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屍従王  作者: シギ
第三章 魔法封印事変編
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058 ミイラが怖い

 村の広場に建てられた3階建ての宿泊所。


 もともと辺境の小さなサーフィン村には旅人が寄るような宿屋はなかったが、ルフェルニやミューンといった来訪者が増えたため、毎度カダベルの屋敷に泊めるわけにもいかないという理由で建てられたものであった。


 そして、どうせ建てるなら、客人が多くても泊まれるようにとした結果、村でも一際大きな建物となってしまったのである。


 セイラーは、その中でも一番上等な最上階の部屋をあてがわれていた。


「……怖い、怖い、怖い、怖い」


 ベッドの隅に座り、シーツを頭に被り、ここではないどこかを見やって念仏のようにそんな言葉を繰り返す。


 彼女が思い出していたのはミイラの顔だ。


 しかし、それが単なる死体の姿なのであれば問題はなかった。それは事前に聞いていた姿であったし、聖教会という宗教組織に所属しているからこそ、死といったものとは少なからず接点がある。だからこそ、本人もそういった免疫はあるつもりだった。


 では、彼女が受け入れられなかったのはなにかもいえば、“それが生きているかのように動いている”ことなのである。それは彼女にとって“未知の死”であり、元々の生死観を根底から揺るがし、

彼女に強い恐怖を抱かせたのだ。


 その上、動くといっても言葉に合わせて顎が上下するだけであり、必ずしも発音と一致しているわけではない。生と死の中間というべきなのか、そのチグハグさが気味の悪さにさらに拍車をかけていた。


「祈らねば…ああ、源神よ。私にはムリです。あのミイラと仲良くするなど…このような試練は到底耐えられそうにありません…」


 半泣きで必死に祈るが、眼を閉じるとあのミイラの顔が浮かんできてまったく集中できないのだ。


「うう…。ひッ!」


 ミシッという部屋の小さな軋み音ですら、今の彼女は過敏に反応してしまう。


「……あ。もしかして呪われた? 穢れた?」


 ミイラを眼の前にしたことで、なにかよくないものが自分に降り掛かったと彼女はそう思って顔を暗くする。


「だとしたら、この穢れを一刻も早く払わないと…」


 祈ることを諦めた彼女は、ヨロヨロと立ち上がった。


 そして同施設内に風呂があるということを思い出し、禊の真似事でもすれば少しは気分が楽になるだろう…そんな微かな期待を込めて部屋を出たのだった。




── 




 誰も居ない廊下はひどく不気味だった。


 この宿泊所は毎日使うわけでもないので、普通の宿としての収入を見込めないことからスタッフが常駐しておらず、基本的にはセルフサービスであり、中の掃除は寄合所やカダベルの屋敷と同じで当番制の持ち回りとなっている。


 せめて護衛のサトゥーザとジョシュアのどちらかでも側に居てくれないかとセイラーは思ったが、ふたりは施設内の安全を確認し終わると、ひとりが施設の入口を見張り、もうひとりが村の動向を探りに行ってしまった。


 これは最低限の警備人数ゆえの苦肉の策であり、村へかける圧力や恐怖心を少しでも減らしたいというセイラーの意向でもあったため、その警備手法にまでとやかく言うわけにはいかなかったのだ。


