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散歩

 二日目の朝の目覚めは最悪だった。

 それはそうよね。だってベッドの上で寝てないんだもの。どうやら勉強中に寝てしまったらしい。気絶したと言ったほうが正しいかしら。

 肩に毛布がかかっている。きっとリシェスがかけてくれたのね。ジャングルみたいに温暖な地帯だから寒くはないけれど心遣いがありがたいわ。でも叩き起こす。


「起きなさいリシェス! 主人よりのんびり寝てるとはいったいどういった了見なのかしら!」


 あたしが怒鳴ると部屋の隅で爆睡していたリシェスはすぐに飛び起きて敬礼する。


「失礼しました! 今すぐ朝食のご用意をいたします!」


 頼んでもいない仕事を勝手に請け負って大慌てで部屋を出て行ったわ。

 ラパン本人じゃないと知っているのにホント律儀な男ね。壁に耳有り障子に目有りってことで、誰も見てないところでもキッチリ演じるのは正しい姿勢なのだけれど。


「朝食をお持ちいたしました」


 リシェスが運んできた朝食は、魔物ひしめく森の中で生死をかけたサバイバル中とは思えぬ豪勢なものだった。

 サラダにサンドウィッチに肉料理、レモンの匂い香る紅茶とデザートのケーキまでついてきたわ。


「このような簡素な食事でもうしわけありません。この砦には調理器具がなく凝った料理は難しく……」

「十分すぎるほど贅沢よ。他の兵たちもみんな同じような食生活をしているのかしら」

「さすがにそれは」

「あるわけないわよね。こんな森の中じゃ。あたしも同じでいい……と言いたいけれど、さすがにそれじゃバレるか」


 少ない糧食で凌いでいる兵たちには悪いけど、ここはありがたくいただくとしましょう。


「昨日も色々作ってもらったけどやっぱり美味しい。あなた料理の才能があるわね」

「恐縮です。ですがおれの腕というより食材がいいのですよ」

「あらご謙遜。きっといいお嫁さんになるわよ」

「嫁……ですか」


 そういえばうちの父さんも母さんの嫁だったわね。

 書き仕事は自宅から出ないから家事を任されたのは当然のことかしら。

 でも文句ひとつ言わずに料理していた父さんは今にして思えば立派だったわ。感謝の言葉ひとつ遺さずに逝ってしまったあたしは親不孝な娘ね。


「冗談はともかく、あなたも座りなさいよ。一緒に朝食をとりましょう」

「おれがですか?」


 立ったまま給仕をしていたリシェスが意外そうに聞き返した。


「あなた以外に誰がいるのよ。こんな量あたしだけじゃ食べきれないしあなたも手伝いなさい」


 あたしが命じるとリシェスは軽く会釈をしてから椅子に座った。


「ラパン様は下々の者を会食に誘うことはございませんでした。頭では別人だと理解しているのですがやはり違和感が……」

「お堅いことは言いっこなし。あたしの外見はどこからどう見たってラパン様なんだから、たとえ誰かに見られたとしてもこの程度のことでは誰にもバレやしないわよ」


 あたしはオホホと笑いながらサンドウィッチにかじりつく。

 お腹が空いてるっていうのもあるけどホントに美味しい。シャキシャキとしたサラダと濃厚なチーズとジューシィなハムの割合がまた絶妙なのよ。あたしが同じ食材で作ってもきっとこんなに美味しくはならないわね。料理のできる男の子ってカッコいいわ。


「本日はフィールドワークに出かけようと思います」


 二人仲良く料理を囲いながら、あたしはリシェスに本日の予定を話した。


「野外学習は賛同しかねます。砦の外は危険です」

「そうね。だからまずは砦の中を探索しましょう。ここはあたしたちの最後のライフライン。隅々まで知っておいて損はないわ。あなた以外の騎士にも会っておきたいことだしね」

「なるほど。そういうことでしたらご案内いたします」


 朝食を終えるとリシェスはすぐに立ち上がって剣を腰に帯びる。

 思い立ったが吉日。口にした以上はすぐに実行。あなたもだんだんあたしの性格を理解してきたようね。




 リシェスの後を追って廊下を歩く。

 最初に砦に到着した時はテンパっててほとんど記憶にないのだけれど、こうして歩いてみるとなかなか広いわね。かなり本腰を入れて魔物討伐を試みたことが伺えるわ。


 ここ悪蛇の森は年々魔物が増え続ける危険地域。王国から管理を任されているサントル侯の心労はそうとうなものだろう。

 そこにあたしたちが新たな火種を持ってきたのだ。リシェスたちは部隊を冷遇するサントル侯に怒ってるけど悪いのはどう考えてもあたしたちだから逆恨みよね。まあこれはあたしが当事者じゃないから言えることなんだろうけど。


