13 脱出戦
「話は後でゆっくりとすればいい。囲め。取り押さえるぞ。抵抗するようなら撃っても構わん。エウレカ卿、よろしいですね」
対峙するクロウ達の間に割って入るようにスケッチ少佐の気勢のある声が響き、騎士達が少しずつクロウと電子の仮面の周りを囲み始めた。
「鎮圧用のゴム弾だが当たれば無事では済まんぞ」
そう警告するスケッチ少佐。
「仕方がないな。僕もここでおとなしく捕まるわけにはいかないんでね。ここは一つ脱出まで協力といこう。騎士どもを蹴散らすなら手伝おうじゃないか」
小声でクロウにささやく電子の仮面。
「いや、いーよ」
その申し出をクロウは断った。
「お前にやらせると殺しちゃうだろ。てか、ユーリちゃんは無事なんだろうな」
「彼女なら、今頃我が家で寛いでいるんじゃあないかな」
電子の仮面のからかうような物言いにクロウが眉根を寄せる。
「嘘くせぇが……ま、いいやっ!」
そう言うが否やクロウが壁に跳び、そのまま三角跳びで騎士の集団の中に入り込む。
「撃つな! 押さえろ!!」
内に入られれば同士討ちを避けるためにも銃は使えない。
スケッチ少佐の指示で騎士たちはクロウを囲もうと動き始めるが間に合わない。
「よっと」
クロウは相手が動揺している隙に手近な騎士を掴んでどんどん投げ倒していく。騎士たちが倒れて重なり合い立ち上がるのに手間取っている隙にクロウの拳や蹴りが飛んでくる。
「へぇ、やるもんだねぇ」
呑気に観戦していた電子の仮面に他の騎士たちが小銃を構えて発砲した。
「Activationーー〈拒絶する壁〉」
電子の仮面が騎士達に手を翳すと同時に仮面の表示が切り替わり、術式が高速でスクロールする。瞬時に透明な壁が電子の仮面の周囲を覆い、甲高い音を立てて銃弾を弾いた。
「ーー燦術か!?」
弾かれた銃弾に驚く騎士達は相手の次の動きへの対応が遅れてしまう。
「ーー〈閃電〉」
仮面の術式が瞬時に切り替わると、電子の仮面の周囲から放たれた稲妻が辺りを覆い、騎士を打ちのめす。
「うぐぁぁぁ!!」
感電し、肉の焦げた匂いを漂わせながら倒れ込む騎士達。
「おいおい、やりすぎんなよ~」
その惨状にクロウが顔を顰める。
「仕掛けてきたのは向こうなのだからその代償は払ってもらわないとね」
クロウの言葉を軽く流す電子の仮面をスケッチ少佐が睨みつけた。
「ーー貴様ら。エウレカ卿、元々あの仮面男を捕縛するのは貴方の仕事でしょう。我々が立て直すまで時間を稼いで下さい」
そう言ってスケッチ少佐が警棒を軽く一振りして展開する。伸びた警棒はバチバチと嫌な音を立てていた。
(スタンロッド? さっきの見た後であれは食らいたくねぇな)
スケッチ少佐と向かい合っていたクロウが苦い顔をする。
「頼みましたよ。動けるものは私の援護を!」
そのままスケッチ少佐は片手に持った大盾を構えてクロウに突撃しつつ警棒を振るい始めた。
「あー、はいはい。そうです。私の仕事ですね。今すぐ向かいます」
スケッチ少佐を横目に、ヒョコヒョコと倒れた騎士達を避けながら、名指しを受けたエウレカが非常に億劫そうに電子の仮面と向かい合う。
「いやぁ、そんなわけでちょっと待ってもらうわけには……いかないよねぇ」
「マギクラッド導国の騎士……ね。そういえば僕らを嗅ぎまわっていた騎士を一人始末したな」
「お陰様でこっちは大忙しだよ」
この状況でもいまいちやる気のなさそうなエウレカに電子の仮面が殺気を向ける。
