056 聖宣の巫女
「えー、なんと言いますか、居るから居ないかで申しますと、居ないと申し上げる他ないわけでして…」
村人たちの先頭に立つゾドルは、冷や汗を拭いながらしどろもどろに話す。
彼の前には3人のフードを被った人物が立っていた。
「ええい! さっきからなにやってんだい! どきな! アタシが話すよ!」
ミライが旦那を突き飛ばし、オタマとフライパンで威嚇する。
「この村の見所なんて、アンタらの後ろにある花畑くらいなもんさ! 他にはなーんもないよ! それがわかったらとっとと帰っておくれ!」
「……この村は見たところヒューマンが多いようですが。聖神殿は?」
怒鳴るミライを無視し、真ん中の人物が自身の両隣に問いかける。
「道中の…立ち寄りはしませんでしたが、イルミナードという中心街にはある様です。しかし布教状況は残念ながらあまり芳しくなく、この村にはありません」
「そうですか。ご威光も届かぬ地でしたか。…聖心余す所なく照らされますように」
真ん中の人物が、3本指を立てて祈る。それに合わせるかのように、両隣の者たちが鞘ごと剣をベルトから外した。
村人たちはいきなりの事にギョッとしたが、彼らは剣を眼前に掲げたまま左右に揺らす。それでようやく、聖騎士が祈る時の動作だったのだと気付く。
「…いったい誰がお祈りしてくれだなんてお願いしたんだい」
「…我々の訪問は、正式な手続きを踏んだ公式なものです」
「は?」
向かって右隣の聖騎士が、懐から書面を取り出して広げる。
そこにギアナードの国印が押されているのを見て、ゾドルは真っ青になった。
「セドカイ自治領地区、領主カダベル・ソリテール公爵…」
ミライの顔がますます険しくなり、ゾドルが青いを通り越した真っ白な顔となった。
「知らないね! そんな人、こんな辺鄙な村には居やしないよ!」
「…おかしいですね。先程から、こちらは居る居ないなどの話は一度もしていませんが」
「名前を出したじゃないかい!」
「ええ。名前を出した途端、村長も貴女も“居ない”と答えられましたね」
真ん中の女性はフードを外し、ゾドルとミライを交互に見やる。
夜の闇を思わせる漆黒の髪と瞳。スラリと背は高く、褐色の肌はこの辺りでは見かけない、エキゾチックな雰囲気を持つ若い女性だった。
「…私がしたのは、カダベル公がこちらの村で葬られた可能性が高いという話だけです。そして、もしそれが真実ならば、展墓させて頂きたいとお願いしているのです」
「…“てんぼ”?」
「墓参り…のことです」
「墓参り? そんな事の為に?」
「ええ。当国クルシァンに置いて、カダベル・ソリテール公は重鎮でした。逝去されたとあれば、本来ならば国葬にされてもおかしくはない方」
「重鎮…国葬…」
ゾドルの唇がプルプルと震える。
「せめて、墓前に花を添えるくらいはさせて頂きたいのです」
そんな言葉とは裏腹に、少女は少しの感情を見せずに淡々と続けた。
「それなのに、先程から“居る”か、“居ない”かという話ばかり…それは聞きようによっては、生きて存在していることを肯定してるかの様にも聞こえますね」
「……生きてようと、生きていまいと、そんな人は居ないことには変わりないからそう言ったんだよ。居ない人の墓なんて当然ないだろ」
「そうは聞こえませんでしたね。それにカダベル公の名前を知っている様にも見えました。普通は聞き返しますよね。“なぜクルシァンの貴族がギアナードに?”、と」
ゾドルがギクリとした顔をするのを、ミライは睨みつける。
「くどいね、アンタも。名前を出されて聞かれたから、居ないって答えたことの何が悪いってんだい。名前を出されちゃ、人を捜してると思うのが普通だろう」
「なるほど。それは我々が、“屍従王”を捜していると思われたということですか?」
その一言で、村人たちは剣呑な雰囲気となった。
──
俺とジュエルは、バルコニーの欄干の間から顔だけ出して村の入口を【望遠】で見やる。
「…どうだ? アレは魔女か?」
「…うーん」
ジュエルは眼を凝らして首を捻る。
「わかんない」
「はー。もう頼りにならんな。自分の姉だろ」
「そんなん言ったってわかんないモンはわかんない! だって、姿形を変える魔法だってあるし!」
まあ、確かに見た目や魔力を偽装されたら今のジュエルでわかるハズもないか。
「他の魔女たちと連絡とれるんだろ?」
