067 平穏の終わり
外に飛び出して、俺たちは尋常ならざる事態が起きているのだと思い知る。
「カダベル! これは何なんだ!? 何事なんだ!?」
「話は後だ、ロッジモンド。
ロリー。ルフェルニにこのことを伝えに…今は宿泊場にいるはずだ」
「はい!」
セイラーがこの家に来たことで、ルフェルニたちは宿泊場を使っている(それまでは俺の屋敷にいた)。いざとなれば、聖騎士たちと交えることになるやも知れないと考えて今なお滞在してくれていたんだ。
極力、外に出ないようにと話してあったから、もしかしたらこの異変にも気付いていない可能性が高い。
ロッジモンドが「ルフェルニ?」と奇妙そうにしたが、それがハフムーン・ディカッター伯爵のことだと結びつかなかったみたいだな。
「あ、それとたぶん気付いてると思うが、ジョシュアとサトゥーザにもだ」
ふたりの名前を出したことで、ロリーは不満気な顔を浮かべた。
「緊急事態だ。わかるね? ロリー」
「…はい」
騒ぎを聞きつけて、セイラーが部屋の奥から出てきた。それを見て、ロリーが何か言いたげにする。
そういや、最近、ロリーはうちに来ていないからセイラーが泊まってることを知らないんだよな。話したら怒りそうだが、いま説明することじゃない。
「ロリー」
「わかってます。いまはルフェルニさんです」
「そうだ。偉いぞ」
ロリーは頷いて走って行った。
「ゾドル!」
「は、はい!」
「お前はロッジモンドとセイラー女史を連れて待合所へ行け。青年団を使って、村人全員を集めるんだ。避難訓練の通りにな。
ゴライも……よし。異変に気付いてこっちの方に向かっている。石切場側の誘導は奴に任せよう」
「か、カダベル様はどうされるんで?」
「俺はやる事がある」
ゴライは指示通りに動いていることを【集音】で再確認する。
メガボンは…わからんな。アイツの気配がない。どこへ行ったのやら。最近は勝手な行動が多いな。
俺は玄関から出て左へと曲がり、外壁を沿って家の横に向かう。
「ジュエル! おい! 起きろ! 一大事だぞ! 【発打】!」
俺は連発で魔法を使い、窓枠をバンバンと叩く。
「うるさーい! 人が気持ちよく寝てるのになによ!」
ジュエルが窓を勢いよく開いて、歯を剥き出しにして怒る。眠いのか、まだ眼を擦っていた。
「いつまで寝てるんだ!」
「いつまで寝ようがアタシの勝手よ!」
「規則正しい生活を送れと何度も…ええい! いまはそれどころじゃない! 空を見ろ!」
俺に言われ、ジュエルは不機嫌顔のまま顔を上げた。
そしてジュエルの渦巻き瞳が大きく左右に揺れる。
「これに見覚え…」
「カダベル! 抱っこ! 受け止めて!」
「は? お前なにを…」
「いいから行くよ!」
そう言うが早いか、ジュエルは窓枠を飛び越えていた。
「おおうッ!」
俺は慌ててジュエルに【軽化・倍】と【浮揚・倍】を、俺自身に【倍加】魔法を使う!
「おほッ! んぬぐぅッ!」
なんとかギリギリで抱きとめられた。
「危ないでしょうが! 怪我でもしたら…」
「しなかったんだからイチイチ文句言わないで! それよりアレ! 【望遠】かけて!」
まったく。でも、ジュエルの言われるままにしている俺はまるで召使いだ。
「……どうだ? あれは何かの魔法なのか?」
空には一面に言語のようなものが並んでいた。まるでそれは空全体がパソコンのスクリーンにでもなったようで、見慣れない言語や数字らしきものが右から左へ、上から下へとパズルでも解いているみたいに縦横無尽に動き回っている。
「…わかんない。魔法言語とかじゃないと思うけど、それはアンタの方が詳しいでしょ」
「ああ。見たことがある。あれは“源語”だ」
「源語…」
なにか思い当たるものがあるのか、ジュエルは視線を彷徨わせた。
「読めるの?」
「読めはしない。ただ【解析】をかければ…」
しかし、地上から空まではかなりの距離があるし範囲が広すぎる。
「あ!」
どう魔法をかければと思案していると、空に浮かんでいた文字列が一瞬にして消えて元の青空へと戻った。
「…なんだったんだ?」
「まだ終わりじゃないよ」
「なに?」
ジュエルが真っ青を通り越した白い顔をして言う。
「なにか…来る?」
空の一部が黒ずんで割れた。
そこから、ニュッと巨大な赤い塊がゆっくりと降りてきてぶら下がった。
最初見た瞬間はカニやエビのような甲殻類かと思った。
