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屍従王  作者: シギ
─幕間─
58/113

 挿話④ 屍従王の地域振興プロジェクト(2)

 サーフィン村の護衛は、ロイホとエイクに一任する。

 赤鬼とかはもう居ないんだから、安全は安全なんだろうが、クルシァンの聖騎士がどう動くかもわからないからな。念の為というヤツだ。


 本当は俺とゴライとメガボンだけのつもりだったが、例の如くロリーが暴れ、ジュエルが金切り声で叫び、カナルが腫れた眼をしていたんで…結局、彼女らも連れて行かねばならなくなる。


 メガボンはそのままの姿じゃマズいんで、俺のお下がりの仮面と外套をくれてやった。

 ゴライは…まあ、ちょっと顔色の悪い人で押し通せる。色んな種族がいる世界で良かった。そういう人だと思えば余り気にならんだろう。



 バンモミルまでは馬車で8日ほど。さすがに王都を経由するわけにはいかないので(俺は消滅したことになってるし)、大きく迂回して貰ったが、街道沿いには宿場があるので野宿するようなことはなかった。

 まあ宿場と言っても、俺がイメージしていた民宿とは程遠い。村の中とかでも使ってない家を、有料で貸し出すといった感じだ。

 だから、飯も風呂もセルフサービス。屋根のないホコリまみれの廃屋といった場合もあった。仕切りもない大部屋は当たり前だ。


「うーん。こういう所だと思うんだよな」


「え? 何がですか?」


「いやね、言っちゃ悪いけど、ギアナードで観る場所って山か崖しかないじゃん」


「私は山も崖も好きです! カダベル様と一緒ならどこでも!」


「そういうこっちゃないのよ、ロリー」


 馬車から外を見やっても、特別に面白い風景でもない。


「飛翔魔法使ってバビューンって行けばいーじゃん」


 ジュエルが手に持ったアヒルを宙で泳がす。

 玩具は持って来るなって言ったのに、きっと鞄にこっそり忍ばせていたに違いない。


「この世界にそんなランクの高い魔法使える魔法士がどれだけいるよ。自分も使えなくなってるんだから無茶言うんじゃありません」


 ギアナードにはいないだろうけど、他国から魔法士を雇ってタクシー代わりに…いや、無理だな。そんなレベルの高い魔法士の雇金は莫大になる。


「【空中歩行】も【飛翔移動】も同じランク4だが問題があって…」


「マイマスター。魔力継続維持の件ですね」


「そう。さすが元ニルヴァ魔法兵団だな。

 空飛ぶ魔法って常時発動型だから、消費する魔力の量が必然的に多くなる。また重さや移動速度によっても消費量が変動するし、対象となる人数が増えると更に計算が難しい。

 しかし、俺とミューンの努力によって定数化に成功した、魔力比率間方程式に当てはめてみれば、総体魔力から個別の魔法の平均消費魔力を予測して…」


「あー、そこまで。やめて。頭痛くなるから」


 イスカがウンザリといった顔で肩を竦める。


「…それで、カダベル先生。さっき言ってた“こういう所”っていうのは?」


「先生?」


「アドバイザーなんでしょ。敬称ぐらいつけるわよ」


 皮肉で言われてるのかな? なんか、イスカの投げやりっぽい態度は気になるな。


「んーと、言いたかったのはだね、観光地化したいと言う割には、招く旅人のことを考えた感じではないという事だよ」


 イスカがルフェルニと顔を見合わせる。


「旅程がってこと?」


「ああ。サーフィン村から…とまでは言わんが、せめて往来が多い王都から、道程を楽しめるようにしなければ、とてもバンモミルまで行こうとは思わんだろ。送迎があるわけでもないしな」


「でも、道程を楽しませろったって、私の領地でないし」


「そこは領主間の交渉だろう。往来が多くなれば、それだけ商売のチャンスが増える。

 なにも領主が全部やらなくてもいい。商人ギルド間同士で話し合わせてみるのも手だ。そして、そこに投資することも視野に入れるべきだな」


 イスカは「うーん」と唸り、ルフェルニはなんだか嬉しそうに笑う。


「ここまで見処がまったく無い訳でもなかったぞ。大きな湖や、瀑布もあったしな…」


 この世界じゃ、ほとんど手付かずの自然の中に当たり前のように生きているせいか、自然を愉しむという考えが薄い。

 ありのままの自然を見せるという目的があったとしても、観光名所となる場所は何かしら人の手が加わってるものだ。実際、歩きやすく舗装したり、安全柵とか張り巡らされているしな。

