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屍従王  作者: シギ
第三章 魔法封印事変編
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057 良き理解者

 リビングでテーブルを挟んで向かい合わせに座る。


 どうやらロッジモンドとは入れ違いになったのかな。鉢合わせしてたとしたら余計に面倒なことになっただろうからそれはよかった。

 いや、違うか。むしろサトゥーザたちが気を利かせて回避したんだろうな。都市長の顔なら把握している可能性大だし。


 しかし、この巫女は間近で見ると本当に大きいな…。


 サトゥーザも女性の平均身長にしてはかなり高い方だろうが、それよりも頭ひとつ分は大きい。ゴライみたいに梁に頭がぶつかる程までじゃないにしろ、それでも180cmは軽くありそうだ。


 うーん。パッと見た感じも、聖騎士より巫女の方が強そうなくらいだし。


 よく日焼けした筋肉質なアスリート巫女……うーん、ギャップ萌えとか好きな人には刺さるんだろうが、俺にはピンと来ない。


「何をジロジロと見ている!」


「別に見てないよ。仮面越しによくわかるね。そもそも俺に眼球ないし」


「口の減らない男だッ!!」


 よく怒る女だなぁ…とか言ったら、余計に火に油を注ぐよな。


「……」


「クッ。し、失礼しました…」


 セイラーが視線だけでサトゥーザを止める。さすが巫女。団長なんて敵じゃないぜぃ。


「…コホン。それにだ! どうして魔女がここにいる!?」


 ジュエルは俺の隣で、ずっとジト眼でセイラーを見やっていた。


「…わかんない」


「何がですか?」


「アタシの姉かどうか…」


 サトゥーザとジョシュアが怪訝そうにする。


 直球すぎるが、相手の反応を見るには…って、セイラー本人は無表情のままだな。


「私はセイラー・ラタトゥマス。地没刑の魔女ジュエル・ルディ。貴女の姉ではありません。貴女はそれをよく知っているでしょう」


「そりゃねぇー」


「そうなのか?」


「セイラーとはずっと連絡を取り合ってたから」


 サトゥーザとジョシュアは不快そうな顔を浮かべていたが、ジュエルと聖教会が裏で繫がっていたのは…まあ、当然に知っているだろう。


 へー。俺も相手が巫女とまでは知らなかったがね。


「聖教会は、魔女を敵視していたんじゃないの?」


「表向きはその通りです。しかし、必ずしも敵対するとは限りません」


「それは教義に反するんじゃないのかい?」


 剣呑なサトゥーザとジョシュアを見て尋ねる。


「聖教会が悪と定義しているのは、“混沌と無秩序と齎す邪悪な魔女”です。地没刑の魔女ジュエル・ルディは、ギアナードを長年に渡り平穏に治めていました」


 なるほどね。屍従王を倒すために魔女と結託した言い訳がそれかい。


「平穏ねぇ…」


 褒められて得意そうな顔をしているジュエルだが、治めていたわけではなくて、好き勝手やってただけだろうに。


「プロトの存在を忘れるなよ。ジュエル」


「わ、わかってるわよ…」


 彼女のした事は許される事ではない。勘違いしてもらっては困るので釘を刺す。


「ひとつ聞きたいことがあるんだが」


「はい」


「魔女は…火磔刑の魔女、地没刑の魔女。それ以外を聖教会は認知しているのか?」


「東北ガガウィルにも魔女が居たらしいと」


「居たらしい?」


「しかし、数十年前に倒されたと聞き及んでいます」


 魔女を倒した?


「魔女を倒せるわけないじゃん」


 ジュエルも不貞腐れたように言う。


「実際に倒されただろうが」


 サトゥーザがそう言うと、ジュエルは舌を出した。


「…その魔女は誰に倒されたと?」


「“大帝”と呼ばれる男だ」


 サトゥーザが答えた。


「蛮族を束ね、強大な軍事力を誇るアルアラービ砂漠の支配者だ」


 ふーん。そんなのがいるのね。


 しかし、魔女を倒したのって俺だけじゃなかったんだ。それは興味深い話だな。


「火磔刑の魔女については?」


「おおよそギアナードで知られているものも同じかと。遥か南方シャンガリアで、極悪人たちを閉じ込める最も奥深い地下牢に封じ込められているとか」


 うーん、プライマーは普通に出歩いていた様に見えたけどな…。


「クルシァンに魔女はいないのか?」


 思い切って聞いたが、それでもセイラーの顔には何の反応もない。


「クルシァンに魔女だと? 何を寝ぼけたことをカダベル…」


「“公”です。サトゥーザ。礼節を忘れずに」


「は、はッ!」


「別にそんなのはどうでもいいけど…。クルシァンに魔女はいない、もしくは聖教会では確認できてないのね」


「おりません。もし我が国にいれば、源神がお見逃しにはならないでしょう」


 うーん。どういう事だろう?


