069 隠された防衛システム
俺たちは村の入口に向かう。
赤鬼が攻めて来ていた時の簡易バリケードはそのままだ。
俺は“敢えて”改修や増強をしなかった。だから、サトゥーザもジョシュアもこれを“普通の村の防衛”として見ただろう。
「…カダベル様。俺、俺は…」
ビギッタが何やら苦悩を浮かべてる。普段から悪人ヅラなのに、そんな顔をしたらより悪者にしか見えない。
「お前たちから見て、ゴライは強いか?」
「え? も、もちろん、ゴライさんは強いです」
「そうだな。俺が目覚めるまで、ゴライはほぼ独りでこの村を守っていたんだもんな」
キョトンとしているゴライの背中を軽く叩く。
「俺はどうだい?」
「そ、そりゃ、カダベル様もメチャクチャ強いですよ!」
ケンタウロスを倒した魔法を見ていたビギッタは、赤ベコみたいにコクコクと頷いて見せる。
「そうかい。でも、ゴライが居なきゃ俺は勝てなかったよ。それでも強いと言えるかね?」
「それは…」
ビギッタたちは顔を見合わせた。
「いいか。君たちはゴライからよく学ぶといい」
「え?」
「コイツは強い。本当に強いヤツってのは、自分の強さを誇らないものさ。それでいて淡々と自分のやるべき事を全うする」
ゴライはこの村の防衛について不平不満を述べたことは一度もなかった。それでいて、その功績を誇ることもない。村を守る理由は“俺に言われたから”という単純なものだ。
「だが、俺もゴライも、ジョシュア…聖騎士だってさ。個人ができることなんてたかが知れているよ。個人でできなければ、皆の力を合わせればいい」
ビギッタたちの顔に覚悟のようなものが生じたのを確認する。
これでいい。迷いや劣等感は死に直結する。
「さて、やろうか。ゴライ」
「はいッセ!」
俺は入口にある橋の側に立つ。
今では赤鬼対策のための馬防柵や、等間隔に幾つか物見櫓が立っているが、この程度ではケンタウロスどころか聖騎士が相手でも役立たないだろう。
「【掘削】」
魔法を使うと、地面が抉れて木の蓋の様な物が現れる。
「【牽引・倍】」
蓋を引っ張ると、下に設置してあった【連動】の魔蓄石が発動して迫り上がって来る。
この蓋の様なものは実は手押し式の歯車の一部で、端に掴む取っ手がついている。
奴隷が強制労働で謎の棒を掴んでひたすら回しているヤツといえばわかりやすいか。
「【軽化】、【倍加】」
俺が歯車とゴライに魔法を掛ける。
ゴライは歯車の取っ手を掴んで回し始めた。
俺が使った【軽化】に反応し、各所に設置した【軽化・連動】を込めた魔蓄石が発動する。
いくらゴライが馬鹿力でも、“コイツを掘り起こす”には魔法を使わにゃ無理だ。
ゴライが回し続けると、橋の横にある土が大きく盛り上がる。そしてゴライの背丈よりも高い塀が起き上がった。
俺たちが居るところを起点にし、各所の物見櫓の間を塞ぐように、次から次へと塀が起き上がっていく。
歯車が回し切った様で、ガキッと音がして止まる。
「ゴライさん!」
ビギッタが気を利かせて、長く太い石杭を持ってくる。
ゴライはそれを受け取ると、歯車の間に深く差し込んだ。俺がそれを【接合】して、“仮止め”とする。
「これでよし。【倍加】」
俺が塀の1つに魔法をかけると、もうひとつ埋め込んであった【倍加・連動】の魔蓄石が次々と反応し、【軽化】がかかっていたはずの塀が、今度は重くなって自重でズシンと地面にめり込む。
「さて、次だ…。ビギッタ。配置についてくれ」
「はい!」
ゴライはすでに隣の歯車を回している。これにより、各所の堀の内側からスクリュー仕掛けの大きな昇降台が迫り上がって行く。もちろん【軽化・連動】による補助効果あって出来る芸当だ。
ビギッタたちは“訓練の通り”、迫り上がって堀と同じ高さとなった各台の上にひとりずつ乗ると、その上に掛けてあったシートを剥ぎ取る。
敵の数はちょうど10体…魔力は帯びてない様だが、【集音・倍】で来る方角と数は把握できる。
蹄の音も特徴的だ。あのケンタウロスと同型であることは間違いない。
「バラバラに突っ込んで来るな。意味のある配置には思えん。手動3つに、自動4つ…全部命中しても3つ余ってしまうねぇ」
「ご主人サマ…」
「問題ない。聖騎士が相手にしてた方がもっと厄介だったさ」
俺は【残声・倍】を発動させる。
【残声】は使い勝手の悪いテープレコーダーみたいな魔法で、最初の発動で録音し、次で再生させられるという簡易メモ的な魔法だ。
だが、これも【倍加】させることで大きく性質変化する魔法だったらしく、録音と再生機能が消える代わりに、他に【残声】を込めた魔蓄石にリアルタイムで声を伝えるという効果を示した。
簡単に言えば、録音機から、電話機へと変貌したのだ。
