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屍従王  作者: シギ
第三章 魔法封印事変編
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066 望む変化、望まぬ変化

 その日、早朝から玄関がけたたましくノックされ、こっちが許可もしないうちに飛び込んで来る男の姿があった。


「カダベル! お前、なんで言わないんだ!」


「なにが?」


 静かな朝のコーヒーを楽しんでいた俺は、それを邪魔されたせいで不機嫌だ。だから、ロッジモンドにわざと刺々しく言った。


「なにがじゃない! クルシァンから使者が来ているそうじゃないか! なぁんでそんな大事なことを言わんのだ!!」


 はぁ。またゾドルかな。それともたまたまサーフィン村にやって来て、サトゥーザかジョシュアの姿を見たからか。


「そうやって大騒ぎするからだよ」


「なんだと! そんなの…大騒ぎするのも当たり前じゃないか!」


 俺の隣に座っていたセイラーがスクッと立つ。


 怒りに我を忘れていたロッジモンドは、自分より背の高い少女に見下され、ギョッとしたような顔を浮かべた。


「無礼だよ。その使者であるお客人…託宣の巫女セイラー・ラタトゥマス殿だ」


「…は? へ? せ、聖騎士ではなく…巫女様!?」


 ロッジモンドは慌てて両膝を付く。


 おやおや。なんか本当にわかりやすいヤツだなぁ。


「ハーベスト・ロッジモンド都市長」


「は、はぇぃ!」


「本来、まず領主に御挨拶するのが筋であることは重々承知しておりました。それにもかかわらず、それを怠ってしまった事、ひとえに私の不徳の致すところです」


「あ、あ、不徳だなんて、なんと畏れ多い…」


「代表者として、心よりお詫び致します」


「あ、いや、その…」


 これ定型文の謝罪だぞ、ロッジモンドよ。


「しかし、此度は公にできぬ来訪だったのです。…“クルシァンの旧き良き理解者”として、ご寛容いただけないでしょうか?」


 俺が横にいるのに、いけしゃあしゃあと“公式じゃない”だなんて言えるな。

 展墓は建前だったんだから、本来の目的としては非公式だってのも理解できなくはないが…それでも屁理屈すぎんだろ。


 しかし、これでロッジモンドは落ちたな。“クルシァンの旧き良き理解者”…よくもまあ、彼の弱いところを調べてること。


「い、いやははは! 全然構わないですとも! 巫女様がこんな狭苦しい片田舎に来て下さっただけで感謝、感謝ですよ! むしろ、おもてなしできなかったこちらが恥じ入る次第と思ったわけでして!」


 ロッジモンドは俺に向かって手招きしてるけど無視する。


 あーあ、コイツの耳に入る前にケリつけたかったんだけどな。


 村に“スパイ”が居る時点で無理な話か。“村の成長に役立つ”…そう思って放置していたのが仇になったねぇ。


「心より感謝申し上げます。ロッジモンド都市長」


「いやいや、そんなそんな……。

 おい、カダベル! ちょっと話がある! こっちへ来い!」


「なんだよ。話ならそこに座れよ」


「いいから!」

 

 セイラーは俺をチラッと見た後に着座する。いまの視線は“終わりました。どうぞ”ってことかね。


 そうだよな。セイラーの立場からすりゃ、ロッジモンドなんて小物も小物だ。


「やれやれ」


 俺が廊下に出ると、ロッジモンドは「ごゆっくり〜」だなんて言ってセイラーに手を振る。お前の家じゃないだろうに。


 

 扉を閉めると、ロッジモンドはソワソワと自分の口元を押さえて狭い廊下を行ったり来たりする。


「で、なによ?」


「いいか、カダベル。これはチャンスだ!」


「なぁにがチャンスだよ」


 ロッジモンドは何度も念を押すような感じで俺を指差す。


「私がまだ家督も継いでない若かりし頃、父は失意と共にクルシァンを離れねばならなかった。ギアナードへの婿入、逆玉の輿などと言われたが、実のところは亡命だったことはよく知っているだろう」


