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屍従王  作者: シギ
─幕間─
60/113

 挿話④ 屍従王の地域振興プロジェクト(4)

 バンモミルに着いて、およそ10日余り…思った以上に長い滞在となってしまった。


 その間、ロリーたちにはイスカの屋敷に泊めさせてもらっていた。


 俺、ゴライ、メガボンは大工たちと一緒に作業だ。

 俺たちは眠らないで済むから、延々と作業を続けられるのは本当に便利なんだが、人間だと思っている彼らからはやたらと気味悪がられた。


 そして、ついに完成の日を迎える。


「さあ、案内しよう」


 俺を先頭に、イスカ、ルフェルニ、ロリー、ジュエル、カナルと続く。ゴライとメガボンは最後だ。


「な、なによ。これ…」


 様相がまるで変わってしまって、驚くのは無理もない。


 豪奢なホテルっぽい外観は取り払い、古民家風に仕上げた。冷たい石壁の上に、木枠をはめて漆喰を塗っただけでもまるで雰囲気は違うだろう。

 スレート系だった屋根もわざと角度を急にして、瓦風の薄板を張り直してある。こうすることで、一層のこと日本家屋っぽくなる。


「庭も手入れした。かなり驚くぞ」


「わー。なんですか、これ!」


 芸術家のルフェルニなら、きっと気に入ると思った。


 石畳と花壇だった西洋風庭園から、小石を無数に敷き詰めた枯山水っぽい日本庭園だ。

 松も槇も竹もないんで、なんかそれっぽい木を植えたり、生垣はどうにもならなかったが…まあそれでも雰囲気はあるだろう。


「建物の裏に温泉があるわけだが…」


 ここの温泉は源泉かけ流しらしく、湯量の調整だけで、貯めた湯の温度調整も特には必要ないらしい。

 つまり湯畑も湯もみも必要ないんだが、どうしても俺はそれが欲しかったんで、飲料水として使ってる崖からの水を、わざわざ引っ張って通してきた。ぶっちゃけ、この街でも【流水】は使える人はいるんで不要な物である。

 裏に木枠で造られた湯路…っていうか、水を流している水路だな。崖からそれが何本も伸びて、宿へと繋がっている。宿の中に通してあるのは厨房や手洗い場などへと繋がっている。

 それ以外は建物をグルリと回して景観の一部とした。本当は温泉を引っ張って足湯にでもしたかったんだが、高さの関係で水が温泉の方へ逆流しかねない事態になりそうだったので止めた。

 工夫すればいけるって話したんだが、大工たちも「意味がわからないから止めた方がいい」って言ってたし。確かにわざわざ用もない水を引っ張ってきて、適温になっている温泉の中に流し込むとかなったら正気を疑われるだろうな。


「これは…うーん」


 うぐぬぬ。湯畑の反応はイマイチだな。湯気も出てないし、樋の中を流れる水は本当にチョロチョロだし…。俺が本数に拘ったせいで、分散されすぎて勢いを失ってしまったんだ。


「な、流し素麺に使えるし!」


「なによ。“ナガシソーメン”って」


「……もういい。中に、中に入ればもっと感動するはずだ!」



 正面に戻って中へと入る。裸婦像や、トロフィーみたいなオブジェも撤去した。


「靴を脱いで、これに替えてくれ」


 俺は靴箱からスリッパを取り出して、『いらっしゃいませ。ようこそおこしやす』と書かれた真っ赤なウェルカムマットの上に並べる。


「なによ。ただ殺風景になっただけじゃない」


 イスカはフンと鼻を鳴らす。


「よく上の方を見てくれ」


 太陽光をふんだんに取り入れるために、上の部分をくり抜いた。元からこの部分には建物がなかったのでこれは簡単だった。

 壁の上角も同様にだ。代わりにガラス板を嵌めた。これで晴れた日中はかなり明るいはずだ。


「窓から庭も見えるぞ。エントランスに入った瞬間で、その宿のイメージが決まるんだ。いかに日常から離れて、癒やしを提供できるかが大事なんだよ」


 俺は装飾品をどかした場所に設置したラウンジを指す。そこには寝そべられる長椅子を置いた。


「イスカ。そこに寝てみてくれ」


「え? なんでそんな…」


「いいから」

 

