061 クルシァンの闇
セイラーとジュエルが部屋に入ったのを見届けてから、俺は玄関にと出る。
少し冷えてきただろうか。機能していない皮膚感覚だからその辺はよくわからんが、たぶん昼間よりは寒いはずだ。
「…外にいないで中に入ったらどうだ?」
俺は柱の方に向かって声を掛ける。
「いらぬ世話だ」
暗闇から声がした。
暗いが、夜目が利く俺にはその姿がしっかり捉えられている。
「そっちはそうでも、こっちは外でずっと立っていられるの迷惑なんだよ」
セイラーが来てからというもの、サトゥーザは柱にもたれた掛かったままだ。ジョシュアと交替する以外はずっとそうしているんだよね。
「俺が危害を加えないってのはもうわかったろ?」
「貴様のことだ。油断を誘ってるんじゃないのか」
「仕掛けるなら、村に入る前に仕掛けてるよ。わざわざ自宅に招くわけがないだろ」
サトゥーザは信じていない風な顔だ。
「セイラーは怖いのを我慢して我が家に来た。なんとも偉い話じゃないか」
彼女がうちに来たのは、親交を深めるためだろう。緊張が見て取れたが、ミイラの家に押し掛けるとは大した胆力だ。
「なんだと?」
「上司がこんなに頑張っているのに、部下が短気を起こしてそれを台無しにするのはどうなんだい?」
「チッ」
やった。正論かましてやったから、ぐうの音も出まい……なんて、別に俺がスッキリするわけじゃないけど。
「貴様! どこへ行く!」
「散歩だよ。そんな大声だすと目覚めちまうぞ」
「散歩だ? こんな夜更けに…」
サトゥーザは屋敷の方を見やってから、少し声を落とす。
「俺には昼も夜も関係ない。光に頼って視ているわけじゃないからな」
俺の眼からしたら、昼夜の違いはカラーかモノクロかぐらいの違いしかない。
暗視能力があると言うほどじゃないが、夜の闇に惑わされることがないのはなかなか便利だ。
「お前も来いよ。少し話をしよう」
「話など…」
そう言って少し悩んだ後、サトゥーザは俺の後に付いて来る。
「聖騎士団長というのも、なかなか責任が重く大変なことだな」
「なにを知った様なことを言うか」
サトゥーザは、セイラーのいる俺の屋敷を気にしている。護衛対象がいるのだから当然だろう。
「そう警戒するな。この村でお前たちに害を与えられる者はいないよ」
「魔女ジュエルがいる」
ゴライとメガボンのことはサトゥーザは知らない。セイラーには内密にしてくれる様にお願いしたからだ。
「ジュエルは魔力を失っている。なにもできんさ」
「仮にそれが真実であったとして、なんで貴様が魔女と一緒にいる? 敵対していたのではないのか?」
「仲直りしたんだよ」
「仲直りだ? 最初から共謀していたんじゃ…」
「少しは考えろ。共謀して俺やジュエルが得たものはなんだってんだ? もし、地没刑の魔女とソリテール家が本気で結託していたのなら、今頃は聖騎士団に壊滅的な打撃を与えられているぞ」
これはサトゥーザでも否定はできまい。実際、魔女の力があれば、騎士団が総がかりでも太刀打ちはできないはずだ。
「……で、お前たちは何が目的なんだ?」
「なに?」
「まさか巫女の託宣とやらで、あの“教皇”がこの俺に助けを求めるなんてとても信じられなくてね」
元カダベルの古い記憶から、ある男の姿が浮かび上がってくる。
他人に興味を抱かないカダベル自身にも、不快感を抱いていたであろうことが“自分が取った態度”からして俺に伝わってくる。
「“聖教皇王”陛下だ」
「どっちでもいい。肩書なだけで、中身は同じ男だ。俺が知る頃よりも遥かに老いているだろうがな」
「……貴様と会う事を選んだのは、セイラー様の独断だ。聖教皇王や八翼神官は関係がない」