だが、よくよく観察してみるとそれは金属のプレートが何枚も組み合わせてある人工的に造られたものだ。
大きさはかなりデカい。遠目でも、この村の宿泊場ぐらいはありそうだ。
それがダンゴムシみたいに丸まって、まるで見えない糸で吊り下げている様なのだ。
「まるで赤鬼の親玉だな…。あれに心当たりはあるか? ジュエル? おい!」
彼女は自分の尋常じゃないくらいに震えていた。
「……お師匠様の封印」
「封印?」
「……そう。思い出した。アタシ、魔女じゃなくなったから、“アレ”が来たんだ」
「アレ? …あの浮かんでる赤鬼…プロトみたいなのがか?」
「違う。違うの…。あの“グレアボース”はまだ動かない。ただ警告しに姿を見せただけ」
「グレアボース? なんだなんだそれは。警告ってなにを? 誰がだ? ジュエル。頼むから俺の方を見て話してくれ」
この異常事態についてわかるのはジュエルだけだ。なんとかして事情を聞き出さないと…
「逃げなきゃ! 後始末しに来るんだよ!」
「おい。少し冷静になれ。なにが、なにを後始末しに…」
俺の耳に何かが落下したドズンという音が響く。
それは方角からして広場の方だった。
「! マズイ! あっちには皆を避難させてる! ジュエル! 行くぞ!」
「い、イヤ! コワイッ!!」
いつも勝ち気で生意気なジュエルがここまで怯えてるのに俺は驚く。
怖い? プライマーみたいな姉の魔女なのか?
いや、違う。ジュエルが怯えてる感じはなんだかもっと鬼気迫るものだ。
根源的な恐怖。腹の底でなにか、汚泥のような粘度の高いものが蠢く不快感を覚える。
そんなものに近づきたくないのはわかる。だが、ここにジュエルをひとり置いてはいけない。
「大丈夫だ。守ってやる」
「ん、んぅ…」
俺はジュエルをおんぶすると、広場へと向かって走った。
──
「カダベル殿!」
「ルフェルニ!」
広場まで辿り着く途中で、ルフェルニが出迎えに走ってくる。
「さっきの空の異変には気付いたか?」
「いえ、お恥ずかしながら、ロリーシェさんに教えてもらうまで気付きませんでした」
「ああ。あの得体の知れないものが…」
俺はグレアボースとやらを指差す。
ルフェルニは不思議そうにした。
「妙な文字が現れたと思ったら消えましたけど…まだなにか?」
「? あれだよ。あの浮かんでるヤツだ」
「浮かんでる…?」
グレアボースはかなりの大きさだ。村のどこからでも見えるだろう。
「……たぶん、魔法的な結界で見えなくなってる」
ジュエルが小さくそう答える。
ならなんで俺とジュエルだけは見えるんだ?
ジュエルは元魔女だからってのもあるんだろうが。
まあいい。あれを見てパニックになってもらっても困るしな。
「カダベル殿?」
「いや、この件はいい。それよりも広場になにかが落ちて…」
「はい。広場が避難指定場所ではありましたが、このままでは危険であると判断し、非戦闘は裏山の方へと、いくつかのグループに分けた上でロイホたちに誘導させています」
「さすがルフェルニだ。ロリーとジョシュア、セイラー女史らは?」
「はい。同じく、村人たちの避難を手伝って…」
「おい! カダベル!」
「なんだ? ロッジモンドもまだ居たのか。お前もさっさと裏山にと…」
「違う! なぜディカッター伯がこの村におられる!? お前、そんなこと一言も…」
ったく。そんな事を言ってる場合か。
しかし、ゾドルもさすがにルフェルニの事は言えなかったみたいだな。だいぶ前からお忍びで入ってるのを黙認してたって自白せにゃならんから、村長としては話したくないわな。
「ロッジモンド都市長。カダベル殿…屍従王が複雑な立場におられることはご存知でしょう。色々と隠さねばならぬものもあります」
「そ、それはもちろん承知しておりますが…」
ロッジモンドは俺をチラッと見やって、眼を丸くする。
「お前、その背中におぶってるのは……ゲェッ?! 魔女ジュエル!?」
ロッジモンドは腰を抜かしたようでその場に尻もちをついた。
ジュエルは怯えっぱなしで、そんなロッジモンドに対しても悪態をつく余裕もなさそうだ。
そういや、ジュエルもコイツには会わせてなかったな。
ジュエルは家でチョロチョロしてた時もあったが、ただの村娘だろうとロッジモンドは気にしてなかったけど、今になってようやく気付いたわけだ。
「なにが!? なにがどうなってる!! カダベル! お前は俺だけ蚊帳の外にして…」
