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屍従王  作者: シギ
第二章 ギアナードの魔女編
53/113

051 その後の王都…

 どこにでも居そうな変哲もない若者、ウェイバー・メトアはそんな王都民のひとりだった。


 彼はインペリアーの外出制限が解かれた日の夕方に、待っていましたとばかりに家を飛び出し、スッ飛んで酒場へと向かった。


 予想通りというか、外門側にある酒場は非常に混み合っていた。

 普段から客数は多いが、座れないほど人が居るのは珍しい。空いた酒樽を逆さにして椅子にする者が出るぐらいになっていた。


 幸いウェイバーには友達がいた。ある席で手が上がり、入口でキョロキョロする彼の名を呼ぶ声があった。

 座れぬ客の疎ましそうな視線に肩をすぼめつつ、足早に友人たちの席へと向かう。


「おい。遅いぞ、ウェイバー」


 背が高い色黒のニックスが、酒瓶を掲げて舌を鳴らす。


「ゴメンよ。すぐに家を出たんだけど」


「それでこんな時間になるかよ」


 ずんぐりむっくりした太っちょポーチが、揚げ鶏肉をつかんだ脂だらけの指を舐めつつ言った。


「まさかとは思うが、軍の命令通りずっとこの2日間、家に閉じこもってたんじゃねぇだろーな」


「え?」


 ふたりの顔を見やって、ウェイバーは眼を瞬く。


「だーれもそんなの守っちゃいないぜ」


「え? だ、だって死者の群れが…」


「そんなのとっくに兵隊が倒してるよ」


「全然安全だって。通りに死者がいたか?」


 ウェイバーは首を横に振る。


「死者との戦闘があったのはメインストリートだけさ。こんな裏路地にまでは入り込んでない」


「そうそう。死者なんだから、暗がりから襲ってくりゃいいのによ。お日様の当たる大通りを律儀に進軍してきたんだからな」


 ゲラゲラと笑い合うふたりは、そこそこ出来上がっていた。

 ジョッキの中は半分ほど無くなっていたが、彼らのことだから数杯目のおかわりなんだろうとウェイバーはそう思った。


 ウェイバーは店員に自分の分を注文しようとして、ニックスが「もう頼んだ」と言った瞬間に、同じ麦酒が運ばれて来る。

 酒はあまり強い方じゃない。ウェイバーは甘い蜂蜜酒が良かったのに…そう思いつつも、ふたりとジョッキを「乾杯」と言ってぶつけ合う。


「…しかし、すげぇことが起きたもんだな」


「ヘヘ。ニックス。その台詞は今日、何度目だよ」


「いやよ! だって、皆もそう思うだろ? ここに来てるヤツらだって、その話がしたくて来ているんだぜ」


 ウェイバーは確かにそうだと頷く。


 さっきから聞こえてくる周囲の話も、全部が似たりよったりだった。

 それは屍従王カダベル・ソリテールによる死者の群れによる襲撃のことだ。

 南門を半壊され、あろうことか王城や王都の各所まで粉々にされたくだんの話で持ち切りだったのだ。


「しかし、城や都がすぐに元に戻ったのはなんだったのかな?」


「ああ。魔法に詳しい奴が言うにゃ、あれは屍従王の力だったんだろうって話だ」


 ポーチは口元に手を当て、コソコソと話をしているつもりなのだが、この酒場の喧騒の中でそんなことできるはずもない。

 周囲には丸聞こえで、何人かが耳だけをこちらに傾けていた。酒場に来る目的がこれだ。こうやって色んな情報を収集するのである。


「魔法で城を直した?」


「いやいや、奇術師の使う幻術の大規模なヤツらしい。城や街を壊したように見せかけたんだろうってさ」


「なんでそんなことを…」


「そりゃ…」


「人の心を折るためだと思うね」


 ポーチが答える前に、ニックスが得意気に言う。

 聞き耳を立てていた何人かが頷いた。


「どういうことだ?」


「城外に集めた死者は陽動で、本当は城そのものが狙いだったんだ。思うにあの地震もハッタリだね。城とかを破壊したように見せかけて、兵士たちの士気を下げたんだろうぜ」


「…じゃあよ、兄ちゃん」


 隣の席にいたスキンヘッドが振り返ってこちらを見ていた。


「城が狙いだった件はよしとして、あのコウモリはどう説明するんだい? 俺たちに外に出るなって言ってたヤツだ」


「そ、それは…」


 強面にいきなり話かけられたせいで、ニックスは少し戸惑う。


「人の心を折りたかったら、あんな丁寧な警告まがいな真似はしねぇんじゃねえのか」


「うむ。確かにそうさな。ワシだったら下水道を潜り、深夜に街中に入り込む作戦を執るわい」


 スキンヘッドと同じ席にいた老人が話に加わる。


「おお、さすが元軍人! 視点が鋭いね!」


「ふふん。そうじゃろ。なんでも聞いてくれい」


 いつの間にか3人だけじゃなく、周囲を巻き込んでそんな風に話が広がる。


「なんかさ、城の周囲に現れた怪物と、死者の群れが戦っているのを俺の友達が見たって」


「ああ。なんか辺境とかで目撃されてる怪物だろ? ドワーフが見たって話を聞いたことがある」


「その怪物って屍従王が連れてたんじゃねえの? 俺はそう聞いたけど」


「どっかの村で、大絶叫する大男が倒してるって噂なかったけ? でっかい板で殴りつけるってヤツ」


「まあ、それより屍従王だろー。今の話はさ」


 酒の力は偉大だ。今会ったばかりの赤の他人を、まるで旧知の仲だったかのように結びつけるのである。


「…でも、変な動きしてたよな。死者なのに死者らしくないっていうかさ」


