1 プロローグ
ゆらゆらとなびく真っ黒な水面。
夏の蒸し暑い夜だった。
「はぁ。どーしよう」
橋の上で溜息をつきながら水面を眺めているのは10代前半ほどの少女。ポニーテールに纏めた黒髪に、フリルのついた可愛らしい半袖とジーンズ生地の短パンから突き出た血色のいい手足が健康的な印象を与えている。
しかし、その顔つきは随分と暗い。
きっかけは親しくしていた友人が急によそよそしくなったことだった。
不審に思った彼女は友人と何度か話をしたが、友人は逃げるように会話を打ち切るばかり。業を煮やした彼女はストーカーまがいの張り込みと調査の末、友人が別の女子グループにいわゆる"イジメ"を受けていることを突き止めた。
突き止めたはいいのだが、友人に力を貸そうとしても断られるばかり。むしろ、彼女まで被害に遭わないように関わるなと何度も念押しされた。
友人の優しさに報いたくはあるのだが。
「実際、私ができることなんて後々角が立つことばかりなのよねぇ」
その場は上手くやり過ごせても、後できっちり報復されるだろう。
元々ほっとけない性格の彼女は、困っている人を見かけるとついつい関わりにいってしまうのだが、彼女は自他共に認める"やや"直情型な性格で、物事を無難に片付けるような搦手は苦手だった。
「はぁ」
再び溜息をつき己の無力さを呪う。
複雑な人間関係が絡む問題。彼女には解決策が見えてこなかった。
ーージャバジャバ!!
その時、橋の下から水の激しく跳ねる音が聞こえてきた。
「何だろ?」
やや驚きながらは橋の下を覗くと小さな生き物がもがいている。溺れているのだろうか?
「大変!!」
少女の判断は早かった。
すぐさま手すりに足を掛けると生き物目掛けて川に飛び込む。
特に泳ぎが得意ではなかったし、川は危険だと認識していたが躊躇はしなかった。
水面までは約3メートルほど。落ちる少女は真っ黒な水面がガラスのように煌めき、どこか全く別の景色が映り込むのを目にした。
「えっ!?」
驚きの声をあげたのも一瞬。飛び込みざまに生き物を捕まえた彼女はそのまま水面に吸い込まれ、上がってくることはなかった。
* * *
くるくると揺れる視界。
真っ白な光の中を前後不覚になりながらも引っ張られるように落ちていく。
それもわずかのことで意識がはっきりしてくると、そこは木々が生い茂って光がほとんど差し込まない暗い森の中だった。
「こ、ここは? どこ?」
突然の事態に戸惑うが、ふと手の中の温もりに気づく。
「クゥーン」
そこには黒毛の小柄な犬が無邪気な瞳でこちらを見つめていた。川で溺れていたはずだが濡れた様子もなく元気そうである。少女自身も濡れた様子はない。
「無事だったのね。よかった」
小さな存在に少し安心を覚えたが周囲は暗くじめじめとしていて不気味だ。まだ少女である彼女には随分と恐ろしく思えた。
その時、ただの少女である彼女にも感じられるほどの異様な気配が辺りを包み込む。
「キャン!!」
「あっ」
同じ気配を感じたのか子犬が少女の手から飛び出して草木の間へと駆け込んでいった。
「うーん、ちょっと座標がズレたかな……? あぁ、こんちにはお嬢さん」
ザジザシと草木を踏み分け少女に声を掛けてきたのはひょろりとした背の高い男だった。
黒のスーツにコートを纏ったごく普通の出立ちではあるが、異質な点が一つ。男は顔に奇妙な仮面を着けていた。まるで液晶ディスプレイのように淡く光るツルリとした白い表面に、〇と×と◡の三つの文字が顔を表すかのように表示されている。
「警戒しなくていいよ。僕は……て、あれ」
少女は怪しい仮面の男を一目見た瞬間駆け出していた。
(不審者だ! 不審者だ! 不審者だ!!)
「随分と判断が早いね」
そう呟くと男は指をパチンと鳴らす。すると男の背後で影が蠢いた。
「追ってくれるかな。傷つけちゃダメだよ」
「キャウゥ」
男の言葉に影が這い出し少女を追い始めた。
アラサー記念。テンプレ異世界モノですがお楽しみいただけると幸いです。




