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2-1 エンカウント

 ブルッシュリウムの森の木々は実に太い。

 大樹とでも言うべきか。それぞれの幹の胴回りは最低でも大人が両手を繋いで輪になって5人くらいが必要なほどの太さだ。

 その理由はおそらくここに住まう魔獣のせいだろう。

 あらゆるところに裂傷があり、傷跡をつけられている。ここに住まうオーガやミノタウロスたちの爪痕だ。要するに「俺の縄張りに入ってきたらどうなるかわかってるな?」という警告のようなもの。

 そんなものに恐れるほど俺はお人好しでもなく、臆病者でもないので堂々と歩き進んでいた。

 背には友であるデルブライトから譲り受けた魔剣を背負い、防具はボロボロの魔獣の胸当て。脈動しながら徐々に再生をし始めていることからこの魔獣の胸当ては今回も生き延びれたようだ。多少の怨念を胸元から感じるが、まぁいいだろう。防具なんて所詮消耗品だし、雑に使われて当然だ。

 腰に引っさげたポーチにはいくらかの回復アイテムが入っている。最も効き目のある【霊薬(エリクサー)】を使ってしまったのは痛いが、代わりに武器が強くなったと思えばいいだろう。

 【魔剣カイゼル・フォルヴァー】――属性は魔剣というだけあって魔属性。歴代の魔王でも特に強力だと言われたカイゼルの骨から造られた物だ。

 あまりに強く、あまりに愚かだったことからつけられた二つ名は【愚者王】。部下である全ての魔獣や眷属を喰い殺し、その力を奪い取った――魔族からすら嫌われた異端の魔王。はるか昔のことなので詳しくは知らないが、暗黒時代と言われているほどだからよほど酷かったのだろう。

 当初は魔法技術も確立されておらず、魔法は一握りの天才しか使えなかったようだ。その中で倒したとすればかなり凄いことなのだろう。

 それにだ。この魔剣を見ればどれほど強かったかは想像するに容易い。

 本当に強いものというものは一度見ただけでわかる。表情を見ただけでわかる。身体の作りを見ただけでわかる。むしろ肉片を見ただけでもわかってしまう。魔剣は骨でできているようだが、立派な身体の一部だ。実に凄まじい禍々しい魔素を孕んでいる。


「こんなものもらっていいのかね?」


 知らず独白してしまう。

 俺はあまり武器に拘らない。さきほどまで使っていた鋼の剣だってそこらの武器屋で売っている代物だ。何故なら武器は消耗品だからだ。戦えば戦うほど曲がるし、錆びるし、折れていく。そのような消耗品に金をかけるなど無駄だと思えるからだ。

 しかし、この魔剣を見るとなんとなくわかる気がする。さすがに命を払った者の気持ちはわからないけどな。そこまでいくと趣味の世界だろう。命を代価に得る必要のあるものなどこの世にはほとんどない。

 あると言えばそう――男の浪漫くらいだろう。

 いや、武器に命を懸けるのも男の浪漫なのかもしれない。まぁ、俺の性分ではないけどな。

 そんなことを考えていたときだ。ガギィン――という金属音が耳に届いた。金属と金属が弾きあう硬質の音色。どこかで戦闘でも起こっているのだろうか。

 ガギィン、ギィン――と何度も聞こえる。方向からして俺の進んでいる先だろう。木々のせいで視界が悪いので肉眼で捉えることはできないが、音の発生源は間違いない。

 どうすべきか、と考えながらも俺の足が止まることはない。

 俺は幸運にもここまで魔獣と遭遇することはなかった。ということはおそらく美女ハンターたちが魔獣の眼を惹いてくれているのだろう。囮の意味で情報を流したのだからそうなっていないと実際問題としては困る。

 しかし、ここの魔獣は実に強い。美女ハンターたちもそれを理解してブルッシュリウムに挑んでいるのだろうが、もし、今負けていたとしたらどうする?助けられる相手が見捨てたせいで死んだらどうする?


「間違いなく後味が悪いな」


 簡単に結論は出てしまった。

 見知らぬところで人が死ぬのはいい。俺は正義の味方というわけでもないし、ましてや勇者ですらない。人のために自己犠牲をする精神など持ち合わせてはいない。

 けれど、もしだ。もし目の前に倒れている人がいたら手助けをするくらいのことはする。善良な市民としては当然のことだ。それに、冒険者同士助け合うのは至極当然のことだ。そのためにギルドに所属しているのだから。俺の場合は助ける側に回ってしまうが。より強い者が弱い者を助ける。これは絶対のルールだ。もちろん助けるという言葉の前に余裕があれば、という言葉はつくが。

 現時点で俺は余裕がある。【霊薬(エリクサー)】のおかげで体力は充実しているし、気力も十分だ。

 じゃあ行くしかないだろう。

 死んでくれてるなよ、と思いながら剣戟による舞踏会が開かれている場所に俺は全速力で駆けた。




 ◇◆◇




 疾走し始めてわずか三十秒ほどで目的の場所を肉眼で捉えた。


「くそっ!チクショウ!詠唱はまだかよ?!」


 そんな罵詈雑言の野太い声も聞こえてくる。見えているのは鉄を神聖魔法で強化したミスリル製の全身鎧を着込んだ筋骨粒々の戦士が一人と、その後ろで魔法を早口で詠唱している群青色のローブを着込んだ魔法使いが一人だった。手には杖を持ち、コン、コン、と地面を叩いていることから必死に魔法を構築しているに違いない。

