1-4 激闘の果てに
剣が振るわれるたびに大気が悲鳴をあげる。大気を切り裂き大地を抉る。斬撃の余波でブルッシュリウムの木々が薙ぎ倒されていく。それらの攻撃を――喰らえば確実に死ぬ攻撃をデルブライトは冷静に対処していく。
人を超えたことをはっきりと自覚できるほどの身体能力での苛烈な攻撃を魔法使いであるデルブライトはいなし、かわし、捌いていく。
右手には氷の上級加護魔法【樹氷拳】を纏い、左手には【魔杖ダレリウス】。左手で俺の攻撃をいなし、体捌きで攻撃を避けていく。その合間に隙あらば無詠唱の魔法を俺に放ってくる。だが、デルブライトの放つ魔法は全て【魔法反射】によって弾かれていく。
繰り出される斬撃は全て回避され、紡ぎ出される魔法は全て反射される。完全に膠着状態に陥った。
一瞬で間合いが詰められる距離で互いに睨み合う。たとえ俺が一瞬で詰めても反応できる距離。魔法が撃たれても反応できる距離。そのような間合いで俺とデルブライトは集中力を高めて隙を窺いあう。
互いに状況を打破できるものは持っているが、俺の場合は力を溜める時間が長いし、デルブライトも長々とした詠唱をしなければならない。そんなものを撃てるほど互いに余裕などなかった。
だが、こんな展開も悪くはないのかもしれない。実力が同等の奴と戦うなんて実に久しぶりだ。いつもは適当に撫でただけで敵は倒れてしまうのに、本気で斬りかかっても全く問題ない敵がいる。これはとても幸せなことなのかもしれない。俺の実力を試せる相手がいるのは喜ばしいことなのかもしれない。それがたとえ友だとしても――いや、友だからこそか。だからこそこんなに熱くなれるのか。
「楽しいなぁ!」
自然と口から流れ出てしまう言葉は嘘偽りのない本音だ。俺は楽しんでいる。友との決闘を楽しんでいた。
心の底で燻っていたアツイ何かがドクンドクンと胎動している。魔王を倒して、もう敵はいなくなったのか、と思っていたのに、そのおかげでなくなっていたマグマのような感情はもう既に消えたかと思っていたのに、そんなことはなかったのか。
あぁ――俺はまだ戦いたかったのか。
きっとそれはデルブライトも一緒なのだろう。周囲に古代文字を張り巡らせて至極真面目そうにこちらを観察しているコイツもそうなのだろう。顔にこびりついた表情はなにもない。だが、わかる。心の底ではきっと楽しんでいる。だってそうだろう。何年の付き合いだと思っている。
「お前もそうだろ、なぁ、おい!」
マグマの濁流を抑えきることなど俺にはできない。
相手の様子を窺うなど焦らしプレイを俺の心は容認してはくれなかった。
ただ、前へ。前へ――前へ!貫き進む!俺はお前をぶっ倒す!!
グッと足を踏み込んで俺は跳んだ。空間が圧縮されていくような速度で俺はデルブライトに突進した!
右手に構えられた鋼の剣は赤く紅く燃え滾っている。俺の【闘気】を取り込んで灼熱色に輝いている。
込められた感情は“熱情”、放たれる意味は“必殺”。防御態勢を完全に整えて、【衝撃拡散】、【強制解除】、【絶対防壁】を多重で展開しているデルブライトに俺の放つ刃が襲い掛かる。
【衝撃拡散】でまずは俺の攻撃の衝撃を削ぎ落とされて、【強制解除】で俺にかけられている全ての支援魔法は一時的に解除されて、【絶対防御】で攻撃は受け止められる。だが、そんなことは関係ない。
「う――アァァァぁああああああああ!」
ギシギシと奏でてはいけない音を発しながら鋼の剣は【絶対防壁】に食い込んでいく。戦士殺しと言われる古の魔法へ鋼の剣で喧嘩を売る。そう、戦士殺し――ただの戦士殺しだ。
俺をそんじょそこらの戦士と同じにするんじゃねぇ!
「お前だって知ってるだろ――俺がただの戦士じゃないってことをよぉ!」
ギチギチギチギチ、食い込む刃と反発する壁。デルブライトは至極冷静だ。さらに幾重にも【防御結界】を展開していく。心なしか、いや、間違いなくその顔は歪んでいる――。
砕け散った防壁、さらに展開されている壁も俺にとっては障害にすらならない。俺は最上の【絶対防壁】を破ったのだ。これに勝る物理防御の魔法など存在しない。少なくとも俺は知らない。
トドメだ、と言わんばかりに鋼の剣を引き絞り、上半身のバネを最大限に利用して突きを放った。避けられるはずもない。戦士の攻撃を無防備な魔法使いが避けれる道理がない。
その通りにデルブライトの身体に突き刺さった。上手く内臓をすり抜けるように喰らったらしいが、それでも致命傷には変わらないだろう。だが、どういうことだ。デルブライトは笑っている。
「グッ――これなら俺の魔法も避けられない」
血反吐を撒き散らしながらデルブライトは言う。至極嬉しそうに笑いながらそんなことを言う。
腹に穴を空けながら、俺が力一杯引き剥がそうとするのを左手で防ぎながら、【魔杖ダレリウス】を俺に向けてそんなことを言う――まさか?!