 俺は源神なんてのは信じちゃいないが、本当に魔女がいないのか、上手く隠れているのか…どっちなんだろうな。


「もし魔女がいたとしたら…聖教会はどうするの?」


「存在していないのに、意味のない質問に思いますが…」


「仮の話だよ」


「我々の立場は変わりません。邪悪な魔女ならば倒すだけです」


 聞いている感じだと、大した情報は持ってなさそうだ。


 魔女たちの方が聖教会の歴史より古い存在だから仕方がないことかな。


「質問は以上で?」


「うん。お話ありがとうね。だから、もう帰ってもらってもいいよ」


「貴様! ふざけるなぁッ!! こっちの話はひとつも終わっていないッ!!」


 サトゥーザが怒って立ち上がる。本当に血の気の多いヤツだな。


「そもそも俺は聖教会の敵でしょ。なのに、どうして話す必要があるのよ」


「それを今から説明するところだろうが!」


「サトゥーザ団長。私が話しますから」


「ッ! …はッ!」


「カダベル公。聖教会は屍従王カダベル・ソリテールと争う気はありません。それはそちらも同じなのでは?」


「まあね」


 “外”の事を俺が知らないと思って言ってるのかな。まあ、そこはいいや。


 戦うつもりがないって言葉を鵜呑みにするほど俺も甘くはない。

 仮にサトゥーザとジョシュアがここで暴れても、俺とゴライとメガボンがいれば何とか押さえ込むことはできる算段だ。

 ここは死者の館だ。トラップはそこら中に仕掛けてある。


「それどころか、今回、我々が参上した本当の目的はカダベル公の力をお借りしたいからなのです」


「表でそういやそんなこと言ってたね。俺の力? 聖教会が俺の力を借りるっての?」


「はい。カダベル公」


「そのカダベル公ってやめてくれよ。俺はこのギアナードに移り住む前に爵位は返上してるから」


「? 返上された?」


「うん」


「公の資料にはすべて眼を通しましたが、そんな記録はありませんでしたが…」


「え?」


 そんなハズは……


 確かナドに手続きを一任して、さすがに土地までは移譲できなかったが、屋敷の名義人変更もした記憶があるんだが……


 ナド……?


 あの野郎。まさか……


「…んんッ! まあ、そこはいい。そもそも、爵位がまだ残っていようと俺はもはや死者だ。死んだ時点で返上されたとみていいだろ?」


「“動いている死者”から、爵位を剥奪すべきとの法は、私の知る限りありません」


「は?」


「ですから、貴方は未だにセドカイ地区自治領主、カダベル・ソリテール公爵のままなのです」


「おいおい。なんとも強引な解釈だな…。なら、クルシァン聖教示国は屍従王の存在を認めるのってのかい?」


「はい。聖教会の良き理解者として」


「おっほっほっほっ! これは傑作だ!」

 

「貴様ァッ!!」「何がおかしい!」


 思わず吹き出した俺に、サトゥーザとジョシュアが怒りを顕にする。


「これが笑わずにはいられるか。存在を黙認するだけならともかく、俺を排除しようと一方的に剣を向けてきた組織から、“良き理解者”などと言われたんだからな」


「サトゥーザ。ジョシュア。座りなさい。我々は謝罪に来たのです」


 どこまでも冷静なセイラーに言われ、ふたりは座り直す。


「それで狙いはなんだ? ソリテール家の遺産か? あいにくと朱羽老人の名前で全部使っちゃったから残ってないよ」


「…いいえ、先程申しました様に、貴公の力をお借りしたいのです」


「俺、個人に力なんてない。俺は弱いよ」


 俺はサトゥーザを見やって言う。サトゥーザは肯定も否定もして見せなかったが、ジョシュアは何か言いたげな顔をした。


「……それは時が来ればわかります」


 セイラーは眼を伏せがちに小さな声でそう言う。


「なんだいそりゃ?」


「それが託宣です。源神オーヴァスは、やがて訪れる災厄に対し、“屍従王カダベル・ソリテールの力がクルシァンに必要になる”と示されました」


「あ? 神様がそう言ったから…?」


 セイラーは頷く。冗談で言っている様な雰囲気はない。

 サトゥーザとジョシュアの方は心から納得しているという雰囲気じゃないな。


「その時が来れば、カダベル公も我々に協力しなければならなくなるとも…」


「それって脅し?」


「いいえ。託宣は夢うつつに与えられるもの。とらえどころがなく、実におぼろげなものです」


「仔細はわからずか…。それでよく俺に会いに来る気になったものだね」


「聖心余すところなく…」


「死者の家で祈らないでもらいたい」

 

 宗教はだから苦手だ。理屈が通らない部分があっても、無理やりそれを押し通すからな。 


「…それでその時とやらが来るまでは」


「この村に滞在させて頂きたいと考えております」


 なんでよ?