「Activationーー〈閃電〉」
「五行相剋〈金剋木〉」
仮面に術式を走らせ雷撃を放つ電子の仮面に対し、エウレカが懐から取り出した札を床に放つと床が周囲の金属を取り込みながら変形。即席の避雷針へと姿を変える。
避雷針は吸い込むように放たれた電撃を全て跡形もなく吸収する。
「……変わった術を使うね。マギクラッドの燦術とも違う」
「借り物なんだけどね。そら、悪行罰示ーー〈樹妖〉」
エウレカが新しい札を床に投げつけると、エウレカを中心に円を描くように床が鏡のように変化する。
天井ではなく暗い闇を映した鏡からズルズルと木の根のようなものが這い出てきた。
それはすぐさま電子の仮面の足元から壁を伝って天井へと広がり、四方八方から伸びた木の根が電子の仮面を拘束する。
そのままぐるぐると幾重にも巻き付き電子の仮面の姿を覆い隠していくが……。
「ーー〈見えざる死〉」
くぐもった電子の仮面の声と同時にピタリと木の根の動きが止まったと思うと、悲鳴のような木々の擦れる音と共にボロボロと崩れ落ちる。
その様子を見たエウレカが顔を顰めた。
「あちゃあ、こんなんじゃだめだよねぇ……」
「鏡か。エウレカだったかな。〈鏡の騎士〉がこんなところにいるとはね」
崩れた蔦の中から姿を現した無傷の電子の仮面の言葉にエウレカが皮肉げに笑う。
「落ちこぼれの左遷組さ。僕如きの代わりはいくらでもいるからね」
「それでも〈鏡の騎士〉はこの世界にとって特別な存在のはずだ。少しだけ貴方に興味が湧いたよ」
「……そりゃどうも。ま、鏡の騎士はもう一人いるけどね」
さてどうしたものかと冷や汗をかきながら懐に手を差し込むエウレカだったが、そこに騎士たちの声が室内に響く。
「スケッチ少佐。準備完了しました」
クロウと電子の仮面が周囲を見渡すと、三人づつ部屋の隅に集まった騎士たちがクロウと電子の仮面、それぞれに向けて鏡張りの盾を構えている。
騎士達と共にクロウを盾とスタンロッドで上手くいなしていたスケッチ少佐が一歩下がった。
「よし、始めるぞ」
表面が鏡になった盾が、スケッチ少佐の合図とともにクロウと電子の仮面を映し出す。
「侵入者のおかげで余計な時間が掛かったが、これで終いだ。Ignitionーー蒼の聖櫃」
スケッチ少佐が耳に掛かった髪をかき上げつつ左耳に付けたイヤリングをなぞると、先端に付けられた燃えるような赤色をした宝石からなぞった指へと焔が纏わりつく。そして、その焔に懐から取り出した呪文書を近づけた。
びっしりと文字が刻まれた呪文書を焔が好物を見つけたように巻き付き、燃やし尽くしたかと思うと、焔が青白く変化しスケッチ少佐の持つ盾へ吸い込まれる。
「鏡の盾ーリンク」
スケッチ少佐の掛け声と共に部下の騎士たちの持つ盾が淡く光った。次の瞬間、盾から噴き出た青い焔がクロウと電子の仮面を包み込む。
「なっーーに」
本能的に鏡になっている盾から逃れようとしたクロウだったが、その動きがピタリと止まる。
(全く動かねぇ)
クロウと電子の仮面を包む焔に熱さや痛みはない。しかし、かろうじて薄く呼吸ができる程度で、全身を空中に縫い留められたかのように動けなかった。
電子の仮面も術にかかる直前に懐からハイヒールの入った包みを床に放り投げて、そのまま動きを止めている。
(これは時間すら凍りつくという秘術書〈青の静典〉の術か? スケッチ少佐が使ったのはその秘術のごく一部の力だろうが、何故彼女がこんな術を知っている?)
