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屍従王  作者: シギ
第三章 魔法封印事変編
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072 燃える我が家

 ほら、うるさいのがやって来たぞ。


「カダベル・ソリテールッ!」


 サトゥーザの鬼のような形相も、ジョシュアの石でも丸呑みにしたような顔もそろそろ見飽きてきたな。


「これはなんなんだ!」


 今しがたケンタウロスたちの猛攻を止めた塀やバリスタを指差し、サトゥーザは顔を真っ赤にさせている。


「なにって、防衛手段ぐらいは用意しているよ」


「防衛だと! こんな…」


「はいはい。もういいよ。こんな小村には過剰だって言いたいんだろ。だが、これでも足んないぐらいだ。“戦争”するにゃぁな」


「戦争…だと」


 サトゥーザは絶句する。


「クルシァンや、他の魔女を相手にするならこれでも足りないくらいだよ」


「お前はなにを言って…」


 ちょうどやって来たゴライに対し、サトゥーザは目を細め、ジョシュアは不満そうにする。


「そうだ。この巨人の説明も…」


「追求は後にしてくれ。怪我人の処置をしたい」


 俺はモーリスを指差す。太腿を怪我したらしく、立ち上がる時に呻いていた。


「カダベル様! 私が!」 


 ロリーが走って来る。


「他にも怪我人がいるかもしれん。ロリー。もし手に余るようなら他にも…」


「私だけで大丈夫です!」


 モーリスの脚の状態を確認しながら、ロリーはなぜか怒ったようにそう言い切った。


「んん? あー、そういうわけにもいかんだろう」


「ロリー! 俺も…俺も手伝う!」

 

 ジョシュアが手を上げた。


「……あなたが使えるのは、自己治療に使う【小治癒】でしょう。他人を癒やすのには向かない魔法です」


 ロリーが冷たく言うのに、ジョシュアは少したじろぐ。


「で、でも…」


「確かに【小治癒】を他者にかけても効果は薄いが、それでもランク3の魔法だ。血止めや化膿止の効果は期待できる。ジョシュアにも手を貸してもらおう」


 俺の助け舟に、ジョシュアは少し明るい顔をしたが、ロリーはなぜか唇を噛む。


「……私では力不足ですか」


「誰もそんな事は言っていないよ。いまは皆で強力して事態を…?」


 ロリーが首を傾げるのに、俺も首を傾げてしまう。


「なんだ?」


「魔法が…【手当】が出ない…?」


 ロリーが不思議そうに自身の指を見やる。


「お、俺が…! 【小治癒】! …?」

 

 ここぞとばかりに出てきたジョシュアも戸惑った顔を浮かべる。


「……私がやります。【中治癒】」


 見かねてセイラーが出てきた。さすが巫女。司祭が使う、骨折くらいの外傷なら瞬時に治す回復魔法だ。

 【小治癒】と同じく対象は基本的に自分自身なんだが、他者に使っても効力が落ちないのがポイントだ。


「……? 魔法が発動しません」


 セイラーもだと?


「魔力切れか? そんなわけあるか?」


 3人は魔法を使ってないハズだ。


「んー? 【手当・倍】」


 試しに俺が魔法を使うと普通に発動する。

 【手当】を倍にしたところで骨折までは治らんが、打撲や擦過傷程度なら治せる。

 【手当】自体に自然治癒力を高める効果があるんで、使うのと使わないのとじゃ完治までのスピードが違う。


「普通に使えるぞ」


 俺がそう言うと、ロリーもジョシュアも、あの無表情のセイラーですらも怪訝な顔を浮かべた。


「なにその反応? まるでミイラでも見るかの様に…」


「カダベル!」


 ちょうどその時、ロッジモンドとルフェルニがやって来た。


「ジュエルは?」


 ルフェルニがジュエルを抱えておらず、サーベルを手にしていたので不思議に思い尋ねる。


「酷く怯えて憔悴していたので、カダベル殿の屋敷の方へ。勝手な真似をしましたが…」


「なるほど。いや、この場合は正しい判断だ」


 ロッジモンドもいるしな。さすがにルフェルニでもジュエルを抱いて、老人を守るなんてことはできない。先にジュエルを置いてきたのは懸命だな。


「敵襲はしばらくないと思うが、油断は禁物だ。今のうちに防備を固めて備えた上で、周囲の安全確認も行っておきたい。それから避難しているゾドルたちを呼んでくる。ルフェルニとビギッタ、頼めるか?」