 せっかくの湖も周囲が藪に囲まれていては、単なる小汚い沼と変わらん。手入れは必要だ。


「要は考え方だ。無愛想なオッサンが布団敷いてくれるより、女の子に敷いて貰ったほうが嬉しいだろ。そんな単純なことでも、口コミで話題になれば人を集める材料になる」


「わかりました! カダベル様のお布団は私がこれから敷きます!」


「…ロリー。だから違うって」




──



 港…は、前の世界よりもハッキリ言ってショボい。現代風の大型船みたいなのがあるわけでもなく、木造のベガ舟に似たような物が何隻海岸に繋がれている。


 初めて見る海にロリーは感動していたが、俺は磯臭さに少し辟易する。俺がこんだけわかるんだから生きてる人間はもっとだろう。

 しばらくすれば鼻が馴れるのかも知れないが、死者である俺は馴れることがない。気にしない様にすればするほど感じてしまう。

 残念だが、海沿いに住むのは俺には無理そうだな。


「予想はしてたよ。確かに俺の考えてるのと違うだろうってさ…」


 卸市場に寄った俺は、水揚げされたばかりの魚を見て溜息をついた。


「でもさ、せいぜいカツオとかブリじゃないかと思ってたのよ。海の魚ならまだ解るじゃん。でもさー」


 俺は水槽の中で上下に動くヒゲを見やってもう一度溜息を吐く。


「なんでよりにもよって、“ナマズ”なのよ」


 そうだ。英語でキャットフィッシュと呼ばれる、地震予知ができるとの迷信で有名なあの魚だ。

 若干細長くて、見ようによってはドジョウにも見えなくもない。でも大きさはナマズに近い。それに加え、よりによって色はピンクなのだ。


「おいおい、馬鹿言っちゃいけねぇよ。旅人さん。コイツは正真正銘のマグロだぜ」


「認めん。淡水魚じゃん。コイツは海水じゃ生きていけないの」


「な、何言ってんだ…アンタ」


「それに、コレはなんだ!」


「コレはなんだって…タコじゃねぇか」


「なんで白なの! タコは普通は赤でしょ!」


 そう。タコは形状はタコだ。触手の数こそ10本だったが、丸っぽいフォルムは確かにタコだ。だが、色が白い!


「この半透明な白い感じはイカだろ!」


「イカってのはコッチだぜ…」


 漁師は別の水槽を指差す。そこには触手は8本だが、頭は三角形をした俺の知るイカがいた。でも、ソイツは赤だ!


「あー! もう! 頭がおかしくなりそうだ!」


「お、おいおい。なんなんだ、イスカ様。この仮面の人はよ」


「気にしないで。精神を病んでるだけだから」


 俺が頭を抱えている横で、ゴライとジュエルは興味深そうに水槽を覗き込んでいる。


「漁港に寄りたいって言うから寄ったけど、もういいか? 仕事の邪魔になってるじゃないか」


「…いや、魚は買って行きたい」


「マグロとタコを?」


「これらをマグロとタコと呼ぶな!」


 そうだ。これらをそうは呼ばせない! イスカと漁師が困った顔をしても、だ!




