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屍従王  作者: シギ
第三章 魔法封印事変編
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064 ジョシュアとゴライ(3)

「夕飯は…シチューかい?」


 俺は台所に顔を出す。嗅覚は鈍いが、これだけ室内に漂っていたらわかる。


 そこにはエプロンを付けたメガボンと、頭に三角巾を巻いたセイラーがいた。


「もう少しでできます。しばしお待ちを」


 お玉を持って鍋をかき混ぜているセイラーが言った。


「お客さんなんだからそんなことまでしなくていいのよ」


「いえ、好きでやってることです。…アミングロリアではやらせてもらえませんでしたから」


 なんか淡々と言うから、本当に楽しんでやってる様には見えない。ブスッと不貞腐れてやらされてる感じがするのは俺の気の所為なのか。


 まあ、神様の声聞ける巫女様に家庭料理なんて作らせたら罰当たりとか思うわな。


「ん!」


 俺はなんとなしに鍋の中を見て仰天する。


「なにか?」


「いや、これは…」


 俺はセイラーからお玉を受け取り、鍋の中を掬う。お玉の上に、皮がついたまんまの、それも切ってもいない丸ごとの芋が乗る。


「なにか?」


「あー、そのねぇ」


「かなり煮たのですが、お芋がなかなか割れないんです」


 え? まさか、芋は煮れば割れてあの形になるとでも思ってんの?


「私はなにかを間違えた…のですか? 不手際が?」


「いや、君のせいじゃないよ。

 …メガボン。お前がいてなんでよ?」


「カコカコ」


 メガボンがなにか言わんとしているが、俺にはヤツの言葉はわからない。


「メガボン様、“失敗の苦痛を通して人間は学ぶ”…と?」


「え? メガボンの言葉わかんの?」


 セイラーがなんか少し感動…というか、若干、尊敬の入った眼差しをメガボンに向けている。


 メガボンはセイラーが成長するために、わざと失敗を指摘しなかった…と?


 まあ、確かに口頭で注意されるだけより、実際に間違えてみての方が勉強にはなると思うけどさ。


 それにしたって……メガボンのくせに。


「しかし、困ったな。コイツはちょっと食えないぞ。俺たち死者は生煮えでも関係ないが、それにそろそろ、“うるさい“のが帰って…」


「カーダーベールゥッ!!」


 ああ。玄関の方から聞きたくない声が響いている。



「はいはい。本日はどうしました? また泥ん中で転けたか? それともゴライの耳ん中に虫でも突っ込んで取れなくなったのか?」


「ちがう! もっと大事なこと!!」


 怒れるジュエルはいつものことだったが、その隣に居るゴライはなんだかションボリしている様に見える。


「大事なことねぇ…」



 リビングで、ジュエルとゴライの話を聞く。


 ジュエルは怒ってるし、ゴライは擬音の多い説明で用が足んない部分が多いが、なんとなく話の流れはわかった。


「そうか。ゴライとジョシュアは会ってしまったのか。ロリーと仲直りしてから…と、そう思ってたんだがね」


 それも時間の問題だったか。この村に一緒にいるのに隠し通すってのが無理な話だ。


 そもそもインペリアーで会ってはいるはずなのに言及して来なかったし、戦闘中で聞く暇もなかったから仕方ないちゃ仕方ない。


 ロリーにとってもそうだったが、ジョシュアにとってもゴライの存在はトラウマだろう。


 すんなり赦したロリーがちょっと寛容すぎるんだよな。間接的とは言え、自分の親の仇なのに。


 完全に顔を変えて別人にしておけば……いや、いまさらだよな。


「なんなのよアイツ! ゴライはちっとも悪くないのに、一方的に悪いって決めつけてくんのよ! 頭にくる!!」


「話はそう単純なことではないんだよ」


「なにがよ! いまのゴライとは違うんでしょ!?」


「そうだな。だが、このゴライが生前にジョシュアやロリーに酷いことをしたのは本当なんだよ」


 ゴライは肩身狭そうに縮こまっている。


「記憶がなくなったからといって、知らなかったからといって、その罪までは消えはしない」


 憤っていたジュエルが大人しくなり、頬を膨らませたまま着座する。


 ジュエルも最近は自身の行いを省みている。物思いに耽ることが多くなった。なにか感じるところがあったんだろう。


「……でも、これ見てよ」


 ジュエルがボソリと言うと、ゴライがなにかをテーブルの上に乗せる。


「これは皿か?」


 石皿だ。皿になにかイラストが描いてあるが…


 なんだこりゃ?