「関係がない? 総団長や、団長…お前たちはどうなんだよ?」
「総団長は基本的に中立だ。政治、宗教的な意見は出さん。…教示国の総意にのみ従うとのお考えだ」
「……彼女らしいな」
「貴様? …そうか。総団長とは顔見知りか」
「まあな。その様子だと、俺の話も大して聞いていないんだろ? 昔話をするタイプでもないしな」
俺から見ても、サトゥーザは団長という立場にありながら、きちんとした情報が与えられていないように見える。
文民統制。いや、文官統制と言うべきか? 聖教皇王や上層部としては、聖騎士団は自由にコントロールできる武力であるべきだという考えが根強いんだろう。
「聖教会内部での対立はあるだろうとは思っていたが、セイラーに味方する一派は少ないのかね? 素人目にも、神様のお告げとやらは、さぞかし重要なファクターになると思うんだが」
俺がそう聞くと、サトゥーザはうんざりした様な顔で大きいため息をつく。
「……巫女が選ばれるのは、必ずしも神官や修道士たちからではない。過去には民間人から選出されたこともあった」
「神様は依怙贔屓しないってか? ふーん」
「託宣の真贋を判断するのは、聖教会の上層部だ。聖教会にとってそれが益になれば、支援されるものとなる」
「待てよ。益か損かで判断するのはなんか違うくね? 神様の言葉なんだろう?」
「それを証明するのは容易なことではない」
「そりゃそうだろうけどさ。なら仮に聖教会を糾弾するような託宣があった場合にはどうなるんだ?」
「……教義を惑わす不逞の輩として処刑される」
「は?」
なんだよ。巫女って単なる都合のよい“客寄せパンダ”かよ。
腐ってるなぁ。まあ、宗教なんてそんなもんだとは思っていたがね。宗教組織に政治力や軍事力を持たせると本当にろくな事にならない。
「はー。それはセイラーも辛い立場だなぁ」
神様の声とやらは信じてはいないが、上の顔色伺いながら巫女をやるってのはストレス半端なさそうだな。あー、いやだいやだ。
「……セイラー様は……いや、セイラーは私の姪だ」
「なんだって?」
サトゥーザの眼が、俺を真正面から捉えていた。
血縁者…背が高いくらいしか共通点がないが、まあ目元とかよく見れば似てる様な気もする。
「……ということは、今回の託宣でお前が俺ん所に来たのって」
俺が味方につけばよし、つかなければ…姪のセイラーが処刑されるってこと?
いや、聞くまでもない。サトゥーザの覚悟した顔からそれが嫌でも伝わってくる。
「私は……貴様の首に縄をつけてでも、クルシァンに引っ張って行くつもりだ」
「おいおい、随分と勝手な話だな…」
「勝手で結構だ! 託宣が本当かなどはもはやどうでもいい! あの娘を守れるのならば…」
うあー、めんどくせぇことになってきたなぁ。
もしこれがクルシァンの背後にいる魔女の手口だとしたら巧妙だ。俺の弱点を見事に突いている。
苦手なんだよ。俺のせいで何かがどうにかなるのって……
「あのさー」
「なんだ!」
「その、もう少し上手く立ち回れるようアドバイスしてやったらどうだい?」
「……それができたら苦労はしない」
「身内なんだろ? オバサンとしてはさぁ」
「誰がオバサンだ!!」
すんげぇ怒っている。オバサンにオバサンは禁句だったか。
「…神の言葉を心から信じている13歳の子供に、嘘も方便だから捻じ曲げた託宣をしろとでも言えばいいのかッ!」
「へ? 13歳!? 小…中学生? 冗談だろ?」
「“ちゅうがくせい”? …大人びて見えるが本当だ」
なら、ロリーやジョシュアよりもっと年下じゃーん!
