挿話④ 屍従王の地域振興プロジェクト(1)
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052話の先の話となります。
サーフィン村で、今とあるブームが巻き起こっていた。
屋敷の庭で、俺とゴライはテーブル越しに向かい合う。
「……王手デッセ」
“金”が俺の“王”の前に置かれる。
逃げ道は…ない。
“金”を取っても、まだゴライには持ち駒に“歩”も“銀”もある。それに“飛車”が控えてるから、次手で詰み確定だな。
「うむ。見事だ。飛車角落ちじゃ、もうゴライには勝てんな」
「やったデッセ! ご主人サマに初めて勝てたデッセ!」
ゴライがガッツポーズを取る。
本当にコイツに“将棋”を教えるのは骨が折れた。
何度言っても、“歩兵”が“龍王”や“龍馬”の動きとなる。しかも敵どころか味方の駒を飛び越えて、いきなり王手をかましてくるからルールもなにもあったもんじゃない。
「では、これが“初段”の証明書だ」
俺は自作の賞状を手渡す。ゴライはそれを恭しく受け取って感動している様子だ。
本当はせいぜい10級か9級だろう。俺でも小学校の時に将棋クラブで8級程度といった感じで、アマチュアとすら言えないレベルだ。
だが、この世界に有段者なんているわけなく、とりあえず俺が適当に段位を設定している。駒がちゃんと動かせれば“初段”だ。
「カダベル様! ワシも一局! 手合わせお願いします!」
「俺も! 俺も!」
ゾドルとモルトがやって来る。彼らは俺が作った折りたたみ式の棋盤と駒箱を持っていた。
「いまいち“桂馬”ってヤツの動きが覚えられませんで…」
「ああ。ちょっと変わってるからな。2マス先の右か左と覚えればいいんだ」
「この“歩”が裏返った時の“と”ってなんなの?」
「あー。確か“金”の崩し体かなんかだったな…いや、別の説もあったかな?
とにかく、敵陣に入ると“金将”と成って、“金”と同じ動きをするんだ…足軽が出世したってわけだな」
にわか知識での説明は大変だ。本当にハンドブックが欲しい。
前の世界じゃパソコンかスマホにポチポチと入れて検索すりゃ良かったんだしな。ちゃんと頭に入れていなかったことを後悔する。
「ん? キララは?」
「一緒だよ〜。姉ちゃんたちと一緒に“崩し将棋”やってる」
庭の一角で厚手の布を敷いて、そこで仲良く楽しんでいる。俺の視線に気づくとロリーが手を振った。
「女性陣にはあまり人気ないな。オセロは喜んでやるのに」
何度かロリーとジュエルにも将棋を教えようとしたのだが、どうしてか上手くいかない。覚えられないというより、何が楽しいのかわからないみたいなのだ。
まあ、俺の教え方が下手っていうのもあるんだろうけども…。
しかし、嫌なのに無理にやらせても仕方ないか。男どもは夢中になってるけどな。
「村の者たちとも話して、月に数回、将棋大会を開こうかと思っております」
「おお。いいねー」
「ちょうどカダベル様が仰っていた宿泊施設の案もありましたし…そこを寄り合い所として会場に使ってもいいかと」
「いいんじゃない。なんか年寄りの寄り合い所とか、町内会っぽいけど」
この村には宿泊施設が無かった。そこでホテルとまではいかないだろうが、簡易宿泊施設を作ることを提案したのだった。
なにせこの村には意外と来客が多い。ルフェルニはしょっちゅうだし、ミューンもたまに来る。ナドなんて何かと理由をつけては顔を出す。その度に、毎回毎回、死者の家に泊めるわけにもいかない。
「趣味に興じるのは悪いことじゃないが、仕事に差し支えない程度にな。ミライに怒られるぞ」
「そこは大丈夫です! それにカダベル様とミューン様が作られた温室、水耕栽培も着々と成果を出し始めていますし…」
「そうかそうか。収穫量が一定になれば、村の収入も安定するはずだ。
後は仲卸業者だな。ドワーフの商業組合などの大規模ネットワークと話がつければ最高だね」
「それですが、今までのようにイルミナードで売ればいいんじゃ…」
「村人がわざわざ出向いてか? しかも重い荷物を背負って山道を下る? ハン! 非効率的なことだ。向こうから買い付けに来させればいい」
「買い付けですか?」
「ああ。サーフィン村の商品の質がいいとわかれば、向こうから是非とも買わせてくれ…となる。そうすれば値を少しだけ釣り上げて…まあ、これはその時にすればいい話か。
