表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リアトリス  作者: 高速処女膜
第一章 誘いの仮面編
16/25

14 エウレカ


 ユーリが遠くからこちらに手を振っている。

 強い奴も弱い奴も、若いのも老いたのも、この世界には色々な奴が来る。

 今までに何人か()()()の異世界人と遭遇したが、クロウが出会った中ではとびきりひ弱そうだった。

 だからだろうか、ベルシュカ市で再会したとには案外楽しくやっていそうで少し安心した。


 その後、悪魔の臭いを追っていたらまたユーリがいた。

 何故かは分からないが、クロウは悪魔の存在を臭いとしてなんとなくだが感じられる。そのおかげで各地で暴れる悪魔を討伐することで生計が立てられた。

 かつて良き師に出会えたこともあり、クロウは決して弱くはない。今までも何十体も悪魔を狩ってきた。しかし、今回はそうはいかなかった。


 ずっと手を振っていたユーリが名残惜しそうに踵を返し歩き去っていく。

 それを眺めながら少し空虚な気持ちになった。

 何故だろうか。

 ぼうっとユーリが去った方向を眺めていると空がどんどん明るくなっていく。

 「……クロウ君。クロウ君!」

 声が聞こえる。ユーリだろうか。

 (それにしちゃ随分と太い声だな)


 「クロウ君!!」


 「あ?」

 小声で何度も名前を呼ばれクロウは目が覚めた。

 鉄格子の隙間から、廊下の弱い照明が差し込んできている。

 声の方を向くと昨日もこの留置場で見た顔がこちらを見返していた。いつものけだるげな表情は相変わらずだが、少し焦っているようにも見えた。

 クロウは簡素なベットの脇に置かれた丸渕眼鏡を手に取って耳に掛ける。

 やや視力の弱いクロウが師に押し付けられるように貰った眼鏡なのだが、今ではないと落ち着かなくなっていた。

 「やぁーっと目が覚めたかい。何でこの状況で爆睡できるのかなぁ」

 呆れたようなエウレカの声。

 「だってこの有様だもんよ。寝るくらいしかねーじゃん」

 一度脱走を企てたクロウの両手には分厚い枷が掛かっており、足も両足を繋ぐように強靭なワイヤーが結ばれている。

 「あーね。それは分かったけど、君はまだやる気はあるかい?」

 「?」

 エウレカの問いに首をかしげるクロウ。が、すぐに何のことか思い至った。

 「仮面野郎のことか? もちろんやるぜ」

 「そうか。ならいい」

 そう言ってエウレカが何かを留置所内に放り投げる。

 「枷と牢の鍵だ。守衛は抱き込んでる。変装用に騎士の制服も用意したから着替えて付いてきな」

 


 * * *



 昨晩、騎士団支部内の廊下を歩きながらエウレカは頭を抱えていた。

 (ヤバいなぁ、〈黒の教典〉と触媒(カタリスト)が奴の元に揃った。それにクロウ君の話じゃユーリ君が奴らに捕まっているらしいし、当然無関係じゃないだろう。恐らく……もう時間がない)

 とうに本国の上司には連絡を入れているが、部隊の編成と移動を考えると応援がベルシュカ市に到着するのは翌日の夜頃になるだろう。今すぐ動くにはベルシュカ市の騎士団の力を借りるしかないが、エウレカには一つ気になっていることがあった。


 悩みながら捜査本部と手書きで貼り付けられた部屋に入ったエウレカは部屋の奥で騎士達に指示を出す女性に近づく。

 「あら、エウレカ卿。いらっしゃったんですね。こちらは目下仮面共を捜索中ではありますが、難航しています。既に他の騎士団の管轄区域まで逃げている可能性もあるでしょう。せめて奴らの目的が分かれば良いのですが」

 そう話すスケッチ少佐の後ろに貼られた、ベルシュカ市とその周辺の地図をエウレカが眺める。捜索地点にはマークが付けられているが、かなりまばらだ。

 (ベルシュカ市域は広大だ。市内警備と外境周辺の討伐部隊に人員も集中している。そこ以外の地域が手薄になるのは分かるけど……随分とのんびりしているな)

 エウレカがスケッチ少佐に向き直った。

 「スケッチ少佐もご存じの通り触媒(カタリスト)が厳重に保管されているのはアレが上位悪魔を喚び出すためのものだからです。本来召喚は簡単な術式ではないですが、〈光の王〉である奴が我が国から奪った〈黒の教典〉を使えば明日にでも喚び出されるやも知れません」

 「確かに上位悪魔であればベルシュカ市を滅ぼすことも可能でしょう。しかし、奴が言っていた世界を滅ぼすというには僅かな力です。何の為に悪魔を喚ぶつもりなのでしょうか?」