 そして改めてこの大きな建物の中に自分ひとりしか居ないのだということを思うと、セイラーはより心細くなる。

 なんの意味もないことだが、壁に身を押し付けて、沿うようにして彼女は慎重に進む。


 階段を通じ、地下へと降りて行く。


 ランタンも使っていないのにやたらと明るいが、村の各所で魔法を巧みに使った仕掛けを見てきたので、セイラーはこれもそのひとつなのだろうと思った。


 降りてすぐに、脱衣場らしき場所に出る。


 肌寒いと思ったら、どういう仕掛けなのか、地下なのに室内を風が通り抜けていた。これは湿気がこもらない様、空調が設けられているのだ。


 棚に籠が置かれており、セイラーはすぐにそれが衣服を入れるものなのだと理解して脱ぎだす。

 ただ広い部屋の中で裸になるのには抵抗があったが、それ以上に目に見えぬ穢れを一刻も早く洗い流してしまいたいという欲求の方が勝っていた。


 ちょうど浴場に向かう側に姿見があったので、自身の肢体を映す。


 特に鍛えているわけでもないのにやけに引き締まっており、女性らしさの欠片もないとセイラーはため息をつく。


 彼女も13歳となる。巫女という立場であると言えど、思春期に入って男女の関係というのも意識し始めていた。


 鏡の前の表情は固い。周囲は冷静沈着だと評してくれるが、実はそうではなく、ただいつも緊張していて強張っているだけなのだ。


「もう少し笑えば…私だって…」


 試しに笑ってみるが、不敵に微笑んでいる様にしか見えない。前にある司祭から「威嚇している様に感じる」と言われて、彼女は人前で笑うことを止めたのだった。


「……はぁ」


 立場上、そう男の子と接触する機会があるわけでもない。


 ジョシュアこそ年齢は近いし、守られる巫女に守る聖騎士という望ましい境遇にあったが、彼は任務と割り切っている態度であり、セイラー自身も彼を特に意識する事はなかった。

 というのも、彼女の方が体躯が良いせいもあり、当人が守られているという感覚がなかったためでもある。



「…これは…スゴイ」


 浴場に入って、セイラーは眼を見開く。


 ゆうに両手を広げた長さ3つ分はある巨大な浴槽になみなみと湯が注がれており、今なお新しい湯が、獅子を模した彫像の口から継ぎ足されていた。

 湯気からして間違いないと思ったが、セイラーは浴槽の中に手を入れて、それが温かい湯であることを実際に確認せざるを得なかった。


「これだけの湯をどうやって…?」


 クルシァンの首都アミングロリアでもこのような入浴設備は存在しないだろう。同規模の浴槽はあるかもしれないが、それでも水を溜め湯を沸かしてなどの手間暇をかけるなど、人手も必要だしなにより金がかかる。


 セイラーからすればここはギアナードの奥地、田舎も田舎だ。いくら客人のためとはいえ、いつ入浴するかもわからないのに、そこまで労力を割いて準備したのだとは思えなかった。ましてやこの宿泊設備には自分以外は誰もいないのだから。


「…これも魔法の力?」


 セイラーには思い当たるのはひとりしかいない。


 カダベル・ソリテール。あの魔法研究家だ。


 事実、この浴室はカダベルとミューンが思考作の苦労をして作り上げたものであったのだが、当然ながらセイラーはそれを知ることはない。


「やはり…普通ではない」


 託宣は正しかった…そんな確信を覚えつつ、あのミイラの表情を思い出してしまい、セイラーはブルリと震えた。


「身体を流そう…」


 ザッと身を注ぐ。水でも構わないと思っていたので、まさか温かい湯を使えるとは思ってもみなかった。

 そして浴槽に浸かる。背の高い彼女が風呂で脚を伸ばせる機会なんてそうそうない。


「はぁー。ちょうどいい湯加減。温かい」


 透明な湯をすくい、セイラーは全身の疲れが抜けていくのを堪能した。これが禊のためであるなんてことはもう頭に無かった。


 チャポン…


「え?」


 そんな湯が跳ねる音がして、セイラーはビクッと身をこわばらせる。


「…だ、だれ?」


 声を掛けるが返事はない。さっきの脱衣場には自分以外の服はなかった。


 湯船はかなりの大きさで、ましてや湯気がモウモウと立ち込めており見通しが悪い。


「まさか…」


 セイラーの脳裏に、ようやく忘れかけていたミイラフェイスが想起される。


 そして、セイラーは何かを感じ取って振り返る。


 湯気の合間に浮かぶ人影がそこにはあり……


「カッコン」


「きゃあああああッ!!」




──




 眼下に見える広場では、子供たちがボール遊びに興じている。


 向こうからでも俺の姿は見えるだろうが、まあまあ距離があるんで大丈夫だろう。


 村の中心を一望できる見晴らしの良いこの場所で、俺は仮面と上着を脱ぎ、ちょうどよい岩の上で胡座をかく。


「スーゥー、ハァー」


 呼吸ができるわけじゃないので、単なる声による真似事だ。


 そして目の前の地面に刺した鉄杖に意識を向ける。使う魔法は俺の一番得意な【牽引】と【発打】だ。


 双方は発動条件は対象に向けて手を向けていなければならないというのがあるが、俺はこれにあえて疑問を呈する。


 魔法書に書かれていることを鵜呑みにするというのは、それこそ思考停止だ。事実、元カダベルが知り得なかった効能を発言したこともあることから、まだまだ隠された仕組みがあってもおかしくない。


