12 脱獄
(さーてと、そろそろこのスイートルームからおさらばしますか)
エウレカが帰ってからぐっすりと一眠りしたクロウはバキバキと体をストレッチする。
「なんとかなりますよーに」
ストレッチを終えたクロウはそのまま鉄格子の一本を横薙に蹴り抜いて歪ませる。そのまま何度か蹴りを繰り返した。
「何をしてる貴様!!」
音を聞きつけた二人の騎士が駆けつけた頃には鉄格子には人一人がすんなり通ることのできる広さに開いていた。
「何だこれは‥‥?」
強靭な大型の悪魔の骨を容易に蹴り砕くクロウに、鉄格子程度はそもそも檻の役割をなしてはいない。
「ごーめんね。ちょっと寝てろや」
そのまま一人の顎を掌底で打ち抜きダウンさせるとすぐさまもう一人を締め落とす。
(さてと、さっさと抜け出さねーとな。建物さえ出ちまえば何とかなるだろう)
そう考えるとクロウは忍び足で出口を探し始めた。
* * *
ベルシュカ市騎士団本部。もう日も落ちようかという時間帯にスラリとした中年の男が本部の建物から出てくる。
「あ、サミュエル課長、お疲れ様です。お帰りですか?」
そう声を掛けたのは入り口の守衛をしている若い騎士だ。
「ああ、今日は娘の誕生日でね。少佐が早めに帰れるように気を遣ってくれたんだ」
「それは早く帰らないとですね! では、お気をつけて下さい!」
門番と軽く挨拶をしてサミュエルが帰途につこうと少し歩いたところで横合いから声が掛かる。
「すみません。道をお尋ねしてよろしいでしょうか?」
帽子を目深に被っており顔はよく見えないが、声からして若い男性だろうか。
「どこまでいくんだい? 私も急いでいるんだが、近くなら案内しよう」
サミュエルは娘の為にも早く帰りたいと思いながらも、騎士としての責任感から優しく声をかける。
「多分こちらの方だと思うんですが、どの道を曲がるのか分からなくて……」
そう言いいながら近くの路地に向かう男について行くサミュエル。
「どれ、貸してごらん。私が見てみよう」
そうして地図を受け取ろうとした時だった。
バチっ!
「うっ!!」
男がサミュエルに触れると同時に電流が走りサミュエルはそのまま力無く倒れ込んだ。
「すまないね。少し眠っててくれるかい」
男はサミュエルの懐に手を差し込み、入館証を奪うとサミュエルの体を近くにあったゴミの集積ボックスに放り込む。
そして周りを見渡し誰にも見られていないことを確認すると、その姿が陽炎のように揺らいだ。
数十秒後に路地から出できたのは顔も服装もサミュエルにそっくりな男だった。
男はそのまま騎士団本部に向かい、守衛の前で入館証を翳してゲートを通る。
「あれ、サミュエル課長どうしたんですか?」
「いや、急いでたもんだから忘れ物をしてね。うっかりしていたよ」
疑われることもなく建物内に侵入した男は迷いのない足取りで館内を進んでいく。
階段を降り、複雑に入り組んだ廊下を進んでいくと二人の騎士が警備している扉が見えてくる。
扉は他の扉に比べると物々しく頑強そうな造りだ。入り口の上部に据え付けられた札には『機密保管庫』と記されていた。
「これはサミュエル課長。如何されましたか?」
「いや、ここに用があってね。通してくれるかな?」
「許可証のご提示をお願いします。いかにサミュエル課長であれども、ベルシュカ市長と騎士団団長の承認がおりた許可証なしでは入室頂けません」
そう言って男の前に手を差し出す騎士。
ソル=ソレイユ煌国に幾つか存在する機密保管庫には、国にとって重要性の高い物品が保管されており、保管場所や内容は定期的に変更される他、保管庫のある地域には必ず爵位持ちの騎士が配置される。
男の目的の品物はベルシュカ市に保管されていることはある筋から下調べ済だった。
「ああ、勿論だとも。これを確認してくれ」
そう言って一枚の紙を差し出す男。
受け取った騎士は内容をチラリと確認した後、紙を扉に翳した。
すると紙の四方が淡く光りそのまま扉に呑み込まれる。
ガチャリ。と鍵の開く音がした。
「お待たせしました。どうぞお入り下さい」
「ああ、ご苦労様」
騎士の間を通り抜け扉を開ける男。その横顔には不気味な笑みが張り付いていた。
* * *
「待て貴様! ここから逃げ切れるわけがないだろう。さっさと諦めろ!!」
(うーん、何でこうなった?)
