059 雪辱の再戦
「カダベル・ソリテール! この場で俺と戦え!!」
「……ん? なんで?」
「前回の決着をつける!!」
「前回って、インペリアーでの話?」
「そうだ!」
さっきの話からどう繋がるの?
意味がまったくわからん。
「イヤンだよぉー。面倒くさいー」
「なに!?」
「なーんで、俺たちが戦う必要があるんだよ?」
「戦えば、俺もこのモヤモヤした感情が消える!」
「それって、ただ俺に八つ当たりしたいだけじゃんかよ」
「違う! ずっと不快だったんだ! 俺の方が強いのに、お前が巧みな言葉を使って煙に巻くようなやり方が!! だから今も納得できなかったんだ!」
「えっと、待てよ。だからといって、戦って何が解決するってのよ?」
「お前の言葉が信用に足るものか、その実力で俺に正々堂々と示せって言っているんだ!!」
まったく体育会系の発想だな。苦手だ。
「ハァ。俺は魔法研究者…いや、魔法士だぞ」
「それでも構わない!」
「いや、俺の方が構うんだが…」
こういう場合はゴライに…いや、ダメだな。
ゴライは微妙に手加減ができないから、ジョシュアを殺してしまいかねない。
それなら、メガボンが適任だが……そうだ。アイツはどこへ行ったのか不明だ。
まあ、でもさ、こんな事のために俺の切り札を晒すのもどうかと思うしなぁ。
「……どうしても?」
「どうしてもだ!」
こりゃ、いくら断っても納得しなさそうだな。
うーん。戦って頭が冷えてくれれば、もう少しは俺の話を聞く余裕もでてくるかな。溜飲を下げさせるための模擬戦ならいいか。
「……わかった。けれど、ふたつ条件がある」
「条件?」
「どっちが勝っても、戦うのはこの一度きりでおしまい。再戦はなし」
「……わかった」
「もうひとつは、聖撃と…もうひとつのヤツ。なんだっけ?」
「聖技のことか?」
「そうそうそれ。そっちは命削って使うヤツ?」
「違う。聖技は、自分の魔法力を使った技だ。それに俺は聖撃は使えるが、聖技までは使えない。使えるのは団長クラスだけだ」
「どういうことだ? 威力的に聖撃の方が上位互換なんじゃないのか?」
「聖技は加護だけじゃ使えない。それなりの技量が必要となる」
「なるほど。応用に長ける分、扱いが難しいのか…。必殺技の後に覚えるのが超必殺技ってわけでもないのね」
俺の発言にジョシュアは怪訝そうにする。
まあ、ゲームとかマンガとか読んだことないんだからこんな風に例えてもわからんのは当然か。
「とりあえず、お前が使える聖撃はなしね。こんなナンチャッテ試合で命まで懸けるもんじゃない」
渋っている様子だったが、ジョシュアは仕方ないという感じに頷く。
「ま、その代わりっちゃなんだけど、俺も魔法は使わないでやろう」
「は?」
ジョシュアの顔がみるみるうちに怒りに染まっていく。
「それは手を抜くってことかッ? ふざけ…」
「ふざけちゃいない。…ま、そうやってすぐカッカするような相手にゃ、魔法なんて使わなくても勝てるってのを教えてあげるよ」
「俺を舐めるな!!」
舐めてないよー。だって、普通に戦えば、ジョシュアの方が俺より強いのなんてわかるしね。
──
お互いの武器を伸ばしてぶつかるか、ぶつからないかの間合いを取って向かい合う。
俺は半斜めに構え、杖頭を右親指側を下にして、肘に杖先を当てる。石突は地面に触れるか触れない程度に少し前に出す。
対するジョシュアは、剣道で言うところの正眼の構えだ。さすがに村の中で抜剣するのはまずいと判断したのか、鞘に入れ、鍔と鞘を紐でグルグルに括ったままだ。
いつの間にか遠巻きにしていた子供たちも集まってきていて、広場の下側に座って見ている。
情操教育的に見せるべきものじゃないだろうが、こうやって試合形式にして、人の眼があれば、ジョシュアも無茶なことはしないだろうと思ってのことだ。
さて、相当に不利なのは俺の方だ。
ジョシュアとは今まで2回ほど戦っているが、俺は手の内が知られれば知られるほど勝率が極端に低くなる。意表を突く一発勝負の戦法しかないから、手の内が知られれば効果が薄れるし、素の戦闘力差が浮き彫りになる。
一応はイグニストに指導を受けつつ強化を図ったが、俺たち死者は筋肉があるわけでもないし物理的に鍛えることは不可能だ(ゴライは筋肉あるが腐っているし)。