「あー、面倒くさい!」
「め、面倒くさいとはなんだ!!」
「ロッジモンド! 繰り返しになるが、話は後だ。なにか異常が起きている!」
俺は広場の方を指差した。
「その解決が先だ。お前も長としての立場なら理解できるだろう」
「……わかった」
お。珍しく素直に話を聞いたな。
「だから避難を…」
「いいや、一緒に行く。もう隠し事は沢山だ」
んだよ。まったくもう。隠し事しまくってるのは自分だろうに。
「勝手にしろ」
俺は冷たくそう言ったが、なにかあればすぐに対応するとばかりにルフェルニが頷く。本当にルフェルニはよく気が利く。
俺、ジュエル、ルフェルニ、ロッジモンドは広場の方へと向う。
ゴライは……どうやらロリーかゾドルに避難を引き継いだ様だな。真っ直ぐにこっちに向かって来ている。
ジョシュアとサトゥーザが手伝っているのだとしたら正しい選択だ。ジョシュアはともかく、サトゥーザなら即座にゴライに斬りかかりかねない。まあ、事情を知るセイラーがいるから大丈夫だとは思うけど。
「? あれは青年団か?」
広場に向う途中、民家の裏に人影があることに驚く。
「なぜマニュアル通りに避難誘導をしてないんだ? ビギッタ」
走り寄ってきたリーダーであるビギッタに問う。
癖のある長髪色黒なマッチョで、確か年齢は23歳だったかな。
俺は心の中で『ヘビメタ』と呼んでいる。なんか「俺、音楽やるッス!」とかいう見た目しているからだ。
「カダベル様! 俺たちも戦えます!」
「戦う? なんの話だ?」
暗がりから出て来たビギッタの左頬が赤くなっているのに気づく。
そういや、この前、ジョシュアにケンカ売ってコテンパンに……
いや、違うな。この腫れ具合は今しがたっぽい。
「ビギッタ。ヒュルイ。モーリス。お前たちの仕事は村人の安全を守ることだろう」
「避難にはナッシュやアーリーで充分っす!」
「ヴァンパイアの皆さんや…聖騎士もいますし!」
そういや、ナッシュたちが居ない…という事は、ビギッタの独断か。
「そういう問題じゃない。避難は全員で協力してこそだ。まさか、ゾドルに全部押し付けたのか?」
俺が聞くと、ビギッタは気まずそうに目を逸らした。図星かよ。
そうか。勝手な事を言って、ゾドルに叩かれたのか。
「……カダベル様。敵が来たんですよね?」
「それはわからん。それを確認しに行く」
「なら、俺たちも同行します」
ビギッタたちが手斧を握って頷く。
血の気は多いタイプのヤツらではあるがこれほど短絡的な考えをするわけでも……ああ、そうか。ジョシュアに敗けたことでフラストレーションが溜まってるのね。
ルフェルニを見やると、彼も「この際、仕方ないでしょう」という顔を浮かべた。
「俺とルフェルニの前には出るなよ。いいな?」
「はい!」
広場の方に出る。
待合所、宿泊所は無事だ。特になにかが壊れた形跡はない。
だが、広場のど真ん中になにか見慣れないものがある。
それは楕円の球体、ややくすんだ乳白色をしていて、大きさは人の身の丈よりも大きい。
下にできた土の盛り上がりから言っても、これがさっき落ちてきた物に違いない。
「…これはなんなんだ?」
「わかりません。誰にも広場には近づかない様にさせましたが」
「ああ。当然だな。隕石とかの類なら放射能とか、身体に有害ななにかを出しててもおかしくない。
ジュエル。これに見覚えは…?」
俺は背中を見やり、ジュエルが激しく痙攣しているのにギョッとする。
「おい。ジュエル!」
「あぎッ! あぎぃ!!」
ジュエルは半ば白眼を剥いて、口の端から泡を出している。
「おい! カダベル! これはマズイんじゃ…」
「見ればわかる!」
ルフェルニが急いでハンケチを取り出し、ジュエルの口の中に入れる。舌を噛まないようにさせるためだ。
「一体全体なんだってんだ」
連れて来たのは間違いだったか? ひとりでも…いや、ルフェルニに任せて避難させた方がよかったか?
だが、これらの現象の正体について知っている可能性があるのはジュエルだけだしな。
「【鎮静・倍】」
魔法を使うと、ジュエルは少し大人しくなる。
「う、う…に、逃げて…はや、はやく…」
「逃げる?」
「魔女…資格を失った者…それは“要らない子”…」
「ジュエル?」
「カダベル殿、あれを…」
ルフェルニに言われ、俺は卵の方を向く。
球体にヒビが入り、割れて、その中のものが姿を現した──




