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屍従王  作者: シギ
第三章 魔法封印事変編
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074 封じられた魔法

「い、痛みはないんだよな…?」


 ジュエルの横に寝ながら、ロッジモンドは少し気後れしたように尋ねる。


「ええ。痛みはありませんとも。疲労感と倦怠感から衰弱はしますがね。それとも止めますかな?」


「い、いや、痛みがないなら…いい。俺は歳を取ってはいるが丈夫な方だ」


 まるで自分に言い聞かせるように、ロッジモンドは胸を抑えて頷く。


「……本当に候補者の命を失うほど使うのか? 確率的にはどうなんだ?」


 俺が小声でフェルトマンに聞くと、彼は片眉をグイッと上げて見せた。


「……実は少々、オーバーでしたな」


「おい!」


 俺が声に怒気を孕ませると、フェルトマンは「静かに」と唇に人差し指を当てる。


「死なないと思うのと、死ぬかもしれないと思うのでは、生命力を分け与えた後の結果が違いますな。死ぬほどの疲労感だけでは人は死にはしませんが、本人が生きる気力を失ってしまえば話は別ですぞ。生命力とはそんな曖昧なものです」


 納得はいかんが、フェルトマンの言わんとしているところはわかる。

 人は死ぬかも知れないと思う方が覚悟を決められる。ロッジモンドなんかはそんな典型だろう。これで死ぬ危険性がないとわかった瞬間、気が抜けてそれが原因で命を落とすことになりかねない。

 しかし、命を失うかもしれない…それでもジュエルのために身を挺するロッジモンドの覚悟は本物だ。


「ひ、ひと思いにやってくれい!」


 何度か深呼吸をしていたロッジモンドは、ギュッと眼を閉じてやぶれかぶれにそう言った。

 

 フェルトマンは頷くと、両手を拡げ、それから胸の中心でパァンと重ね合わせる。

 魔法を使うために必要な動作ではないが、ルーティンとしてイメージ力を高めるのに役立つのだろう。魔法は創造力と理解力が正しく結びつけば大きな効果を発揮する。


「【他命与奉仕】!」


 組んだ両手を拡げ、まるで聖職者が祝福でも与えるかのように高らかと魔法名を宣言したが…


「? 発動…してないぞ?」


 失敗?


 まさか…


「【他命与奉仕】!」


 フェルトマンがもう一度、魔法を発動させたが……


「? な、なんだ…」


 ロッジモンドが薄っすら眼を開き、隣のグッタリしたジュエルを見て怪訝そうにする。


「な、なにも起きんぞ! どうなっているんだ?」


 フェルトマンは額に汗をかき、モノクルがポロンと落ちて肩紐にぶら下がる。


「フェルトマン?」


「い、いや、おかしいですな…。こんなハズでは…」


「魔力切れか!? 冗談じゃないぞ! あれだけ自信満々に言っといて!!」


 俺は胸倉を掴んで揺さぶるが、フェルトマンは冷や汗をかいて苦笑いを浮かべる。


「か、カダベル様! 私も魔法が使えなかったです! なにか関係が…」


 ロリーがハッとして言う。ジョシュアとセイラーも「そういえば…」という表情を浮かべた。


「なに…? 俺は使え…」


「カダベル! なんとかしろ!」


 ロッジモンドが地面を叩いて非難の声を上げた。


「…待て。少し、ほんの少し考えさせろ」


 魔法をロリーたちは使えなかった。それはロリー、ジョシュア、セイラーだけじゃない。ゾドルもだった。


 これは……


 俺は空を見上げる。そういえば、ケンタウロスたちが現れる前に、クラヴアントが出てくる前に、空一面に源語らしきものが拡がっていた…


「あ! まさか、あれは魔法を封じるフィールドみたいなものなのか…?」


 地没刑の魔女…その強大な力を封じるため?


 確かにケンタウロスでは魔女に勝てるほどには思えなかった。


 いや、だけどジュエルは力を失って……


 待て待て。いや、違う。ジュエルはプライマーによって力を剥奪されたんだった。


 もしかして、あれは正規のやり方じゃなかったんじゃないか?


 ずっと引っ掛かっていたんだ。プライマーは最初、ジュエルを殺す気でやって来た口振りだった。それなのにどうして、魔女の力を奪うだけに留めたのか……いや、そんなことは今はどうでもいい!