『我が命を喰らいて顕現せよ。魔王の下僕。今だけは我が魔王の代理人!【終焉の焔】』
【終焉の焔】――かつて魔王を殺したときに魔王の扱う炎を羨ましく思ったデルブライトが無理やりに奪い取ったもの。不純物の一切混じらない漆黒の炎。その炎に飲み込まれたものは全て儚く散っていった。
魔王に攫われた姫を救うために挑んだ【精霊騎士】カミユ、【絶対正義】ジャスティール、【反逆者】アルテンド、みな強き勇者だった。俺の前に魔王に挑んだ英雄たちだ。全てはこの炎に飲まれて死んでいったが。
みんながみんな正々堂々と挑んで倒れていった。
俺のパーティーは魔王城の周囲に1年間かけて工作し、魔獣を殲滅する結界を展開させて、魔王だけが残る城に攻め込んで倒した。それはヒドイ、と言われたが、所詮勝負など勝てばいいのだ。
ただ一つ残る玉座にいた魔王はとても強かった。最も苦戦したのがコレだ。何せ喰らえば燃え尽きてしまうのだから。それを俺に?コイツ――最高じゃねぇかっ!
俺の身体は漆黒の焔に包まれる。熱いなんてもんじゃない。皮膚が焼け爛れるとかそんな生易しいものではない。消滅していく。感覚が消えていく。痛いと感じる余裕すらない。
状況を打破するものをお互いに持っていた。それをデルブライトが使った。ただ、それだけのことだ。あぁ、本当にそれだけのことだ。だけどよ、ここで終わるわけにはいかねーんだ。
俺はまだ何も成し遂げてはいねぇ!俺の野望は止められねぇ!
「ぬ――あぁぁぁぁぁア!!」
雄たけびをあげてデルブライト腹に突き刺さったままの剣を引き抜く。もてる限りの力を込めて引き抜いた!
「グゥ?!」
腹の中から飛び出す血液が俺の身体を染め上げるが全て漆黒の焔に蒸発させられる。
俺はこのままだと死んでしまうだろう。
「なぁ、最後に聞くぜ?諦めたらその魔法を解除してやるぜ?どうする」
すぐそこで腹を押さえながら足をガクガクと震わせて瀕死の状態になっているデルブライトがそう言う。
あんなに魔法を連発して、あげく腹に穴をあけられて、最終的には生命力を根こそぎ奪われる魔法を行使したのだ。それも当然のことか。
そして最後に俺に温情をかける。それも当然のことなのかもしれない。俺たちは友達なのだから。だけど――それでもよ。
男には引けない時ってのがあるんだよぉ!
「俺が――この俺がこの程度の事で引き下がる――安い男に見えるってのかよ!」
「残念だ」
俺は絶対に諦めねぇ!絶対に――絶対に女風呂を覗いてやる。ブルッシュリウムの秘湯に辿り着いてやる!
お前みたいな小さな壁、乗り越えるまでもねぇ。粉砕し、通れる穴を開けてやる!お前は俺の壁になんてさせてたまるか!
燃え尽きそうな身体に鞭を打ち、残り少ない僅かな【闘気】を全身から爆発させて【終焉の焔】を一時的に解除する。
解除といっても俺自身から発せられた爆風で少しの間飛び去っただけ。だが、少しだけでいい。少しだけで十分だ。
満身創痍のデルブライトをブッ倒すには十二分だ!
「そんな馬鹿な?!」
驚愕に彩られたデルブライト。そりゃそうだろう。予想なんてできないだろう。俺だって完全に賭けだったんだからな。
だからこそ意味がある。意表をつくのは勝利の方程式での絶対的な法則だ。
焔が俺に襲い掛かろうと牙を剥きはじめる。周囲に纏わりつこうとしてくる。だが、もう遅ぇっ!
