077 無用の用
石切場の方へ向かう途中、青年団と出くわした。
彼らは念入りに装備品を再点検し、いつになく真剣な顔で斧や槍を振るっている。
「いつもの笑い声が聞こえないな」
「……ええ。そうでしょう。なんだか調子がくるいますよ」
それを少し離れたところで見ていたゾドルが頷く。
最近は訓練がマンネリ化してきていて、お喋りしたり、じゃれ合いのようになり、その度にゾドルが叱り飛ばしていた。
俺やゴライが見ていると真面目にやるのに、ゾドルの時は「どうせ村長のは筋トレメインのやつだろ」のような嘲りや侮りがあったのだ。
それは村長と青年団の間にわだかまりの様なものができていたせいも大きい。
ゾドルはよかれと思って口うるさく言っていたのだろうが、それが若者たちへの反発心をより高めているように思われた。
「……カダベル様。ワシが間違っておったんでしょうか」
燃えた屋敷の方を見やり、ゾドルは今にも消え入ってしまいそうな顔で言う。
「何に対して間違っていたと?」
汗を滴らせて斧を振るうビギッタを見やって、俺は問い掛ける。
「は? ええと、どういう意味でしょうか?」
「間違っていたのは、ゾドルか? ビギッタか? それともこの村の在り方か? それとも俺かね? お前はどう思うんだと聞いているんだよ」
「カダベル様が間違えることなど…」
「あるさ。俺の作戦はその場凌ぎのものが多い。ミイラになって、もうこれ以上は死ぬリスクがないから…開き直った結果、上手くいっただけの話だ」
ゾドルは納得していなかったが、俺は「まあ、それはいいさ」と流してしまう。
「前に変化の話をしたな」
「変化は世の常…という話でした、か」
「そうそれ」
「覚えております。変化は必ず望んでいる部分だけじゃない。望まない変化も受け容れなければならない…と、そう仰いましたな」
「そうだ。ゾドル。これも変化だが、それも変化だよ」
俺は焼け落ちた屋敷の方と、ビギッタの方を指差す。
「俺もお前も、ビギッタたちも…それぞれ間違いたくないと思いつつも、間違い続けて、試行錯誤をして変化に対応していく。まあ、若者たちの方が先入観がないだけに柔軟だがね」
「ワシはこの村のことを考えて…」
「彼らも同じさ。ゾドルと同じくらいこの村のことを考えている。だから仮にこの村を捨てて出て行ったとしても、きっといつか帰ってくるだろう」
俺がそう言うと、ゾドルは驚いた顔を浮かべた。
若者たちはこの平和な村に嫌気がさし、イルミナードや王都インペリアーへ行くことを画策していたのだ。
「てっきり、その件はご興味がないとばかりに…」
ゾドルからは何度もビギッタたちのことで相談は受けていた。だが、俺はほとんど相手にしなかったからそう思うのも無理はない。
「俺がゾドルと一緒になって説教でもしようものなら、彼らから逃げ道を奪うことになる。俺が双方の話を聞き流していたのは、興味がないからじゃなく、それが一番の選択だったと思ったからだよ」
「……なるほど。なんだか、その中でワシだけが悪者みたいですな」
「ロッジモンドみたいなことを言うな」
「へ?」
「ああ、先頭に立つ者はそんなもんさ。そう腐るなよ。“頭の固い口うるさい村長”ってのも必要なんだ。だから、俺はお前を諌めることもしなかった。対立ってのは、コントロールできているうちは無理に解消する必要はない。人間社会は協調と対立のバランスだ。世の中、双方どちらかに偏るとおかしくなる」
俺は杖を水平に持ち、真ん中を指1本だけで支えて見せる。少しでも重心からズレると、杖はどちらかに落ちてしまう。
「バランス…ですか」
「そうさ。バランスさえ取れていれば、否応なしに訪れる変化にも対応できる」
俺は杖を回して放ると空中で受け取ってみせた。
「カダベル様は一体どこでそのようなことを学ばれたので? クルシァンの領主だった頃のご経験からですか?」
「ん? そりゃ…」
元カダベルは優秀なナドに任せっきりの、優れた統治者とはいいがたい人物だ。
下手に口出ししなかったのが逆によかったとも言えるが…まあ、そこは似てるようで少し違うな。
俺がいま話したのは道貞の時の経験則によるものだ。
だが、そのまま話すのは駄目だな。
「あー、なんて言うかな。昔にプロジェクトリーダー…いや、とある事業の計画遂行を担ったことがあってね」
「事業? 領地開拓とかですか?」
「まあ、そんなところだ。外部業者とかも入れてね。年齢も職種もバラバラな人間が集められて、それでひとつの事を成し遂げる…って感じかな」
あの頃の事を思い出すと胃がキリキリする感じがする。今は胃酸も出ないし、詰まってるのは魔蓄石なんだがね。
「マニュアルも引き継ぎもない状態から始めさせられたのに、環境は整ってないわ、ノルマは厳しいわ、納期はギリギリだわで、そりゃチームメンバーは全員カリカリしていてさ。ギクシャクしてたよ」
