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作戦会議

 リシェスがなかなか訓練場から離れようとしないので、しかたなくあたしが医務室から傷薬と包帯を持ってきた。

 薬を傷口に雑にぶっかけると頭を包帯でグルグル巻きにする。


「もう少し丁寧にしていただけるとありがたいのですが」

「それはわざとよ。不満なら自分で巻き直しなさい」


 世間知らずのラパンお嬢様の介抱ならこんなものでしょう。

 正体がバレないギリギリのところを狙ったつもりよ。


「これはこれはラパンお嬢様、訓練の見学とは珍しいこともあったものです」


 厳つい顔をした初老の騎士があたしのところにあいさつしにきた。

 ラパン親衛隊2番隊隊長ゴドウィン。リシェスがあたしの護衛で付きっきりだから部隊の事実上のトップね。

 鍛え抜かれた肉体と鋭い眼光を持つ歴戦の勇士。彼相手には特に慎重に立ち回らないといけない。


「あたしの部隊だもの。視察のひとつぐらいするわ」

「そうですか。お嬢様はてっきり軍事には興味のないものだとばかり」


 怪しむような目つき。これはあたしのことを疑ってるわね。

 下手に言い訳するのは悪手。このまま押し通す。


「あたしはあたしのしたいことをする。それともあたしがあなたの仕事を気にすると何か不都合なことでもあるのかしら?」

「いえ、そのようなことは断じて……」


 ゴドウィンは頭を下げたがその目から猜疑の色は消えていない。

 この世界には人に化ける魔族も少なくないらしい。一度失踪したあたしが偽者かもしれないと疑うのは騎士として当然のこと。

 ほんのわずかなやりとりだけでも彼が優秀な騎士であることが伺える。リシェスが信頼して自分の部隊を任せているのもうなづけるわ。なんでヴィラール騎士団をクビになったのかしらね。


「いいわ質問に答えてあげる。軍事に興味が出たのよ。今さっきね。だからお昼の会議にも参加させてもらうわ」


 ゴドウィンは言葉を詰まらせた。

 あたしが魔族だったら軍事機密が漏れるかもしれないと考えたのだ。

 でもその後の懲罰を考えたら首を縦に振らざるをえないはず。


「……わかりました。リシェス殿とご一緒のほうがお嬢様も安心でしょう。ぜひご同席ください」


 ゴドウィンはリシェスに目配せしてから兵の指導に戻った。


「あのアイコンタクトはいったい何だったの?」

「お嬢様に不審な点はないかと聞かれましたのでひとまず否定しておきました」

「そう。信頼されてるのね」

「それは絶対にありえません。お嬢様も彼にはお気をつけください」


 ラパンお嬢様の私兵に左遷されただけでも屈辱的なのに若造のリシェスより格下扱いだものね。あたしが彼の立場だったら憎んでてもおかしくないわ。

 了解。こちらも警戒度はMAXにしておきましょう。




 午前の訓練が終わると午後は軍事会議だ。

 ラパン親衛隊の所属する7名の騎士が一堂に会して部隊の今後について話し合う。

 本日はあたしも加わって計8名だ。


「あの……どうしてラパンお嬢様が会議室におられるのでしょうか?」


 ゴドウィンにそう尋ねた赤毛の騎士は4番隊隊長のエスピオンだ。

 リストによると年齢は15歳。あたしより若いわ。小柄だけどリシェスに負けず劣らずの美男子ね。さすがはラパン様厳選のハーレム部隊。


「理由については今から直々にお聞かせいただけるとのことだ」


 ゴドウィンに促されてあたしは席を立つ。

 騎士たちの注目が集まる中あたしはビシっと一言。


「あなたたちのせいであたしが死にかけたからよ!!!」


 言葉の意味がわからず唖然とする騎士たち。

 彼らを代表してゴドウィンが質問する。


「言葉の意味がわかりかねます。もしかして先日の失踪騒ぎと何か関係があるのでしょうか」

「そうよ。おかげであたしは心に傷を負って一日引きこもるハメになったわ」

「あの……それはお嬢様が自らのご意志で……」

「危険を承知の上であたしの外出を許可したのはあなたよね?」

「……」

「あたしが帰ってこなくても捜索隊のひとつもよこさない。顔を合わせても身を案じる言葉ひとつない。控えめに言ってもクソよね。人としても騎士としても。何か言い逃れすることはある?」


 ゴドウィンは何も言い返さなかった。

 この件について自分にも非があるときちんと理解しているからだ。


「これはあなただけではなく部隊全体の責任。もちろんあたしにも非のあることだから処罰はしないけど、あなたたちの管理能力については大いに疑問が残るわ。よって今後の会議はすべて監視させてもらう。何か異論でもあるかしら?」


 ゴドウィンはギリギリと歯ぎしりをしたけど反論はしなかった。

 たとえムカつくお嬢様のわがままだったとしても単独行動を許すのはありえない。

 主君の暴挙を諫めるのは騎士の務め。亡くなった彼女の代わりにあたしが咎めておくわ。


「異論がないようなら以上。会議を始めなさい」


 言いたいことをすべて言い終えるとあたしは椅子に座ってふんぞり返った。

 困惑する騎士たち。その中でもこの世の終わりみたいに青ざめた顔をしていたリシェスが一番面白かったわ。あー愉快ゆかい。




「いくら何でもやりすぎです!」


 会議を終えて部屋に戻るとリシェスが血相を変えて説教してきた。

 主君の暴挙を諫めるのは騎士の務め。とても良いことよ。


「先ほど士気が低下するような行為はなさらないと口にしたばかりではないですか!」

「でもこれ以上なくラパン様らしかったでしょう」

「それはそうですが!」

「騎士ゴドウィンはあたしの正体を疑っていたから先制パンチを食らわせてやったまでよ」


 正体がバレないよう必死に隠すというのは性に合わないのよねぇ。

 相手が疑いの色を濃くする前に別の感情で塗り替えてやるのがあたし流の防衛術よ。


「市井に紛れて人を襲うのが魔族の本能ならば、こんな辺鄙なところで一悶着を起こすはずがないってことを冷静になったゴドウィンなら必ず気づくわ。信頼関係の構築はその後にいたしましょう」

「まったくお嬢様以上にムチャクチャだな君は! わかりました、彼らには後からおれのほうでフォローしておきます!」

「ありがとうリシェス。さすがはあたしの騎士様、頼れるわあ」


 何はともあれこれであたしが会議に参加する口実ができた。

 リシェスとゴドウィンの能力を信用していないわけではないけれど、明らかに悪手だとわかる作戦はこれで止めることができるようになったわ。


 ラパン様、たとえここが終わりのない無限地獄であろうとも、あたしは決して生きることを諦めないわよ。

 たとえ石にかじりついてでも絶対にこの包囲網を抜け出して逃亡してやるわ。

いつもご愛読ありがとうございます

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