スケッチ少佐の術を見てエウレカは首を傾げる。確かに〈青の静典〉はソル=ソレイユ煌国が所持しているが、閲覧にはそれなりの立場が必要になるはずである。マギクラッド導国でも〈黒の教典〉には公爵位の騎士ですら閲覧制限が掛かっていた。だからこそ電子の仮面は研究員として潜入をして〈黒の教典〉を奪ったのだ。
(地方都市の騎士団長クラスが扱う燦術じゃあない。何者だ、スケッチ少佐は?)
「さて、電子の仮面は拘束して特別房に放り込め。小僧の方は脱走の罪状を上乗せさせてもらおうか」
そう言ってスケッチ少佐は電子の仮面が放り投げた包みを拾おうとする。
「それはーー僕のものだ」
そこで動きを止めたままの電子の仮面がスケッチ少佐を制止した。
「貴様、何故話せる?!」
「大した燦術だけどこれはただ移動を制限している程度のものに過ぎない。僕には関係ないな」
そう言うと電子の仮面の体が透け始める。そのまま完全に姿を消すと、周囲を静かに灼いていた焔が揺らいだ。
「ーーなっ?!」
思わず絶句するスケッチ少佐の前で不可視の力に握りつぶされるように焔が収縮し弾け飛ぶ。
次の瞬間には包みを拾おうとした体勢で動きを止めていたスケッチ少佐の目の前で電子の仮面が姿を現した。
「キサーー」
ドンッ! と蹴りでスケッチ少佐を吹き飛ばし、電子の仮面は包みを拾い上げる。
「君は……何者なんだ? その術はただの燦術じゃない。それを力づくで破れるのは……」
エウレカのつぶやきに電子の仮面
「〈光の王〉かい? そうさ、僕は〈叡智の箱舟〉所属の王。と言っても、もう〈箱舟〉を名乗るのは僕一人だけどね」
「王……〈箱舟〉には二人の王がいたというのか」
「この世界に存在する〈光の王〉が本当に三人だけかと思うのかい? 今の平和なんて一時的なものさ。三ヵ国とも裏で幾つもの企みを抱えている。僕はきっかけの一つに過ぎない」
「では、ごきげんよう。Activationーー〈歪曲門〉」
電子の仮面の仮面に大量の文字列が流れていく。同時に電子の仮面の周辺が淡い輝きを放ち始めた。
「これは、〈転移門〉の一種か!?」
「各員、撃て! 術の発動中なら他の術は起動できないはずだ」
スケッチ少佐の号令に騎士たちが小銃で電子の仮面に集中砲火を浴びせる。
しかし、銃弾は電子の仮面を虚しく透過し背後の壁を穿つだけだった。
「是非とも楽しみにしていてくれ。世界の終わりを」
そう告げて電子の仮面の姿が光の中に消える。
「くそっ」
スケッチ少佐が悪態をついた。
「あーあー。逃げられちゃったねぇ」
エウレカが困ったように笑う。
「笑っている場合ではないでしょう。二班の動ける者は術士を集めて転移先の解析に当たれ。一班は私と共に救護と各方面に連絡を。エウレカ卿も情報は共有して下さい。補佐が必要であれば人員を手配します」
すぐさま指示を飛ばして部屋を立ち去ろうするスケッチ少佐。
相変わらず動けないクロウはその冷たい眼差しと目が合った。そこで思い出したかのようにスケッチ少佐が追加の指示を飛ばす。
「そこの小僧はまた留置場に放り込んでおけ。今度は両手両足を縛り上げてな」
少し離れて立っていたエウレカはこちらを見て苦笑いを浮かべている。
「まぁ、なんだ。頑張ってね!」
(あの野郎。自分だけまんまと逃げだしやがって)
声すら出せないクロウは心の中で悪態をつくしか他なかったのだった。