だからこそ、戦闘訓練を数多く行い、様々な状況に柔軟に対処するパターンを増やさなければならない。そういった強化しかできないのだからして仕方がない。死んでるし。
「…構えろ」
「俺の構えはこうなんだよ」
一瞬だけムッとした顔をしたジョシュアだが、それ以上は何も言わずに剣を正面から振りかぶる。
かなり速い。ジョシュアも前に戦った時よりも腕を上げているっぽい。
けれども、ゴライの攻撃を受け続けていた俺にはそこまでの脅威には感じられなかった。
というのは、イグニスト曰く、ゴライは戦いに置いては“天賦の才”があるらしい。ぶっちゃけ本気で戦ったらイグニストでも勝てないそうだ。
まず死者特有の能力と言うべきなのか、ゴライは中途半端なフェイントには絶対に引っかからない。何度も試したからわかるが、どう上手く隠してもそれが誘っているかどうかがわかるようなのだ。
そして見た目通りのパワー。筋力を利用して動いているわけじゃないが、ゴライの源核には彼の生前の時のパワーなどの情報が保持されており、それが見事に再現されているってわけだ。
それに生前にあったデメリットがない。本気で力の限りパンチをすれば、当然というべきか自分の腕の筋や関節を痛めるものだが、生物ってのはそれを無意識に力をセーブすることで自身の身体を守っているらしい。
しかし、死体であるゴライは自分の身体にかかる負担なんておかまいなしに全力を出せる。また全力で出せる一撃だからこそ、意外と素早い。
俺もゴライとの模擬戦で、何度も腕を叩き潰され、幾度、胴体を半分にされたことか…。
ゴライはそんな能力を得た代償か、力の加減がまったくできないのだ。
そして、そんな最強ゴライの攻撃をいなす訓練をしていたわけだから、俺もそこそこ強くなっている。
俺はジョシュアの一撃を受け止める。しかし今の俺の身体は老人だった時の筋力程度の力しかなく、若く成長期にある聖騎士の攻撃に耐えられるわけがない。
イグニストに言われたのは、流水や風車のイメージ。直線的な力には逆らわず、それを受け流す。
──受転下腿打・右──
剣を受けた杖先を下方へ滑らせ、勢いそのままにジョシュアの太腿を打って退く。
「うっ!」
コレ喰らっても動けるか。イグニストがやったなら、今の一撃で膝頭を粉砕していた。魔法も使っていない俺の物理攻撃なんてそんなもんだ。
「キサマッ!」
「そうやって逆上するなよ。攻撃が単調になるって教えたろ。実力はお前の方が上なんだからさ」
「うるさいッ! そんなこと言われなくても百も承知だ!」
わかってねぇなぁー。
瞬きを必要としない俺には、よっぽど意表でも突かない限り攻撃は当たらない。それに疲労などによるミスも期待できない。
「俺の視野は広い。死角を突こうとしても無駄だよ」
──防流傾落──
突き掛かってきたのを受け、そのまま抵抗せずに杖を引き下げる。
「くッ!」
柔よく剛を制す…なんて、そうそう上手くいくはずがない。
本来なら敵の攻撃を下方に流し落とし、反撃する技らしいが…残念ながら、俺にはそれをする力そのものがない。柔を扱うにも、最低限の力は必要になる。
俺の“抵抗”があると、全身に力を入れて斬り込んで来たジョシュアと共に、俺は半ば倒れつつ地面に差した杖で身を支える。
俺がイグニストから受けた訓練は、ひたすらに“タイミングをずらす”ことと、“テコの原理の応用”だ。
質量に速度が合わさると破壊力を生み出すのはゴライの例を見ればよくわかる。
俺は体重が軽く、筋力はない…力は老人の時の状態を再現してるに過ぎない。
だからこそ、魔法はなしと言いつつも、【接合】を使って手と杖をくっつけているので取り落とす心配はない(この魔法を使ってるのはズルじゃないだろ)。
ひたすら相手の体勢を崩すことに集中する。そして、目に見えた隙に攻撃を叩き込む。
神経伝達が必要ない分、“意識さえ向ければ”、俺の方が体勢を立て直すのは速い。
──双方交連打──
振り子のように遠心力を使い、杖頭と石突を交互に打ち付ける。
これもイグニストだったら、決まった瞬間に鎖骨や肋骨を粉砕して行動不能にしていたはずだ。
「クソッ! クソゥッ!!」
ジョシュアは痛む肩を押さえて後退する。悔しそうだな。
「……さて、どうしたものか」
