挿話⑤ 屍従王と世界渡りの占い師(前)
『屍従王』☓『世界渡りの占い師はNPCなので世界を救わない』
以前、『世界渡りの占い師(略称)』の主人公コヒナさんがカダベルをタロット占いしたらどういう結果になるのか…という話を琴葉刀火先生より頂戴しまして、このままにして置くのは勿体ないと…僭越ながら私の方でそれを元にしたお話を作らさせて頂きました。
執筆自体は私が行っておりますが、占い結果とMMORPGの世界観は、とーか先生にご協力頂いています。改めてここに感謝申し上げます。
『屍従王』は「052」、『世界渡りの占い師』は「白霊金剛の大戦斧」までお読み頂けるとより楽しんで頂けるものと思います。
直接な繋がりはありませんので、IF物語として、ご寛容くださいますようお願い申し上げます。
とーか先生の素敵な作品は下記にございます。
『世界渡りの占い師は NPCなので世界を救わない』
https://ncode.syosetu.com/n0706hf/
サーフィン村の待合所、そこに女性たちの列ができていた。
「な、なんだこれは!」
村長ゾドル・ムアイは、外でワナワナと震える。
「あら、村長」
たまたま…というより、待合所に行こうとして、通りがかったカナルが声を掛けた。
「あ! カナルさん! こりゃ一体なんですかい!?」
「なにって…皆様、マイマスターに会いに来られているんですよ」
「カダベル様に? いや、それは別にいいとして…いや、よくない! よくないですぞ!」
「なにがよくないんです?」
「だって、今日は待ちに待った『ポーカー大会』の開催の日! 待合所をこうやって占拠されては…」
ゾドルがそう言った瞬間、女性陣たちが振り返ってギロッと睨みつけてきた。その迫力に圧倒され、ゾドルはタジタジになる。
「村長。いつも勝手にゲーム大会で待合所を使われますけど…」
「楽しんでいるの男連中ばっかじゃないのさ」
女性陣にそう言われ、ゾドルは「ぐぬぬ」と唸る。
「女たちも…参加すれば…」
「カードゲームなんて何が面白いのかサッパリ」
「外でやる遊び…カダベル様が教えてくれた“網”の付いた棒で羽を飛ばして遊ぶ…アレなんだっけ?」
「”バトミントン”でしょ」
「そうそう。ソレ。あっちの方が身体使うし面白いわよね〜」
「……なにが“バトルする豚”なんだか」
ゾドルが小馬鹿にしたように呟くと、女性たちはドンと足を踏み鳴らす。
「なによ。村長。言いたい事があるならハッキリ言いなさいよ」
「……いや別に」
「そうよ。今日は私たちが待合所使うことには変わらないんだしね」
「し、しかし、外でやる遊びなら待合所を使わなくたって…」
「遊んでるわけじゃありませんよ」
「え? なら、一体、中でなにを…?」
「占いですよ」
「“うらない”?」
ゾドルが不思議そうな顔をして言うのに、カナルは頷く。
「未来を見通すんです。健康運、金銭運、恋愛運など…」
「未来を見通す? カダベル様はそんな魔法を使われるのか?」
「魔法とは違いますね…。いえ、マイマスターのことだから、魔法の可能性もあるのかしら?」
カナルは首を傾げてみせる。
「それでカダベル様に“うらない”とやらをしてもらうのに…並んでいると?」
「ええ」
「なんだ。馬鹿馬鹿しい…」
「「「あ゛?」」」
カナルを含めて女性陣が一気に殺気立つ。
「えっと…か、カダベル様に直に話してくる!」
ゾドルは真っ青になって、そそくさと逃げる様に待合所の裏の方へと回ったのであった……。
──
「次はロリーか…」
「はい! お願いします!」
俺の前に、ロリーがニッコニコの顔で座る。
「前もって言っておくが、俺のうろ覚えの記憶を元にしたやり方だから、当たらなくても怒らんでくれよ」
「はい! 大丈夫です!」
はー。しかし、なんでこんなことになったのやら。
ちょっと遊び半分で、ナッシュくんの恋でも見てやろうとタロットカードなんて作ったばかりに…。
ロリーの後ろを見ると…長蛇の列だ。きっと外にまで続いているに違いない。
「カダベル様?」
「…なんでもない。
あと、俺は占い師じゃないからな。カードを読めるのも上っ面だけだからね。質問は無しだ。答えられんし。いいな?」
