3-4 再戦
空気が変わる。
デルブライトの発する濃厚な魔力が世界を書き換えていくのがわかる。膨大な魔力は暴力だ。感覚器官から侵入し、恐怖という名の感情を湧き立たせる。
圧倒的な魔力量の差は覆しようのない才能を見せつけられることに似ている。
目の前にいる聖竜騎士団どもは怯えている。たった一人の魔法使いに。
「どうせ手負いのカシムに勝っただけなんだろう?」
トン、と魔杖で地面を叩く。
「お前ら如きでコイツに勝てるはずがない。俺に勝てないのと同様にな」
地面が裂ける豪快な音とともに、大隆起が起こる。天に向かって大地の柱が乱立する。女たちに当たらないように絶妙に操作されたソレは威嚇。力の誇示。差を見せつけるためだけの無駄な行為。
デルブライトは怒っているみたいだ。いつもならこんなことをしない。あっさりと倒すことを好むから――。
「お前らに教えてやろう。カシムは俺よりも強い。今日負けたばっかりだから、認めたくはないがコイツは俺より強い」
空に吹き飛ばされた女たちは飛行していた各々の聖竜に受け止めてもらったみたいだ。
背に乗りデルブライトと俺を見降ろしている。ミハエルやアレイも空にいる。
そいつらを見る――睨みつけているデルブライト。
「俺より強いはずなのに、俺より弱いお前らに負けたことを俺は許せない」
大空に手をかざす。
突然青空なのにも関わらず稲光が迸り、致命的な熱量を持った雷が落ちる。
女たちには当たらず、地面から生えた木々を突き破って地面に突き刺さった。地面が爆ぜる轟音に、物理的な衝撃風。
デルブライトの強さはいつも意識したことがないが、弱っているときだとこれほどまでに頼もしいものなのか、と再確認してしまう。
何度も中規模の戦略魔法を使っているにも関わらず、息切れ一つしない。こういうのを――
「化け物め」
女たちが代弁してくれた。
正しく化け物だろう。よく勝てたな、と安堵の吐息が漏れる。
「俺が化け物だと?馬鹿を言うな。俺が強いんじゃない。お前らが弱すぎるだけだ」
「好き放題言わないでください!」
真っ向から反論したのはミハエルただ一人。
他の女たちは怯えている。デルブライトの力に圧倒されている。
「一斉にかかるよ!」
アレイが号令した。
聖竜に乗った女たちが大きな声で返事をする。
考えてみる。
自分がもし無傷の状態で――万全の状態ならアイツらの特攻は恐ろしいか?
答えはすぐに出る。全く問題ない。
避けながらカウンター気味に小突くだけで大怪我をしてくれるのだからむしろ楽なのではないだろうか。
デルブライトも俺と考えは同じのようで泰然としている。
お、っと今気付いたかのように俺に振り返る。
「ほれ」
そう言って投げ渡してきたものは回復薬。エリクサーほどまではいかないが、それより一つ下のエクスポーションだ。これもなかなかの高級品。
使え、と目で言っているので使うことにする。傷がみるみる塞がっていき、体力が増していくのがわかる。
「一斉にかかるとはどういうことですか!」
手をニギニギさせている間、アレイとミハエルは揉めていた。
囲って戸惑う聖竜騎士団。団体行動向いてなさそうだな。
「勝てない。アイツには勝てないんだよっ!」
「先輩――」
裏切られた、と言わんばかりのミハエルの落胆の声。茫然自失というやつだ。
