2-6 結末はいつも予想外
「一つだけ確認したいことがあります」
やる気満々の俺に水を差したのは目の前で息子を握り締めていた魔女だった。
もう意味がないですね、と呟いて息子は掻き消える。
それもただの幻覚だったってのかよ・・・・・・。
「何だよ」
「貴方はなぜ、そこまでして必死になれるのですか?」
私にはどうしてもわからない、と魔女は言う。
美貌を歪めて、おぞましそうに、理解できないと訴えるかのように魔女は言う。
「お金を払えば脱いでくれる人だっているでしょう。それだけ強ければお金には困っていないはずです。というよりも、それだけ強ければ女に困ることすらないでしょう。それなのに、何故――こんなところまで来て女風呂を覗こうというのですか?」
「決まってンだろ?」
俺はそんなことに疑問を持つ魔女の思考こそがわかんねェ。
世の中いっぱいいんだろ?他人がくだんねぇと思うようなことに命を懸ける奴がよ。
まぁ俺の場合は命に値する理由だと心から胸を張って言えるがな。
こそこそ隠れたりせずに、堂々と真正面から叫んでやれるがな!
「そこに美女がいるからだ!」
「もしかしたらいないのかもしれません。それなのに、保証もないのに行くのですか?」
「保証って何だ?そんなもの人生にあるのか?仮にあったとして、それは何かしらのレールに沿った生き方だろ?俺には合わないねぇし、何よりやりたくねぇ。俺は俺のやり方を貫かせてもらう」
今まで生きてきてよ――保証のあるような気楽な道なんてなかったぜ?
そんな安寧な人生はなかったぜ?
常に死と隣りあわせだ。好きで危ない橋を渡るわけじゃねェ。ただ、いつも俺のやりたいことが危険なことが多かっただけだ。
今回もそうだったってだけなんだよ。
「やりたくないとは言っても、貴方のつまらない欲望のための人生よりはよほど有意義なものだと思いますよ」
冷静にそんなこと言うんじゃねェよ。
それはお前の価値観だろ?お前の理屈をよ――俺に押し付けんじゃねェ!
「人の生き様――否定すんじゃねぇッ!テメェはいったい何様だ?!」
「さぁ?様付けで呼ばれたことはないのでわかりません」
長い髪を掻き揚げるようにして言う姿は美しいが、ただのむかつく女にしか見えねェ。
あぁ、そうか。コイツは敵なんだから、そうだよな。
敵だからムカツクのか、それともムカツクから敵なのかはわかんねぇ――けどよ。どっちにしても忘れちゃいけねぇことがある。
「そういや、テメェから名前を聞いてなかったな。闘う相手の名前くらい知っておきてぇ」
「ラエリ。もっと長い名前もあるのですが、人は私をラエリと呼びます」
「フフ、ハハハ、ラエリか。知ってるだろうけどよ。あえて名乗らせてもらうぜ。俺の名前はカシム。ただのカシムだ。覚えていて損はねーぜ?」
全身に力を漲らせていく。
俺の【闘気】に反応するかのようにケルベロスが叫ぶ。
――ルォォォォォ!
遠吠えのような嘶き。
それは決戦の合図としては十分だろう。
魔剣を構え、微塵の隙もなく身体をコントロールする。
はっきり言ってボロボロだ。
正直痛くないところを探すほうが難しいってくらいに慢心相違だ。
けどよ――退いちゃいけない時ってのがやっぱあるんだよな。
「お前に敗北を与える男の名前だ。心に刻め」
「えぇ、刻みましょう。貴方の心に敗北を」
それは魔女――ラエリにとっても同じだったようだ。
やっぱよぉ。退けない時ってのがあるよな。
今はお互いの正義をぶつけあってんだ。信念かけてやってんだ!
