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遺書

「ここは危険です。すぐに砦に戻りましょう!」


 言うが早いか男の子はあたしを抱き抱えて走り出した。


「え! ちょっと、あの、その、あたしは……」

「言っておきますがおれは怒ってますよ。独りで出歩くなとあれほど念を押したのに。帰ったらお説教です」


 男の子はあたしに何か言わせる隙も与えてくれない。

 近場に繋いであった馬にあたしを抱えたまま飛び乗った。


「この辺りはマンティコアの縄張りです。奴らは賢く常に徒党を組む。獲物を独り占めしようと抜け駆けして単独行動していたおかげで大事にならずに済みました。ラパン様にはツキがあります」


 何かしゃべっているみたいだけどほとんど頭に入ってこない。

 あたしは今、生まれて初めて男の子に抱き抱えられてそれどころではなかったのだ。


 えっ、えっ、えっ、ナニこの感覚? 彼の太くたくましい腕に包まれているだけで胸の高鳴りが止まらないわ。

 でもただドキドキしてるってだけじゃなくて妙な安心感もあるのよ。この男性なら何があってもあたしのことを守ってくれる――なんて都合のいい夢想が次から次へと浮かんできてしまう。

 あとなんだかすごくいい匂いがする気がするわ。いやそんなわけがないんだけど。ここまで慌てて来たんだから汗臭いに決まってるのにむしろそれが良いというか……あーもう自分でも何考えてんのかわかんない。今のあたしすごいフワフワしてる。とにかく冷静になりなさいウサキ、冷静に冷静に……。


 ヤバいヤバいヤバい。冷静になろうとしたら今度はすごく恥ずかしくなってきた!

 いくら男に免疫がないからってこんな緊急事態に盛っててどうすんのよ。あたしは発情期の動物かっつうの!

 とにかく砦についたらすぐに降ろしてもらいましょう! ええそうしましょう! あたしはちょっとイケメンで力強くって頼り甲斐があっていい匂いのする男性だからって簡単に転ぶような安い女じゃないんだから!


「あの……ラパン様、そろそろご自身の足でお歩きいただけると助かるのですが」


 男の子の声でようやく我に返る。

 どうも砦にはとっくにたどり着いていて、あたしはずっと彼にしがみついたままだったらしい。


「ごッ、ごめんなさいぃい……!!」


 あたしは大慌てで男の子に何度も頭を下げました。

 まさか死んでから人生最大の赤っ恥をかくことになるとは思いもしませんでした。

 これからは恥を偲んで慎ましく生きていきましょう。


「いえ、気にしておりませんよ。言いたいことは山ほどありますが、今日のところは飲み込みます。ご無事で何よりです」


 そう言って男の子はあたしの頭を優しくなでてくれた。

 あたしはあまりの恥ずかしさに赤面してしまう。


「少し気が動転しているようですがお独りで大丈夫ですか?」

「気を配ってくれてありがとうございます。でもあたしはもう大丈夫です」

「……。そうですか、では失礼いたします」


 男の子は頭を下げると足早に去っていった。

 あたしは置かれた状況がわからず呆然と立ち尽くす。


 たぶんこのドアの奥に入れってことなんだろうけど……他人様の部屋に勝手に入っていいものなのかしら。


 ていうかなんであたしは誤解も解かずに彼を見送ってしまったのだろうか。

 今すぐ誤解を解くべきなのだけど彼を追いかけられるほどこの場所に明るくない。化け物に襲われて消耗しているのか体は鉛のように重い。


「少し頭の中を整理しましょう」


 あたしは大きなため息をつくとドアノブを回してひとまず部屋に入る。

 きれいに整頓された部屋で真っ先に目に入ったのは机の上に置かれた封筒だった。

 封筒はすでに開封済み。すでに誰かに見られた後だ。だったらあたしが見てもそこまで問題はない……はず。

 少し躊躇したものの好奇心に負けてあたしは封筒の中身を確認する。



『あたしにはどのみち未来はない』



 文頭からして物騒な内容であたしはこれが遺書だと察してしまった。



『あたしはこの世界が何度も繰り返されている事実に気づいてしまった』



 これはどういう意味だろうか。

 平凡な日常の繰り返しに飽きてしまったということなのか。それとも……。



『神はみっともなくあがく私を面白がっているんだ。やる気なく死ねばきっと飽きて捨ててくれる。どうせ次の「あたし」がすぐに補充されるのだろうけど』



 あたしは遺書の隣に立てられた鏡を覗きこむ。



『貴族の令嬢に生まれ変われたと喜んでいる「次のあたし」はご愁傷様。生憎ここは出口のない無限地獄よ』



 鏡に映ったあたしは、化け物にやられて消えた少女と同じ顔をしていたわ。



「見積もりが甘かったかあ」


 遺書のおかげで状況はだいたい把握した。

 煉獄ぐらいで許されるかなと思っていたけれど、実際はもっとずっとずーっと下に堕とされたようだ。

 ……あたしがしたことを考えたら当然かな。特に意義申し立てもございません。消えた彼女に代わってここで少しずつ罪を償っていきましょう。


「キサマ何者だ」


 背後から突然、冷たい剣を突きつけられた。

 後ろを覗き見ると鬼気迫る表情をした男の子がいたわ。

 さっきまで優しかった彼が豹変してあたしのことを殺そうとしている。

 確かにこれはとっておきの地獄ね。とても悲しいことだわ。

いつもご愛読ありがとうございます

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