「よくは知らんが、そうだったのはなんとなく覚えてはいる」


 確かロッジモンドは教皇派で、バリバリに政治に口出してたからな。


 旗色が悪くなったと思って、仲間を捨てて一目散に逃げ出しただけなんだと、元カダベルの記憶にはあるが……まあ、そこはあえて言うまい。


 結局、教皇が最後には勝ったんだし。なんのために逃げ出したのやら、だ。


「それで?」


「ああ? いや、ゴホン! 話が逸れたな。つまり現在クルシァンで発言力のある聖教会と繋がりがあるというのは、これは強みだと言いたいのだ。てっきり、お前は聖教会と敵対しているものとばかりに思っていたからな!」


「敵対してるよ。俺は中立のつもりだったんだが、聖王と仲良くしてたせいもあってな。陛下が夭逝されてからも一方的に敵視されてたし」


 決して良い記憶ではない。元カダベルも意識的に思い出さないようにしてたのか、俺もかなり集中しないと記憶を引き出せない。


 これは悲しい映画を観るのに似ている。一度観れば充分で、何度も観たくないってやつだ。だから、あえて追想したいとも思わない。嫌な気分になるのはわかっているからだ。


「それでもクルシァンはお前のところへわざわざやって来た! 違うか? これをチャンスと言わずしてなんだと言うんだ!」


 裏切り者として、教皇…いや、今の聖教皇王から睨まれてると思いこんでいるロッジモンドは、今回の件をそう考えるか。


 いや、処分するならすでに消されているだろう。取るに足らない存在と思われているのだと気づかないのが、ロッジモンドって存在だよな。 


「隠遁していたお前が、聖教会…それも巫女様と昵懇だったはな!」


「昵懇…ってか、つい最近に会ったばかりだけどな」


「それでもいい! クルシァンの後ろ盾…そこが重要だ!」


「張り子の虎にもならん」


「構わない! お前の家に来たということは、巫女様は屍従王をお認めになったということだろう? そうだろ? そうだな?」


 こういうところは聡いな。


 嫌なヤツだ。


「……ロッジモンド。お前の後ろには誰がいる?」


「なに?」


「この前の話だと、ゼロサム王の政権が続くことを願っている様子だが…違うんだろう?」


 ロッジモンドは少し驚いた顔を浮かべた。


「……名前までは言えん。だが、それは商工会の大物だ」


「あ、もういいや」


「は?」


「もう誰だかわかったから」


「な…なんだと!?」


 たぶん、前にルフェルニから見せてもらったリストにいたヤツだ。


 ミューンたちと一緒に、魔女ジュエルとゼロサム王の対立候補として何人かがピックアップされていた。

 その中の有力候補のひとりだな。ミューンが推してたが、イスカとシャムシュの大反対で蹴られたって男だ。


「そいつは欲の皮の突っ張ったヤツだろ? やめとけやめとけ。そういうヤツは求心力はあったとしても一時的なもんだ。魅力じゃゼロサムに劣るし、私欲で動くから国が疲弊するだけに終わる」


 鯉みたいにロッジモンドの口がパクパクしている。


「屍従王や巫女の名前が欲しいのも、自身のネームバリューが弱いと自覚しているからだよ」


「しかし、ゼロサム王はもはや形骸…」


「ゼロサムは馬鹿だ。馬鹿だが、だからこそ民衆に愛される王なんだ。お飾りとしては立派だよ。

 屍従王との一戦でゼロサムの名声は落ちたか? そんなことはない。確かに非難はされたろうが、好感度はむしろ上がっているはずだ。調査してみろ。びっくりするから」


 大臣どもは逃げたしたのに、ゼロサムは前線に立って屍従王と真正面から戦った。それを見て再評価されたはずだ。


 それに多くの貴族が魔女ジュエルに怯えてなにも出来なかった中、ルフェルニたちは色々考えて出来うる限りのことをしてたんだよ。いまさらロッジモンドや、“つまらない野心”の持ち主がなにをしようと無駄なことだ。