だからこそ、互いに否定する。
だからこそ、俺の心は昂ぶっていく。
「いちいちムカツクアマだなぁ。いい加減ぶっ飛ばすぞ?」
「いちいち下品な野郎ですね。その臭い口を塞いであげましょうか?」
口の減らないラエリの口頭は丁寧ではあるが、清潔さは既に保たれていない。
あぁ、そうだ。お前ももうやる気なんだろ?
一切の迷いすらなく、俺をぶっ飛ばすつもりなんだろ?!
「テメェは俺の目的を馬鹿にした」
「貴方の存在は私を不愉快にさせます」
見ればわかるぜ。
お前の目ははっきりと俺を捉えてる。
拳は握り締められて、今にも飛び掛ってきそうなほどの力強さを感じるぜ。
だからよ、遠慮はしねぇよ。
「徹底的に潰してやる」
「私が闘うつもりはなかったのですが、二度と変な気が起こらなくなるように命を絶つ必要があるようです」
俺のとっておきを見せてやるよ。
【闘気】を爆発させて一気に加速する“必殺”が信条の俺のとっておきをよォォォ!
「喰らえ――これが俺の一撃だ!」
「喰らいなさい――これが本当の幻想というものです――【自殺願望】!!」
ラエリの叫びとともに俺の目の前には今まで見たこともないような、全ての魔獣の良いところだけを集めたような異形が現れた。
召還術か、それとも幻覚かは全然わかんねぇし、わかる必要もねぇ!
――ルォォォォォ!
そうか、ケルベロス。お前もそう思うかよ!
今だけは気が合いそうだな。オイ!
――グォォォォォ!!!!!
加速された俺という弾丸は決して止まることを許さない。
目の前にいる異形は大きく、太く、強そうだ。
真正面からぶつかるのは正直キツそうだ。
だけどよ――俺のとっておきを出すんだぜ?
それだけじゃ足りねぇよ!
「あんまり俺を舐めるんじゃねぇ――【電光石火】!!!!」
俺の身体は【闘気】に包まれて、異形へと突き進んだ。
異形の強大な腕によって受け止められて、その衝撃で意識を失いそうになる。
全身がもがれそうで、千切れそうで、死にそうになる。
それでも俺は妥協したくねぇ、俺は死体じゃねぇってことを証明する!
絶対俺は退かねぇんだ!
「ウオォォォォォォ!」
俺が雄たけびをあげる。
諦めないぞ、と必死に叫ぶ!
「ハァァァァァァァァ!」
呼応するかのように、ラエリもらしくもなく叫んでいる。
お前も必死なんだろうな。俺も必死だ。
この異形はとてつもなく強ェ。力じゃ勝てそうにねェよ。
今も競り合いで負けて――踏ん張ってはいるけど、後ろに押し戻されていってるよ。
強ぇ――マジで強ぇ!
それでも俺は諦めることを知らなくて――
「俺の――」
漲らせていた力を一気に0にし、俺は一歩退き――、
「勝ち――」
押し戻す力を失い、体勢を崩し、前のめりに倒れてくる異形に向かって――
「――【カイゼル・フォルヴァー】ァァァァァッ!」
思いっきり魔剣を振り放った。
「そ、そんな――私の負け、ですか?」
何の悲鳴もなく、あっさりと消滅した異形は果たして砕け散ったのか、それとも消滅したのかはわかんねぇ。
幻覚だったのか、召還だったのかは知らねぇが、お前は間違いなく強敵だった。
まぁ、俺のほうが強かったわけだがな。
残るは自分の守る術を失ったラエリのみ。
ペタン、と足が崩れて座り込むラエリのみだった。
「カッ、ハハハ、どうだ。どうだよ?俺の一撃はよぉ――最高だったろ?」
息も絶え絶えに俺は言う。
正直限界だったけど、油断を見せるわけにはいかねェ。
っと、あれ?何か力が漲っているぞ。
身長が高くなり、寂しかった股間も元に戻ってる。
これは――ッ!
