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屍従王  作者: シギ
第三章 魔法封印事変編
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071 若者の意地

 モーリスは、震える手で大型弩砲(バリスタ)(ボルト)を装填していた。


「くそ、くそくそ…。しっかりしろよぉ、俺!」


 矢を発射台に取付けて固定する…いつもは簡単にできるはずのことができない。


「きっと、団長か他の誰かが…」


 先に放つだろう…そうは思っていても、なかなか他の発射台から放たれる雰囲気はない。それがさらにモーリスを焦らせた。



『もう撤退していいぞ。俺たちの勝ちだ』



 台座に取り付けられた魔蓄石からカダベルの声がする。


 逃げてもいいんだ。そう考えて一瞬だけ安堵してしまった自分を、モーリスは恥ずかしく思った。


 それは誰も発射台から降りず、団長のビギッタが真剣な顔でなにか大声を張り上げているのが見えたからだ。


 言葉が聞こえたわけじゃない。


 表情が見えたわけじゃない。


 だが、一緒にずっと訓練してきたモーリスにはわかった。ビギッタたちは逃げない。最後まで戦う気なんだと。


「あ、諦めるなんて…! 俺はこの村を守るために来たんだ!」


 奮起して勇ましい表情を上げたモーリスだったが、その湧き上がった闘志は一瞬にして圧し折られてしまった。


「な、なんで! こっちの方に!」


 というのは、なぜか生き残ったケンタウロスがモーリスのいる発射台を目掛けて全力疾走してきていたからである。


 手が滑り、矢が固定台から外れ落ちてモーリスの腿に当たった。魔法が掛かっていない状態では、両手で持たねばならないぐらいの重量があり、激痛にモーリスは呻く。ズボンの下は青アザになっているやもしれない。


「あ。そ、そうだ。確か台座の下に…」


 小振りなボウガンがあることをモーリスは今になって思い出す。他にも色々と近づく敵を撃退する仕掛けがあったはずだが、頭の中が真っ白になってしまい思い出せない。


「こんなことなら、カダベル様の言う事を聞いて練習しておけば…」


 痛む脚を引き摺りながら、モーリスはできるだけ急いで台座の下へと向かう。


 バリスタの発射練習ばかりにかまけている青年団に、カダベルは何度も「2射目には期待していない。だから、サブウェポンも充分に扱えるようになっておくように」と苦言を呈していたのだ。


 ビギッタは表面上は頷いてこそいたが、腹の中では「バリスタがあるんだから、そちらを熟達させてちゃんと命中させるようになればいいいだろう」と考えており、モーリスもそれに賛同していた。強くて派手な武器の方が使っていて楽しいし、そちらの方が意義があるようにその時は思えたのだ。


「は、はずれない? な、なんでだよ!」


 ボウガンは台座にロープでグルグル巻きに固定されていた。こうガッチリと止まっているのは、落下して壊れたりするのを避けるためだ。


「ナイフで切って…」


 モーリスが腰に手を伸ばしたが、あるべきナイフの柄に触れないのに目を丸くする。


「え? どこかで落として…」


「ブルヒヒヒヒッ!」


「ひッ!」


 大きな衝撃音がして、自分のいる発射台と、それに連なる塀が大きく揺れた。モーリスは慌てて台座に抱きつく。


「あ…ああ…」


「コロスコロスコロスコロスッ!!!」


 塀の向こう側で、血と唾液を飛び散らかせたケンタウロスが大きな拳で塀を殴りつけていた。全体重を乗せて体当たりする度に、どこかしらかが折れたり割れたりして嫌な軋み音を響かせる。


「投げ捕り縄…違う。ここまで近づかれたら、落とし油だ。ああ、カダベル様はなんて言ってたっけ。熱し油を…ああ!」


 モーリスは真っ青になる。この発射台に辿り着いた時に真っ先にやらなければならないことは、魔法で作り出した“燃えにくい油”に火入れをすることだ。彼はそれを怠ってしまったのだ。


「うああーッ!」


 破れかぶれとなり、塀側のレバーを引き下ろす。台座の奥に隠された仕掛けが回り、釜が半回転して外塀の穴から油が吹き出した。

 だが、冷たい油が降り掛かるのを、ケンタウロスはまったく意に介することなく塀を登ってくる。登攀の邪魔くらいはできる、もしくは滑ってはくれまいかというモーリスの儚い希望は無残に打ち砕かれた。


