挿話④ 屍従王の地域振興プロジェクト(3)
そぐわない豪奢な調度品は全て撤去させる。
「こことここをくり抜いてくれ。強度的には問題ないか?」
「ええ。柱んとこを避けりゃできますが…何の意味があってそんなことを?」
「いいからやってくれ。後でガラス板をはめてもらう」
俺は大工と図面を見やりながら話す。
「で、例のものも作れそうか?」
「草の織物は初めてですが、編めるには編めると…」
「多少雑でも構わん。【調整】と【接合】があるから、スピードを優先してくれていい」
「わかりました。幾つか工場のツテがあるんで、サンプルが出来上がったら同じ物を作ってもらえるよう話してみます」
なかなか優秀な職人だ。俺の雑な説明でも、何となくではあるがどんな風にしたいのかイメージできているらしい。
「それで水路の方ですが…」
「あ。なんとかなりそう? 魔法使う以外に…」
「崖側の水源から引っ張ってくれば…。あとは揚水風車ですか」
「あー。風の力で水を上げるやつ?」
「ええ。こういったことに使ったことはありませんが…」
「うーん。いや、そこまではいいや。湯畑を作りたいの」
「その“ユバタケ”というものがよくわからなくて…」
「いいの。源泉の温度とかから言っても必要じゃないのはわかってるんだけど、雰囲気よ。雰囲気が大事なのよ」
「は、はぁ…」
思ったより大工事になりそうだ。最初乗り気じゃなかったんだけれど、やり始めると完璧にしたくなってくる。
「カダベル殿」
「うん? 出来た?」
ルフェルニが手に多面体の箱を持っている。俺が指示した通り、小さな穴が細かく幾つも空けられている。
「どれどれ? あー、いいねぇ」
「ご主人サマ! ゴライもできマッセ!」
「見てください! 私もです!」
ゴライとロリーも同じ形の箱を物を持ち上げるが、穴の大きさはマチマチだ。
「ゴライよ。それじゃダメだよ。穴が大きすぎる」
「そうなんデッセ?」
ゴライは力加減というものができないからな。手が丸ごと入りそうな大穴になってしまっている。
「ロリーのはいいね。ん? これは…」
なんか人型がふたつ…これは手を繋いでいるのか?
「はい! カダベル様と私です!」
「なるほど。これは面白い。これからゴライやメガボンも付け加えてくれるのか?」
「え? …あ。え、ええ。そうです」
あれ? 違ったのかな? なんだかロリーはしょんぼりしてしまったが…
「しかし、カダベル殿。これは一体なんなんですか? インテリアに使われるとか?」
「フフ。後でのお楽しみだ」
「ちょっと! カダベル! どういうことよ!」
イスカがプリプリしながら外からやって来る。
「おいおい。靴は脱いでくれ」
「なんでよ!?」
「見てわからんか? 床に板を敷いたんだ。ここは素足で歩いて欲しいんだよ。いまスリッパは作ってもらってるから…」
「だから、なんでそんなことをしてるのかって聞いてるの!」
まあ、欧米人と同じで、家の中は靴で居るのが普通の文化だからな。疑問に思うのは当然だ。
「庭にあんな木材置くなんて聞いてないわ!」
「木材? …ああ、樋のことか」
「説明しなさいよ!」
「まあ、説明するより見てもらった方が早い。完成するまで待ってくれ」
「こんな物やらせて! 幾ら金がかかってると…」
「大した金額でもないだろ。ルフェルニも出資してくれてるって話じゃないか」
ルフェルニが頷くと、イスカはムムムと口をへの字にする。
「まあ、後は厨房か。そっちの方はどうなってる?」
怒りを抑え、フゥーと熱い息を吐いたイスカは髪をかきあげる。
「…うちのコックはそんな調理法知らないってさ!」
「まあ、そうだろうな」
「そうだろうなって…」
「とりあえず厨房に行くとしよう」
厨房に入ると、白服の男たちがこちらを睨んできた。遠慮なしで敵意、剥き出しだな。
この世界の調理人は少し変わった格好をしている。後ろが開くタイプの割烹着みたいなものを羽織り、腰には牛刀のようなナイフを身に着け、帽子と覆面が一体化したものを被っている。最初は手術をする医者みたいに見えたものだ。
「…オーナーとはいえ、俺たちの料理にケチつけねぇでもらいてぇな」
頑固職人…いかにもそんな雰囲気だな。相当、自分の技術に自信があるんだろう。
「そんなわけじゃないんだけどね」
イスカは不満そうに俺を見やる。俺が原因なんだからまあ仕方ないか。
