質問
「剣を向けられている理由をお聞きしたいのだけれどいいかしら」
あたしはできる限り冷静さを装って男の子に質問した。
「どうやら調査不足のようだから教えてやるがラパン様は左利きだ。右手でドアノブを握ったりはしない」
そりゃそうでしょう。あたしは今さっきここに堕ちてきたばかりなのだから。
「それにあの御方は部下に感謝の言葉など決して口にはしない。自分に尽くすのは当たり前の事だと思っているからだ。次に化ける機会があるなら気をつけることだな」
まあそれは酷い。たとえ事前に聞いていてもそれは真似できなかったかも。さすがは地獄に墜ちるような悪女ね。
「改めて問うがキサマはいったい何者だ。人間社会に紛れ込もうとしている魔族か。だとしたら人選を間違えているがな」
「あたしは魔族ではないわ」
無駄にでかい胸で男を誑かす悪女と呼ばれたことはあるけど魔族ではないと思う。たぶん。
「あなたは彼女のこの遺書を読んだかしら?」
「読んだから慌てて捜索に出かけたのだ」
「だったら話が早いわ。ここに書かれている『次のあたし』っていうのがあたしのことだと思うわ。たぶんね」
男の子の顔には動揺が見て取れた。
当然か。あたしが彼の立場でもにわかには信じられない。
「……その話は真実か?」
「わからない。でもそうとしか思えないってだけよ。気づいたら彼女の顔で消えゆく彼女の近くにいた。それ以上のことは何もわからない」
「こちらを向け。おれの目を見て話せ」
言われた通りにすると男の子があたしの顔を真正面から見つめてくる。
「君の本当の名は?」
「蒲生咲希。友達からはウサキって呼ばれてるわ」
ちょ、ちょ、ちょっと顔が近いわよ。
こんな状況だっていうのにな、なんだか胸がドキドキしちゃうじゃない……!
「きれいな瞳だな」
男の子に褒められるとあたしの心臓はまるでウサギみたいにピョンと跳ねた。
「どうやらウソはついていないようだ。君のことを信じよう。おれの名はリシェス、ラパン親衛隊1番隊隊長を務めている」
リシェスは微笑み剣を納めた。どうやら誤解が解けたみたいだ。
あたしのほうは内心のドキドキを絶対に表に出すまいと歯を食いしばって必死にしかめっ面をしていた。
「あたしの言うこと簡単に信じてくれるのね」
「これでも人を見る目はあるほうだ。君は人を騙すのに向いていないな。しかし君がラパン様の代役だとしたら本人はもう……」
主の死を理解したリシェスは顔を曇らせる。
「この地獄からようやく抜け出せて良かった……と思うことにしよう」
リシェスの言葉にあたしも同意する。
彼女は後悔の念を口にしていたけれど、それでも神は彼女を哀れみ救ってくれたと、そう信じるしかない。
「ねえリシェスさん、あたしはこれからどうすればいい?」
あたしの質問にリシェスは考え込む素振りをみせる。
「……ひとまずはラパン様を演じてもらうしかあるまい。あの御方が逝去されたとあらば我々の士気に影響がでる。できれば最後まで隠し通したい」
その提案にあたしはわずかに眉をひそめた。
沸騰していた頭の中がようやく冷える。
「……確かにそうよね。何より大事なのは部隊の士気だわ。正論ね」
「聞き分けがよくて助かる。一緒にこの窮地を切り抜けよう」
あなたたちの事情はさっぱりわからないけど、こんな森の中で籠城してるのだから何かしらの窮地に陥っていることぐらいは予想できる。
そんな中でたぶん上役のお嬢様が死んだとなれば後で重い責任が発生する。この窮地を脱しても報償ではなく罰が待っているとなればバカバカしいってことで離脱する者も当然現れる。部隊壊滅の危機を免れるにはひとまず代役を立てるしかない。
「ただひとつだけ。あなたデリカシーがないってよく言われない?」
「なんだ藪から棒に」
でもね、あなたの言う通りあたしは詐欺師には向いてない。他人を騙すのはどうしても気が引けるから。
そんなあたしに何の躊躇もなく身代わりを提案するなんて……その無神経にはちょっとガッカリよ。
人を見る目があるそうだけど、結局あなたはあたしのことを何もわかっていない。ラパン様もあなたのそんなところに失望して自殺を決意したのかもしれないわね。
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