「はい!」
「よろしい。では、何を占う?」
「恋愛運でお願いします!」
若い女の子は殆どこればかりだな…。
「誰か好きな人でもいるのかい?」
ナッシュくんだろ。
なあ、ナッシュくんと言え。ロリーよ。
「もちろん、カダベル様です♡」
「……はー。結果は見えてそうだな」
「え? まさか…カダベル様も私と同じ…」
「…いや、俺やゴライやメガボンが対象だと、毎度同じカードが出るんでね」
「同じカード?」
「まあ、やればわかるよ」
俺はカードをシャッフルする。シャッフルと言っても、手の内でカードを切るオーバーハンドシャッフルじゃない。
クロスを敷いた机の上に大アルカナと呼ばれる22枚のタロットカードを置き、時計回りに回転させるように広げて混ぜ合わせていく。
この際、占いたいことを頭に思い浮かべていなければならないらしい。
混ぜ合わせたカードを1つににまとめた後、3つの山に分けてから、またそれを1つにする。
あとなぜか左手しか使っちゃいけなかったという記憶があったけれど…理由までは忘れた。なんだか左手が扱うのが潜在意識がどうたらこうたらって入門者の本に書いてあった気がする。
そして山となったカードを横にスライドさせて崩して行く。
「…うん。これかな」
俺はカードを直感的に1枚選ぶと、ロリーの前に出した。
ワンオラクルというヤツだ。
ギリシア十字っていう5枚のカードで未来を詳しく知る方法もあるのだが、解釈に自信がないのでやらない。それに、これを皆にやっていたら本当にキリがない。
タロットカードは正位置と逆位置で意味がまったく変わってしまうので、開く時は必ず横からだ。
「わぁー……あ」
オープンされたカードを見ていたロリーの顔が固まる。
──死神・正位置──
おどろおどろしいドクロの顔が描かれた絵だ。
ちなみに俺は絵が描けないので、カードのイラストはナッシュくんに描いてもらった。
意外と彼は絵心があったのだ。力はないが、その分というわけじゃないだろうが、別の才能に恵まれていた様だ。
「やっぱりな」
「やっぱりって…」
「毎回、この死神が出るんだ。俺たち死者のことを占うとな」
「…死神ってことは、つまりカダベル様! つまり恋愛成就するって意味ですね!?」
「そんなわけがあるか。どう見ても、“この恋は失敗”って意味だろ」
「ひどい! 認めませんこんなの! もう一度、もう一度やり直して下さいッ!!」
「やり直せだと!? 何を言っているんだね、君は! ひとり1回だけよ! 待っている人いるでしょ!」
「もう一度! もう一度だけでいいですから!」
後ろで待っている女性に土下座せんばかりの勢いでロリーはお願いする。あまりの必死さにドン引きして、頷くしか…ないよな。
「…もう仕方ないな」
俺はもう一度、同じようにしてカードを準備する。
そして、引き直したカードは…
──死神・正位置──
「あんまりですぅ!!」
ロリーは大泣きして机をバンバン叩く。
「そんなこと言われたってなぁ…」
別に何か操作しているわけじゃないのに、俺のことになるとコレが出る。相応しいっちゃ相応しいが、ちょっと不気味だ。
「……こういうのは、本業の“あの人”ならどういう事か読み取れたんだろうが」
「“あの人?”」
「うん。知り合い…と言っていいのかな?」
俺に占いを教えてくれた人だ。
ってか、その人に直接教わったわけじゃなくて、その後に興味を持って入門書をザッと読んだってなだけなんだが。
…まあ、心の中では師匠である。
「カダベル様!」
「お。ゾドルか」
なんか切羽詰まった様子でゾドルは息を切らしている。
彼はアタッシュケースを抱えているが…あー、中は見るまでもない。ポーカーのセットだ。
俺がケースとトランプとチップを拵えたセットにして、ゾドルに売ったヤツだ。
「お前も占い希望か? 順番だぞ。ちゃんと並べよ。村長だからと言って特別待遇はせん」
「違いますぞ! ポーカー大会! ポーカー大会はどうなるのです!? カダベル様!」
「ポーカー大会だぁ?」
そういや、ポーカー大会だとかコイツと約束した覚えが……
「負けまいと練習を積んできたのです!」
ポーカーって練習するもんなのか?
