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2-2 変な親子

 魔剣を肩に提げてじっと二人を観察してみた。

 おそらく壮年だろう全身鎧の戦士は疲労困憊。その手に持つ大きな戦槌を重そうに地面に突き立てて息を乱している。その後ろにいる群青のローブの青年も疲れ切っているのか立っているのも辛そうだ。普通の魔法使いってこんなもんだよな、と思う。魔法は強大な故に体力の消耗が激しいのだ。

 そのまま数分過ぎ、沈黙が場を支配していたのだが、ハイゼルといったか。壮年の戦士はグッと背筋を伸ばして俺を見た。背高いな。俺もだいたい平均より高いが、その俺を遥かに上回る。俺を見た、というより見下ろしている感じだ。

 ゴホン、と咳払いをしつつハイゼルは口を開く。


「すまない。先ほどは助かった。我輩の名はハイゼル=フォン=ブッシュファイア。しがない冒険者をしている。貴殿は名のある戦士とお見受けするが?」


 堅苦しい言葉だ。型に嵌った名前だ。おそらく元騎士か?それとも騎士の真似事をするならず者か?どちらかはわからないし、冒険者同士経歴を聞くのはタブーとされているので聞くことはできない。それに野郎の過去など興味はない。

 かといって相手が自己紹介をしているのだ。無視するわけにもいくまい。


「俺の名前はカシム。ただのカシムだ」


「おぉ、カシム殿か。もしや「カシム?!あの【魔王殺し】【魔獣装兵】【性騎士】【変態導師】と二つ名に困らないあのカシムさんですか?!」黙れ、クライツ」


 カシムの台詞に被せるように後ろで疲れ切っていて元気がなかったはずの魔法使いが急に息を吹き返した。って、なんでそんなに俺に詳しいんだ?


「クライツっていうのか。えらく古い二つ名を知ってるな――【性騎士】は懐かしい。あれはそう、可愛い女騎士に決闘で勝てば好きなことをしてもいいと言われて本気で叩きのめしたときだ。裸になれと言った瞬間懸賞金をかけられてなぁ。大変だったぜ。まさか王女だったとは思わなかった。王女が騎士なんて実在するんだなぁ」


「憧れです!意識せず知らない間にそこまでのことを簡単にやってのけるカシムさんは僕たち美女ハンターの憧れです!極みです!象徴です!まさに英雄とはカシムさんの御身を表現するためだけに作られたのだと確信すら覚えてしまいます!」


「おいそんなに褒めるなよ。事実だとしても照れるだろ?」


「思うにそれは褒め言葉なのだろうか?」


 褒め言葉かどうかは知らないが、足りない語彙で必死に褒めようとしてくれているのはわかる。それを俺は素直に受け取ってやりたいと思う。


「ところでハイゼルと――クライツでいいのか?」


「はい!クライツ=フォン=ブッシュファイアです!」


「兄弟で冒険者なんて珍しいな」


「我輩とクライツは親子だ」


「親子で冒険者やってるのは初めて見たぞ。親子で風呂覗きか――」


「いや、風呂覗きは自主的にってわけじゃないんですけどね。一応依頼です。これ知ってます?」


 クライツは胸元から何かを取り出してくる。一つ目玉に翼が生えただけのわりとポピュラーな魔獣だ。よく使い魔にされているイビルアイという魔獣。番で使役すると夫が見ている映像を妻が映し出すという遠距離でも視界を共有できるという便利な能力を持っている。通常は使い魔は一体しか使役できないものなのだが、イビルアイは異例だ。デルブライトの言葉を借りるなら「二人で一人ってことなんじゃないかな」ということらしい。難しいことは俺にはよくわからん。


「で、それがどうしたって言うんだ?」


「依頼主が安全に覗きたいから、ということらしいですよ。他の美女ハンターたちや関係のない高ランク冒険者たちがこぞって参加しているのもそれが原因だと思います。成功報酬なので成功しないとお金は入りませんが、成功すれば莫大な富が入ります。その欲に僕たちは勝てなかったんですよ」