最強と信じていた騎士団が最強ではなかった。これはかなりのショックなのかもしれない。
何かに縋っている時点で弱い、と思ってしまう俺からすればわからない感情だけどな。
「もういい!後ろで見ていなさい!イクよっ!」
「――待って」
空から飛来する聖竜。
神話の世界のような神々しさすら感じる闘気を感じる。
が、魔王すら倒した俺たちに敵うはずもない。
ただの杖の一振り。
その一振りだけで巻き起こったのは暴力などというぬるいものではない。災厄――と呼べるものだ。
突如現れた漆黒の繭のようなものが聖竜たちが突撃してきた場所を覆い隠し、そのまま飲み込んだ。
「知っているか?魔界というものはいつでも門戸を広く開けている」
くつくつとデルブライトは笑っている。
なるほど、思い出した。俺のつけている胸当てが声なき声で叫んでいる。ここから先は地獄。魔界の門番は――ケルベロスだ。
三年前だったか。ケルベロスの毛皮が高く売れた時代、俺とデルブライトは必死に狩猟しまくった。この漆黒の繭を通り抜けてな。
「――先輩?」
空に浮かぶのは取り残された一人の少女。
やたらと露出度の高い白銀の鎧をしているミハエルだけだ。
愛竜であるシュリファに乗って、見下ろしている。
俺たちではなく、先輩とやらを飲み込んだ繭のことを。
「何をした?」
静かな声でそう問うてくる。
「言っただろう?魔界への旅に招待した。こんな機会なかなかないだろう?」
小馬鹿にしたような笑みをデルブライトが浮かべている。
「先輩たちを離せ」
面白くなってきた、とデルブライトがこっそり呟いたのを俺は聞き逃さなかった。
もとより殺す気などないはずだ。殺す気ならさっさと殺しているだろう。イジメているんだ。
相変わらずだな。
「嫌だと言ったら?」
ミハエルはデルブライトを睨んで言った。
「――無理やりにでも返してもらいます」
覚悟を決めた表情。
やる気満々ってか。
でもよ――そいつは許せねぇ。
俺は立ち上がり、デルブライトを押しやってミハエルを見た。
そして、言ってやった。
「そいつは無理だな」
無理に決まってる。
だって俺がいるんだから。
回復薬で多少なりとも回復した俺が――リベンジしないわけないだろうが。
「どいてください。貴方に用はありません!」
気にくわねぇ。
俺に興味がないっていうその視線がムカついてたまらねぇ。
一応最強の戦士なんだよ。負けたままで済ませるわけにはいかねぇんだよ。
「お前に一度負けちまった。確かに俺は重傷だったけど、負けたって事実は変わらねぇ。それが俺には我慢ならねぇんだよ」
「そんなこと――」
デルブライトを見る。
苦笑。仕方ないな。目だけでの会話。
「お前には悪いけど――付き合ってもらうぜ。いいだろ?」
相手は竜を駆る女騎士。
俺は若干体力が回復した戦士。
魔剣を手に取り――構える。
軽い。重さを全く感じねぇ。
「俺の強さを証明するため、お前は無様に倒されろ」
「私は負けない。突然現れた魔法使いにやられただなんて信じない」
敵は急降下し、俺は飛翔する。
『覚醒しろ』
「シュリファ!」
俺の使う魔獣の胸当ては覚醒し、俺の身体を覆い尽くす。
先程まで辛かったこの過程が今は何ら痛くない。体力があるって素晴らしい!