「だが、ならなんで俺は魔法を使えるんだ?」


 そうだ。プライマーは…ケンタウロスが言ってたじゃないか…


「“理外者”…」


「カダベル! なにをブツブツ言っている! 本当に死んでしまうぞ!!」


 俺は怒鳴るロッジモンドを無視し、フェルトマンに向き直る。


「……フェルトマン。お前を魔法が使える状態にする方法にひとつ思い当たるものがある」


「な、なんです…と?」


「ああ、時間がない。フェルトマン。聞け。俺を信じられるか?」


「は?」


 俺は仮面を外す。そこに現れた素顔を見て、フェルトマンの顔が泣き笑いでもするかのように恐怖に歪んだ。


「……まさか、そんな。おお、神よ…」


 フェルトマンは祈りでもするかのように跪く。


「俺は神じゃない。だが、もしかしたら神に一歩だけなら近づけるかも知れん。だから成功するかは神の方に祈ってくれ」


 俺の考えが正しければ…“書換えられる”はずだ。


 フェルトマンの額に指を当てる。


「……【解析・倍】」




──




 俺はメガボンの頭蓋骨を持ち上げる。


 俺が使ったメガネに使った【接合】の効果までは失われておらず、真っ暗な眼窩の下にへばりついていた。


「カダベル様。全部集まりました」


「ありがとう」


 ロリーが抱えている木箱の中には、メガボンの“身体”が拾い集められていた。


 メガボンは坂の途中にバラバラになっていて、それをビギッタたちが見つけた。


 最初、ケンタウロスにやられたのかと思ったが、外傷らしきものがないことから、この異変に気付き、駆け付けようとした矢先にこうなったのだろうと推察できた。


 俺は頭蓋骨をそっと箱の中に納める。


「メガボンは死んでしまったんですか? なぜこんなことに…」


 ロリーが悲しそうに尋ねてくる。


「メガボン…」


 ゴライも辛そうな顔を浮かべて木箱の中を覗き込む。


「死んだ…というのが正解かどうかはわからんが、魔法的な繋がりが途絶えてしまったせいだよ」


 俺は空を見やる。どういった魔法なのか、もしくは源術なのか不明だが、恐らくかなりの広範囲に渡って“魔法を封じるフィールド”のようなものが生じているらしい。


 フェルトマンに【解析・倍】をかけてわかった部分で言えば、彼は“魔法が使えない状態”にさせられていた。


「でも、カダベル様や…ゴライは…」


 俺とゴライは顔を見合わせる。ロリーからすれば魔法の力で甦ったと思っているのだから当然の疑問だ。


「俺とゴライは、メガボンとは違う仕組みで活動しているからな…」

 

 俺やゴライは魔法を使って、源核そのものを書換えたことによる“偽りの生”だ。


 対してメガボンは、赤鬼…プロトを動かしていた宿木石という、ジュエルが込めた魔力を流用していた。


 この“魔法を封じるフィールド”は、魔力的に常時発動している物も強制的に解除する効果をも併せ持つ。それは今なお継続している状態だ。

 フェルトマンが使えたのは【他命与奉仕】の1回だけで、その後に他の魔法はどれも使えなかったことからわかる。

  

 そして、俺だけが魔法が使える理由は、“理外者”だからという部分しか思い当たらなかったが、不審という点では魔法を同時発動できる件や、魔力が0でも魔法が使えるって時点で異常なことなんだからあまり考えても無駄な様な気がしていた。


 ちなみに魔蓄石に込められた魔法は、俺が込めたものじゃなくても使用できた。

 ただ俺が込めた【流水】などを他の者は使えなかった。これはつまり、“魔法の発動そのものを阻害されている”ということに他ならない。


「カダベル様…。これから私たちはどうしたら…」


「カダベル殿ー!」


 坂の下から、ルフェルニが大声を上げていた。


「どうした?」


「ミューンです! ミューンが来ました!!」


「ミューンだと? なぜ? いや、なんでもいい! そうか!」


 いまは魔法の知識を持つ外部者の来訪はありがたい。


「すぐに俺の屋敷…は、燃えてしまったから、待合所に案内してくれ! 俺もすぐに行く!」


「かしこまりました!」

 

 そう言うと、ルフェルニは素早く入口の方に向かって走って行った。


「よし。ゴライ、お前はセイラー女史たちを連れて 来るんだ」


 セイラーは聖騎士たちの相手をしている。本当はメガボンの事が気に掛かっていた様だが、さすがにスケルトンまでがこの村で徘徊していたのを説明するのは面倒がすぎる。メガボンは居ない体にするためだ。


「…ん? ロリー?」


 なぜかロリーが寂しそうな顔で俺を見やっていた。


「ロリー?」


「……いえ、なんでもありません。カダベル様。少し、具合が悪いので家に帰ってもいいでしょうか?」


「あ、ああ。大丈夫なのか?」


「……はい」 

 

 ロリーは、ゴライにメガボンの入った箱を手渡す。


「なら、ゴライ。ロリーを家まで…」


「大丈夫です。ひとりで帰れますから…」


 ロリーは力なく笑うと、フラフラとした足取りで自宅へと向かう。


「なにか…ん? ゴライ? 左手をどうした? きちんと直せてなかったか?」


 ゴライはなぜか左腕を後ろに回していた。

 ケンタウロスの攻撃で、ゴライの左肩は大きく陥没していたが、それは補修を施した。もしかしたら不具合があったのかと俺は思う。


「い、いえ…なんでもないッセ!」


「なんでもないならなんで後ろ手にしている?」


「そ、それは…」


 ゴライは何かを左手で背中に隠したように見えた。メガボンの入った木箱は右手に持ったままだ。


「ご主人サマ! もう行かないとマズイッセ!」


 ゴライは顎をしゃくって、待合所の方を示す。


「確かにそうだが…」


「ゴライはセイラーを呼びに行きマッセ。メガボンを埋めてから…」


「……そうか」


 ロリーもゴライもなにかおかしい。


 いや、こんな非常事態だ。精神的に参っていて当然か。


 そうだとしたら、平静でいられる俺がおかしいのか。


 焼け落ちた自分の屋敷を見やる。なんの感慨も湧いてこない。


 これは俺の今の感情だ。


 脳も心臓も動かず、痛みもなく血も流れない…生きてはいない、これこそが“死”だ。 


 そういえば少し前、『死者ならば死者らしく、棺桶の中に閉じこもっていれば良かったじゃないか』と言われたことがあったな。


「……それが正しかったのかもな。なにが、“屍従王”だよ。ちきしょうめ」


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