1-3 熱き想いを拳に乗せて
俺は女の子が大好きだ。
たとえ素っ気無い素振りをされたとしても、今まで手を握ったことだけが唯一の繋がりだとしても、それは唯一絶対の真実だ。
身長が高かろうが低かろうが、胸が大きかろうが小さかろうが、そんなことはどうでもいい。たとえお姉さまであろうと妹であろうと幼馴染であろうと女の子ならば俺は大歓迎だ。
妄想しただけでも鼻血が出る。一度でいいから「好きだよ」と言われてみたい。膝枕なんて最高だ。耳掻きだってしてもらいたい。城砦都市にある自由公園のベンチでやってもらいたい。
俺はそんなことを夢想する。たまに悲しくなるけれど、それでも止めることなどできるはずもない。
彼女のいる男を見るたびに殺意が迸る。可愛い女の子をゲットしたムサイ男を見るたびに俺の心は鬼気に満たされてしまう。
あぁ、世界はきっと残酷だ。俺はきっと神に見放されているのだろう。きっとそうに違いない。力などいらなかった。ただ――彼女が欲しかった。「愛してる」と言われてみたかった。
叶わぬ夢だと知りつつも、俺は少年を止められない。夢に走ることを止められない!
そのためには友とだって戦おう。決裂だってしてみせよう。俺の剣は正義を貫くためにある。今貫くべき正義は俺の心の内にある。
闘志を漲らせながら紫に彩られた空の下、完全武装で足取りを確かめながら歩を進める。
目の前から差し込む登り始めたばかりの朝焼けに眼を掠めながらブルッシュリウムに辿り着いた。
かなり早くに来たと思っていたのに、敵となったデルブライトは既に待機していた。いつもの普段着ではなく、戦闘用の祝福が自動でかけられる古代文字の綴られた漆黒のローブ。杖はいつもの木の杖ではなく、本気のときにだけ使う悪魔の骨から作られたと言われる乳白色の歪な【魔杖ダレリウス】。それらを装備しながら宙に浮かんで座り、腕を組んで眼を閉じている。
俺の気配に気づいたのだろう。【浮遊】を解除して地面に降り立つ。ブン――と横から風が叩きつけられる。俺とデルブライトの決戦に精霊が興奮しているのだろう。これほどのイベントはそうはないのだろうから。
閉じられた瞳は開かれた。鳶色の瞳で俺を睨みつけている。
「改心するつもりはないか?」
「俺はやると言った」
「どうしてもか?」
「俺が自分の言を取り下げるような安い男に見えるか?」
だろうよ、と諦め口調でデルブライトは言う。瞳を細めてコツン、と地面を杖の先で叩く。
それが決戦の合図となった。
突如俺の足元に魔方陣が出現する。さらにコツン、と杖を叩いて『閉じろ』と言う。その時にはデルブライトの詠唱している魔法に気づいたが、もう遅い。魔方陣からは障壁が生まれて俺の周囲を囲っている。思いっきり剣を叩きつけるが、皹すら入らない。
「もう一度だけ聞いてやる。諦める気はないか?」
「くどい!」
残念だ、とだけ呟くと発動のキーとなる詠唱をした。『爆ぜろ。【爆滅】』と。魔方陣の中に地獄の業火を召喚する限定空間消滅魔法。まさに必殺の魔法だ。足元から競りあがってくる漆黒に燃え滾る溶岩が俺の周囲に満たされていく。確実に俺を殺す気だ。本気で俺を殺す気だ。だが、この程度なら問題はない。来る魔法はわかっていたのだ。対策をとるのは当然のこと。
戦士なら使うことができる単純なスキル。【闘気】を剣に纏わせる。戦士ならば一番最初に習得するスキルだ。ちなみに俺は一番これが得意だったりする。莫大なまでに俺の【闘気】を取り込んだ剣はもはやただの鋼の剣ではない。本来の性能を大幅に超えた――伝説級の武器にすら劣ることすらない。
その剣を思いっきり頭上に構える。そのときに言ってやる。
「なぁ、戦士だって魔法みたいな技を使うんだぜ?」
そのまま地面に剣を突き刺した!
「大地粉砕剣!」
競りあがった溶岩とともに地面は一気に爆ぜる――ッ!
俺のいた場所にはクレーターができ、その衝撃で魔方陣は決壊し、溶岩とともに抉られた大地は衝撃の余波を逃がすために周囲の地面を隆起させる。俺が最も得意な対多数戦用のスキルだ。
もくもくと立ち上る土煙の中、敵の場所へと特攻した。
魔法使いなど接近すれば相手にならない。デルブライトの場合は近接戦闘もそれなりにこなすし、普通の魔法使いとは違い詠唱をキャンセルしたりと魔法理論を根本から覆すようなことを造作もなくやってのけるが、それでも近づけば問題ない。俺のほうが圧倒的に分がある!
土煙を突破するために走っている。目の前からは雨のように降り注ぐ【氷の矢】。無詠唱でやっているのだろう。無言でひたすらに撃ち込まれてくる。だが、問題ない。魔力を感知して全てを切り捌く。
勢いを落さずに突進する。今の俺を止めることはたとえ神であろうとも不可能だ!