降下しながら竜が撃ってきた【火炎の息吹】も全く怖くない。
避けることも、防御することもせず、無視する。
漲る力に歓喜する。
魔剣を見る。
赤く明滅するその姿はまさに魔剣。
俺の【闘気】をどんどん吸い取り、禍々しい魔力に変換していく。
そういえば、ブルッシュリウムで全力の状態でコイツを使うのはコレが初めてなのかもしんねぇな。
「貴方には一度勝ちました。負けるはずがありませんッ!」
何の理由にもなりはしねぇ。
俺が負ける理由にはなりはしねぇんだ。
彼我の距離は手が届くほど。
敵も俺も止まることなどできるはずもなく――
「俺の――」
「私の――」
魔剣と名槍は振り上げられ――
「勝ちだァァァァ!」
「勝ちですッッッ!」
男と女の意地の張り合いはここに完結した。
◆◇◆
ドサリ、と地面に落ちたのはミハエルのほう。
槍は叩き折られ、衝撃で身体が痺れたのか、地面で痙攣している。
その前に立ちふさがり、身を呈して守っているシュリファなる聖竜。
「別に取って喰ったりはしねぇよ」
俺としては殺す気なんてないしな。
「デル――どうする。お前だって殺す気ないだろ?」
「そんな寝覚めの悪くなることするはずがないだろう?女というのは愛でるものだ」
言うなり、漆黒の繭は崩れ去り、女たちは落ちてくる。
地面に積み重なっていく女というのはなかなかシュールな光景だった。
全員死ぬ一歩手前のような状況で、虫の息なんてものじゃない。
放っておいてもしばらくは死なないだろうが、それでも一日経てば逝くのではないだろうか。
まぁ、そこまで責任は持てない。興味もないしな。
興味があるのは違うこと。
「ところでデル。聞きたいことがある」
このまま聞いたらダメな気もするが、はっきりさせておきたいことがある。
なんだ、と答えるデルブライトの頬に流れる汗を俺は見逃しはしない。
「この【魔剣カイゼル・フォルヴァー】の能力。聞くの忘れてただろ?詳しく教えてもらおうと思ってな」
「後で――」
「今すぐにだ!」
「……」
どもり、きょどり、ため息。諦めたようだ。
確実に予想通りだろうな……。
「能力は三つある。一つは持ち主の手元に召喚できること。一つは闘気を効率よく収束してくれること」
「最後は?」
「持ち主を魔剣のある場所に召喚できる」
「……」
「……」
言葉が出ねぇ。
コイツ――俺に魔剣渡したけどよ。契約はさせてなかったわけか。恐ろしい奴だなっ!
「あ、でも、ほら。あれだろう?一度しか使えないんだ。持ち主を魔剣のところに運ぶのは。条件が契約を解除することだからな。だから、今は持ち主不在だろう?そして、お前が持っている。先程の過程を見る限り、既にその魔剣はお前を主だと認めているぞ」
そう言えばこんな奴だったよ。空を見上げてこみ上げてくる大粒の汗を俺はグッと我慢する。
「すみません。口論しているところ悪いのですが」
追撃の舌撃を緩めるつもりはなかったが、ミハエルの声が聞こえたので仕方なくやめた。
「何だ?」
「私は負けたんですか?」
「客観的に見てお前が勝ったように見えるのか?」
「いえ――そうか。負けたんですか」
精気が抜けたような顔になる。
チラリ、と女たちが居る方向を見て安堵するも、絶望のほうが濃いらしい。負けたの初めてなのか?
「聞かせて下さい。なんでこんなところにいるんですか?」
「――お前らのしようとしていることはわかっているんだよっ!どうせ風呂覗きだろう?!」
横から聞こえた声。アレイのものだ。
震えながら立ち上がり、顔を真っ赤にして叫んでいる。
「当然のパーペキよ」
否定の余地もない。
俺はそのためだけにきた。
もう目の前にブルッシュリウムの秘湯。
残る障害はあと一つ。
だが、それすらも問題ではない。
「お前らは何故そこまでして風呂覗きをしようとする。何故だ?!名誉もあるだろう。地位もあるだろう。唯一の【魔王殺し】よ。何故そんなくだらないことをしようとする」
「風呂覗きのためにそこまで頑張っていたんですかっ?!」
ミハエルが驚きの声をあげる。
最低ね。最低すぎる、という言葉が聞こえてくる。関係ねぇんだよ。
「一度決めた。覗くと決めた。ただ、それだけのことなんだよ」
「理由としては十分すぎるな」
デルブライトだけだ。わかってくれるのは。
さて、と。
「お前らは俺とデルに負けたわけだ。というわけで、もらっていくぜ」
最後の障害は恐ろしいほど深い掘り。
魔法で飛ぶことができないようになっているとの情報がある。
ワイバーンあたりを捕まえて飛び乗って行こうかと思っていたが、目の前に竜がいるんだ。使わない手はない。
「シュリファは渡さない!」
「サラマンダーは渡さないぞ!」
チラリとデルを見る。
あぁ、と頷く。
奪うものは決まった。
「欲しいモノは奪う」
「奪われたくなければ力をつけろ。抵抗しろ」
この日、俺とデルは初めてドラゴンライダーとなった。
「「泥棒―――ッ!」」
次で最後ー!