 イソギンチャクか?


「そろそろロリーシェの誕生日だから、ゴライが頑張ってロリーシェの顔描いたの。皿に」


「…デッセ」

  

 ロリー? 


 え?


 イソギンチャクじゃないの? これ?


 ウネウネってしてるの髪? ロリーは癖っ毛だけど、これじゃまるでメデューサじゃん。


 どうして歪んで下膨れになってるのよ?


 あ。胴体じゃなくて、笑ってる顔なのか。これ。


「あの弟が壊したの! これ見てもヒドイとか思わないのかよ!? カダベル!」

 

 うーん。これを渡されても…いや、ロリーなら喜ぶか?


 俺だったら壊されてむしろよかったと……いや、そういうことじゃないよな。ゴライが真剣に作ったんだからな。出来が良い悪いは関係ないよな。


「……この件は確かにジョシュアが良くないとは思う」


「でしょ!」


「だが、あの子の気持ちを汲むならば、これでも怒りが収まらない程のことをゴライはしてしまったんだよ」


 幼子ジョシュアにとって、父と姉と共に過ごしていた穏やかで慎ましい生活、そんな大事な時間を一瞬で奪ったのがゴライだ。


 ああ。そうだ。ロリーがゴライをすんなりと受け入れていたことから、ジョシュアもそうなんじゃないかと俺は思い込んでしまったんじゃないか。


 う…!


 まてよ。


 なら、これは俺の落ち度じゃ?


 配慮が…配慮が足りなかった…?