この調子なら俺が勝つのはそうは難しくはない。徹底的に叩いて一度鼻っ柱を折ってやるのもいいかも知れないが……
「……その顔は卑怯だよな」
ジョシュアは、本当によくロリーと似ている。
その子が一生懸命にやっている姿をみると、とても叩き潰すなんてできない。
それに俺が勝ってしまったら、ジョシュアの事だから約束なんて反故にして、また次も挑戦してくるだろう。それこそ自分が勝つまで諦めないかも知れない。
だからベストなのはやっぱり俺が負けることなんだが、手を抜いてもジョシュアは絶対に納得しないだろう。
互いに死力を尽くした上で、ギリギリのところでジョシュアに勝たせて溜飲を下げさせる…“接待戦闘”をしなければならないんだが、あいにくと俺はそんな器用なことはできない。
「がんばれー、お兄ちゃん!」
「負けるなー、ロリーシェねえちゃんに似た人!」
おおっと、よくない傾向だな…。
今まで子供たちは中立か、やや俺寄りの応援を投げかけていた。俺寄りになるのは、長くこの村にいて見知った顔だからこそだ。
それが殆どがジョシュアの応援に回った。これはボコボコにヤラれているジョシュアに対する同情心が先立ってのことだ。
「カダベル様ぁ! テカゲンしてあげて!」
そんな手加減できる相手でもないのよ。
捌いて平然とした風を装っているけど、ちょっとでも意識がズレると危険だ。防御を崩されて、物理的に押さえ込まれたら、魔法が使えない俺には勝ち目がなくなる。
「クッ!」
ああ、親しくもない子供に同情されるのが、いかに惨めな気分になるのか…ジョシュアの顔を見ればよくわかる。
いよいよ面倒だな。この状況だと勝っても負けても上手くない。
…と、あ。もっと面倒になりそうなのが来ちゃったよ。
「いったいなにをやっているのッ!!」
ロリーが肩をいからせてやって来たのだ。
「これは俺が…」
「カダベル様! 申し訳ありませんが、少しお静かに願います!」
「…あ、はい」
ヤベー。怒ってるロリー、超コエー。
「ジョシュ! いい加減にして! なんでカダベル様に毎回毎回、剣を向けるのッ!!」
「違う! ロリー、俺の話を聞いてくれ!」
「もうなにも聞きたくない! カダベル様にも、私にも近づかないで!」
本当に似た者同士の姉弟だよな。一度火が着くとなかなか消えない。
「カダベル様! お願いします。もう、“この人”とは関わり合いにならないで下さい!」
うあー。ロリーよ、身内に“この人”はキツイぜ。
ジョシュアが明らかに傷ついて肩を落としてるじゃん。
「あー、ロリーよ。そのだねぇ…」
「すみません! 今日、なんだか、私はいっぱいいっぱいで、頭の中がグチャグチャで、カダベル様とたくさんお話したいのにできません! だから今日は帰らせて頂きます! 本当にゴメンナサイ!!」
「え? あ、そう。うん…。お大事に…?」
「はい! 失礼します!」
嵐のように登場して、嵐のように去っていくロリー。
「あー、ジョシュアくん?」
戦意を失い呆然自失としているジョシュア。
「……セイラー様の護衛に戻る」
「あ、うん。そうだね」
ジョシュアはそう言うと、トボトボとロリーとは逆方向へ去っていった。
「……困ったもんだ。なんとかしてやりたいが、“赤の他人”だしなぁ」
そうやって口にして、意外とジョシュアの言葉で俺自身が傷ついていたのだと気付く。
クシエ姉弟を助けておきながら、フォローが足りなかったのは俺の落ち度だ。
親代わりとまでは言わんが、姉妹のケンカの原因は俺なんだから俺がなんとかしなきゃいかんよね。
「うーん」
「あ、メガボンだ!」
俺が頭を悩ませていると、子供のひとりが立ち上がって指さす。
「メガボン? こんな肝心な時にどこでガマの油を売って…?」
「裸の女の人抱っこしている〜」
「女の人?」
子供たちの言っていることの意味がわからず、メガボンがいるである方向を見やる。
そして俺は眼が飛び出した(眼はないんで物理的な意味ではない)!
崖の上、メガボンが勇ましく立っている。その手にバスタオル1枚で辛うじて大事な部分を隠した女性だ。
【望遠】を使わずとも、影になったその女性の顔がセイラーであることに俺は気づいてしまう。
「な、な、な、なにしてくれとんねーーん!!」