「んー、でもあんまやる気しないな…」
「え? そ、そんな…」
「大会ったって、お前しか来てないじゃん」
ゾドル以外は皆、占い希望の女性ばかりだ。
「い、いや、自分とカダベル様が楽しそうにしていればそのうち…」
楽しみにしてたのはゾドルだけじゃん。
なんか、あんまり浸透しなかったんだよな。
あの楽しいこと大好きなモルトにも、麻雀とポーカーだけは不評だった。ルールが複雑だし、年齢的にも難しいものがあったんだろう。
「それにさ、お前、すぐオールインするんだもん」
ブラフとか混じえてるならまだしも、コイツは勝負どころじゃないところで、ワンペアでもドヤ顔でオールインとかする。ハッキリ言ってそんなの駆け引きでもなんでもなく面白くない。
「…顔にだってすぐでるし」
ゾドルの表情は本当にわかりやすい。手の内が悪い時はこの世の終わりみたいな顔するし、スリーカード以上の手になった時には鼻から爆風が吹き出す。
以前、フルハウスが揃った時には「おんぎゃー!」なんていう、生まれた時みたいな雄叫びを上げていたぐらいだ。
…もちろん、その時、俺は当然の如くフォールドしたがね。
「顔にでるって…し、しかし、カダベル様もズルいではありませんか! 仮面などつけてからに! ポーカーフェイスじゃありませぬか!」
「アホか。俺の素顔の方がもっとポーカーフェイスだろうに」
一流のギャンブラーでも俺の表情筋は読めまい。…だって、そもそも筋肉なくなってるからピクリとも動かせないし。
まあ、仕草で読み取ることはできるかもだか…至難だろうなぁ。息も荒くならないし。
「まあ、ともかく、今日はタロット占いの日に改めたんだ」
「そんなぁ〜! なら、自分は今日1日なにをしろと!」
「知るか! 村のために働け……と、言いたいところだが、暇なのか?」
「そうなっちゃいますよ! ポーカー大会が中止になると…」
「はい」
俺はタロットカードをゾドルにと手渡す。
「は?」
「やり方はそこにアンチョコあるから。カードの意味は…俺が思い出せる限りざっくばらんに書いてるけど、質問内容に上手く適合するよう臨機応変にやってくれ」
「は? …はぁ!?」
「さあて、ゾドル村長の辻占い! 当たるも八卦! 当たらぬのはモミアゲのせい! さあさあ、寄っといで〜」
俺はすべてをゾドルに押し付けて、そそくさと席を立ち上がる。
「か、カダベル様! そんな…自分はこんなことできませぬぞ!」
「さっさと占ってよ!」
「そうよ! 皆待っているんだから!」
散々待たせたからな。女性陣はゾドルに喰ってかかる。
「し、しかし! カダベル様じゃないと、こういうのはちゃんとわからないんでは…」
ん? 女性陣が「それもそうね…」と不安そうにこっちを見てくる。これはマズイ。
「別に俺がやらんでも問題ない。村長という、なんか偉そうな立場の人間の方が、役職的なご利益があってだな。たぶん正確な占いができると聞いたことがあるようなないような…」
まるっきりデタラメだ。むしろ、逆で、古代は占い師が皆のリーダーに選ばれることが多かったんだろう。
「たぶんあるようなないようなって…カダベル様、そんなあやふやな…」
「なら大丈夫だね! ゴチャゴチャ言ってないで、さあ、早く!」
「村長! 覚悟を決めな!」
「ひー!」
どこの世界の女性も、どうしてそんなに占いが好きなのかねぇ…くわばらくわばら。
ゾドルが揉みに揉まれているのを尻目に、俺は占いの列から離れる。
家に帰っても良かったんだが、まあしばらくゾドルに任せたら交代してやろう。その頃にはポーカー大会なんてやる気力も残ってないだろう。
俺は懐から1枚のカードを取り出す。
「あ! カダベル様、そのカードは…」
「ん? ロリーか。帰ったんじゃなかったのか」
「帰りません! カダベル様と一緒でないと!」
「そうか。…まあ今日は帰ってもどうせ暇だ」
うちには今は誰もいない。ジュエルが変装したゴライとメガボンを連れてイルミナードに遊びに出掛けているからだ。夕方にならんと戻って来ないだろう。
したがって、今家に帰ると当たり前の様に付いて来るであろうロリーと必然的にふたりっきりになる。
ふたりっきりだと気まずい。それは女の子とふたりっきりだからというのもあるが、彼女は無言で俺を何時間も見続ける“ミイラ観察の行”なるものを始めだすからだ。