これは恐らく、俺の魔力同士が共振しての現象で、俺以外が使った【残声】には反応しないと思われるが、こんな魔法を使えるのは俺くらいしかいないので確認はできていない。
元カダベルは【残声】に使う魔力量が他の魔法と比べて微妙に多いのを気にしていたが、ここに来てその理由が【倍加】した時の効果を想定したものだったのでは…なんて考察ができるが、今はそんな蘊蓄を披露している時ではないな。
さて、電話機と聞けばもうわかるだろうが、俺は予めビギッタたちのいる昇降台の上に【残声】の魔蓄石を配置してある。
「あー、テステス。こちらは“歩くミイラ”。聞こえるか? 聞こえたら返事を…って、こっちから一方的に話すだけだったな」
電話機と違うのは、俺からの声は向こうに届くが、向こうの声は一切聞こえない。伝送器としてしか使えないのだ。
「“歩くミイラってなんですか?”って言ってマッセ」
「え? ゴライ。お前はビギッタたちの声が聞こえるの?」
ゴライは「そうデッセ」と頷く。
「信じられん…。【集音・倍】でもこの距離だと会話の内容までは把握できんぞ。お前は一体どうなってるんだ?」
「さあ?」
「まあいい。あー、“歩くミイラ”ってのはコードネームでこういった通信には付きもの…って、それもどうでもいいな。
とにかく、落ち着いて冷静に、外しても構わんくらいのつもりでやってくれ。タイミングは俺が指定する。だから、外したら俺の責任だ。いいな?」
本当は外されたら困るが、これぐらいの気構えでやってもらわんとね。失敗したことで後を引く方が困る。
「さて、そろそろ来るぞ…」
【望遠】を使わんでも、林の向こうからケンタウロスどもが顔を出したのが見える。
俺の予想通り、さっき倒したのと同系の個体だ。
どこからやって来たのか、なぜここに集まって来るのか、他の町も襲撃されてるんじゃないのか、あと何匹いるのか…そんな気になることは山程あるが、まずは目の前のコイツらを片付けるのが先だ。
「よし。村を前にして戦闘体型だな。四足歩行じゃない」
馬の機動力を活かせない姿なのは好都合。自分の力を過信しているのか、もしくはこちらの戦力を侮っているのか…いや、対峙したケンタウロスと思考パターンが同じなら両方なんだろう。ろくに警戒した様子もなく、発達した筋肉を見せびらかせでもするように林から出てくる。
「ああ、想定内だぞ。聖騎士でもそうやって正面から来るだろう。それでいい。簡単に潰せる、つまらんチンケな村さ」
俺は腹ん中から1つ魔蓄石を取り出す。そしてタイミングを見計らう。
「…【掘削】」
俺の魔法に地面に等間隔に埋めた【連動】が反応していき、ケンタウロスの踏んだ地面に埋め込んだ何個もの【掘削】が発動する。
掘った穴は連なって長い溝となり、ケンタウロスの足元を抉ったが、せいぜい1回の【掘削】じゃ1メートル程度。巨躯のケンタウロスは一瞬だけ止まったが、穴の深さが大したことがないと見るや、気にせずに穴を飛び越えるか、そのまま進むかしている。
その時、ケンタウロスの1体が花畑に隠してあった“良い位置にある要石”を蹴り飛ばした。
それで【掘削】の下にあった【施術】した“扉”が開け放たれ、バランスを崩したケンタウロスどもは【掘削】で出来た溝より、さらに深い落とし穴へと落ち込む。
そう。これは“2重となった落とし穴”なのだ。
最初の落とし穴は、“一瞬だけ気を引く”ことができればいい。足止めだけが目的だ。まさかその下にさらに大きな落とし穴があるとは思わないだろう。この本命に絶対ハメるための罠だ。
穴の下に仕込んであるのは“油”ではなく、乾留液だ。バーベキューをやるために作った木炭の副産物だったが、捨てるならと思ってここに流し込んで置いた。
タールは粘つくし容易には取れない。鎧を着込んでいる聖騎士には最適なデバフだと思ったんだが、それはケンタウロスにも同じだった様だ。毛にヘバリついた茶褐色の粘液に苦戦している。鬱陶しいし、かなり重いだろう。
ここで【大火球】や【極炎球】でも投げてやれば大変な大火傷を負わすこともできる。タールは燃えにくいが、これらの超高温の魔法で着火すれば“燃える付着物”の完成だ。
だが今回それはやらない。【極炎球】が通用するのは実証済だが、この数を一気には焼き殺せないのと、仮に生き残って暴れ回られたら厄介だ。この距離だと死に物狂いで特攻してくるかも知れん。
【極炎球】は俺の切り札だが、乾燥ミイラの弱点にもなりかねない(実際、簡単には燃えないと思うが、試すわけにもいかんし)。確実に倒せる場面でしか使いたくない。
「今だ! 射て!!」
俺の指示で、ビギッタたちが一斉に放つ!!