 俺がそう言うと、ふたりは疑問を挟むことなく頷く。


「セイラー女史」


「当然、協力いたします。カダベル公」


「なら、“外にいる連中”も村の方へ呼んでくれ。今は少しでも戦力が欲しい」


 セイラーが目配せすると、サトゥーザはしばらく考えた後に渋々と頷き、ジョシュアになにやら耳打ちする。


「団長? しかし、セイラー様の護衛は?」


「時間が惜しい。信じる他ないだろう。“あの2人”が共に行動してるとも思えん。別々に呼びに行くしかない」


 サトゥーザは俺をひと睨みして走り出し、ジョシュアは俺とロリーを見た後、村の外へと走って行った。


「…それでロッジモンド。イルミナードの方が気になるだろうが」


「ああ。わかっている。それも後でいい」


 ん? やけに物分りがいいな。この村の兵力を割いてでもイルミナードの安全確認に出せと言うと思ったんだが。


「戦う力があるのか?」


 俺が聞くと、ロッジモンドは肩をすくめた。


「魔女の気まぐれに怯えて何十年と生きてきたんだ。“逃げる方法”だけは、家族は熟知している…」 


 そうか。この男らしいな。領主としては最低だが、責める気にはなれない。あのルフェルニやミューンですら、圧倒的な魔女の力に屈せられていたんだ。ロッジモンドがせめて家族だけでも助けたいと考えたのは、臆病だったからと簡単には言い切れないだろう。


「…コウモリを放ちましょうか?」


 聖騎士たちやロッジモンドに聞こえないように、ルフェルニが提案した。


「いや、なにか嫌な感じがする。先にカナルやミューンと連絡が取りたい」


「嫌な感じ…ですか?」


「胸騒ぎというかね。抽象的な話で悪いが」


 単なる杞憂かもしれないが、今は状況もわからずに軽率に動くべきじゃない気がする。なにかこれだけじゃ終わらない…そんな予感がしていた。


「君もサルミュリュークが心配だろうけど…」


「いえ、カダベル殿がそう言われるということはなにかあるのでしょう。それに私の領地は大丈夫です。イグニストたちがいますから、簡単にやられなどしません」


「そうだな。ありがとう」


「いいえ。今は……!」


 そこまで言ってルフェルニはギョッとした顔を上げた。


「ルフェルニ?」


「か、カダベル殿…。あ、あれを…」


「あれ?」


 振り返った俺も、表情があったならきっとルフェルニと同じ顔をしたんだろう。


「俺の家が…燃えている…」




──




 真っ黒に焦げて倒れたケンタウロスの指がピクリと動く。


 いま同胞(はらから)の怨嗟の叫びと、その無念の死が伝播されてもたらされたのだ。


 他者を思いやる気持ちなど持たない怪物だったが、焼けただれた眼球の端からドロリと黒い体液が零れ落ちて一筋の涙のように見えた。


「ジュエル…コロス…」


 目的は変わらない。その怒気に満ちた眼は、小高い坂の上にある屋敷へと向けられていた。




──



 途中、白骨死体が転がっていたが、ケンタウロスはそれに目をくれることもなく乱暴に扉を打ち破る。


「魔女ジュエル!!」


 リビングに、まるで死人の様な青白い顔でジュエルは座っていた。


「……アタシを殺しに来たんだ」


「ソウダ! オマエ、コロス!」


「……わかった。覚悟はできた」


 ジュエルはヨロヨロと立ち上がり、抵抗する意志はないとばかりに両手を差し出す。


「アタシが死ねば…キミたちは帰るの?」


「ソウダ! マダ、“パシフィカシオン”デハナイ! 貴様カラ! 魔女ノ資格ヲ奪イ! コロス!!」


 ケンタウロスは手を伸ばし、ジュエルはギュッと眼を閉じる。

 その毛むくじゃらの指が、ジュエルの小さな身体を貫かんとした瞬間、水面にでも入れたかのようにトプンと呑み込まれる。


「あ、う…ぐ…」


 ケンタウロスが指を動かすと、ジュエルの全身に水面に生じる波紋のようなものが拡がり、苦悶の表情を浮かべる。

 

 しばらく中をまさぐっていたケンタウロスだが、呆気にとられた様な顔をして指を抜くと、なにも持っていない自身の指を見てワナワナと震えた。


 ジュエルは嘔吐してその場に倒れる。


「貴様ァ! “権能典籍”…ドコへヤッタ!?」


 ケンタウロスは、ジュエルの頭を鷲掴みにするの左右に振る。しかし、朦朧としている彼女は答えることができずになされるがままだった。


「ブルルルヒィャャァッ!!」


 ケンタウロスは癇癪を起こして暴れまわり、机の上にあったランタンが弧を描いて飛んでいく。


 ランタンには火が灯っていなかったが、カダベルが工夫を凝らしたもので、ボタンと【連動】させて、【火種】が生じる仕組みになっていた。

 床に転がったことでそのスイッチが押され、割れて飛び散った油がカーテンに掛かり引火する。


 ジュエルの虚ろな瞳に、燃え広がる焔が映る。「ああ、自分はここで殺されるんだ」という他人事のように漠然とそう思った。


 だが、その焔が棚にまで及び、その上にあった歪な石皿…カダベルが修復を施した、あのゴライが懸命に作ったものにまで呑み込もうとしているのを見た瞬間、ジュエルの眼に光が戻る。