──



 目的とする海沿いの宿にと辿り着く。


「私名義の宿だ。イルミナードみたいな田舎じゃあ見ることはない程立派だよ。せいぜい驚くといいさ」


「ほー。自信があるね」


「まあ、この街一番の集客率を誇るからね。元々は貴族御用達ってヤツさ」


「ふーん」


 周囲は宿屋街…ではなく、ただ単に街の中でも大きいってなだけの宿だ。ポツンとある感じ。

 外観は立派だが、この世界には遊び心ってのがないので、ただバカでかい屋敷にしか見えない。


「うーん。なんだ。この貴族の家そのまま持ってきました的な定型感は…」


 俺が首を傾げて言うのに、イスカが眼を丸くする。


「定型ですって? どこがよ? 寝台数が100以上あるバンモミルでも最大の宿よ? こんなの王都でもないわ!」


「寝台って…客室数じゃないのか?」


「庶民は個室じゃなくてもいいでしょ?」


「え? そんなわけないだろ。あー、そうか、貴族だと家族でもひとりで一部屋使うのか。いや、かといってタコ部屋なんてありえないだろ。おかしいぞ」


「基本はね。でも、何人かで、お金を出し合って泊まりたいって客の要望にも応えられるようにってことよ」


「いやいや、出稼ぎに来てる労働者の宿泊施設じゃないんだからさ。部屋だって、ただデカければいいってもんじゃない」


「と、とにかく中に入ればもっと凄さがわかるわよ」


 と、イスカは言っていたが、中は…まあ、思った通りだな。普通に貴族が好みそうな内装だ。高級ホテルとか、西欧風なロッジって感じだ。


「どうよ!」


「わー、凄い!」


「アタシが住んでた城には負けるけどね」


「へー、なかなかじゃない」


 ロリー、ジュエルやカナル…女性陣には好評の様だ。


「うーん」


「さっきからなによ! 言いたい事があるならちゃっちゃと言いな!」


 首を傾げている俺に、イスカは苛立った顔をする。


「…ちなみに一泊いくら? タコ部屋じゃない方で」


「タコ部屋とか言わないで! タコ買ったからって!」


「あれはタコじゃない! …それは置いといて、個室を借りると最低料金で幾らなんだ?」


「ふふん。庶民にも手が届く良心価格よ。朝夕の食事付きで、たったの金5よ」


 金5…ってのは、小金貨が5枚という意味だ。

 一般人が都市部で丸1日働いて小金貨1枚という賃金が目安だろう。前の世界だと、およそ1万円ぐらいの価値だと思う。

 つまり、金5…一泊5万といったところだろう。


「微妙に高すぎる」


「は?」


「庶民を相手にしてるんだろう? それとも貴族なのか?」


「貴族相手なら大金貨で払ってもらうわよ!」


 この世界は共通貨幣として、銅貨、銀貨、金貨と流通しているが、庶民の間と貴族で扱われる硬貨は価値が違う。

 庶民が扱うものは不純物が多い粗悪な物で、“小硬貨”と呼び、貴族が扱うものは魔法で加工してある純度が高い物は、“大硬貨”と呼ばれる。

 庶民の間で貴族の使う大金貨や白金貨を使うことはまずないので、金貨といえば小金貨のことを指す。口が悪い者だと“駄金”だなんて呼ぶこともあるらしい。

 ちなみに【金兵】で使用する硬貨は大金貨で、アレを8体呼び出した金額は何百万単位になる。…頭が痛くなるのであんまり考えないようにしているが。


「でも妥当な…」


「夕朝食を別にして、素泊まりで銀5だな。庶民が“ちょっと高いかな。でも出せない額でもない”…という価格設定の方がいい」


「は!? そんな価格…」


「部屋の間取りを見直して、個室を増やせ。庶民だから相部屋でもいいって考えこそ、田舎の宿的な貧乏くさい発想だぞ。

 相手は貴族なのか、庶民なのかハッキリとターゲットは絞った方がいい。半端なことをしても失敗するだけだ」


「そんな工事なんて! 採算が取れ…」


「それで人が来るようになれば問題ないだろ。食事のランクで金額を高めに設定したらどうだ。選択肢を広げてやる方が受け入れ幅が広がる。口コミで食事が良いとなれば、必然的に食事付を選ぶようになる」


 イスカは何か言いたそうにしたが「ううん」と唇を噛んで悩む。

 ルフェルニが何だかドヤ顔してるけど、大したこと話したわけじゃない。商売を考える上じゃ当たり前のことだ。

 贅を尽くして迎えるんだから高値を払うのが当然だ…ってのは貴族の視点だ。だから庶民との価値観のギャップが埋まらないわけだ。


「旅行ってのは、普段の生活で味わえない雰囲気を楽しむためのものだろ」


「そうよ。観光地化させるのは、庶民にもそれをわかってもらうために…」


「そこだ。庶民に貴族の生活を見せて楽しませるのか? だからタコ部屋でも我慢しろ? それは違うだろう。上から目線で顧客を雑に扱うと反感を抱かれるだけだ」


 俺はロビー全体を、杖先で半円を描いてグルリと示す。


「そのコンセプトが最初からズレている。庶民が貴族の生活を見に来る目的でもなし、仮に貴族を相手にしたとしても、貴族が普段している生活をただ演出してもなんの面白みもない」


「なによ、さっきから偉そうに…」


「待って。イスカ。カダベル殿は貴族でもあり、サーフィン村で村人と共に生活をして経験もされてる。だからこその意見だよ」


 ルフェルニがそう言うと、イスカは不貞腐れた顔をしたままだったが、溜息をついて頷く。


「なら、教えて。どうすればいいの?」


「ふむ。そうだな…。ひとつひとつ、気になった点を改善していってみるとしようか」

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