いずれにせよ、ドワーフの商隊がやってきたら俺が交渉してみる」
「ヒューマンの商隊が来た場合は?」
「あー。駄目駄目。ヒューマンの大体が自分が儲けることしか頭にないのが多い。飲鴆止渇な奴らとは取引しない。
ドワーフは種族柄なのか文化的なものなのか知らんが、商売自体にプライドをもってやっているのが多いからな。そういった商売人の方が長期的に見ても付き合うのにいい」
「なあ! そんな話はいいからさ! 将棋やろーぜ! 将棋!」
俺とゾドルが話込んでいたせいで、モルトがむくれた顔をしていた。
「ゴメンゴメン。そうだったな…」
俺が向き直ると、モルトの視線が別の方を向く。
何事かと思う前に、ゾドルもゴライも同じように視線を動かしていた。
もう振り返らなくてもわかるが、俺はあえて振り返る。
そうだ。メガボンのヤツだ。
頭に王冠のような物(キララ作)を被り、ビロードのマント(家にあった古いカーテンを加工した)を羽織ったメガボンが悠々と歩いて来る。
「おお! “将棋王”! メガボン名人!」
チッ。なにが“王”だ。なにが“名人”だ。ちょっとぐらい将棋が強くなったからって…
まるでアイドルにでも群がるかのように、ゾドルとモルト、そして将棋崩しをやっていたはずのキララまでもがメガボンの元に集まる。
対して、メガボンは“落ち着いて”と言わんばかりに両手を上下に振った。
「最強きたー! 一局、打ってくれよ! メカボン名人!」
村で一番強いのは本当だ。俺がルールを教えたんだが、覚えてからは負け知らずで俺ですら勝てないレベルになってしまった。
というのも、この野郎は、誰も教えてもいないのに棒銀戦法や矢倉囲いなどを行い始め、とても素人には思えない打ち筋を披露するようになったのだ。
当然、詰将棋が苦手で、裸の王様を延々と追いかけ回している俺に太刀打ちなどできるハズもない。チキショウめ。
「カコカクカク」
メガボンが空を見上げて何か言う。
「…なんだって?」
メガボンの言葉がわからない俺はゴライに尋ねる。
「…“俺より強いヤツと戦いたい”…と言ってマッセ」
この屑骨野郎! 調子に乗りやがってッ!!
「…しかし、マイマスターが手加減をしていることを知らずに名人などとは」
「え?」
いつの間にか側に来ていたカナルが不思議なことを言った。
「将棋なるこの遊戯は、マイマスターが生み出されたもの…」
「いや、別に俺が創ったわけじゃ…」
「戦場を模した遊戯…つまり、我々の戦術や戦法を磨くために考案されたものとお見受け致します」
「いや、全然違うんですが…」
「同一条件の戦力、厳格に定められた駒の動き…これからしても、この遊戯の本質は、敵の動きをいかに看破するかという眼を養う目的があるかと」
この女は何の話をしてるんだ?
将棋って娯楽じゃないの?
縁側で指してたうちのじいちゃんはそんな眼を養ってたようには見えなかったよ?
「マイマスターであれば、何手先も見越して指しておられるはず…つまり“単なるお遊び”に過ぎないということです」
うん。単なる遊びのつもりでやってるから。本当にね。
だいたい俺は簡単な3手詰が解ける程度だ。王を詰めるのも基本的な“頭金”しか知らない。
「…そりゃ有段者になれば、100手とか1,000手先を読むって言うけどさ」
「1,000手先!?」
「うん。コンピュータだと数億手とか言ってたな。もう、異次元の話だよね」
「ッ!!」
「スッゲー! カダベル様!!」
「いや、モルト。俺がそんなことできるなんて一言も…」
ん? なんかカナルもメガボンも平伏してるけど…
「申し訳ございません! たかが十数手先を読める程度で偉そうなことを申し上げました!!」
「カクカクカコンッ!!」
何をどう勘違いしたらそうなるんだ? お前ら“読み違え”もいいところじゃないか……
「何卒、私たちに改めて教示して頂きたく!!」
カナルも将棋盤を差し出す。彼女はこういうの好きでやってくれるんだけど、もう俺より強いんだよね。教えることなんかなんもないわ。
「うーん。…各々、精進せよ!」
「え?!」
「…俺はオセロでもやってこーよっと」
どうせ下手に訂正しても、また違う風に解釈するんだ。それなら逃げるのが一番。三十六計逃げるに如かず…ってね。
「おーい。ロリー、キララ。俺も混ぜて〜。それ終わったらオセロやろー。オセロの必勝法はな、四つ角を取ることにあるんだぞぉ〜」