「っと、身体が男に戻ってんなぁ?お前、もう幻想を維持できるほど力が残ってねぇんだな?」
「く、何たる屈辱――生き恥を晒すつもりはありません。殺しなさい!」
そんなこと言われてもよ。
「女を殺すのは趣味じゃねェんだよ」
「私に生き恥を晒せと言うのですか!」
「あぁ、別に殺すほどのことじゃねェ。死ぬほどのもんじゃねェ」
「ならば――舌を噛み切ってでも!」
口を大きく開いて歯を剥き出しにしてラエリは言う。
自殺をするというのなら、俺も止める気はなかった。
だけど、止めたい奴はいたらしい。
バシャアン、と豪快な水飛沫を撒き散らせながら全身金属鎧のおっさんが湖から飛び上がってきた。
飛び上がった勢いでラエリの横まで来るとおっさん――ハイゼルはおもむろにラエリの手を掴んで、言った。
「止めてくれっ!」
「は?」
「俺はお前に惚れた。一目惚れだ!」
「あ、いえ――は?」
ラエリはきょとんとしている。
俺もいきなりそんなこと言われたらそうなるだろうなぁ、と何となく考えてみた。
「【魅了】解いてるよな?」
「え、えぇ」
本気で焦っているのか、その目は泳ぎ、俺に対して助けを求めるかのように潤んでいる。言わせてくれ。俺を見るな。俺だって訳わかんねぇんだ。
つぅか、あれほどのゴツイ鎧装備してるのに陸まで上がれたのか。すげェな・・・・・・。
またもや、先ほどよりは小さな湖から何かが出てくる音が聞こえてくる。
出てきたのはクライツだ。陸に上がるなりわしゃわしゃと頭をかき乱し、ハイゼルのところまで走っていく。
「父さ――ハイゼルさん!みっともないことは止めてください!あ、カシムさん。先ほどは失礼しました」
「お、おぅ。お前も無事だったのか。さっきのはまぁ、魔法にかかってたんだし仕方ねェよ」
あれは不可抗力だろ。うん。
「この恨みは忘れませんので首を洗って待っててください」
「・・・・・・」
「名前をお聞かせ願えませんか!」
「ラ、ラエリですけども」
その間にも話は進行しており、ハイゼルがラエリに求婚し、ラエリが俺に助けを求めるように見て、俺はそれから目を逸らし、クライツはハイゼルを止めているという状況だ。
意味わかんねぇ。
「では、行きましょうか!」
言うなり、ハイゼルはラエリのことをお姫様抱っこした。
どこを触っているんですか!とラエリは結構本気で怒って抵抗しているが、魔力のない魔女などそこらの町娘と変わらない。その抵抗は全くの徒労に終わっているようだ。
俺こんな奴に苦戦してたのかよ・・・・・・。
「善は急げ!クライツ、この依頼は放棄だ。急いで教会へ行くぞ!」
「本気なんだね。わかったよ」
何がわかったんですか!とラエリは叫ぶ。哀れだ。
「あ、あの――私の意志は?」
抵抗する力も失ったのか、俺に助けを求めることも諦めたのか、その目は全てを悟ったような――賢者のような枯れた目になった。
あまりにも哀れだったので、幸せにな、と言ってやると凄まじい勢いで睨まれてしまうが、俺は空に浮かぶ自由な雲を眺めることに集中しなければならなかったので睨まれたことに気付かれないフリをした。
「では、カシム殿。それでは!」
「カシムさん、また会いましょう!!」
「あぁ、戦士カシムはお前らのことを心から祝福するよ」
そして、3人組は森の外へと向かっていった。
その姿を見送った後、俺は混乱から己を取り戻すかのように雲を数分見続けて、太陽を見た。
太陽の位置からしてもう昼過ぎだ。もうあと少しで秘湯まで辿り着くし、よし!
「気を取り直して頑張るかぁー」
いつの間にかケルベロスは普通の皮の胸当てに戻っていた。
何となくそのおかげで安心した。
信じられますか。
この展開でプロット通りなんですよ。
このプロットを書いてるときの自分の頭の中を覗きたいです。