成長し過ぎだろ! てっきり成人しているとばかりに……
あー、でも、そうだな。あの試写会を夢中になって観て、ポップコーンを美味しそうに頬張るのは確かに子供の姿だった。
「賢い子で、年齢以上に背伸びして振る舞っている…そんな子に、聖教会の腐れ爛れた部分は見せたくはない」
「その上層部にいる人間が言うことかね?」
「体制は徐々に変わりつつある。これは過渡期なのだ」
「革命でも起こす気なのか?」
「聖騎士団から始まる意識改革だ。聖騎士団、民衆…それらが変われば、聖教会の在り方も変わる」
「んー、間違いじゃないとは思うが、途方もない時間がかかる気の長い話だな」
「公爵…いや、今は“王”を自称している死者になにか妙案でもあるのか」
「アドバイスがほしいの?」
「誰がそんなもの欲しがるか! 単なる皮肉だ!」
「……もし変えたいのなら、お前がトップやるしかないよ」
「なに? そんなことできるわけが…」
「そう考えるのならそこでお終いだ。何も変わらんし、何も変えられない」
サトゥーザの顔に困惑が浮かぶ。
「さっき俺を“王”と言ったな? 王というのは、自分がそう名乗ってなるものではないさ。王を必要とするのは、王である自分じゃない。常に他の誰かだ」
「…ならば、貴様は誰かに求められて王になったのか?」
「“屍従王”なんて記号に過ぎんよ。死者に王冠を被せてどうする? 現実として、サトゥーザ。お前のイメージしていた屍従王と、実際の俺には乖離があるんじゃないか?」
数多くの死者を操り、人々を脅かす邪悪な死の魔法士…聞いた人にそうイメージさせる、“屍従王”にはそういう意味が込められている。
しかし、サトゥーザの眼には真逆の存在が映っているはずだ。ろくな手下もおらず、低級な生活魔法しか使えない、口だけ達者な干乾びたミイラだ。
「王に必要なのは、責任感、自制、忍耐…だ。しかし治める国が大きくなればなるほど、問題も矛盾もそれに伴う綻びも大きくなる」
「……偉そうなことを。言うは易しだな。カダベル。もし貴様がクルシァンの統治者になったとしたら、聖教教皇陛下よりも上手く治められたとでも言うのか?」
「さてね。でも……言うのを忘れてた。最後にひとつだけ重要な素質がある。その点だけは、間違いなく俺が勝っていると自信を持って言えるよ」
「……なんだ?」
「……決して死なないことさ」
真面目な表情だったサトゥーザが、眉を変な形に歪める。
「冗談のつもりか? 貴様は死んでるじゃないか」
「そりゃあそうなんだが、これ以上は死なないからね。
…ええと、言わんとしていることはそこじゃなく、賢王は暗殺されたり不慮の事故で死ぬべきじゃないってことさ」
サトゥーザは何かを言いかけてから、目を伏せる。
「……そんなに上手くいくものか。仮にそうしようとも、その前にセイラーは消されてしまう」
「そうだな。邪魔になったら消す。もっともわかりやすい答えだ。だが、サトゥーザ。忘れてないか?」
「……なに?」
「クルシァンにとって目の上のタンコブだった俺が、老衰するまで生き延びたんだぞ」
元カダベルは、対クルシァン聖教会については一家言ある。直接やりあったわけじゃないが、向こうからちょっかい出せないようにしたからだ。
「……だから、貴様に教えを乞うために頭を下げろとでも言うのか?」
「頭は下げなくてもいい。俺の言い分もちゃんと聞いてほしいだけだ。怒らずにな」
ジョシュアもサトゥーザもそうだが、聖騎士団の規律を重んじるが余りに考えが凝り固まってしまっている。
規律を補強しているのが宗教的な思想だから、それは俺から見れば洗脳に近い。
ふたりはどうみても神様を心から信じているいるようには見えない。だとしたら、宗教が生み出した見えない枠組みに嵌ってしまっているだけだ。
宗教は人々の心をひとつにして、人生に慈悲や崇高さ、秩序や平安をもたらせる効果もあるとは俺も認めるが、それが悪意ある者が利用すればまったく真逆の効果をもたらす。
本当に源神というのが存在しているのなら、そしてそれが慈悲深い存在だとしたら、聖騎士団のことだけでなく、いまのクルシァンの状態を嘆いていることだろう。
「……カダベル・ソリテール。貴様は信用ならない」
ああ、やっぱり駄目か。頭固すぎだなぁ。
「……魔法に人生を費やし、クルシァンを捨てた男の話す言葉の何を信じろと言うのだ」
俺は言葉に詰まる。元カダベルの行為に、“俺自身”が罪悪感を覚えた。
「死者になって考えが変わった? 生まれ変わったとでも? …貴様の立場があれば、貴様が果たすべき責務を果たしていれば、クルシァンは今とはまた違った形になっていたはずだ」
サトゥーザは背を向けて去っていってしまう。
「……生まれ変わったというより、本当に別人なんだけどねぇ」