「…さすがはマイマスター。私たちなど戦うまでもない相手だとそう言うことですか」
「おー、デッセ」
「カコカク…」
「頑張りましょう。メガボン、ゴライ。少しでもその高みに近づくために!」
「デッセ!」「カッコン!」
「あの…将棋は…」
「俺たちはカダベル様と将棋やりに来たのにぃ! もう!!」
──
ルフェルニも月に何度かやって来る。
しかし、イスカを伴って来るのは初めてのことだ。
「エルフはイルミナードならば珍しくないが、この村にはひとりもいないからね。さぞかし注目されたんじゃないか」
「ええ。でも、動くミイラほど稀少じゃないわ」
「ハハハ。違いない」
本人は棘のある言葉のつもりだったんだろうが、俺は別段気にしたりはしない。
イスカは腕組みしたままだ。やはり信用できないといった顔だな。
「ねぇ、イスカ」
ルフェルニは少しおどけた感じに声をかける。
「ええ。わかってるわ。わかってるわよ…」
なんだ? イスカが何かをテーブルに放る。
「…観光業? 誘致促進計画?」
「…知っての通り、私の領地バンミモルは西の最果てにある。サルミュリュークほどじゃないが、漁業のお陰でギアナードじゃ裕福な方だ」
「? 知らんが…?」
俺がそう答えると、イスカは怪訝そうにする。
バンモミルの名前とだいたいの位置は前にルフェルニから聞いてたが、特に目新しい情報もなかったんで頭から抜け落ちていた。
「それでこれを俺に見せてどうしろと?」
「前にカダベル殿が仰っていた観光地化の件です!」
ルフェルニが少し焦ったように前に乗り出して来た。
「観光地化?」
うーん? そんなこと話したっけか?
「イルミナードもそうですが、バンモミルも地理的にあまり人が来ない土地なので…魚を目当てに商人は来るのですが、もっと人々が往来すれば活性化するのではないかなぁと!」
「へー、そうなんだ。頑張ってね」
俺がヒラヒラ手を振ってみせると、ルフェルニは困ったような顔を浮かべ、イスカはフンとそっぽを向く。
「ぜ、ぜひとも見識の広いカダベル殿にアドバイスを頂ければと…」
「アドバイスねぇ。過疎地なんて、ご当地キャラでも作って地道に宣伝していくぐらいしか…」
「ご当地キャラ?」
「……いや、漁業が盛んってことは魚料理などは簡単に食べられるんだよな?」
「ええ。マグロとかタコのフライは絶品よ」
「マグロとタコがいるのか!?」
いきなり大声を出した俺にふたりは目を丸くする。
「…コホン。まあ、俺の知るのとは違うかも知れんしな。レッサーパンダがコウモリみたいな例もあったし」
「え、えっと…」
「いや、なんでもないよ。…他には何かあるのか?」
「後は温泉くらいだな。地元の老人たちがよく利用している」
「……温泉か」
この世界にもあるんだな。
近くにも湯が湧き出るところはあるが、超高温の熱湯だったんで、とても人が入れるものじゃなかった。
【流水】でうずめればいいと思うかもだが、大量の熱湯を適温にするには効率が悪いし、入浴するために使うにはもっと大掛かりな設備が必要なんで保留にしたままだったんだ。
「温泉といえば…宿泊施設だよな。温泉と宿泊施設は一体になってたりするの?」
「当然ね。そういった施設もあるわ。私がオーナーのホテルなんかは温泉が併設されているわよ」
温泉宿……
ん? 温泉宿といえば、麻雀大会じゃないか!
「それだけじゃない。ピンポンや、レトロゲーセン…浴衣……素晴らしい」
「カダベル殿?」
「よし。視察に行こう!」
「ええ?!」
「善は急げだな! おーい! ゴライ! メガボン! 支度だ! 旅立つぞ!」
「カダベル殿?」
立ち上がった俺を見て、ルフェルニは眼をパチパチとさせる。
「俺はゾドルん所にしばらく留守にする旨を伝えてくるわ」
「ちょ、ちゃっと待ちなさいよ! 私はアドバイスが貰いたいだけで…」
「安心しろ! 温泉を見ればポンポンとアイディアも出てくるよ!」
まだイスカが何か言おうとしていたが、そんなのには構っていられない。俺はそそくさと屋敷を飛び出して行く。
「ルフェルニ! 話を聞くだけって言ってたでしょ!」
「よし! 計画通り!」
「まさか! お前! 最初からそのつもりで…」
「まあ、いいじゃない。組合の出した案は上手くいってなかったんだし。新しい風を入れるって意味でも…」
「新しい風だったらねッ。死者がウチの領地に来るだなんて話は聞いてないわよ…まったく」