「ダメ! それはダメなんだから!」


 石皿なんだから燃えるわけもない。それはわかっている。だが、ゴライが懸命に作ったものが、こんな風にぞんざいに扱われるのが、どうしても我慢できなかったのだ。


「抗ウナ! 資格ヲ剥奪サレタ魔女! ソノ死ハ避ケラレヌ!」


 しがみつくジュエルを、ケンタウロスは床に叩きつけんと持ち上げる。

 

「ココデ死ヌノダ!!」


「お前がなぁ!」


「オ?」


 後ろから声がして、ケンタウロスは驚いて振り返った。


「ゴライ! 思いっきりで構わん! 飛ばせ!」


「はいッセ!!」


 駆けて来るゴライの肩にはカダベルが乗っており、ゴライはおもむろに胸元を掴むと力任せに主をケンタウロスに向かって投げつけた。


「オオオオッ?!」


「【牽引】!」


 ケンタウロスは飛んで来るカダベルを殴りつけようとしたが、カダベルは天井の梁を目掛けて【牽引】を使い、空中で軌道を変えてそれを避ける。


「ふんっ!」


「ゲヒィヤァッ?!」


 杖先を眼球に目掛けて突き入れたことで、ケンタウロスは鼻梁に皺を寄せた苦悶の表情で暴れ回るが、そこにゴライがタックルを仕掛ける。


「ハナセェッ!!」


「奥まで刺さらねぇか! クソッ!」


 振り落とされないよう杖にしがみつき、致命傷を与えんとさらに杖を押し込もうとするが、眼底骨に当たっただけでそれ以上は押し込めそうになかった。


「【抽出】!」


 カダベルは自身に魔法をかけ、魔蓄石を1つ取り出す。それをケンタウロスの後頭を目掛けて放り投げた。


「【磁着】!」


 カダベルがさらに魔法を使うと、放り投げた魔蓄石がブーメランよろしく勢いよく戻って来てケンタウロスの後頭部に当たる。

 それは深くめり込み、それに伴ってカダベルの持つ杖も奥の方へと引っ張られる。


「ガゥアアアッ!!!」


 ケンタウロスは両手で杖を引っ張り抜こうとするが、そうすると後頭部についた魔蓄石が更にめり込むので無茶苦茶に暴れる。


「くそうッ! 勢いが足りない!」


 ゴライは、ケンタウロスのとんでもない膂力の拳で殴りつけられせいで左肩が陥没してしまったが、それでも必死に全身で押さえつけている。そうしないとカダベルがバラバラに引き裂かれてしまうからだ。


「あ、あと少し…」


「カダベル様!!」


「ロリー!?」


 口に破いたスカートの切れ端を巻いたロリーシェが部屋に飛び込んで来る。

 そして惨状を目の当たりにして眼を見開いて周囲を見回すと、一番重量がありそうな石皿を掴み、それを持って思いっきり杖の石突目掛けて体当たりした。


 衝撃でケンタウロスの眼底骨が割れ、杖の先端の【磁着】を込めた石と、後頭部に当てた【磁着】の石が互いに強く引かれ合い、杖先が柔らかな脳内をズタズタに引き裂き、脳幹を貫いて後頭骨を割って、グチャともガチャとも言えない、なんとも気味の悪い音を立てて魔蓄石がくっつく。


 ケンタウロスは血の泡を吹き、ゆっくり揺れたかと思うと、その場でテーブルを叩き潰しつつ倒れた。


「よ、ようやく倒れたか…」


 ケンタウロスの腕の下敷きになったカダベルを、ゴライが引っ張り出して助ける。


「カダベル様…」


 破片となった石を手に乗せ、ロリーシェは今にも泣きそうに顔を歪ませた。


「助かったよ。ロリー」


 カダベルは、ジョシュアの呼び声が迫っているのを聞きつつ頷く。


「さあ、早く脱出しよう」


 火の手が天井にまで達しているのを見つつ、カダベルはそう言う。


「でも…」


「いいんだ。命の方が大事だよ」


 カダベルはロリーシェの肩を押し、ゴライがぐったりしているジュエルを担ぐ。


「行こう…」

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