騎士達に追われながらクロウは考える。
バレるにしても入り口付近まではこっそり行こうと考えていたのだが、留置所に拘留されていた他の犯罪者達が口止め料を要求してきやがったのにイラッときて、思いっきりバカにしてやったのがいけなかったらしい。すぐに騒ぎた立てられて騎士に気付かれることになった。
(大体、拘留されてる身分で金もらってどうするつもりなんだよ)
ベルシュカ市はソル=ソレイユ煌国における地方都市の位置付けだが、かつては〈光の王〉の治める地として栄えており、街の規模はかなり大きい。街を守る騎士の数も多く、騎士団本部内も広いが逃げ回るには限度がある。
(荷物も諦めるしかねーか。とりあえず上に上がらねーと。ってあれかな?)
向かいから現れた騎士を蹴飛ばして抜き去ったところで丁度上階に上がる階段を見つける。
クロウが階段を駆け上がると、先に前を歩く中年の男の背中が見えたが、見つからないようにのんびり躱している暇はない。
「悪いなおっさん。ーーって、あり!?」
一息で相手の正面に回り込んだクロウは男の顎に軽く突きを入れようとするが、頭部を覆うように上げた手であっさりと捌かれる。だが、クロウにとって重要なのは突きを捌かれたことではなかった。
「――あれ? あれ?」
「――あれれ……?」
クロウが中年の男を見て首を傾げた。そして目を見開き嗤う。
「その捌き方……お前、仮面野郎だな」
クロウの丸渕眼鏡がギラギラと輝く。
つい昨日に同じところを狙った突きを同じように捌かれているのだ。忘れるわけがない。
「こんなところで会えるなんてなぁ。さっそく死ねや!」
「全く。どういう感覚をしているんだ君は? まぁ少し待ちなよ。今やることはないだろう。ここは騎士団本部のど真ん中だぞ」
殺意を剥き出しにして襲い掛かろうとするクロウを電子の仮面が止める。
「というか、何やら騒がしいと思って急いでいたんだけど、君が元凶なわけか」
そうボヤく電子の仮面にクロウも少し冷静さを取り戻した。
(案外老けてるっつーか声も違うし勘違いか? いや、この反応を見るにやっぱ合ってんのか?)
そう考えたところで思わす「げぇ」と声が出た。
廊下の奥からびっしりと隊列を組んだ騎士が向かってくる。
「おーい、私一人では止められそうもない。助けてくれ!」
電子の仮面が騎士たちに声を掛ける。そしてこちらを横目に見てニヤリと笑った。
「じゃあ、あとはよろしくね」
騎士達と入れ替わりクロウのそばを離れると、電子の仮面は早足にこの場を離れていく。
「おいっ、待てよ!」
出口までの順路も分からないし、電子の仮面をみすみす逃がしたくもない。残されたクロウは少し唖然とした後、騎士たちに向かって構える。
「ちょっと手荒にいくけど、うっかり死ぬなよ」
* * *
早足に進む電子の仮面が廊下の途中にある扉に飛び込むように入る。そのまま素早く扉を閉め、軽く息をつく。
(まさか彼がここにいるとはね。しかも気付かれるとは……)
しかも、体捌き一つで見破られるとは考えもしていなかった。クロウが騎士相手に暴れているのだろう、戦闘音がここまで聞こえてくる。
(支部内で騒ぎが起こっている以上入口は固められているだろうね。騎士に化けているとはいえ、この状況で帰ろうとするのは少々不審がられるな。ここは少々目立つがやむを得ないか……)
そう思案した電子の仮面が自身の顔を手を覆うように動かした。
その時ーー扉の開く音と共に後ろから声が掛かった
「そこまでだ」