「米は…」
俺が聞くと、コックは顎をシャクる。釜の中に炊きあがっているって意味だろう。
「どれどれ。ほー、いい感じだな。固めに炊き上がっている。握るにはもってこいだ。惜しむべきは、まともな酢がないことか」
「酢ならある」
「ああ。果実酢じゃないんだ。米酢…もしくは穀物酢が理想なんだけどね」
米はあるから米酢は作れないかと思って試行錯誤しているが、温度湿度の関係か、横着して【発酵】使ったのが悪いのか、はたまた酵母が違うせいなのか…どうしても上手くいかない。甘みとベト付きが強く、前の世界のようなサッパリとした感じに仕上がらない。
握る必要のない、ちらし寿司にはいいかも知れないが、握り用のスシ酢としてはイマイチだ。ましてや寿司職人がやるんじゃないんだから、下手をしたら団子になってしまう。
「で、やってはもらえない?」
「…魚を“生”で出せなんて馬鹿にしてんのか。やりたきゃテメェでやんな」
「これも熟練の技術が必要なんだがね」
説明してもわかってもらえないか。素人だし、ミイラハンドじゃ上手く出来ないだろうが…
カッティングボードの上には、買ってきたナマズ…いや、マグロが乗っている。【防腐】してあるから新鮮なままだ。
「カダベル様は料理が…」
ロリーが少し驚いた顔をするが、俺は首を横に振る。
「やったと言っても、アジやサンマくらいだよ」
捌く…ってよりは、バラバラにするなら誰でもできるだろう。身を崩さず綺麗にってのが難しい。
だが、幸いなことに【防腐】のおかげで鮮度は落ちない。それに俺は体温がないから、魚に熱が伝わることもない。
手袋を外すと、干からびた俺の手を見てコックたちが眼を瞬く。
「ナイフを…」
「いや、いらんよ」
包丁なんか渡されても困る。感覚が人間のそれとは違うんで、針の穴に糸を通すとかの、そんな精密な作業は苦手だ…元々不器用ってのもあるけど。
さて、どうしたものか。どこからどう見てもナマズだ。ナマズってどう捌けばいいんだ? 吊るして捌くのが正しい…いや、それはアンコウだったか?
「【切断】」
魔法で取り敢えず頭を落とす。
コックたちは一様に眼を見開いた。魔法で調理…そんな考えは抱いたことなさそうだ。
「…えーと、三枚におろせばいいのかな」
内心不安を覚えていたが、それを周囲に気取られないよう注意して【切断】を使う。
切れた“感覚”があったので、身に触れると綺麗に骨から剥がれ落ちた。
魔法で切るんだから手袋関係ないじゃんとか思うかも知れないが、素材の状態を触れて確認しとかないと、イメージ通りに【切断】できなかったりする。
【切断】は強いイメージ力が大事で、少しでも(硬そうで切れそうにない)と思ったりしただけでも発動がキャンセルされる。戦闘で使えないのは、この不安定さのせいだ。
「…見事な断面だ」
コックたちが息を呑む。いや、魔法使ったんだからそりゃそうでしょうよ。
こんな低ランクの魔法使っただけなのに、なんだか俺に対する評価が変わったようだ。コックたちから敵意がすっかり抜け落ちた感じがする。
「皮引きは…」
「それくらいはやってやる」
良かった。切るだけなら出来るが、皮を剥がすのは自分の手でやらなきゃいけないと思ってたからだ。
俺が後ろに下がると、ひとりが進み出て鞘から包丁を抜き取った。よく手入れされている曇りひとつない立派な白銀だ。
刺し身包丁というわけでもないし、和食料理人とまではいかないかも知れないが、手早く皮から身を剥いでくれる。なかなか鮮やかな手並みだ。
「それで…この後は?」
「ああ。斜めに薄く…5ミリくらい、かな」
そう言うと、すぐに理解して切り分けてくれる。さすがプロだ。
しかし、ミリ、センチ、メートル…俺は普通に使っているんだが、どういうわけか前の世界の度量衡を使っても正確に伝わる。
「……本当にマグロだ」
「…だから、そう言ってるじゃん」
切り分けられた身を見て、俺は頭を抱えたくなる。
魚の見た目はナマズ。だが、切り身の赤身は…普通にマグロだ。頭がおかしくなってしまいそうだ。
「…これを火で炙るか? それとも茹でるか?」
「いや、そのままでいい」
これ以上手を加えないと知って、またコックたちは嫌そうな顔をした。
まあ、俺の感覚でいえば、豚肉を生で食べると言っているのと同じだからな。忌避感を抱くのは仕方ない。