「水晶を通して話しかけることはできるけど、返信があるかは向こう次第。一方的に話しかけるしかないし」
「で、返事はないと。【通信話】以下の役立たない手段だなぁ、魔女の癖に…」
「うるさい!」
「…それじゃあ、何者だ? 左右のは剣持ってるから聖騎士だろうが、真ん中のも聖騎士なのか?」
「違う。巫女」
「巫女? ってか、知ってるのか? なら魔女じゃないってことも…」
「それでもわかんないものはわかんないの! 雷の…いや、雰囲気は水かも…」
なんとなくで言ってるだけか。まったくもって当てにならないな。
「しかし、巫女って…白衣でも緋袴でもないじゃないか…スパッツ履いてるじゃん」
「なにそれ?」
「履いているパンツのことだよ」
どう見ても俺にはアスリートにしか見えない。陸上競技が得意だって言われても信じてしまいそうだ。
「まあいいや。で、巫女って何よ?」
「…アンタ、クルシァンの人間じゃないの?」
ジュエルに怪訝そうな顔で見られる。
「故郷を離れて何十年が経ってると思うんだ。俺が知ってるのは、聖王と教皇が対立していた時代だ。巫女なんてものは知らん」
しかも、覚えてることすら、ほとんどうろ覚えだ。政治、宗教どちらも興味を示さず、ヒッキーで魔法研究ばかりだったし。
「“聖宣の巫女”…源神の言葉が直接聞こえるらしいわ」
「神様の言葉が聞ける…って、マジにか?」
「そんなの知らないわよ。でも、聖教皇王の次に偉いんだって」
「はあ? じゃあ、立場は団長よりも上かよ! またそんなのが何の用事で…」
俺は【集音】で“他の気配”も探っていたが…どうにも随分と離れている。固まりすぎてて、何人居るんだか正確な数がわからん。
「無難にお引き取り願えないかなぁ。こんな時、カナルなら上手くやってくれたんだろうが…」
ゾドルやミライに腹芸は無理だ。そもそも、アイツらの口振りから察して、この村に俺が居るのは間違いないと踏んでる様子だしな。
「そういや、カナルはどこ行ったのよ?」
「この前、話したろ。彼女にはギアナード中の情報を集めて貰っているんだよ」
カナルは【土狼】などを使った高速移動に加え、【投函】などの伝達手段の魔法も持ち合わせている。
元々、ニルヴァ魔法兵団でも諜報活動に長けていた様だ。彼女以上の適任者はいない。
「情報が欲しいなら、ルフェのコウモリがいるじゃん」
「もちろん、コウモリも優秀ではあるがな。だが、情報元はひとつだけに絞らない方がいい」
「なんでよ?」
「なんでよって…片方だけしか情報がなかったら、誤情報だった時に確認しようがないだろ」
「メンドクサ。イヤな奴いたら、まとめてブッ飛ばせばいいじゃん」
「それができないから策を弄するんだ。他の魔女もそうなんじゃないのか?」
俺がそう言うと、図星だったのかジュエルは頬を膨らます。
「…あ。ロリーシェが来た」
「む? …本当だ」
入口に向かってロリーが駆けて行くのが見える。
「やれやれ。大事にならないといいが…」
俺は念の為、ゴライとメガボンに“戦闘配置”へと付くように指示する。
「…さてと、どうしたもんかね」
「ブッ飛ばす」
「おいおい」
──
「いったいこの村に何の用!?」
ロリーシェが三人の訪問者の前に立ちはだかり、声を張り上げた。
「ロリー!」
向かって右側の人物がフードを剥ぐ。それはジョシュアであり、彼はホッとした様な顔を浮かべていた。
「ジョシュ! あなたは…また!」
「違う! 今回は…」
ロリーシェが激高するのに、ジョシュアはたじろいだ。
「話くらい聞け。ロリーシェ・クシエ」
今度は、左側がフードを脱ぐ。
「サトゥーザ団長…」
サトゥーザは髪を掻き上げて眉根にシワを寄せた。
騎士団長の登場にもまったく怯むことなく、ロリーシェの厳しい目付きは変わらない。
「聖騎士団がこの村に何をしに来たの!?」
褐色の少女は、ロリーシェへ視線を移す。怒り心頭の彼女に対しても無表情を崩さない。
「ちょうどよかった。ロリーシェ・クシエ准修道士。あなたにも話があったのです」
「私に話ですって?」
「我々の主たる目的は、貴女に会うことでしたから」
「あなたは一体誰なの!?」
「口を慎め! ロリーシェ・クシエ! この方は“聖宣の巫女”様で在らせられる!」
サトゥーザが一喝する。
「聖宣の巫女…」
ロリーシェもその名に聞き覚えがあるのか、わずかに戸惑った様子を見せた。