空気は最悪だったな。怒鳴り合いは日常茶飯事で、最後は「怒っても終わらないから」って宥めることで、俺を睨んでからゾンビみたいな顔のまま仕事に戻るんだ。
「年上の部下は古くからの実績あるやり方を、年下の部下は新しい斬新なやり方をしたがるものでね。まあ、俺はその板挟みにあって大変だったものさ」
ゾドルは自分とビギッタたちに通ずるものがあると理解したようで頷く。
「それでカダベル様はどうされたんですか?」
「なにもしなかった」
「なにも…って…」
「ふふ。そんな顔をするなよ。放置したわけじゃない。わざと“なにもしなかった”んだ」
「……それで上手くいったのですか?」
「仕事を遂行する能力は各々に充分にあったんだ。各セクションに置いては俺より仕事ができる人たちばかりだ。だから、単に方向性や考え方の違いの問題なんだと気付いたんだよ。そして彼らが十全に能力を発揮するにはどうすればいいか俺は考えたんだ」
「その結果がなにもしない?」
「そう。それで彼らは『この無能なリーダーには任せられない。自分たちがしっかりしなければ』と思うようになったんだ。それまでは酷かったよ。俺や自分の作業の手を止めてまで、『あの人は間違っているから注意して下さい!』、『向こうばかり人がいてこっちに人が足りてないんです!』って毎日のように抗議に来るんだ。負の連鎖さ」
そしてそれがエスカレートすると人格攻撃にまで発展する。仕事ぶりだけじゃなく、性格や学歴、ひいてはその家族まで批判しはじめて収集がつかなくなる。
「しかし、それで上手くいくとはとても…」
「そうだね。ただ放置していただけなら上手くはいかない。だから、ひとつだけ仕事とは関係なしに気をつけていたことがある」
「それは?」
「相手の良い所だけを口にする、だよ」
「良い所?」
「例えば、年上の部下には『彼があなたの知識量を褒めてましたよ』とか、年下の部下には『あの人が君の靴のセンスいいと言ってたよ』とかね。ああ、これの大事な点は誇張しても嘘はつかないことだよ」
「しかし、対立する相手を面と向かって褒めるのはなかなか難しいのでは…」
ゾドルは、ビギッタの方を見やって唸る。
「ビギッタは村の中じゃ背が高いよな」
「はい? えー、まあそうですな。しかし、いかんせん戦士にしては細すぎる気も…」
「最後のはいらんよ。これを聞いた俺は、ビギッタに『ゾドルがお前の身長が高いと言っていた。背が高いのは戦いで有利だからな』と言う」
「ワシはそんなこと…。それに戦いで有利だってのは嘘では?」
「いいんだよ。戦いで有利だといったのは俺の感想だからな。必要なのは、俺がお前からビギッタについてのポジティブな発言を引き出したという点だ」
ゾドルは「あ」と口元を抑える。
「ハメましたな…」
「人聞きの悪い。嘘は言ってないぞ」
「しかし、そんなことでビギッタが喜ぶとも思えんのですが…」
「いいんだ。どんな些細なことでもさ。ビギッタにとっては、“ゾドルが自分のことを話していた。それも悪口じゃなかった”ってな事に意味がある。褒められて悪い気がするヤツはそういない。
あ、セクハラは別だがね。あれはまったくの逆効果だから、女性は容姿を褒めるより仕事っぷりを褒めるとかいう配慮は必要よ」
ゾドルはまだ納得しかねるという顔を浮かべる。
「まあ、万事それだけで上手くいったとまでは言わんよ。そもそも期限が差し迫っていたからね。人間関係が改善するような時間はなかったが、それでも目標に向かって一致団結するようになった。悪口はプロジェクトリーダーである俺の方だけに向くように誘導した」
ケンカは少なくなったのは間違いない。陰口を叩かれるのは辛かったが、仕事を進める上ではそこに支障はなかった。
「それで、そのプロジェクトとやらは成功したんで?」
「まあね。一応完遂はしたよ。俺は『無能な上司』ってことでリーダーを降ろされたけど」
「それはおかしい話ですぞ。カダベル様がおられたからこそ…」
「“なにもしなかった”んだから仕方ないさ。実際、仕事を成し遂げたのは彼らの力だ」
ゾドルはなんとも言えないという顔をした。
「だから俺は上に立つってあんま好きじゃないのよ。まったく村長はツラいよ、だな」
「カダベル様は、もしかしてワシやビギッタたちにも同じ様に…」
「俺は“村長”も“青年兵団長”もとても優秀だと思っているよ。たまには怒るけどな。そこがわかっているなら、俺の狙いは当たってたってことだ」
ゾドルが深々と頭を下げ、それを横目で見ていたビギッタが同じ様に深々と頭を下げてくるのに、なんだかこそばゆい感じがして、俺はそれを誤魔化すように手を振ってその場を立ち去った。