炙りマグロってのもあるが、今回やりたいのはそういうのじゃない。
「シャリを…いや、米を取ってくれ」
ロリーが鍋から米をボウルよそって持ってきてくれる。飯台なんて無いから仕方ないか。
「なんの味もついていないぞ」
そうなんだよね。白米を食べるってのも意外みたいで、何か混ぜものをしてサフランライスとかクミンライスのようなものにするか、バターで炒めて魚介類を入れたピラフ風にするのがこの世界じゃ常識らしい。
「ま、本物には大分劣るが…」
俺は自作の米酢を入れた瓶を懐から取り出し、熱々の米に振りかける。
「【空圧】」
飯をヘラで切りながら手早く混ぜていくが…あー、魔法で風当ててもダメか。効率よく冷ますことはできるけど、ボウルで混ぜてるせいもあって、少しべシャッとしてしまった。
まあいいや。コイツらどうせ本物がどんな味か知らないだろうし。
「これは何を…」
「まあ、見ててくれ」
俺は【流水】と【乾燥】で手を綺麗にする…人間の手よりは綺麗だとは思うが、皮手袋のニオイとか移ってしまってると台無しだ。
俺は少量のシャリを取ると、見様見真似で握りを作る。
…ってか、手の厚みが無いとこんなにもやり辛いのか。指と指の間から容赦なくシャリがこぼれ落ちるんですけど。
「ええい、【調整】!」
困った時の【調整】頼み。崩れかかったシャリが何とか俺のイメージしていた形になるが…四角すぎる。まるで寿司マシーンを使ったみたいだ。
柔らかく空気を含ませるどころの話じゃない。これじゃオムスビだ。
「……いいんだ。雰囲気が大事なんだ。ワサビもないし」
苦瓜みたいなのは見つけたんだが、ワサビだけは見つからない。もっと水が綺麗なところじゃないと自生してないのかも知れない。
俺はシャリの上にポンとマグロを乗せて軽く握る。誰もが「ゲェッ」と言わんばかりの顔になった。
「ま、まさか…それで完成とか言わないよな…」
「完成だ」
「ふ、ふざけるなッ!!」
「ふざけてなどいない。文句を言う前に、このタレに付けて食ってみてくれ」
俺はもうひとつ小瓶を取り出し、適当な小さな平皿に中身を垂らす。
「な、なんだ…このドス黒い液は」
「ニオイが…く、腐ってるんじゃないか!?」
「いいから! ほれ! …ロリー。悪いが、俺の手じゃやりにくくて仕方ない。これと同じ物を皆に…」
「いい。俺たちがやる」
ロリーが頷いて入ってこようとしたのを、コックたちは慌てたように止める。
なんか職人あるあるの、男しか入れないみたいな暗黙のルールでもあるのかな。でも台所は女性が仕切っていること多いし…まあ、よくわからん部分だ。
しかし、コックたちの腕はいいんだろう。俺が作ったヘンテコな寿司を見ただけで、器用にそれと同じものを作ってくれる。
「…あまり強く握らないようにするのがポイントか?」
「そうだ。米粒が潰れないように、ふんわりと握ることで、口の中に入れたときに自然と解けるのが望ましい」
コックたちは頷く。そしてボウルの底のシャリをどうするかと思ったら、薄手のタオルを持ってきて、斜めに傾けて余分な液を吸い取った。なるほど。そういう方法もあるか。さすがだな。
そして、あっと言う間に人数分の寿司が出来た。ちゃんと、ひとりニ貫ずつだ。
俺とメガボンは…流石に仮面を外せないな。ゴライも吐き出させるわけにはいかんから除外だ。残念だが、俺たち死者は後回しだな。
しかし、おかしいな。楽しい試食会のはずなのに、お通夜とか最後の晩餐といった重苦しい雰囲気だ。
「さあ、食ってみてくれ…。あ、一応、食った後に【解毒】はかけるからな。腹を壊す心配はないぞ。安心してくれ」
「安心なんかできるわけないじゃん」
ジュエルは苦々しい顔で寿司の皿を睨みつける。
「マイマスターのご命令とあらば…」
カナルよ。その言い方だと、なんか俺が無理にやらせてるみたいじゃん。
「私! 食べます! だから後で『いい子だ!
良くやった!』と、頭を撫でて下さい!」
「ロリー。食べるのは偉いが、そういう交換条件を持ち出されるのは、罰ゲームさせてるみたいで心外だぞ」
俺がそう言うと、「自分も…」と上げようとしていた手をルフェルニは引っ込めた。
「でも、食べます! カダベル様が作られたんですから! 食べますッ!!」
別に虫を食わせようとしてるわけでもないのに…そこまで気合いを入れないと食べられないものなのか?