振り向くと、気だるそうな表情を浮かべた中年の男が肩で息をしながら壁にもたれ掛かっていた。鼻に掛かったスクエアの黒縁眼鏡も汗で少々ずり落ちている。
「はぁ……はぁ、たまには……運動しとくべきだったね」
「……貴方は?」
電子の仮面の言葉に中年の男が笑った。
「あれれ、私とはこの前お会いしているはずですけどね。サミュエル・ムーア装備課課長殿。マギクラッド導国の騎士、エウレカですよ。貴方を追ってはるばるやって来たね」
「……」
沈黙する電子の仮面。
「元々、君を追うのに機密保管庫には目を付けていてね。スケッチ少佐と連携して監視を強めていたんだが、許可証を偽造していたとはね。警備の騎士からの報告があったからよかったものの、まんまと侵入されてしまったよ。何を盗んできたんだい?」
「盗むとは人聞きが悪いな。返してもらっただけさ、元は我々のものだからね」
電子の仮面ディスプレイが懐から包みを取り出す。
半透明の包みに入っているそれは機密保管庫などという仰々しい場所にはそぐわない物だった。
血のように赤い色をした一揃えのハイヒール。
「やはり触媒……それを探していたということはやはり君は〈箱舟〉の残党か。それで何を企んでいる?」
「これを見てそこに気づくとはただの騎士という訳ではないみたいだね。っと……貴方とお話ししていたら、どうも役者が揃っちゃいそうだ」
離れた位置から聞こえていた戦闘音がだんだんと近づいてくる。そしてーー
ドンッッッ!!
何故か隣の部屋から壁をぶち破ってクロウが現れた。
「見っけ。って、エウレカさんもいるじゃん」
「動くな。仲間がいたか。両手をあげて投降しろ」
クロウの現れた側の部屋には黒を基調とした戦闘服に表が鏡面になっている奇妙な防弾盾と小銃で武装した騎士達が女性の指揮官の元で隊列を組み直していた。
銃口がこちらに向いているのを確認したクロウと電子の仮面は大人しく手を上げる。
「おいおい、どーすんのよこれ」
「連れてきたのは君だろう? 責任取りなよ」
「お前を逃す手伝いなんかするわけないじゃん」
不毛な争いを始める2人だったが、騎士達は少し動揺しているようだった。
「サミュエル課長? 何故その脱走者と一緒に?」
指揮官らしい眼鏡を掛けた女性騎士が問いかける。
「スケッチ少佐。それは何者かがサミュエル氏に化けているからさ」
スケッチ少佐の疑問に答えたのはエウレカだった。
「機密保管庫の警備から連絡があって慌てて記録を確認したよ。サミュエル氏は入室許可証の申請なんて出していない。そうしたら、本物のサミュエル氏が守衛に駆け込んできてね……こんな風にバレるなんて、君にしては随分間抜けだな電子の仮面」
エウレカのセリフにサミュエルの顔をした電子の仮面が目を細めた。
「成程、やはり殺しておくべきだったかな」
「半年前にマギクラッド導国の燦術研究所を壊滅させたのは君だろう。監視カメラのデータも壊されてたけど、騎士の中にはそんな状態でも追えるやつがいてね。君はそこでは新人研究員に化けてすり替わっていたようだが、彼は元気かい?」
「フフ……彼には可哀想なことをしたね。生かしておいても良かったんだけど、どうしても……名前が気に入らなくてね」
冷たい笑みを浮かべながらサミュエルが片手で顔を覆う。
そのままひと撫でするとそこにはツルリとした仮面が現れていた。液晶ディスプレイの様な仮面には◯と×が目の様に映し出されている。
「そういえばさっきの質問に答えていなかったね。僕の目的は二年前の続きさ。〈叡智の箱舟〉を復活させ、鏡の国を滅ぼす戦争を再び始める。誰にも、邪魔はさせない」