 首を傾げるスケッチ少佐。確かに災害とも呼べる脅威であるのは間違いはないが、もっと別の目的があるのかも知れない。

 「悪魔をただ喚び出しても暴れまわるだけ。それに悪魔の最大の弱点……〈光の王〉が出てくれば勝負にならない。確かに他に目的があるのかも知れません。しかし、今はまず居場所の探索を急ぐべきでしょう。特に攫われたユーリさんが奴を目撃したクロイネの森は早急に探索すべきだ」

 スケッチ少佐の視線がエウレカに向けられる。その怜悧な瞳はいつもよりも殊更鋭く感じられた。

 「おっしゃる通りですが、クロイネの森はユーリという少女が攫われた事件の際に、浅い範囲ではありますが一度捜索を行っています。かの森の深部には凶暴な獣が生息していますし、部隊の編成を待ってからの方がよいでしょう」

 「事態は一刻を争うのですよ!」

 「だからこそ確実を期するべきでしょう。獣相手に疲弊していては元も子もありません」

 そう言われてはエウレカも黙るしかない。

 「明日、エウレカ卿には市内の探索を行う部隊の指揮をお願いします。私は市外を主に担当しますので。煌都と導国の応援部隊が到着次第、クロイネの森に入りましょう」

 「……分かりました。よろしくお願いします」

 共同捜査とはいえここはソル=ソレイユ煌国。捜査の主導権はベルシュカ市騎士団にある。スケッチ少佐の指示にエウレカはしぶしぶ頷いた。


 正直なところ、今回の事件で戦争が始まろうが世界が滅ぼうが、エウレカにとっては別にどうでもいい。

 (元の世界でも鏡の国(ここ)でもあんまり良いことなかったしね。後は死ぬまでのんびり生きられればそれでいいんだけど)

 しかし、自身が関わった事件で世界の滅びを招き寄せ、あまつさえ一人の女の子が亡くなるというのは嫌だった。

 (そうさ、つまらない理由さ。今更何かを成し遂げようなんて思っちゃいないけどね、寝覚めが悪くなるのは嫌なんだよ。最悪のことが起こるにしても、全部人のせいであって欲しい)

 「ホント、自分勝手だよねぇ……」

 「何か?」

 ぼそりと呟いたエウレカにスケッチ少佐が何事かと聞き返す。

 「い、いえ、何でもありませんよ。私はこれから本国との打ち合わせをしてきます。御用があればいつでも連絡ください」

 そう言って足早に部屋を出るエウレカ。

 (このままでは遅すぎる。と言っても打てる手なんて限られるか……)



 * * *



 「あーあ。あの守衛さん達怒られないの?」


 「機密任務だと伝えておいた。今、本国と連携して手配を進めているから僕も彼らも問題ないさ」

 クロウはエウレカに案内されて、少々埃かかった部屋の一室で保存食をバクバクと貪り食っている。

 ここはマギクラッド導国のスパイが使う隠れ家の一つらしい。


 「君、食べすぎだよねぇ」

 「うーん。留置所の飯も案外旨かったけど、量がね」

 そもそも昨夕に脱走騒ぎまで起こしている。再度捕まってからは飯も抜かれ、最後に食べたのは昨日の昼まで遡る。


 「で、具体的には何の用な訳?」

 クロウの問いに、コーヒーを啜りながら手にした携帯端末を操作していたエウレカが手を止めた。

 「危険な任務であることは承知で頼むんだが、例の仮面の男、電子の仮面(ディスプレイ)を邪魔しに行ってくれないかな?」

 「へぇ、昨日は断られちゃったのに、なんでまた」

 「電子の仮面(ディスプレイ)の居所は見当が付いてるんだけどね。どうも騎士団の動きが鈍い。各地から爵位持ちの精鋭が集められて討伐部隊が編成されているが、鉄道を使ってベルシュカ市に到着するのは夜中になるだろう……それじゃあ多分間に合わない」

 「間に合わない?」

 「ユーリ君だよ。恐らく悪魔召喚の依り代にするつもりなんだろうが、部隊が到着するころにはとうに終わっているだろう。奴が召喚した悪魔を使って何をするつもりか知らないが、今編成しているのはそれに対処する部隊だ。もうユーリ君の無事なんて考えちゃいないさ」

 「悪魔ね。それなら俺の得意分野だ」

 そう言って笑うクロウにエウレカが釘を刺す。

 「馬鹿言え。出てくるのは上位悪魔だ。いくら君でも一人で太刀打ちできるもんじゃない。それに召喚が終わる前にユーリちゃんを助けないとね」

 「へぇ、そんな強いなら一度やり合ってみたいけど……ま、今回はいいや。でも、おじさんも変な人だよね。いつもやる気なさそうなのに、こんなに仕事熱心とは思わなかったよ」