 戦士のほうは全身鎧で顔のほうもヘルムで見えないので表情はわからないが、声からして焦っているのがわかる。何故なら目の前にミノタウロスがいるのだ。普通は焦る。

 ミノタウロスとはよく冒険譚などで出てくるからある意味ではとても認知度の高い魔獣だ。牛のような頭を持った大男。腰掛と大斧で武装しているということくらいは辺境の村々の子供でも知っていること。

 しかし、その本当の恐ろしさを知っているものはあまりいない。その強さは実にわかりやすいものだ。怪力――とにかく怪力なのだ。軽く人間の大人の2倍ほどのある身長とそれに見合うだけの巨躯。人の身体よりも大きな大斧。それらが合わさった攻撃は実にわかりやすい。その攻撃の強さを表すとすれば二文字で足りる――粉砕だ。


「ぐぅっ?!」


 真正面から振り下ろされた大斧を全身鎧の戦士が横あいから手に持つ大槌で叩きつけて軌道を逸らす。隣には大穴が開き、地面が爆ぜる。

 爆ぜた土と衝撃の爆風で戦士は吹っ飛びそうになっているが、必死に踏ん張って耐えている。

 踏ん張っている内にミノタウロスは体勢を立て直し、再度戦士に肉薄する。今度は後ろに戦士を守っているためか避けることすらできないようだ。

 絶体絶命――まさにその言葉が相応しいだろう。

 振り下ろされた大斧をハンマーの柄で受け止めようと悲壮な決意をした戦士が歯を食い縛って来る破壊に覚悟を決めていた。

 だが、俺は間に合った。


「よぉ、お前ら大丈夫か?」


 振り下ろされた大斧の刃は俺の振るう魔剣によって半ばから切り落とされて宙を舞う。


 ――ンヴォォォォォォォ?!


 と雄たけびをあげるミノタウロス。

 刃を失った大斧を放り投げて俺に向かって拳を振るってくる。それを魔剣で吹き飛ばす。

 振るわれた左腕はボトリと地面に落ち、あまりの激痛にミノタウロスは慟哭する。だけど、俺は容赦する気なんかない。このままトドメを刺してやろうと剣を腰溜めに構えるが、後ろの魔法使いに気づいてしまう。

 このまま倒してしまったらおそらく戦士と魔法使いのプライドがズタズタになってしまう。


『我に隷属せし風の精よ。我に従え。我に隷属せよ。そして我が敵を蹂躙せよ!』


詠唱が終わったのだろう。


「後は任せたぜ」


 と呟いて俺は背に庇っていた戦士にバトンタッチをする。「すまない」と野太い声で返されて戦士は突貫していった。


「ハイゼルさん、敵の動きを封じてください!!」


 魔法使いは叫ぶ。

 詠唱が終わったときに生成される魔方陣を構築しながら必死に狙いを定めている。おそらく身の丈に合っていない魔法なのだろう。維持するのに必死で動いている対象には当てられないのだろう。まぁ、確実に当てれるようにサポートするのが戦士の仕事なのだから、それは仕方のないことか。デルブライトはサポートなしでどんどん魔法を当ててしまうから時折忘れてしまうが、普通の魔法使いというのは不便なものなのだ。

 魔法使いの声に「応ッッ!」とだけハイゼルと呼ばれた戦士は答えると痛みに悶えるミノタウロスの脚にハンマーを横から叩き付けた。その時に発生した音は実にひどいものだ。骨が折れる音などという生易しいものではない。砕け散る音だ。

 その痛みに苦しみながらもミノタウロスの赤い瞳に激情が走る。要するに怒ったのだ。キレたと言ってもいい。

 倒れこみながら覆いかぶさるように接近しているハイゼルに残った手を翳していく。その大きな手で掴まれたらいくら瀕死のミノタウロスといえどもハイゼルは握りつぶされるだろう。

 しかしだ。その攻撃をハイゼルは冷静に見切り、一歩引いて避けた。そして空振りとなった手は地面へ着く。

 地面に着いた手の末路は実にひどいものだ。上から振り下ろされたハンマーの衝撃を諸に受け、粉砕される。

 ミノタウロスは膝をつき、懇願してくるかのような情けない表情を浮かべる。死の恐怖というものを味わっているのだろう。

 だけどよ、あんたはこいつらを殺そうとしたんだ。だからさ。


「死ね――牛野郎!【圧死(エアプレッシャー)】」


 空から落ちてくる風の塊にミノタウロスは襲われる。

 デルブライトとの戦いで使われた風の上級魔法。効果は上から降り注ぐ風の塊。魔力が上がれば上がるほど塊の数が増える。見る限り一個だろう。だって、ミノタウロスの身体に空いた穴は一つだけなのだから。


 ――ブモォォォォォ……


 という断末魔とともに息絶える魔獣。

 あぁ、そんな悲しそうな眼で死んでいくなよ。

 殺そうとしたら殺される。当たり前だろ?

 死んでいくミノタウロスを見て思ったことはそれだけだった。身勝手な思いなのかもしれないけど、本当にそれだけだった。



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