ボンッ! という音がし、ケンタウロスの頭が吹き飛び、胴体が左右に揺れたかと思うとその場で崩れ落ちた。
纏わりつくタールに悪戦苦闘していた他のケンタウロスたちが、いきなりの仲間の死に動揺する。
びっくりするのも無理はない。こんな武器は見たこともないだろう。
はぎとったシートの下に隠してあったのは大型弩砲だ。
これを作るのは骨が折れた。なにせ俺はこういう兵器があるという記憶は持っていても、細かな材質や構造なんてものまでは知らない。
かなり試行錯誤したが、ここでも【接合】や【複製】といった魔法が役立った。
木材や補強の部分に使う金属は調達するのにそう苦労はしなかったが、どうしても強靭で柔軟な弦を作るのに時間がかかった。最終的には色々な動物の腱を【接合】して、ゴムに近い樹脂でコーティングした物が一番具合がよかった。
これには幾つもの魔蓄石が使われている。まず使用者の使える魔法、例えば殆んどの村人などが使える【流水】などを魔蓄石の起点にして【連動】を発動させる。
【連動】の先は【牽引】が数個、使用者がバリスタのクランクを回して弦を引き絞る補助をさせ、かつ【倍加】でバリスタ自体の質量を増させて本体の強度を上げる(そうしないと弦の強度が勝り、引き絞った時に自壊するため)。
最大まで引き絞ったら固定し、使用者は照準を合わせて、後は固定解除ボタンを押すだけでいい。
その後は矢に取り付けた魔蓄石の【刻報】の出番だ。発射のタイミングにピッタリ合わせて…なんてことは無理だが、そこら辺はアバウトでいい。使用者には【刻報】が発動するまでの時間内に解除ボタンを押すように指示してある。照準が上手く合わせられようとられまいと、とにかくボタンを押す手はずになっている。
そして矢が放たれた時に【刻報】によって使われる魔法は【順位】だ。
【順位】は対象物への使用した魔法効果の順番を任意で入れ替えるという魔法なんだが、例えば同じ物体に俺が【発打】を使い、その後に【牽引】を使ったとする。当然、【発打】が先に生じて、後から【牽引】が生じるので、通常ならば対象物体は打たれた後に引っ張られることになるはずだ。
そこに【順位】を前もって使って、①【牽引】、②【発打】と決めて置くと、俺が先に【発打】を発動したとしても、この【順位】の決めた順番の通りに効果が生じる。
これだと時間差攻撃とかできそうに聞こえるが、【刻報】のように魔法発動タイミングをずらしたり、【連動】のように魔法同士をリンクさせる効果はない。
魔力が続く限り、インターバルを無視して連続して魔法が使えるって恩恵がメインなんだが、そもそも俺は魔法を同時発動させたり、ほぼ無限に連続して発動することができるんでこれを使う意味がない。
あくまで魔法効果の順番を固定させるだけであり、魔法を使う順番を間違えないようにするか、対象物を魔法から保護するためにしか使えない。
この対象物を魔法から保護するというのは、この決められた順番ってのが何よりも優先させられるっていう原理を利用してものであり、さっきの①【牽引】、②【発打】と決めると、【牽引】を使うまでは絶対に【発打】の効果を受け付けなくなる。つまり擬似的ではあるが、“魔法の対象から外す”ことができるのだ。
話がそれたが、この【順位】を魔蓄石に込めると面白いことになる。指定した魔法効果の順に、付近にある【魔蓄石】が同じ順番で動きだすのだ。
【連動】でも同じことはできるが、なにせ1つ1つを紐づけなければいけないし、【順位】と違って1つずつでなく、ほとんど時間差なく一気に動き出してしまう。死体を動かすにはいいが、“順番に魔法を使いたい時”には困るわけだ。
そして、飛び立つ矢に指定した魔法は、【射準】と【調整】、【軽化】、【浮揚】、最後に【倍加】だ。
ここまで説明すればわかると思うが、これらは飛び立つ矢の威力を最大限に引き出すためのものだ。
矢は真っ直ぐに飛ばずに放物線を描いて飛ぶ。これらの魔法はそれらの物理的法則を増強させる。
【射準】は前もって込めているわけだから、“現れたばかりの敵”を対象物とすることはできない。
そこで、林の先にいくつか等間隔に、的を用意してあり、それが狙いの対象物となっている。