 そして、タール、血、冷えた油に塗れたケンタウロスは、強い殺意を籠もった瞳でモーリスの姿を捉えた。


 “いま土下座すれば許してもらえるんでは?”…そんな甘い考えを一瞬だけ抱いたモーリスは“見えない力”によって後方へと強く引っ張られる。


「あ!」


 モーリスが踏ん張ろうとする前に、彼の身体は発射台の上から放り出された。ケンタウロスの拳は空を切る。


 ここから地面まではゆうに4メートルはある。地面に叩きつけられることを予想して眼をギュッとつむったが、フワフワと緩く落下し、ポテンと地面に尻餅をつく程度で済んだ。


「俺より前には出るなよ」


「カダベル様!」


 鉄杖を地面に突き刺して、カダベルは指でチョイチョイと示す。


「さあ、俺がラスボスだ。ここまで来た健闘を讃えて直接相手をしてやる」


 台座の手摺から身を乗り出し、睨んでいるケンタウロスに向かってカダベルは両手を開いて挑発した。


「! 理外者! 魔法ヲ使ウ者!!」


 ケンタウロスは、カダベルを見て狂ったような雄叫びを上げる。


「うん? お前とは初めて会うはずだが…。そうか。お前たちはなにか種族同士で情報を共有する手段でも持っているのかね?」


「理外者! コロス!」


「言葉は通じるのに、対話はできないか。できればもっと話を聞きたかったんだがな」


 ケンタウロスが跳躍しようと身を屈める前に、カダベルは【発打・倍】を放って台座の骨組みのひとつを押しやる。


「オオッ!」


 足場の板が抜け、ケンタウロスは飛び立つことが適わずに腰まで落ち込む。


「悪いね。正々堂々と戦う気なんてこれっぽっちもねぇんだ。でも、文句はねぇよな? お前らは話し合う気もなく、殺すことだけが目的なんだからよ」


 カダベルは地面に埋まっていたビニール管のようなものを引き摺り出す。


「【火種】」


 管の中を通っていた導火線に火を着けると、それは一気に燃えて管が続く先の台座の方へと向かう。


「身を低くしろ!」


 カダベルにそう言われ、モーリスは地面に這いつくばる。


「【掘削・倍】✕3」


 2メートルほどの窪みが堀のように生じ、カダベルとモーリスはそこに落ち込み、盛り上がった土が土塁となる。


 そして巻き起こる爆発と衝撃波に、モーリスは「ひいッ!」と小さく悲鳴を上げた。


 台座、発射台は粉々に吹き飛び、バリスタの主軸となる部分がそのままの状態でカダベルたちのいる側の地面に突き刺さる。


「危ない危ない。飛んで来る場所までは【調整】できないからな…」


「爆発…? 油に引火して?」


 モーリスはキーンという耳鳴りに目眩を覚えつつそう口にする。


「違う違う。あの油は火が着きにくい。仮に燃えてもこんな爆発はしないよ」


 隣りにいるはずのカダベルの声が、まるで遥か遠くから聞こえてくる様にモーリスには思われた。


「なら…なんで? 魔法?」


「魔法じゃないよ。【空圧】と【調整】は使ったがね。爆発そのものは違う。バリスタの下、地面の奥にメタンガスを詰めた革袋を詰めていたんだ。そこに火をつければ…こうなるってわけさ」


 カダベルは手にしたホースを持ち上げ、肩をすくめてから投げ捨てる。


「赤鬼の皮や、腐敗した死体には事欠かなかったからね。再利用…と言うには、あんま適切な言葉ではないがな」


「もし俺らが上にいて爆発したら…」


 時間を置いて降り注ぐ、ケンタウロスの臓物を見やり、自分も同じ目にあったらと考えてモーリスは身震いする。


「火矢を射られた程度じゃ引火しない。対策は充分に講じてあるよ。爆発も最小限に抑えてあるしね」


 カダベルは発射台の側の塀を指差す。それらは横倒しになっており、爆風や火災の難を逃れていた。


「モーリス。俺は『火を着けてから、一目散に逃げろ』と教えていたよな」


 カダベルにそう言われ、モーリスは俯く。カダベルの口調が責める風でなかったのが、余計に叱られるよりも堪えた。


「カダベル様やゴライさんが…懸命に作った兵器です…だから…」


 “燃やしたくなかった”…という言葉をモーリスは呑み込む。実際には爆散したのだが、こういう結果になると知らされていなかったモーリスだけでなく他の者たちもら導火線に火を着けてバリスタを捨てて逃げるだなんて事はしたくなかったのだ。


「……こんな物はまた作ればいいさ。だが、モーリス。お前たちの命は俺にも作れん」


「え?」


「これは“ただの道具”だ。命を守るための兵器が、命を守れなくなったとしたら意味がない。俺はモーリスにも、ビギッタにも死んで貰いたくないのさ」


 カダベルはモーリスに手を貸して立たせてやる。


「さあ、戻るとしよう。お前たちが守った者たちの元へね」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 村が強くなっていく……。 実践を積んで訓練された精鋭ぞろいに。 敵からみたカダベルさんはうっとしくて仕方ないでしょうけど、自軍にいてその背中を見ていると頼もしくて仕方ないでしょうね。
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