ロリーは震える手でフォークで寿司を上からブッ刺す。
手で食え…と言いたいところだが、そこまでやかましく言う気にはなれなかった。
「マジで食うの、ロリーシェ? 絶対美味しくなさそう」
ネタとシャリをバラして、スプーンでペチペチと叩きながらジュエルが言う。食い物で遊ぶな。
「食べますッ!!」
思い切ったように口に入れる。
「無理せずに、少しでも変だと思ったら出していいわよ」
イスカ…。本当に失礼な話だ。まるで毒物でも食わせてるみたいじゃないか。
ロリーは恐る恐る咀嚼して、一瞬だけ眉を寄せる。
「ん…ん?」
「と、どうなんですか? ロリーシェさん」
「美味しい!」
ロリーがホクホク顔になるのに、皆が眼を丸くして驚く。
「ば、バカな…。こんな料理とはとても呼べぬ物が美味いハズが…」
コックたちが寿司を口に入れて、カッと眼を見開く。
「な、なんだコレは…俺の知るマグロの味じゃないぞ」
「生魚だろ。臭みもなく、舌でとろける…こんなに深みがあるものなのか…」
「ライスの、このサッパリした感じはなんなんだ? 魚の旨味が引き出されて、口の中で豊かに広がる…」
良かった。この世界でも旨味成分イノシン酸は正義だったようだ。
他の皆も食べ始めて、最初は首を傾げるんだが、飲み込んだ時には眼からウロコって感じだ…魚なだけに。いや、美味いが、上手くはないな。
正直、味見してないからどうやることかと…見た目からしても、俺の知るマグロはもっとデカイし脂が多すぎる感じがあったが、このナマズに似た“マグロもどき”は程よい感じがしたんだ。
それとマグロの旨味は少し寝かせて熟成させた方が確か良いが、それを代用したのが【発酵】だ。
発酵と熟成では微生物か酵素によるものかの違いなんだが、【発酵】は魔法の力によるものだ。過程をすっ飛ばして結果を出すのが魔法の素敵なところだが、融通の利かない部分でもある。
たぶん、酒を作るために考案した魔法だから…【酩酊】といい、ランク1の魔法を創った賢者はやっぱり呑んべえなんだろう。
「…やはり、このタレだ。塩味が強いが、この舌に残る濃厚さは今まで味わったことがないものだ。これは何なんだ?」
「醤油というものだよ。大豆を煮て、それを食塩水に漬けたもんだ」
と、言っても偽物だ。
大豆のような物はあったが、割って炒った小麦を入れてはみたが、どうにも醤油麹のような物は作れないし、適当に塩水に漬けたところで諸味にはならなかった。
醤油作りは温度調整がシビアだし、1年以上熟成した上で、圧搾とか火入れとかしなきゃならん。そんなの熟練の技術があるわけじゃないのに、雑学知識の見様見真似で出来る訳もない。
それでやっぱ困った時の【調整】だ。蒸した大豆を【発酵】させ、塩水に着けて無理やり、さらに【発酵】…寝かすという過程すら無視し、出来たよくわからん塩っぽい液から【抽出】で不純物を抜き取り、火入れして…まあ、とにかく見た目だけは醤油になった物をさらに【調整】した物だ。
味は……この身体になってよくわかっていない可能性がある。舌が正常機能しているわけでもない。“なんとなく”、“たぶん”、“辛うじて”…醤油と呼べる代物なのだ。
「“ショウユ”…こんな調味料があるとは」
コックたちは俺の作った“よくわからん液”を舐めて感心している…なんか申し訳ない気もしてきたな。
「君たちは様々な創意工夫をし、薫りや味を彩った料理を作ってきたことだろう」
コックたちの眼が、俺に対する認識を完全に改めたといった真剣なものになった。
「しかし、俺の知る料理…それは素材の持ち味を活かし、それを十全に引き出すものだ」
もう後には引けない。やり切るしかない。
「これを“和食”と言う!」
「わ、“わしょく”…」
「そ、そうだ。君たちにはそれを覚えて貰って、この宿の売りとしたい!」
コックの眼が強く輝く。
「お、教えて下さい! その“ワショク”を! 我々に!」
「ぜひ、弟子に!」
「師匠!!」
……やべー。調子乗りすぎたかな。
ま、いっか!
よーし! 次作るのは、タコ焼きだな!!