「……俺は高慢だな。俺が責任を被ればそれでいいと思っていた」


 俺の呟きに、隣で話を聞いていたセイラーがなぜか首を傾げた。


「でも…それでも、ゴライにはその時の記憶ないんでしょ?」


「今は悪気はないと?」


「そう! それよ! 今のゴライはロリーシェにだって、あの弟にだって、なにひとつ悪いことしないもん!」


 ジュエルは短絡的だ。だが、それは決して悪いことじゃない。彼女は間違いなく成長している。


「……ゴライ。以前、俺が死ぬのを看取った時になにを感じたかね?」


 ゴライは俺を見やり、それから頭を抱える。


「ゴライは…ゴライは……どうなのかわかりませんッセ! 上手く言えないッセ!!」


「ああ、言葉にせんでもいい。ただ、その気持ちは良いものだったか? それとも悪いものだったか? それを教えてくれ」


 ゴライの知能は5歳から7歳程度…自分の感情を上手く言葉で表わせという方が無理だ。


「……悪いものデッセ。とっても嫌なものデッセ」


「そうか」


 ゴライは俺が死んだ後、何年も俺の遺体を背負って彷徨っていたらしい。それは楽しい体験ではないだろう。


「それじゃ、ジュエル。お前はどうだ?」


「え?」


「仮にそうだな。ゴライやメガボン。またはモルトやキララ…彼らが急にお前の眼の前から消えたらどう感じる?」


 ジュエルはゴライとメガボンを交互に見やる。そして唇を噛んで首を横に振った。 


「……そんなのイヤ。とってもイヤ!」


「そうか。ふたりとも今の気持ちをよく感じろ。胸に手を当ててな」


 ふたりは俺の言う通りにし、不快そうに眉を寄せた。


「…よし。それがいまジョシュアが経験しているものだ」


 ゴライとジュエルは、互いの顔を見合わせる。


「大事なものを失う気持ち。それは誰しも苦痛に感じる。“ここ”にできた深い傷はそう簡単に癒えないのさ」


 俺は自分の動いていない心臓部分をトントンと叩く。


「そして、その原因たる存在が眼の前に居たらどう思う? 感情をぶつけたくもなるだろう。怒って喚いて、それをどうにかしたくなるんじゃないか?」


 ふたりは自分の胸に手を当てたまま、しばらくしてからようやく頷いた。


「……特にジュエル。俺は前に言ったな。お前は自分の罪を識ることから初めろと。今ではなんとなくそれがわかってきたんじゃないか?」


「……たぶん」


「今ではわかるか? お前の遊び半分で放ったプロトは、他の村のモルトやキララを苦しめたかも知れないということが」


「……うん」


 まだ実感としては湧いていないかもしれない。しかし、ジュエルはやがて自分の罪と向かい合う時が必ず来る。


 巨大な魔力を使い、プロトを使い、多くの人々を苦しめてきたこと、それは彼女にとって大きな罪の意識として生じるだろう。


「ジュエル。俺はお前が罪悪感に押し潰されてしまわないようにできる限りの手を尽くしてきたつもりだ。

 だが、もし罪の意識に苛まれた時は……この俺の言葉を思い出せ。昔、俺がゴライにも言った言葉だ」


「……なに?」


 ジュエルは不安そうに俺を見る。


「お前の周囲の人々に良くしてやるんだ。力の限り守り助けてやれ。そのことだけに意識を向けろ」


「……そうしたら赦されるの?」


「それは知らん。だが、それ以外に出来ることはない。償い続ければ、あるいはそこに救いが生じる時が来るかもしれん」


 ジュエルはわかったようなわからなかったような微妙な顔を浮かべる。


 そうだな。その時になれば、俺の言ったことが役立つかも知れない。


「そして、ゴライよ。お前はどうだ?」


「ゴライは…ゴライは……」


 割れた石皿を見やり、ゴライは頭を抱えている。


「……ジョシュアと仲良くしたい…ッセ。赦して…もらいたいッセ…」


「ゴライ…アンタ……」


「そうか。…正直、どうやればジョシュアに赦されるのかは俺にもわからん」


「カダベル! そんな! なんとかしなさいよ!! ゴライ、かわいそうじゃん!!」


「言っただろ。話はそう単純じゃない。ただ謝って赦される簡単な問題ではないんだ」


 俺がそう言うと、ふたりはますます落ち込んでしまう。


「……しかしだ、ゴライ。お前がジョシュアやロリーに善く振る舞うことはできる。それが、やがて彼らに認めてもらえる時がくるかも知れない。可能性はとても低い。しかし、それでも償い続けようとする努力は、何かしらの実をもたらすんじゃないかと俺は思う」


 なんのアドバイスにもなっていない。


 だが、俺に言ってやれるのはこの程度だ。


「はいッセ…」


「……でも、それでずっと赦して貰えなかったらどうするの?」


「赦して貰えなかったら、か。…そうだな」


 俺はゴライをもう一度見やる。


「……その時は、俺もゴライの罪を一緒に被るさ。一緒に土にでも還るとしよう」


「土…デッセ?」


「そんな不安な顔するな。俺が一緒だ。お前だけで逝かせたりはせんよ」


 俺はゴライの肩を叩く。


 これは卑怯なやり方だろう。


 こんな話をしたら、ロリーはもちろんのこと、ジョシュアにもわだかまりを残すことになるだろう。


 だが、そうでもしないとあの姉弟は腹を割って話ができないんじゃないだろうか。


 姉弟のすれ違い、ゴライに対する思い……過去の精算をするには、もう一歩だけ成長する必要があるだろう。


 ゴライに成長は見込めない。だが、コイツは今の自分にはまったく預かり知らぬ生前の罪…それと真正面から向き合い、純粋にジョシュアとの関係を良くしたいと思っている。


 そんな幼子のような無垢な心……“ゴライにあったわずかな良心”……クシエ姉弟がそれを知ることで、彼らに前に進むキッカケを与えられるかも知れない。


「……ガダベル公」


「ん?」


 セイラーが眼を丸くして俺を見ていた。


「クルシァンの多くの貴族たちが、良くも悪くもカダベル・ソリテールという人物は注目に値すると言っていました。その理由がなんとなく理解できました」


「いきなり、なに言ってんの? 褒めてもなんも出さないよ」


 それに元カダベルは、クルシァンじゃ鼻つまみものだったでしょ。変人だし。


「……あなたが今もクルシァンに残ってくださっていれば、こんなことには」


 無表情…いや、なんか声色がくぐもっている。なんか辛いことがあったのか?


「セイラー?」


「…いえ、なんでもありません。お忘れ下さい」


 んー。この娘も色々あるんだろうな。


 難しい顔しているジュエル、肩を落としているゴライ、視線を彷徨わせているセイラー。


「……成長というのは苦痛を伴うものだな。確かにそうだ。お前の言う通りだよ」


 俺はメガボンの顔を見て、そう呟いたのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 厳しいですね。カダベルさんは。そのとおりなんでしょうけど。死んでも逃れられない物もあるんですよね。それは相手の心の中にあるんだから。 でもそもそもカダベルさんかゴライさんを生き返らせたの…
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