「クライツ、我輩は金に眼が眩んだわけではないぞ。こんな依頼がなくとも女の裸を見るためにこの場に赴いていた!」


「性に眼が眩んだって言いたいわけ?だから母さんにフラれるんだよ」


 なるほど、そういう手もあるわけか。「マリー!我輩が愛しているのはお前だけだ!」とか叫んでいるハイゼルがいるが、何かトラウマでもあるのだろうか。泣いている。

 それは置いておいて確かにそっちのほうが合理的なのかもしれない。だけどよ――肉眼で見るのと何かを介して見るのとは全然違うぜ?やはり生がいい。生が一番だ。見るなら己の力で全てを切り開いたほうがいい。何故ならそっちのほうが充実感があるからだ。


「莫大な富ってことはもしかして王族とかか?」


「まぁ依頼主からの直接の依頼じゃないですからわかりませんけどね。子飼いの魔法使いあたりじゃないですか?」


 そりゃそうだろうよ。女風呂を覗きたがる王族なんて沽券に関わるからな。必死に隠匿してるはずだ。仲介役の奴は苦労してるんだろうな。笑うのを堪えるために。

 いや、女風呂を覗くのは男の浪漫だ。笑っていいことじゃないのかもしれん。命を懸けても問題ないほどだ。しかもそこにはあらゆる種族の美女たちが勢ぞろいしているのだ。なるほど、王族が見たがるのも無理はない。いや、待てよ。王族はモテるぞ。ただそれだけでモテるぞ。女の子にモテた上に女風呂を覗く?なんという罪深い奴らだ。まぁ王族だという確証もないけどな。


「ところでお前らはなんでミノタウロスと戦ってたんだ?逃げたらいいだろ。あいつら足遅いしさ。戦うなんて体力と時間の浪費だぜ?」


「僕は逃げたほうがいいって言ったんですけどね……」


「逃げるなど騎士のすべきことではないっ!」


 と息せき切って叫ぶハイゼル。叫ぶのはいいが、声に反応して寄って来る魔獣だっていることを知らないのか?それと「マリー、違うんだ、マリー」などと先ほどまで虚ろな眼をしてぼやいていたからどんな格好良い台詞を言ったとしても無駄だと思うぞ。


「いや、僕たちはもう騎士じゃないんだよ?過去にしがみつくのはやめようよ、父さん」


 というか元騎士だったのね。たまにいるんだ、こういう奴らが。夢をもって騎士になったはずなのに何故か冒険者に戻ってきたり、冒険者になったりする奴らが。


「騎士とは職業のことではない。心構えのことである!」

「勝手にしてよ。けど、僕を巻き込まないでよ」


「お前も苦労してるんだな」


「わかってくれます……?」


 と、会話はここで終了だろう。

 背後からとてつもない質量の持った地響きが迫ってくる。ミノタウロスは単体でも強いが、さらに厄介な性質を持っている。仲間を殺されたら凄い速度で追いかけてくるのだ。怒りに眼を真っ赤にして必死に追ってくるのだ。そう、背後から迫り来るミノタウロスの――ってオーガもいる!オーガというのはミノタウロスよりも更に大きい巨人だ。その手に持つ戦槌はハイゼルの持つ者とは比較にならない。大樹のようなその腕から繰り出される破壊はまさに必殺。断末魔をあげる余裕すらなく死に至る。

 立ち向かおうとするハイゼル。必死に罵声を浴びせて逃げることを促すクライツ。

 どう考えてもこの二人ではあの大群相手では死んでしまう。少なく見積もっても十匹はいる。俺が加勢すれば問題なく倒せるが、そんなことに使う無駄な体力は持ち合わせていない。ならばどうする?簡単だ。


「あばよ」


 言うなり俺は駆け出した。

 てっきり加勢してくれると思っていたのだろうハイゼルは眼を見開いている。逡巡し、ハイゼルは答えを出したようだ。


「逃げるわけではない――これは戦略的撤退だッ!」


 ブルッシュハイムの秘湯はまだまだ遠い。

 朝日はまだ昇ったばかりだ。


まさに外道

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