「私は巫女セイラー・ラタトゥマスです」
「……その巫女が、私に何の話を?」
若干語気が弱くなったロリーシェが尋ねる。
「まずは此度、貴女が見習いである準修道士から、正修道士へ昇級したことをお伝えします」
「え?」
ロリーシェが言われた意味を理解する前に、セイラーはさらに続ける。
「ロリーシェ・クシエには、今後さらなる信心の成長を期待するものであり、ゆくゆくは教戒士となるべくさらなる研鑽に努めることを…」
「待って!」
セイラーはピタッと言葉を止める。
「私は聖学校を離れてもう何年も…」
「そうですね。長期による不在が資格剥奪の要件になることもあります」
「なら私はもうすでに…」
「ですが、“聖教会からの派遣”だとすれば…それは正当な任務です」
「派遣…? 派遣って……」
「聖教会がロリーシェ・クシエを、このゴゴル村に派遣した…そう聞いています」
「はあッ? わ、私は自分の意志でここにいるの!!」
ロリーシェが自分の胸を叩いて言うが、それでもセイラーの表情は微動だにもしなかった。
「それだけじゃない! 私には魔法の才能がない! 【手当】と【鎮痛】しか使えないわ! 正修道士になるには【解毒】が使えなければ…」
「一般的にはそうです。しかし、聖教会はただ魔法の能力だけを階級や役職の準拠としているわけでもありません。ローリシェ・クシエ正修道士。此度、貴女が選ばれたのは、聖教会が貴女にその力量があると見越してのことです」
どこまでも事務的に、淡々とセイラーは続ける。
「私は信仰を持ち合わせてなんかいない…」
サトゥーザとジョシュアが気まずそうにしたが、セイラーはそれには気づかなかった。
「……信仰とは、聖心が充ちてこそ発露するもの。源神オーヴァスは堪え忍び待たれる神。貴女の現状の信仰心を問うたりはなされません」
セイラーはそこまで言って、村の奥にある屋敷の方を見やってわずかに眼を細める。
「…なに?」
「いえ。なんでも」
「……そして、源神は気高い行動を評価なされます。ロリーシェ・クシエ。あなたの働きは是とされました」
「働きって…私は何も…」
「貴女が居たお陰で、ギアナードに巣くう悪しき魔女を討ち取ることができました」
「私は…何も…何もしていない。ただ迷惑をお掛けしただけで…」
そこまで言ってロリーシェが唇を噛んで俯くのに、セイラーは小首を傾げる。
「貴女が否定しようと、聖教会の決定は覆りはしません。これは源神からの託宣によるものですから…」
「私が…正修道士なることを…源神が?」
神という存在を疑わしく思っているロリーは怪訝そうにする。
「そして、その行動が次に繋がるとも…。貴女の存在が、私たちと屍従王を結びつける架け橋になるであろう…と」
「……なぜ、カダベル様と?」
ロリーシェがカダベルの名を口にしてしまったことに、ゾドルとミライが揃って苦々しい顔を浮かべる。
「…クルシァンは今、屍従王…そして、カダベル・ソリテール公爵。この双方の力を必要としているからです」
サトゥーザは不快そうに眉間にシワを寄せた。
「敵意はありません。話がしたいだけなのです。ロリーシェ・クシエ正修道士」
「そんなこと信じられ…」
「いいよー」
ロリーシェだけでなく、ゾドルやミライもギョッとした顔で振り返った。
まるで散歩でもしていましたという軽い足取りで、カダベルがひとりでやって来る。
「やはり生きていたかッ!」
「カダベルッ!」
サトゥーザとジョシュアは剣に手をかけて用心深く構える。
「生きてはいないが…って、これは何度目かな? まあ、そういう事じゃないよな」
「貴方が…カダベル公?」
「そうだよー。見た所、手ぶらだね?」
「手ぶら?」
サトゥーザとジョシュアは剣をいつでも抜けるよう構えており、セイラーは自身の何も持っていない手を思わず見やる。
「墓に入っていない死者だ。手向けの花を持って来ないで正解だったね」
袖から枯木のような腕を出してカダベルが言うと、それが皮肉だと気づいたセイラーは軽く眼を細める。
「カダベル様。どうして…」
ロリーシェは不服そうにしたが、カダベルは鷹揚に両腕を開いて見せた。
「話し合う気があるのなら、邪険にする必要もない。客人として迎えよう」
「感謝します。カダベル公」
「では、村の入口ではなんだ。俺の屋敷にまでご案内しようか」




