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深い夜の森

 とりあえず状況確認をしましょう。

 正確な時刻はわからないけどとりあえず今は夜。場所は深い森の中。

 あたしを轢いたトラックの運ちゃんが証拠隠滅のために森まで運んで捨てたのかしら。

 仮にそうだとしてもミンチになったあたしが生きてるのはありえないか。


 体の感覚はある。少し動かしてみたけど五体満足健康そのもの。

 でもこれあたしの体じゃないわよね。だってあんなに邪魔だったおっぱいがキレイさっぱりなくなってるんだもの。何度胸を触ってもペラペラのスッカスカ。肩が羽のように軽くて解放感がすごい。

 陸上競技者としてはまさに理想のボディだわ。オタクくんにはまな板女とバカにされそうだけど。


 まあ冗談はここまでにして……暗い夜の森に独りきりというのはさすがに危険ね。

 死後の世界でまた死ぬなんてことがあるのかは知らないけど、とりあえずどこか休める場所を探しましょう。

 あたしは周囲を見渡して小屋のひとつでもないか探す。

 もちろんそんな都合のいいものあるはずもなく、あるのは鬱蒼と生い茂る草木とやかましい獣の遠吠えだけなのだけど。


「…………けて。たす……けて…………」


 いや、それだけではなかった。

 耳を澄ませると獣の遠吠えの中に助けを求める女性の声が混じっている。

 あたしは急いで声の聞こえる方角に向かって駆けだした。




 声の主である少女は大樹にもたれかかっていた。

 ツインテールがよく似合うあたしと同じ年頃の可憐な少女だった。

 きれいな白いドレスを自分の血で真っ赤に染め上げている。右手に短剣を握りしめているところから必死に抵抗していたことが伺えた。


「だ……大丈夫ですか! 傷は浅いですよ、しっかりしてください!」


 傷が浅い……わけがないわよね。

 全身ズタズタ。特に胸の怪我が酷い。まるで獣に食いちぎられたかのような汚い傷口だ。もしかしたら狼に襲われたのかもしれない。


 この傷はもう……ううん、諦めるのはまだ早い。まずは手当をしないと!


「死にたく……ない……――」


 少女は最後にそう呟くと握っていた短剣を力なく落とした。

 それでも諦めずに手当をしようとすると彼女の体がまるで煙のように消えたのだ。

 あたしは何度も目をこすって確かめるが、少女の姿はもうどこにもない。

 まるで夢でも見ていたかのように。


「……ここがあの世ならありうることか。どうか安らかに」


 少女はこの世への未練を捨てて成仏したのだと受け取ることにした。

 生まれ変わって新しい生を授かったのだと信じてあたしは祈った。

 死にたくないと呟いて消えたのにさすがに都合のいい解釈だと思いつつも。


「ウキキキィィ」


 まるでサルのような鳴き声が背後から聞こえた。

 振り向いてみたらやっぱりサルだった。

 ただ普通のサルよりもはるかに大きい。全長2メートル近くあるんじゃないかしら。そして尻尾がまるでヘビのような形になっているわ。こちらを見て舌をチロチロ出してるからたぶん意志があるわね。

 当たり前だけど現実にこんな化け物は存在しない。


「もしかして彼女を殺したのはあなたなのかしら?」


 あたしの質問にイエスと答えるかのように大ザルの化け物は奇声をあげた。

 瀕死の彼女を追ってきたらあたしとバッタリ出くわしたといったところかしら。

 あらあら愉しそうに舌なめずりをしてるわね。どうやら今夜の晩ご飯はあたしに決まったみたい。


「ざけんなよテメー。人間ナメてるとケガじゃ済まないわよ」


 あたしが凄むと大ザルは嬉しそうに襲いかかってきた。

 あたしは少女が遺してくれた短剣を素早くとって大ザルを切りつける。


「ギギギギィ……!」


 顔を傷つけられた大ザルは慌てて後ろに下がる。

 見たかキャンプ活動で鍛えたこのナイフ捌き。お肉を切るのはお手の物よ。そう易々と食べられてはあげないんだから。


「ウキィ……」


 ようやく警戒し始めた大ザルはあたしを中心にゆっくりと回り始める。

 あたしはナイフを構えたまま大ザルを真正面に捉え続ける。

 まともに戦って勝てる相手じゃない。

 相手がワリに合わないと判断して立ち去るまで粘り続けるのがあたしの生き残る道。


「シャアアアアアア!」


 尻尾のヘビが口から液体を吐き出した。

 あたしは慌ててそれをナイフで払う。

 顔にかからなかったのは幸いだったけどナイフで受けたのは失敗だった。

 ヘビの体液はどうも猛毒だったらしくナイフの刃が見る見るうちにボロボロになって崩れ落ちていく。


「ウッキキィ――――ッ!」


 勝利を確信した大ザルが軽い足取りであたしに迫り来る。

 あたしはナイフを捨てて逃げようとするが足がもつれて転んでしまう。


「……ここまでかしら」


 大ザルに組み敷かれたところであたしはとうとう観念した。

 生き汚いことに定評のあるあたしだけど、さすがにこの状況は詰みだと認めざるをえない。さっさとお食べなさい。死んでも腹の中で暴れて腹痛にしてやるから。

 それにしても、今にも化け物に食われそうだというのに例の赤い線がぜんぜん見えないわね。一度死んだからなくなったのかしら。まあ無くても困らないモノだしどうだっていいのだけれど。


 二度めの死を前にボンヤリそんなことを考えているとあら不思議、あたしの上に乗っかって笑っていた大ザルの頭がきれいサッパリとなくなっていたわ。

 あたし瞳に映ったのは大きな蒼い満月と黒い鎧を着た若い男の子の顔だった。


「ラパン様、ご無事で何よりです!」


 どこを見渡しても人影なんてなかったのに突然現れたわね。誰かと勘違いしてるみたいだけど……どうやら九死に一生を得たらしい。

 それにしても彼、ホントにカッコいいわ。背が高くてスラっとしてるし鼻も外国の人みたいに高い。整った顔立ちは精悍の一言。まっすぐにこちらを見つめてくる黒い瞳に今にも吸い込まれてしまいそう。

 こんな美男子、あたしのこれまでの人生で一度も見たことがないレベルかも。

 もしかしたらあたしを迎えにきた天使様なのかもしれない。


 ……なんてね。あたしを迎えに来る奴なんて地獄の鬼か悪魔に決まってるか。

いつもご愛読ありがとうございます

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