 渋々といった感じにイスカは長椅子に横になる。そして顔を上げた瞬間、「あ!」と声を上げた。


「これで俺が建物の側面に水路を作った理由が解るだろう」


 皆で天井を見やる。そこには流れる水の波紋の影がユラユラと映り込んでいた。


「マイマスター。まさか壁の横をくり抜いたのはこの為だったのですか?」


「そうだよ。カナル」


 陽日が建物の外にある水路に当たり、その反射した影が天井の横を抜いたところから映り込んでいるのだ。

 そして実は水路を床下にも這わせてあり、耳をすませば水音が微かに聴こえる。

 そして戸を開ければ庭の風景も楽しめるし、スリット状にしているから、心地よい風が吹き抜ける様を味わうことができる。


「…こ、これは。いい。寝てしまいそうだ」


「そうだろう、そうだろう。こういうリラクゼーションこそが最高の贅沢だとは思わないか?」


「……確かに。屋敷にも欲しいくらいだ」


「そうじゃないんだな。旅先でしか味わえないってのが、宿の魅力なんだ」


 ルフェルニは感嘆して頷き、ロリーは何やら懸命にメモを取っている。


「まだまだ見処はあるぞ。案内しよう」


 

 本当は全室を和室に改良したかったんだが、さすがにそんな時間はなかった。個室を増やすのも後日だ。

 そこで少し大きな休憩室に畳を運び込み、そこを娯楽室とすることで妥協した。

 モデルルームとなるのをひとつでも拵えられれば、後は腕の良い大工たちがもっと素晴らしい物を作ってくれるに違いない。


「ここはスリッパを脱いで入るんだ」


「草の絨毯? う、なにこれ。足の裏がゾワゾワする! おもしろ!」


「なんだか不思議な感覚ですね。香りも…ホッとするというか何というか」


 ふふ、子供受けはいいな。畳という物は童心をくすぐる力があるに違いない。


「さ、これはゴライの力作だぞ」


 ゴライが得意気にする。

 なにせ3日3晩、ずっとひたすら研磨させた物だ。


「マイマスター。これはテーブルでしょうか?」


「卓球台だよ。温泉と言ったらザ・卓球だろう」


「“たっきゅう”?」


「ま、やってるのを見ればわかるさ。メガボン」


 メガボンが頷いて、台を挟んで俺の向かいに立つ。


 しかし、メガボンの格好は俺と瓜ニつだ。コイツも素顔を出せないから仮面とマントだが…俺とキャラ被りしてるな。そのうちなんとかしないと。


 俺はラケットとボールを構える。


 ラケットは薄い木の板を貼り合わせて作ったが、プラスチックなんて無い世界ではボールはどうにもならない。

 そこで木を丸く削り出して、中を空洞にした物を用意した。そこにゴムの木のようなものから【抽出】した樹液によるラテックスで、周囲をコーティングする。それでもイマイチな部分は、やっぱりまたもや【調整】頼りだ。

 実際、プラスチックより気持ち良く弾むわけでもないが、かといってスーパーボールほど弾みすぎるわけでもない、なんとかラリーが続けられるボールが完成した。


 打つとゴムまりみたいな感じでボールがボーンボンと飛んで行き、メガトンが打ち返す。


 俺は球技はイマイチ苦手なんだが、卓球だけは少し出来る。


 これだとスマッシュは難しいだろうが、卓球の楽しさはこの打ち合いの応酬だと思ってるんで……


 まあ、雰囲気だよ。雰囲気。勝ち負けじゃない。


 そのうちに、プラスチックを作る方法も検討するかな。


「わー! カダベル! アタシにもやらせて! アタシにも!!」


「はいはい」


 ラケットを渡そうとする前に、ジュエルにひったくるようにして奪われる。


「他にも色々あるぞ。ダーツやビリヤード。ピンボールとかな」


 そう。温泉宿お馴染みの娯楽だ。ダーツとビリヤードは、素材の調達こそ苦労したものの、この世界に似たような物があったんでそれを改良した。

 ダーツは投げナイフの応用だし、ビリヤードは球突きゲーム自体はあったが、ルールが違っていて、ひとりゲームで決められた位置にピタリと球を止める…まるでカーリングみたいなもの内容だったので、台座に穴を空けて、複数人数が遊べる元の世界のルールにしただけだ。


「本当はボーリング場も作りたかったが…スペース的にな。ま、でも、贅沢は言うまい」


 俺はとっておきのマシンに近づく。これが一番造るのに苦労した物だ。そのせいか一際、愛着のようなものがある。


「カダベル様。この衣装箱のような物はなんですか?」


「ふふ、ロリー。これはな、とっても楽しい物だぞ」


「楽しいですか?」


「この鉄球をそこのガラス盤の右端の穴に入れて、そのレバーを下に引いてみろ」


 ピンポン球よりは一回り小さい鉄球をロリーに手渡す。

 ロリーは不思議そうにしながらも言われた通りにしてレバーを引く。


「えッ? カダベル様…これでいいんですか?」


「ああ。そして手を離してみなさい」


 ロリーが手を離すと、バネが勢いよく戻って撃鉄が鉄球を突く!