 俺はイメージ力を駆使し、右手を杖の上部に、左手を下部に向ける。

 そして魔法を発動。右手で【牽引】、左手で【発打】…同時タイミングでなら、鉄杖はその場から吹っ飛ぶはずだ。


 しかし、魔法は発動した感覚があったが…杖は飛ばない。その場に倒れただけだ。これだと魔法による影響なのか、地面に刺した深さが甘くて、自然に倒れたという可能性もある。


「…できそうな気配はあるんだがな。【牽引】の方向性をコントロールさえできれば、手を使わずに杖を俺の周りで旋回させたりね」


 このままイメージ力を強化させる瞑想を行う予定だったが、さっきから見上げてくる気配を前にそういうわけにいかないと、【牽引】で杖と外套を取る。


「……邪魔はしないでもらいたいもんだね」



 斜面を下って行くと、射殺せんばかりの視線を感じる。


 遊んでいた子供たちも、普段見慣れない人物を興味深そうに見やっていた。


「……俺に用かね?」


「カダベル・ソリテールッ!」


「そう会う度に、いちいち敵意を向けてくるなよ。ジョシュアくん」


「俺の名前を気安く呼ぶなッ!」


「なら、なんて呼べばいいんだ。お前に睨まれていると、ロリーに怒られているようで落ち着かん」


「姉の名前を…!」


「わかったわかった」


 俺が敵じゃないと理解したんじゃないのかよ?


 「生きてて良かった!」…いや、死んでいるから微妙なんだけど、そう言えとまでは思わんけどさ。


 はてさて、友好関係は何処へ行ったんだよ?


「…それで」


 セイラーの警護は…と言いそうになって、この村で脅威なのが俺だけだとすれば、サトゥーザひとりでお釣りがくると判断したんだろうと気づく。

 まあ、ゴライとメガボンの存在に気づいていなければの話だが。


 ん? そういや、あの2体は…どこへ?


 そうか。ゴライにはルフェルニへの伝言を託したんだったな。どっちの姿を見られても面倒になりそうだから、村から少し離れて貰っていたんだった。


 メガボンは……アイツはどこへ行ったんだ? ゴライと違って身を隠すのは上手いから、村の中に居ていいとは言ったけどさ。かといって自由すぎね?


 まあ、【集音】を使って探すまでもないか。


「おい。何か言いかけて止めるな」


「いや、うん。…姉とは話せたのかと思ってね」


 ジョシュアはツバでも吐き捨てそうな顔になる。聖騎士としての矜持なのか、そんなことは実際にしないけれども。


「……ロリーは俺と口を利いてくれない」


「そうなの? なんでまた?」


「知るか! お前に謝れとしか言わない! それまでは俺の話を聞く気もないらしいッ!」


「? それで俺に謝りに来たってこと?」


「は? 誰がそんなことするかよッ!!!」


 口ではそう言うものの、ジョシュアの顔には後悔に似たものが浮かんでいる。反省はしているが、口で謝るほど素直にもなれない…そんな感じだよな。


「…俺が口添えしてやってもいいが」


「誰もそんなこと頼んでいないッ!!!」


「いちいち怒鳴るなって。お前といい、サトゥーザといい…」


 困ったもんだ。ロリーも頑固だしな。俺が間に入ったからといって上手くいく気はしない。


 そもそも俺の行為が原因で、姉弟がケンカすることになったんだから罪の意識は感じる。このまま捨て置くというのも気分が悪いな。


「まあ、とりあえず話すことからだな。俺に謝罪する気持ちがあることを演技でもいいから、ロリーに…」


「謝罪する気持ちなんてない!! 俺は悪くない!!」


「演技って言ったろ。だから、嘘でいいんだって」


「嘘なんて…ロリーに嘘なんてつけない」


 本当に生真面目なヤツだなぁ。まあ真っ直ぐに育ったと言うべきなのかも知れんが…。


「お前たちふたりは唯一残った姉弟だろう。いつまでも仲違いしていたら、シデランも悲しむぞ」


 父親の名前を出したのは効果的だったようで、ジョシュアは俯く。


「……赤の他人にそんなこと言われたくはない」


 うーん、それを言われると弱いな。家族の問題だからと拒絶されたらそれ以上は踏み込むことはできない。


 ジョシュアは腰から剣を鞘ごと抜く。


「カダベル・ソリテール! この場で俺と戦え!!」 

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