 ルフェルニといい、俺に用事のある奴は例外なくこの村に泊まりたがるなぁ。ホテル付きのテーマパークじゃないんだぞ。


「私は反対ですッ!」


 扉が勢いよく開いて、ロリーが吶喊して来た。


 扉の前で行ったり来たりしてたことから、そろそろ来るだろうとは思っていたが…。


「カダベル様! この人たちは敵です! すぐに追い出すべきです!」


「ロリー…」


 ジョシュアが傷付いた顔を浮かべる。


「敵対する意志がないのなら客人だよ」


「でも!」


「感情だけで否定してちゃ話は進まないよ」


 サトゥーザを皮肉ってやったつもりなんだが、本人はまるで気付いていないな。


 ロリーは唇を噛んで俯く。


 聖教会を全面的に信頼するわけじゃない。クルシァンに魔女が巣食っているのなら、これが何かしらのアプローチである可能性は高い。


「…だが、俺の一存では決められん。村の連中と話し合いたい。少し時間を…」


「そうでした。カダベル公。これを…」


「ん?」


 セイラーは、ジョシュアから受け取った鞄から何かを取り出して机の上に置く。


 やけに角ばった四角いそれは、高価そうな白い布で包まれていた。


「こ、これは…」


 開かれた布の中身を見て、俺は思わず前に乗り出してしまう。


「治療系魔法書の原本です」


「お、おおお…」


「聖教会が独占しているので、さすがにカダベル公もお持ちではない代物かと…」


 確かにそうだ。実は最低ランクの治療系なら数冊は持っているが、それ以上のものとなると聖教会が厳重管理しているせいで手に入らないんだ。


「まさか…」


「進呈致します」


「た、滞在していいよぉ!! もう、好きなだけゆっくりしてってちょーだい!!」


 俺はひったくるようにして魔法書を取る。


 へへへ! コイツはもう俺のモンだ!!


「カダベル様!!」


「あー、大丈夫だ! 大丈夫! 問題ない!」


 ロリーがとやかく言ってくるが、セイラー女史の機嫌を損ねて魔法書を返せとか言われたら大問題だ!


「しかしだ! だからと言って期待に応えられるとは…」


「前にルフェルニさんたちが来た時も同じことを言っておられたじゃないですか!」


 ロリーが泣きそうな顔で拳をブンブン振るう。


「え? そうだっけ?」


「そうです! それで結局、期待に応えちゃいました!」


「内輪揉めはその辺で…。それは見返りを期待してのものではありません。源神の御心に従ったまでのこと…。我々は友好関係を築きたいのです」


 セイラーは態度を少しも崩さずにそう言う。


 彼女は本当に感情というものが欠落してるんじゃないかしら。


「……友好関係?」


 サトゥーザの鬼の形相を見る限りだと、今にでも戦争を仕掛けてきそうな感じだけれども。


「これから構築する必要はあるかと」


「ふむ」


 クルシァンを敵に回す理由はないな。


 奴らは個人的に嫌いだが、ここで私的な感情を出す必要はない。


 ロリーの顔を見ているとそんなことを口に出しては言えないがね。


「それでカダベル公。ひとつお願いが…」


「うん? 見返りは求めてないんでしょ?」


「それとはまた別です。…素顔を拝見させては頂けませんか」


「単なるミイラだよ」


「ええ。聞き及んでおります」


「面白いもんでもないけど」


「実際にこの眼で見たいのです。公が人非ざる存在であることを、私も確認させて頂きたいのです」


 そこまで言われたら断る理由もないか。俺は仮面を外す。ジョシュアもサトゥーザも息を呑んだ。


「…化け物め」


 サトゥーザが吐き捨てるように呟く。


「そんな悪く言うもんじゃない。やがて必ず来る、お前たちの未来だぞ」


 怒りを爆発させそうになっているロリーを「まあまあ」と抑えて言う。


 セイラーはさすがだな。少しも狼狽えた様子もなく、微動だにしない。


 ……あれ?


 でも、なんかコメントないの?


 せめて「あーん、ものスゴイ干物感〜♡」とか言って、写真を撮れとまでは言わないけどさ。


「……セイラー様?」


 ジョシュアがセイラーの目の前で手を振るがまばたきひとつしない。


「カダベル! 貴様! 何か魔法を使ったのか?!」


「い、いや、そんなことするわけないだろ…」


「ならこれは!」


「……気絶しているだけなんじゃ?」


 ロリーが眉を寄せて言うと、ジョシュアとサトゥーザは顔を見合わせる。


「…だっさ」


 ジュエルがそう小さく呟いた。

 

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