「あっ、ラパンお嬢様。それに黒騎士……いえリシェス殿まで。お早いご起床で。魔物に襲われたそうですがお大事ないようで何よりです!」


 廊下を歩いているとさっそく巡回中の若い兵士に遭遇した。

 確か名前は……兵士の名簿には目を通しているけど写真がないから顔と名前が一致しないのよね。この辺は時間をかけておいおい解決するしかない。

 それはともかく黒騎士って何かしら。さっそく質問してみましょう。


「おれのあだ名です。ちなみに命名者はあなたです」

「そんな大事なことなんで今まで黙ってたのよ……」


 あたしが小声で文句を言うとリシェスは苦虫を噛み潰したような顔をした。

 察するに気に入らないあだ名だから呼ばれたくないのね。あたしも他人にウサキと呼ばれるのはムカつくわ。了解了解、忖度いたしますわ。


「リシェス、彼の名は?」

「2番隊隊員のマークです」


 ゴドウィンの部隊の新兵ね。OKしっかりと頭に刻みつけたわ。これからは戦友になるのだからぜったい忘れないわよ。


「朝早くから見回りご苦労さま。あなたの働きが部隊の命運を分けることもあるかもしれないから決して気を弛めてはダメよ。常に警戒を怠らないように」


 あたしが命いっぱい上から目線で声をかけるとマークは目を丸くして驚いた。


「まさかお嬢様からそのような優しいお言葉をかけていただけるとは思いもしませんでした!」


 ……は?


 あたし今、優しい言葉を一言でも口にしたかしら。

 ラパンお嬢様らしく尊大かつ傲慢に振る舞ったつもりだけれど。


「お嬢様は今大変に気分を良くしておられる。お声をかけてもらえたこと一生の誉れとするがいい」


 リシェスがすかさずフォローを入れるとマークは「はい!」と気持ちよく返事してから巡回任務に戻った。


「いけませんお嬢様、兵士をねぎらうような言葉を口にしては」

「ええ……あれでもダメなの……」


 どうやらラパン様はとんでもない暴君だったようね。

 悪役令嬢に成りきると決めたけどさすがにこればっかりは見習うわけにはいかないわ。


「上官が部下を軽んじる発言をすると士気が下がる。士気の低下は部隊の生存率に直結する。多少疑われようとも改めていくしかないわね」

「しかしそれでは……」

「フォローはあなたに任せるわ。上手い言い訳を考えておきなさい」

「おれに対してはまるでラパン様の生き写しのように振る舞えるのにどうして」

「あなたにはどれだけ迷惑かけてもいいのよ。事情をぜんぶ知ってるわけだから。でも他の隊員はそういうわけにはいかない。ラパン様と同じことをしてたら全滅不可避だってことぐらい遺書を読んだのなら察せるでしょう」

「それはまあ……おっしゃる通りですが……」

「だったらこれ以上グズグズ言ってないでチャチャっと回るわよ」


 あたしは見取り図とにらめっこしながら広い砦の中をグルっと一周した。

 一通り砦を見て回るといい時間になったので訓練場へと向かう。

 訓練場では兵たちが剣の稽古をしていたわ。


「このような状況下でも訓練を怠らないのはとてもいいことだわ」

「その辺りはゴドウィン殿が徹底させていますので。士気を気になされるならお声をかけてみてはいかがですか」

「やめておくわ。訓練の邪魔をしたくないから」


 鎧を着込んだ上で木剣での演習とはいえ危険なことには違いない。集中力を削ぐような真似は極力控えましょう。

 あたしは疲れた足を休めるついでに兵士たちの訓練を見学する。

 もちろんただ眺めているだけではないわよ。筋の良い兵士がいるなら今のうちに目をつけておかないとね。


「あっ!」


 訓練中の兵のひとりが間の抜けた声をあげた。

 弾かれた木剣がすっぽ抜けたのだ。

 すっぽ抜けた木剣の軌道は……もしかしてあたしに直撃コースかしら。


「危ないお嬢様!」


 リシェスは叫ぶとあたしの前に立って木剣をその体で受け止めた。


「貴様ァ!」

「およしなさい。わざとじゃないのだから」

「騎士の命である剣を簡単に手放すとは何事だ!!!」


 ……ああ、怒ってるのそっちなのね。


 てっきりあたしの身を案じて怒ってくれたのかと思っちゃった。ちょっぴりトキめいて損しちゃったわ。


「貴様は基礎訓練が足らん! おれがいいと言うまで素振りだ!」


 鬼教官のように怒鳴り散らすリシェス。そんなに顔を真っ赤にして怒らなくても……ってホントに真っ赤じゃない!


「リシェス、あなた頭から血が出てるわよ!」


 たぶん体にぶつかって弾かれた木剣が頭に当たったのね。すごく痛そうだわ、早く治療しないと。


「指導は後にして早く医務室にいきましょう!」

「ただのカスリ傷ですよ。お嬢様に当たっていないのであれば何の問題もありません。ご無事で何よりです」


 そ、そう……ちゃんとあたしのことも心配してくれてたのね。

 嬉しいわ、ありがとうリシェス。たとえその忠誠心がラパン様に対するものだったとしても。


「それはそれとして早く治療を!」

「ご心配なく。この程度のことでイチイチ騒いでいては騎士は務まりません」

「いやそういう問題じゃないでしょ!」

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