漲る力を剣に乗せて、振り上げた。
「お前は俺に倒されろ!デルブライトォォォォ!」
振り下ろされた刃はデルブライトを一閃する。ローブを切り裂き、防御しようと前に出した腕を斬り飛ばす。
勝負は終わりを告げた。
◇◆◇
デルブライトは腕を斬り飛ばされた激痛で意識を失ったようだ。今は俺の目の前で前のめりに倒れている。おかげで俺に纏わりついていた炎は完全に消え去った。
「――まぁ、友人の命より大事なものはねぇか」
ブルッシュリウムの秘湯へ行くのだ。万全の用意をしている。たとえ死者だろうと生き返らせると言われている【霊薬】だって用意している。魔王の居城で拾った一つだけの最高級の回復薬。いざというときに使うつもりだった。
半分だけ自分で飲み、半分だけデルブライトに飲ませた。見る見るうちに傷が塞がっていく。消滅していた肉片などが全て戻ってくる。デルブライトも切り傷が全て癒え、斬り飛ばされた腕も再生していく。
じゃあな、とだけ言って俺は前へ進もうとした。そのときだ。
「カシム――お前本気か?正気か?」
むくりと立ち上がったデルブライトはそう言って来る。もう気がついたのか。
「ブルッシュリウムの秘湯に行くなんて狂気の沙汰だ。やめておけ!死ぬぞ!」
死ぬ?俺が?そんなことは百も承知だ。
現に俺はお前に殺されかけても決して退かなかっただろう。俺は退くつもりなどないことをお前が一番知っているだろう。それなのにそんなことを聞いてくるなんて完全に無意味だろう?
「デル――お前はわかっていない。なんで俺がブルッシュリウムに行くのかを理解していない」
「理解?理解だと?できるわけがないだろう!あそこの防御を知っているか?完全に男子禁制なんだぞ!周囲は隔絶された掘りに覆われている。その掘りの深さは実に百メートルを超える!何よりだ!その掘りの周囲にすらAクラスの魔獣ばかりが生息しているんだぞ!成功した奴は一人もいないんだぞ!」
あぁ、そうだな。掘りは確かに百メートルという情報がある。先に旅立った勇者たちの遺言だから間違いないだろう。もろもろの情報は既に出払っている。魔獣大百科のブルッシュリウムの秘湯に生息する魔獣を見るととても凶悪な魔獣ばかりだ。ケルベロス、ミノタウロス、オーガ、メフィズスウィッチィetcといった伝説級の魔獣ばかりだ。
だが、それがどうしたというのだろうか?
成功した奴がいない?なら俺が初めの一人になればいい。俺こそが成功者になればいい!
「デル――お前はわかっていない!俺が何故そこに行くのかを全くと言っていいほど理解していない!」
だからこそ、この愚かにも愛すべき友人に俺は言わなければならないのだろう。
「目の前に秘湯があれば覗く。なんとしても――なんとしてもだ!まさにそこは美女の聖域。命を懸ける価値がある」
美人になることが生まれたときから確定されているエルフたちの肉体、貴族たちの貞淑にもたわわに育った魅力的な肉体、天使たちのけしからんまでに神々しい肉体、悪魔たちの男を魅了するために生まれたかのような肉体――想像しただけで鼻血が出る。命を懸けるには十二分だ!
たとえこの身が朽ち果てようとも、少しだけでも女体の神秘を垣間見えるなら、俺の生に悔いなどない!
「お前――それほどの覚悟だったのか」
デルブライトはよほど感銘を受けたのだろう。俺の肩を強く強く掴むと涙ながらに俺を見た。
「お前の覚悟は確かに理解した。受け取れ」
そう言ってデルブライトは詠唱する。『我と契約を交した魔剣よ。今こそ顕現せよっ!』と。
空間に突如出現したのは禍々しいオーラを放つ一振りの大剣。俺の持つ鋼の剣とは雲泥の差であることが見ただけで理解することができる。
「偉大なる我が父の残した一振り――【魔剣カイゼル・フォルヴァー】だ。銘入りの魔剣。必ずお前の役に立とう」
【魔剣カイゼル・フォルヴァー】――銘入りの魔剣。世界中の剣士たちが涎を垂らして欲しがるものの一つだ。この剣のためなら命すら払うという者など腐るほどいる。
「だが、これは形見だろう?」
そんな奴らの中にデルブライトの父がいた。命を支払ってまで契約した魔剣。結局は魔法使いであるデルブライトに渡ったわけだが――。
「俺とお前の仲だろ……?お前の進む道には男の浪漫がある。俺に止められるものかよ。止めてなるものかよ。お前はお前の道を貫け」
デルブライト――ッ!
「――すまんっ!」
「あぁ、行けよ。決して立ち止まるんじゃねぇぞ。その先にはきっと栄光がある」
【終焉の焔】の洗礼を受けたせいで半ばから融けている鋼の剣を空高く放り上げる。
そして今手に入れたばかりの魔剣を腰溜めに構えて――振り上げる。
振り上げた先にあった鋼の剣は叩き斬られた。さらば相棒、ようこそ相棒。さぁ、険しい旅の始まりだ。
ザッ、と砂を鳴らして前を向く。友の意志は確かに受け取った。
「任せておけ。我が道を阻む者は須らく踏み潰す!」
目の前に広がる森はまさに魔界。その先にある秘湯はまさに天界。必ずや辿り着いて見せよう。
「行くぜ、親友」
「あぁ、行ってこい」
サムズアップ――これが男の別れに相応しい。
とりあえず起承転結の起が終わりました。
以降は執筆中ですがここまでで変なところがあれば感想などほしいです。
特に戦闘描写が自信がないのでこうすればいいよ、などのアドバイスがほしいです。
お願いします(ペコリ