚えていた。
いつの間にかイリーヤがけしかけた悪魔はいつの間にか全滅している。
「お前はやらねぇのか? 透明女?」
イリーヤはクロウの問いかけにビクリとする。足止めの仕事はまだ十分に果たせたとは言えない。
しかし、今のままのイリーヤではクロウには敵わないであろうことは理解していた。
「ハッ、二度と歯向かうんじゃねーぞ。じゃあな」
殺気が萎えていることに気付いたクロウはイリーヤを無視して森のさらに深くへと足を踏み入れた。