 「失礼だな。これでも最低限は仕事してるつもりなんだけどな」

 「そーんなこと言って。おじさん、本当に俺を捕まえる気あった? その気なら今まで結構チャンスはあったと思うんだけどなぁ」

 疑うクロウにエウレカは苦笑した。

 「いやぁ、チャンスはあれどもなかなか一人で取り押さえる自信がなくてね。増援を呼んでるうちに逃げられてたのさ」

 「まぁた嘘ばっかり。おじさん結構強いでしょ。俺なんかと二人きりになろうなんて、普通は思わないよ」

 「はは、本当に強かったら良かったんだけどね……」


 そう言って視線を落とすエウレカにクロウが首を傾げたその時、コンコンと扉をノックする音が響いた。

 「おっ、来たかな」

 入ってきたのは数人の男女だった。

 その中に一人、クロウも見知った顔を見つける。

 「あれ? こーむいんのおねーさんじゃん。どーしたの?」

 「エウレカ卿、クロウさん。脱獄は上手くいったんですね」

 そう話すのは鏡の国案内所の係員であるカイリだ。他には案内所のウエイトレスのリア、ユーリの職場の店主であるルキア、一番後ろには大柄な強面の男が腕を組んで立っていた。

 「あっ、旦那のダリスです」

 ルキアにそう紹介された男性は黙ったまま大きく頷く。

 「何々? 何なの」

 良く分からないといった様子のクロウにエウレカが説明する。

 「ちょっと人手が欲しくてね。皆ユーリ君の関係者さ」

 「人手って、おじさんには騎士の仲間がいるんじゃないの?」

 「ちょっと騎士団に動きを悟られたくなくてね。昨晩の内にカイリさんを通して協力を依頼したんだ」


 「あ、あの。騎士様の言う通り、ユーリちゃんが攫われた現場を()()()きました」

 緊張しているのか少しオドオドとした様子でそう話すのは犬の亜人であるリアだ。

 「時間が経ち過ぎていて殆ど匂いは残ってなかったんですが、現場が保存されていたお陰で僅かですが、足跡臭から森の土や苔らしき匂いが確認できました」

 「いやいや、十分さ。ありがとう」

 少ししょんぼりした様子のリアだが、反対にエウレカは笑って感謝を述べた。

 「アタシは旦那とクロイネの森周辺を探ってたんだけど、騎士の巡回がやけに多くてあんまり成果と呼べるもんはないねぇ」

 こちらも申し訳なさそうなルキアだが、エウレカは何か得心いったように頷く。

 「私からはこちらですエウレカ卿」

 カイリがそう言ってエウレカに渡したのは数枚の書類。その中身をさっと確認したエウレカは驚いた様子でカイリに顔を向ける。

 「司令官クラスの個人情報だから案内所の職員の権限じゃアクセスできないと思っていたんだが、期待以上だ。カイリさん、貴女は一体……」

 「私はただの案内所の職員ですよ。調べ物は少し得意ですが」

 カイリは質問をはぐらかすようにそう言ってニコリと営業スマイルを浮かべる。


 「うん。これならクロイネの森に電子の仮面(ディスプレイ)のアジトがあるのは間違いないだろう。場所は恐らく最深部にあるという廃墟地域。危険な獣が生息しているらしいけど……」

 「問題ねーよ。ちゃちゃっと行って帰ってくるさ」

 不敵な表情を浮かべるクロウにエウレカが頭を下げた。

 「後はこっちで上手くやるよう約束するからさ。こんなことになって悪いけど、君が頼りだ」

 「別にいいって。俺もアイツの吠え面拝まなきゃ我慢ならないからさ」

 エウレカに続いてカイリもクロウに軽く頭を下げる。

 「貴方を信用していいのかは分かりませんが、ユーリさんはよく貴方の話をしていました。絶対に連れて帰って来て下さいね」

 「任せな。あと、帰ってきたらご褒美にデートしてくれる?」

 軽口を叩くクロウにカイリはニッコリと笑う。

 「貴方は帰って来なくていいんですよ」

 「……」

 「あの、ユーリちゃんとはまだ知り合ったばかりですけど、優しい子だと思います。よろしくお願いします!」

 「あんな頑張り屋さんのいい子が死ぬなんて、もうそんなのは見飽きちまったからね。頼んだよ」

 リアとルキアの言葉にクロウが頷いた。

 「ハッ、短い間に随分人気者じゃねーのよ」

  さて、と気合を入れたクロウだがそこでふと気付く。

 「んで、脱獄ホヤホヤの俺はそもそもこっから出られんの?」

 今のところクロウはただの脱獄犯だ。ベルシュカ市からは入った時のようには出られないだろう。

 「ん?」

 そこで今まで腕を組んだまま一言も話さなかったダリスがクロウの肩をそっと掴んだ。

 「旦那が商用の外出許可を取ってある。夜分の外出になるから怪しまれるだろうけど、人一人くらいトラックに潜り込めばそうはバレないさ。旦那は元傭兵で騎士達にも顔は知られてるからなんとかなるだろう」

 ルキアの言葉にダリスがその凶悪な人相をぐにゃりと歪めた。笑顔……なのだろうか。


 「……あはは。ヨロシクオネガイシマス」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