「しばらくゾドルの慌てふためく姿でも一緒に堪能するとしよう」
「でも、そのカードはいいんですか? 抜いちゃっても?」
ロリーは、俺の持つカードと、ゾドルが不器用にシャッフルしているカードを交互に見やる。
「これはあそこから抜いたんじゃないよ。この1枚だけは別に作って貰ったんだ」
「別に?」
俺はカードをロリーに手渡す。彼女はしばらくそれを見て首を傾げた。
「クルシァンの聖教皇王?」
「んー。正解と言えば正解かもな」
「違うんですか? …んー、この文字読めません」
漢字を使ってるからな。読めないのは無理はないよな。
「それは『法王』と書いてある。『教皇』と呼ぶ場合もあるがね。…大アルカナ5番目のカードさ」
「やっぱり聖教皇王じゃ…」
「まあ宗教的には…どうなんだろうな」
なんとも答えにくい部分だ。意味合い的には同じなのかもだが、俺の中では結びつかない。
「でも、この絵…もしかして、カダベル様ご自身ですか?」
「ほお。よくわかるね」
「ええ。顔は違いますけれど、杖の持ち方がカダベル様です」
それだけでわかるもんかね。ロリーよ。
イラストがこうなったのは、ナッシュが描く際に3匹の屍体がモデルになったからだ。『死神』なんて、そのまんまのメガボンだ。
「うーん。そうなると、自分をモデルにしたカードを持つなんてさぁ…ナルシストみたいでなんかイヤだなぁ。イグニストみたいじゃん」
「そうですか? 私はコレ欲しいです!」
うーん。ポージングだけじゃんとは思うけど、ロリーは俺の抜けた頭髪も集めるくらいに異常だからなぁ。
「…コホン。まあ実際、そのカードにはちょっとした想い入れがあってね」
「想い入れ?」
「ああ。ちょっと長くなるけど…聞きたいかい?」
「はい! もちろんです!」
「……それじゃ」
俺はロリーの持つ『法王』を見やりながら、森脇 道貞だった時の記憶を回想し始めた……
──
その時の俺は、つまらない仕事に疲れ果てていた。
ほとんど毎日を自宅と職場の往復だけ。誰もいない朝早くに出て、誰もいない深夜に帰宅する。
友達もなく、彼女も当然いなく、休日は寝て終わる。
この頃、毎日買うタイムセールの弁当と、格安発泡酒の味がまったく感じられなくなった。
ああ、心が砕けてしまいそうだ。
これはマズイと、なにか趣味を…と、今更ながらになって見つけようと思ったのだ。
そんな折、通勤の電車内の吊り広告に載っていたゲームの宣伝が目に留まる。
そして少しの気晴らしにでもなればと思い、よく内容も確かめずにPCゲームを購入した。
ゲームは嫌いじゃなかったし、学生時分の時はあんなに夢中になってやれたのに、最近じゃ「こんなのやって何になるの? 寝てた方がいい」という考えが浮かぶせいでまったくやれていなかったのだ。
「…ロースペックでもいけるかな」
表計算ソフトが使えればいいと思って買ったノートパソコンだから、グラボに関しては絶望的だ。
「ゲームパッドもだいぶ昔のだけど。あれ? これ“4”ボタン死んでね? なんか尖ったので引っ張れば…あー、包丁…」
俺は台所から、ほぼ新品の包丁を持って先を隙間にねじ込む。
押し上げようとした時、勢い余って刃先が親指を掠めた。
「イテッ! …おー、血でるとこだった。イテェ。でも、なんとか戻ったか。これで使えるかな…たぶん。
はー、どうせやるなら、新しいの買いたいよな」
ゲームパッドくらいなら安いやつなら買えだろうが、ゲーミングマシンを買う余裕なんてとてもない。
それに、そこまでハマるかどうかも不明だ。そこら辺はハマってから考えればいいじゃない。
「最低限の動作は…大丈夫だ。…ってか、オンラインゲームだったのか。スタンドアローン版は…ないのね」
最近のゲームはみんなこうだ。皆でワイワイなんてゲームはどうにも好きになれない。
社会での対人関係ですら拒否したいのに、なんでわざわざゲームの世界で他人と関わらなきゃならないのか。
「……これで楽しめないのなら、俺ももう限界だな」
幸い、まだ鬱にはなっていない。ゲームをやろうとする気力があるからだ。
俺に唯一優しくしてくれていた先輩は、半年前に自宅マンションから飛び降り自殺した。
いつも、ニコニコ笑っている優しい人だった。
悲しいと思う前に、“次は我が身”と思った俺は相当冷たい人間かも知れない。