【調整】を入れたのは、“もっとも矢に近い的を 【射準】のターゲットとして【調整】する”ためだ。つまり、射手のエイムを補佐する。
外しても構わないと言ったのは、方向さえあってれば後は魔法がなんとかしてくれるからだ。
アーチェリーやダーツをやったことがあるならわかると思うが、このちょっとした補佐は馬鹿にならない。放った時の微妙な姿勢や角度のズレで、結果が大きく変わる。【射準】の魔法はその差を埋めてくれるのだ。
【軽化】により軽くなり、【浮揚】により浮力を得て、【射準】対象となる的へと矢は向かう。
的の位置はわざと低めにしてある。だからこそ、鏃の方で【倍加】が発動した時に、さらに落下する勢いも加えて、進行方向にいる“敵を突き抜け”て行く。
魔法により強化されたバリスタは、サトゥーザの聖撃にも匹敵…いや、凌駕する威力でケンタウロスの頭をふっ飛ばしたというわけだ。
そしてビギッタたちが直接操作した3台とは別に、【連動】で自動化させた4台のバリスタがほんの少し遅れて矢を放つ。
人間の手によって微調整できないが、オートの方の【射準】は、ビキッタたちの放った“矢を追う”ように設定してある。
それだと同じ軌道になってしまい、別の敵には当たらないと思われるだろうが、実際のところ射準は“小さな物”には正確に働いても、巨大矢のような“大きな物”だとブレが生じる。前にマクセラルたちに向けて放った大木のようにだ。
命中率は低いが、“敵の集団”の中にぶち込むだけなら関係ない。むしろほんの少しの差で、まぐれ当たりする可能性だってある。
これらを作った理由は、想定していた敵…つまり、“聖騎士たちの戦意を削ぐ”のことが目的だった。
背中の方から、サトゥーザとジョシュアが戦慄しているであろう気配を感じる。俺の考えは正しかったってことだ。
「さて、倒したのは4体か…。7本中4本も当たるなんて、命中率は60…いや、57%とちょっとかな? 初めての実戦にしては上々上々」
さて、【残声・倍】で聞いてはいるだろうが、ちゃんと意味を理解するそんな余裕はないだろう。
本当は2本しか正確には当たっていなく、そのうちの1本が運良く延長線上にいた2匹を始末し、実際に倒したのは3匹で、残りの1匹は弾けた破片で致命傷を負ったって感じなんで…だから、うん。まあ、おまけでこれは倒したと言ってもいいだろう。
現実はそうなんだが、新しい矢を装填し、必死でクランクを回しているであろうビギッタたちにそんなことを細かく伝える必要はない。
いま必要なのは、“当たるんだ”と思わせることだけ。
このバリスタの試し撃ちをする際、ビギッタたちはその威力に酔いしれ、“当たった”か“当たらなかった”かで優劣を競い出した。
競い合い技量を高めるのはよいことだが、彼ら若者にはそれが悪い方向に働いた。
俺はその対策のために、ゴライを使い、“ゴライを射られたらビギッタたちの勝ち。射られなかったら負け”という勝負を彼らに持ちかけた。血気盛んな彼らは喜んでそれに乗ったが、結果は言うまでもなく、ゴライを射れた者はひとりもいなかった。俺が魔蓄石にわざと魔法を込めなかったからだ。
そしてバリスタであたふたするビギッタたちを、ゴライは徹底的に追い詰めた。手加減のできないゴライに殴らせると殺しかねないから、バリスタを破壊させ、彼らの鼻先まで追い詰めさせるだけで止めたが、それはそれは肝が冷えるような恐怖だったろう。彼らがゴライに尊敬の念を抱いているのはそんな理由からだ。
そうして、彼らは学んだ。バリスタは単なる道具であり、“当たったどうかなんかよりも、早く次の矢を用意しないと自分が危ない”ということを。
だから、ビギッタたちは今頃必死に次の矢を準備しているだろう。
「…ふふ。俺たちが、生者に死の恐怖という教訓を与えるのは死者の特権だとは思わないかい? ゴライよ」
「そうデッセ」
「わかってもないのに返事をするのは“知ったかぶり”と言うんだよ、ゴライ」
この村で最も強い男がキョトンとするのに、俺はなぜか腹の底から笑いたくなる。
「さて、生者がこれだけ頑張ってくれたんだ。そろそろ我々も行くとするかね」