土煙を突破して一気に視界が良くなる。デルブライトが魔力を高めるために精神集中している姿が見える。
「もらったっ!」
【闘気】をさらに爆発的に込めて俺は一足飛びでデルブライトに詰め寄り、剣を思い切り薙ぎ払った。死なないように加減はしたが、それでも致命傷にはるはずの一撃。あと少しで切り裂ける、というところで剣は止まった。ガギィン、と硬い物に当たったときに起こる金属音を奏でながら剣の軌道は止められた。
どういうことだ。剣が先に進まない。見えない障壁に阻まれて俺の刃が止められる。どうなっているんだ――ッ?!
「魔法使いになら近接戦闘を挑む。当然の帰結だ。だけどよ、考えてもみろよ。そんな当たり前のことをわかってるのによ。何も対策をしないと思うか?」
そう言えば昔、魔王と闘っていたときのことだ。俺は何度もこの魔法に助けられた。危うく死に掛けるような時に、この支援を俺は確かに受けた。うっかり忘れていたぜ。【絶対防壁】。あらゆる物理攻撃を跳ね返す戦士殺しの古の魔法。使える者はほとんどいない――。
「クソッ!」
ギィンッ、と剣を弾く。対応策はあるにはあるが、それを使うとデルブライトの命が危うい。さすがに、それは――。
「なぁ、何手加減してるんだよ。お前はお前の道を貫くんだろ?俺はそのための壁だぜ?粉砕してみせろよ。俺の命なんざどうでもいいだろ?お前は今、至高の魔法使いと言われる俺と――デルブライトと闘ってるんだぜ?」
『踏み潰せ【圧死】』と言うなり俺の頭上から空気の塊が落ちてくる。即座に飛びのいて避けるが、俺のいた場所は見事に抉られてクレーターになっている。
もうここらの土地は無茶苦茶だ。穴があき、隆起している。そうか、俺とデルブライトは戦っているんだよな。どれもこれも一撃必殺になりうる魔法をデルブライトは俺に放っているんだよな。
「さぁ、出せよ。お前の本気を!お前は風呂を覗くんだと決意してるんだろ?なら、見せてみろよ!お前の覚悟を!」
いいだろう――。
見せてやる。俺の本気を、俺の決意を、俺の覚悟を!必ずやブルッシュリウムの秘湯に辿り着くだろう俺の力を――お前に見せ付けてやる!
魔獣の胸当てに命令する。『覚醒しろ』と。
その瞬間、魔獣は声を上げる。ようやく解放されると言わんばかりの狂喜の叫び。これはケルベロスの毛皮を剥いで作ったものだ。本来ならば神殿で人間が装備しても精神が狂わないように浄化をしてもらうのだが、俺の場合は特別製だ。一切浄化をしていない。それは魔獣の毛皮の本来の性能を著しく損なうことになるからだ。それに、俺は不思議にも相性が良かった。精神汚染されない人間だった。
だからだろう。とても気が合うのだ。この装備とは。
眼が覚めたケルベロスは俺の身体と同化していく。ゴキゴキ、と歪な音をたてながら全身に伸ばされていく毛皮はだんだんと色艶を取り戻し、まるで生きていたときのように活き活きと脈動している。身体全身を包むのは赤黒い地獄に存在していたロード・ケルベロス。もとはケルベロスを統べる王だった。誇り高き王は俺を支配しようと覚醒した瞬間俺の精神を喰い殺そうと反逆する。これはいつものことだ。そう、いつものことだ。
「あまりじゃれつくな――殺すぞ」
殺気とともに言葉を放つ。それだけで魔獣は俺に尻尾を振る。所詮コイツは犬だ。犬は強者に逆らわない。
ギチギチと俺の身体と一体化した鎧は俺に服従をしたときにだけ見せる付加属性をつけてくれる。力を爆発的なまでに増幅させる【狂乱】。速度を爆発的なまでに上昇させる【疾風】。下級魔法なら全て無効化する――どころか撃ち返す【魔法反射】をかけてくれる。戦士の俺にとってはとてもありがたい。
「あぁ、それでこそお前だよ。いつも思うんだけどよ。俺らってどちらかというとカオスサイドの人間だよな。世の中には光の勇者様だっているんだぜ?俺たちは決してそんなこと言われないけどな」
「【魔獣装兵】カシム、【大魔殲滅】デルブライトか。ろくな二つ名をもらえないよな。まともなのはリーフだけか。【唯一の癒し】リーフ――それはそれでどうよ?」
紅一点だからじゃないかな、とリーフは言うが、おそらくそれだけではないだろう。俺とデルブライトの戦い方は魔に属した闘い方だ。手段を選ばず、勝つためだけの美しさのない技術。聖に属しているリーフはとにかく華がある。煌びやかな神聖魔術はただそれだけで人に憧れを抱かせる。美しいとは罪なものなのだろう。
「ふん、まぁリーフなんて今はどうでもいいか」
「あぁ、どうでもいいな」
「「――俺たちの闘いには関係ねぇ!」」
俺たちの戦いに美しさなんてなくていい。ここにいるのは無骨な男二人なのだから――。言葉も何もいらない。
昔から決まっているのだ。男と男がわかりあうためには殴りあうしかないのだと。
俺は剣という拳を叩きつけ、デルブライトは魔法という拳を叩きつける。
戦いはまだ始まったばかりだった。