「……ゴホン! 実は商工会の大物以外にも協力者はいる!」


 そりゃそうだろう。大臣の誰かもバックについてんだろ。


「隠遁していたお前にはわからない政治の世界があるのだ!」


 強がりにも程があるなぁ。


 まあ、コイツは俺とルフェルニがどこまで繋がっているかは知らないから仕方がないのか。


「とにかく、カダベル。私は巫女様との…」


 ロッジモンドが続けようとした時、玄関からゾドルがノックして入って来た。


 どいつもこいつも家主が許可してないのに入って来るのはなんでなんだ。


 ゾドルは、俺とロッジモンドを見てギョッとする。


 それを見て俺は気づく。コイツがお喋り野郎だな、と。


「ゾ・ド・ル〜」


 俺は柳の下の幽霊のごとく、オドロオドロしくゾドルを見やった。


「こ、これはガダベル様! ご、ご機嫌麗しく!」


「お前は仮面付きのミイラの機嫌が良いのか悪いのか見てわかるのか?」


「うぐッ!」


「待て待て。ゾドルくんを責めるのは違うぞ。カダベル。彼はこの村のことを考えて行動したまでだ」


 ロッジモンドは、ゾドルの肩を揉みながら言う。オッサン同士の馴れ合いなんか見たくない。


「カダベル。我々は建設的に物事を考えている。ギアナードの次の支配者が誰になるかはひとまず置いてもだ、イルミナードとこのサーフィン村…双方の発展と未来のことを考えている」


 ゾドルは首振り人形よろしく、激しく縦に頭を振る。


「カダベル様はかつて仰られたじゃないですか! “発展しなければ衰退する一方”、“現状維持はよくない”と!」


 ゾドルが必死にそう言う。


 コイツ…。 


 前もって考えてやがったな。俺を説得する方法を。


「……そうだな」


「もったいないですよ! カダベル様のアイディアで、バンモミルは観光地として成功しました! それなのに屍従王の居る地、生誕の場と言っていいこのサーフィン村が、若者からなんと言われてるかご存知ですか!? “退屈極まりない田舎村”ですよ!!」


 赤鬼もいなくなって、この村の血気盛んな若者が燻ってるのは知っている。


 ジョシュアと揉めたって話も、ナッシュから軽く聞いたしな。


「宣伝さえすれば、もっと多くの若者が集まるし! 村も賑やかになれば退屈だって吹き飛びます!」


 ロッジモンドが頷いて手をパチパチと叩く。ゾドルは頬を紅潮させていた。


 そんな中、俺はゾドルをジッと見やる。


「それは村の総意なのか?」


「え?」


「成長と発展は確かに重要だ。お前の言うことは正しい。だが、それはお前の手の届く範囲内でと俺は思っていた」


 ゾドルは困ったように、ロッジモンドを見やった。


「ロッジモンドからなにを言われたのかは知らんが、この男と共に歩む道を選び取るということは、今までの生活ではなくなるということだよ。その覚悟はできてるのか?」


「それは…」


「お前に言われずともわかっているとも、カダベル。我々は手を携えて、サーフィン村もイルミナードも共により良い未来のために進んでいくとも!」


 やや逡巡した後、ゾドルも力を込めて頷く。


「……そうか」


 俺はこの村は“緩やかに発展”させるべきだと思っていた。


 赤鬼に対して、村の放棄という手段を選択できなかったのは、変化に順応しにくい年寄りが多いからだと俺は考えたからだ。


 俺自身が村の運営にタッチせず、村長や年寄連中に任せたのは、自分たちで“変化”を選ばせた方が抵抗が少ないだろうと思っての事だ。


 回覧板といった仕組み、寄り合い所や宿泊所の建造…俺はアドバイスこそしたが、これを村に作るのを決定したのは村人である。


「…変化は世の常だ。ゾドル。それが悪いとは俺も思わん。だが、変化するのは、必ずしも望んでいる部分だけじゃない。望まない部分の変化も受け容れなきゃいけない」


「望まない部分の変化?」


 俺はいま“玄関の外”で聞いている人物にも向けてそう言った。


 そうだ。このまま同じ日々が続けばいい…それは“死者”の凝り固まった考えだ。


 “生者”の選択の邪魔を俺がしちゃいけない。彼らは変化を選び、挑戦する者たちなんだ。


 ふと、“玄関の外”にいた人物に動きがあったことを俺の耳が捉えた。


 やれやれ。彼女の悩みにも答えて…


「カダベル様!!」


 ロリーが飛び込んで来る。


 どいつもこいつも…


「ロリー。俺は入っていいだなんて…」


「空が! 空が大変なことに!!」


 空? ロリーが玄関を開けて、空を指差す……俺は“異変”に気づいて思わず口を開いてしまった。


「な、なんだ…これは……ッ!」

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