 ガッコン!


 ガダン! カダッ! ガダッ!


 ゴドッ! ゴドン!


 ああ、木製の板をゴロゴロ転がる音…そうだ。俺が求めていたのはコレなんだ。


「やはりピンボールはいい…」


 俺は懐かしさに涙が…出てはこないが、いやはや何だか胸の奥がジーンとする。


「あ。…落ちちゃったです」


 ピンボールやってる時って面白いよな。皆の眼が球の動きに釘付けになっている。


「残念だな。下まで行ってしまうとエラー…ハズレなんだ」


「えっと、ならどうしたら?」


「上に点数が書かれた枠が幾つもあるだろう?」


「ええ。100点、30点、25点…15点?」


「点数が高い順に入り難くなっている」


 ルフェルニの理解が一番早いな。「ああ」と頷く。


「高いポイントを獲得した人が勝ちというゲームですね」


「そうだ。このポイント次第で景品がもらえるんだよ」


 俺が上のバスケットに入っていた菓子袋を指差すと、ロリーの眼がキラキラと輝く。


「お、面白い! 面白いです! も、もう一度やってもいいですか!?」


「もちろんだとも」


「あー! ズルい! アタシもやる!」


 ラケットを放り投げて、ジュエルが走って来る。


「ハハ、ピンボールマシンは2台しか造れなかったからな。大事に使ってくれよ」


 俺が鉄球の入ったカゴを渡すと、ロリーとジュエルで取り合いになる。


 こんなに喜んで貰えるなら、作った甲斐があるというものだ。

 いくら魔法があるとはいえ、バネやらクギやら鉄製の物を加工するのはなかなか大変だった。それに良い見本もなく、イチから試行錯誤して何とか動作するものを拵えたわけだからな。


「カダベル…。この遊具でまさか…」


 イスカは俺の狙いが何か悟ったみたいだな。


「ああ。無料でもいいが、有料制にしてもいいと思うぞ」


「子供向けに?」


「いや、その親が主なターゲットだ。こういうゲームの収益というのは結構、馬鹿にならんものだよ」


 簡単な試算表を渡す。イスカは「こんなに?」と驚く。

 

「旅先だと気が大きくなって、人は『せっかくだから』…と、比較的、普段は使わんものに金を使う傾向がある。観光地で料金が割高なのは、そういう心理を見越してのことだろう」


「…アンタ、本当に何者なの? あの頭の固いクルシァンの貴族がこんな物を作れるなんて信じられないわ」


「イスカ! 失礼だよ!」


「いや、いいんだ。ルフェルニ」


 クルシァンは生真面目な信徒ばかりの国…そんなイメージを持たれている事は知っている。その遊び心の無さは、このギアナードなんか比にならないぐらいだ。

 カダベルは変人で、魔法研究こそが娯楽だったわけだが、他の貴族はせいぜい音楽鑑賞や芝居を観に行く程度だろう。とてもこんなアイデアが出てくるとは思わないハズだ。


「俺がやってる物も本物には遠い。単なる模倣だ。…ただこの知識はギアナードでもクルシァンでもない。もっと遠い国からの物だ」


「遠い国…」


「それはカダベル様の故郷なんですか?」


「そうだな。そう言えるかもな」


 ここに、道貞の知る世界を共有する者はいない。そう思った途端、俺は郷愁や孤独感を覚える。


「ご主人サマ…」


 ん? なんかゴライが一番、道貞《俺》の心の動きに敏感に反応するな。この中でも最も鈍そうなのにな。


「大丈夫だよ。ゴライ」


「はいデッセ」


「…まあ、そうだな。俺がよく知る国では、これが旅行者を招くスタイルだったんだ。“和”の心、“おもてなし”というヤツさ」


「おもてなし…」


 ダーツとかビリヤードは“和”なのかな…これまた適当に言ったんだが、イスカは何やら考え込んでるみたいだ。


「こういうのは体験してなんぼだろ。簡単な案内はここまでだ。実際に宿泊してみようじゃないか」


 はー。旅行に来るハズが、なんでこんなことになったのやら……皆、俺が悪いんだが。


 まあ、これだけ頑張った分、ゆっくり休まさせてもらうことにしよう。

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