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多分に静か

ある夏の日

作者: 桜田咲

 俺は汗を拭った。全くもって今日は暑い。ノリでこんな場所に来るんじゃなかった。しかし、来てしまったものはしょうがない。俺は渋々と歩を進めていく。


「全く、誰がこんな罰ゲーム考えたんだよ」


 俺は悪態をつく。「心霊スポットである廃村の写真を撮ってこい」、全く馬鹿らしい。とは言え、交通費まで押し付けられたら断るのは難しい。


 同調圧力には負けた俺だが、最後の抵抗として真っ昼間に来てやった。


 だが、この暑さを考慮に入れてなかった。これならば、素直に、幽霊達のゴールデンタイム、真夜中に来ればよかった。


 俺はデジカメで廃村の家屋などを写真に収めながら歩いていく。妙にだだっ広い村だった。家屋が点々と距離を置いてあるだけで他には何もない。


 道も田畑も殆ど境目が分からなくなるほど、草が生い茂る中、朽ち果てた家屋が点在する様は寂しげで心霊スポットになるのもよく分かった。一切、幽霊の気配はなかったが。


 いい加減、疲れて来た。アスファルトの道に慣れた現代人にとって、悪路は辛い。俺はどこか休める場所はないか、探す。


 そして、草むらに適当な石を見つけると腰掛ける。俺は一息ついた。側に生えた木がうまい具合に木陰を作ってくれている。


 じっとしていると風が抜けて気持ちがいい。俺は目を閉じた。蝉の鳴き声が聞こえてくる。俺は少し、ウトウトとしながらそれを聞いていた。


 ……? 俺は何かの気配を感じて、目を開ける。何もいない。立ち上がって、辺りを見渡すが、やはり何もいなかった。


「あっ」


 俺は思わず声を出す。俺は、それを腰掛けるのに丁度いい石だと思っていた。でも、違った。罰当たり、そんな言葉が頭を駆け巡る。


 それは地蔵であった。村の家屋同様、朽ちてはいるが、はっきりと地蔵だと分かった。俺は何か、嫌な気分になる。


「もう帰るか」


 俺は口に出して、そう言う。そして、それを実行するように、地蔵から離れて歩き出した。太陽の光は真上から差して来ている。でも、暑さはもう気にならなかった。


 大丈夫。俺は、言い聞かせる。まさか、気付かぬうちに尻に敷いてしまっただけで、怒る地蔵もいない筈だ。


 俺は黙々と歩いていく。そして、先程、感じた気配について考える。あれは地蔵の気配だったのだろうか。それならば、気づいてすぐに行動したのだから、お咎めなしの筈だ。


 なぜ、俺は先程から、言い訳をしているのだろう。俺は汗を拭った。暑さも感じていないのに留めなく汗が流れる。


 俺は、歩きながら思考を巡らし続ける。先程、感じ取った気配は感じ続けていた。何なのだろう、この気配は。そこには悪意も善意も感じない。幽霊の類のようなおどろおどろしさは無かった。


 やはり、地蔵の気配なのだろうか。ーー違う。俺は、先程から覚えていた違和感に気づく。初めからだ。村に入った、初めから気配は存在していた。


 そして、俺はそれを感じ取っていた。無意識下でのことだが、思い返すと、確かに気配がずっと存在していたことに俺は気づく。地蔵は偶々だ。


 何らかの整合性は感じてしまうが、地蔵とは関係ないところでこの気配は生じている。地蔵は関係なかった。もしくは、地蔵はこの気配のことを俺に教えようとしてくれたのかもしれない。


 俺は身震いする。何の気配なのだろうか。俺は恐ろしくないことが恐ろしかった。ごく自然に存在する気配、それが異様に恐ろしく感じられた。


 例えるのならば、家族の情事を覗いてしまった時の気まずさ、そういうベクトルの恐ろしさであった。


 これが適切な表現なのかは分からない。そもそもこの恐怖に該当する表現は無いのかもしれない。誰にもこの恐怖を伝えることができないと言うのもまた、恐怖であった。


 俺は恐怖に身悶えしながらも村のはずれに来る。そこには、ここまで来るのに使った、レンタカーが置いてある。俺は逃げるように車に乗り込んだ。


 気配は未だ、消えない。ーー近づいて来ている。俺は身じろぎも出来ずに、気配に意識を集中させる。後ろだ、後ろに来ている。


 ルームミラーをチラリと見た。何も写らない。気配は車をぐるりと回るように動くと正面まで来た。俺は目を伏せる。見てはいけない。心臓は早鐘のように打っていた。


 気配は延々と正面にあり続けた。俺はたまらなくなって、前を見る。何もなかった。強烈に気配を感じるのに何も無い。


 ホラーとしてはこんな、つまらない話はないだろう。だが、実際に体験する俺はそんなことを言っていられない。


 何があるのか、あるいはいるのか。何一つ分からない。こんな種類の恐怖があるのか。



 俺は意を決して車を発進させる。何かがあるのならば、轢くことなる筈だ。しかし、実際には何の手応えもなく車はスムーズに走り出した。


 気配は遠のいていく。俺は、適当な所で車を停めるとデジカメを取り出した。ここはもう安全地帯だ。


 あの気配の正体が写真に収められてはいや、しないかとそんな期待がムクムクと湧いて来ていた。


 写真を順番に見ていく。でも、写真にはやはり何も写っていなかった。これでは話の種にもならない。


 まあ、元々、昼間の心霊スポットにまで行って、話の種にもさせないという反抗心だったのだが、拍子抜けである。



 俺は車を再び、発進させる。


 ……何で、デジカメなんて使っていたんだっけ。今の時代、スマホを使った方が断然楽だ。でも何の疑いも抱くことなく、村に入った瞬間から俺はデジカメを使っていた。


 俺は後ろを振り返った。安全確認、それは建前である。今、再び、俺は気配を感じ始めていた。正確には写真を見返したその瞬間から、気配はあったと思う。


 写真は魂を写し取る、そんな話を俺は思い出していた。


 ……俺は何を連れ出してしまったのだろう。俺には分からなかった。

 

 

 

 

 


 


 


 


 

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