「……でも、病院行く前に“コイツ”の話を聞いてもいいか」
俺はディスクの上にあるチラシを眼にする。
先輩は“新しい人生”を選ぶということもできずに死を選んだ。これが本当の限界だ。
まだ俺には試せることがある。
試せる…そう思っているうちは大丈夫なはずだ。
「……俺、何のために生きてるのかな」
ポツリとそんな事を呟いてしまい、慌てて首を横に振る。
「いや、今はゲームだ! 楽しいゲームをするんだぞ!」
ダウンロード・インストールが終り、冷却ファンがギガガッなんていうヤバイ音を立てて勢い良く回り出す。
設定画面で当然、最低限のパフォーマンスに切り替える…テクスチャは昔のコンシューマ機並だが、16色ドット絵で鍛えた俺のイメージ力で脳内補完すれば問題はない。
そもそも俺はグラフィックよりストーリー重視派勢だった。
「種族と職業…ね。職業って後から選ぶんじゃないのね」
思わず、“社畜”、“倉庫作業員”…ってリアルな単語をイメージしてしまった。
ダメだ。このパッケージからしても、これはれっきとしたファンタジーなんだ。夢のある物を選ばねば…
「種族…人間…エルフ…猫小人…半魚人? へー、これでマーフォークって呼ぶのか? 他には…リザードマンか。
ここはリザードマンにしたいが……これで戦士ってのも芸がないな。神官……いや、回復系だとパーティ組むの前提になるな。魔術師にしとこう」
年代は……子供…青年…大人。
無難に大人かな。
でも、リザードマンだとあんま年齢わかんなくね?
試してみればよかったんだろうが、姿もよく見ずに大人を選んでしまった。今から変えるのも面倒だからもういいや。
外見は…アバターまで俺に似せて小太りにする必要もない。
理想とする細見。
難しいな。バランス加減が…
…うーん。蛇みたいになったけどこんなモンか。
色も深緑っぽいのをわざわざ変える必要もないし、細かい微調整やってたらそれだけで1日が終わってしまいそうな位にイジれる項目が多い。多すぎる。
リアクション…。いや、なんも見なかった。挨拶の表情なんてどうでもいい。
「……いいや、その他はディフォルトで。どうせ俺からは見えねぇんだろうし」
能力設定…予備知識がないんで何が必要かよくわからん。
とりあえず体力項目と魔力項目は少し多めに数値を振る。
たぶんこれはレベルアップ時の成長値なのかな? 最初を失敗すると後で苦労するってパターンじゃなきゃいいが…。
──あなたの分身となり、エターナルリリックの世界を旅するこのキャラクターに、名前を付けてください──
“エターナルリリック”?
…あー、そういやそんなタイトルのゲームだったか。
MMORPGで検索して、パッケージだけ見て、「これだ」って深く考えずに購入したから、ろくにゲームタイトルすら知らなかった。
そうそう。思い出したわ。確か、“エタリリ”と略するらしい。
電車で高校生が話してたんだが、新手のアイドルの名前とばかりに思ってたわ。
と、そうか。名前を入れないとな…。
「名前…ねぇ。オフラインなら間違いなく、“ああああ”なんだが。うーん、ミチサダ…ミチサダーン。サダーン。サダァーン。イヤダーン。…イヤだな。なんか恥ずかしくなってきたぞ」
俺はなにかアイデアが出てこないかと周囲を見回し、ふと壁に掛かっていたカレンダーが目に留まる。
いつも胃薬を買っている薬局でサービスとして貰った物で、なかなか味のある前衛的なイラストで気に入っていた。
今月は水槽に入ったメダカが描かれている。アグレッシブに水面から凛々しい顔を出していた。
4月だから、メダカの新入生ってなイメージなんだろう。くたびれた俺とは違ってフレッシュだ。フレッシュなフィッシュだ。
「メダカか…。この貧相なリザードマンはきっとろくな物を食ってないんだろうな」
俺はそのまま『medaka』と入れるが、既にそのユーザー名は13名に使われていると出た。
「同名でもつけられるのね。こんな酔狂な名前をつけるのがゲーム内にこんなにもいるのか…」
〈medaka14〉
なんとなく同じじゃ嫌だったので、数字を後に入れてみる。我ながら安直だな。
「どれだけゲーム人口がいるか知れたもんじゃないな。揉め事は起こさない様にしないと…」
こうして、俺こと《medaka14》はエタリリの世界へと踏み出したのだった。