 誰かがそう言ったのに、皆がコクリと頷く。


「なんか、人間を傷つける意思がないというか…」


「いや、そんなことないだろ。軍率いて攻めて来てるんだぞ」


「だけど、殺された兵士とか…いたのか?」


 誰も返事をしない。怪我人は多くいた。だが、死んだという話を誰ひとり知らなかった。


「それに聞いたか、この話…」


「え? 何をだ?」


「いや、城が元に戻った後に、死者たちがどうしたか…」


 小さな声だった。それでも充分に聞こえたのは、酒場にいる皆がそれに興味津々に耳を傾けているからだ。

 ビールを注いでいた店主の手から酒が溢れて、「おおっと」なんて言う声までちゃんと聞こえる。


「死者たちは…どうしたんだ?」


「信じられないかも知れないが…」


「いいから、もったいぶらず話せよ!」


「あ、ああ。それがな、メインストリートに戻って来て…」


 あまりにもゆっくり話すので、気の長いウェイバーですらも“早く話せ”と少しイライラする。


「各家の玄関前に、金品を置いて行ったんだって…」


「は?」


「死者が金品を?」


「あ、ああ。イヤリングとか金貨とか指輪とか…」


「い、いやいや。ないだろー」


 スキンヘッドが頭をペチンと叩いて笑う。だが、その笑顔は強張っていた。


「命を獲りに来たってならわかるが、なんで死者が金目のモン配るなんて真似を…」


「…迷惑料だったとか?」


 思いついたことを口にしたウェイバーに、一斉に視線が集まる。


「…自分から攻めて来て迷惑料だぁ?」


 ポーチが小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。


「いや、ありえるかも知れんぞ。俺は葬儀屋なんだが…」


 好まれる職種ではないため、何人かは渋い顔をした。

 この国では葬儀屋は穢れた仕事という古い見方をする者たちがいたからだ。


「管理人から聞いたんだ。その死者たちが墓地前に整列して座っていて、びっくりして腰を抜かしたんだって…」


「…おいおい」


「ヤツら、まるで埋葬してくれるのを待っているみたいで…」


「作り話だろう。それ…」


「違う! 本当だって! 今でも埋める作業をしてるはずだよ!」


 あまりに真剣な様子から、ポーチもスキンヘッドもそれ以上のことは言えなかった。


「そういや兵士たちも、死者たちは屍従王に無理やり連れて来られたヤツらなんだって言ってたな」


「…埋葬するため連れてきたってのかよ? 意味がわからんな」


「そもそも屍従王はどこから来たんだ? 今までどこに隠れて、なぜ今になって出てきたんだ?」


「魔女が屍従王を怒らせたからだって話だろ?」


「いや、それは屍従王の言い分で…そもそも魔女だよ。魔女ってなんだよ?」


「知らんのか? ずっと幼女の姿をして、何百年も生きてるって話じゃないか」


「いや、魔女って真っ黒な服着たバアさんの姿だって。俺の死んだジイサンはそう言っていたけど…」


「とにかくだ。出自が不明なのは、何も屍従王だけじゃないってことだろ」


「あー。でも、どれもこれも噂話だぜ。この国の裏側に魔女がいるだなんてさ」


 魔女の話は迷信のようなものだと多くの者たちが考えていた。または、ただ力の強い魔法士がそう呼ばれてるだけなんだという話もあった。


「……それ言ったらさ、屍従王なんて本当にいたのかって話にもならない?」


「いや、そうじゃなきゃあの死者の群れはなんなんだよ」


「もしかして、だよ。クルシァンの陰謀とか…」


「陰謀? なんで? 聖教会がどうして死者を使うんだよ?」


「いや、もしかしたらの話だよ。戦争準備して噂もあるみたいだし、ギアナードと一戦交える口実を…」


「おー。確かに最近、聖騎士を見かけたって話もあったな」


「でも、それにしたって根も葉もない憶測だろ。屍従王の存在を疑うにしても…」


「…俺、屍従王の頭を見たよ」


「ほらな。やっぱり実在…」


「おーい! なにさらりと爆弾発言してくれちゃってるんだ! ホラ吐くにも程ってもんが…」


「ホラじゃない。俺、宿屋の息子」


 いかにも根暗そうな青年が手を上げる。

 そしてニックスのビールを指差したので、嫌そうな顔をしつつも、飲みかけのジョッキを手渡した。

 青年はニタリと笑うと、コクッとそれを呷る。そんな仕草も不気味だ。


「…もし屍従王が宿に泊まりに来たって話だったら殴るぞ」


「実はその通りなんだ。…おっと、殴らないで。最後まで話を聞いてよ」


 ニックスが拳を握り締めたのを見て、ニタニタと笑う。やはり不気味だ。


「…貴族のお偉いさんが、こっそりとやって来たんだ。内密にしろって、親父に多額の金渡してね」


「…貴族?」


「…俺、普段は裏方の…掃除とか洗濯とかやってんだけどさ。その日は外出制限のせいで、従業員が出て来られなくて。仕方なく、親父に言われて俺が部屋まで案内したんだ」


 それはそうだろうとウェイバーは思う。いくら家族とはいえ、こんな不気味な男が受付にいたら客足は遠のいてしまうことだろう。


「その時に見えたんだ。スッゲーカワイイ修道士の女の子が、屍従王の頭を持って入って来るのをさ」


「修道士? なんで修道士が?」


「待て! 今のはもっと聞き捨てならないぞ! スッゲーカワイイだと!?」


「そうだ! おーい! 誰か絵心あるヤツはいないかー!?」


「おい! こっちだこっち! コイツ! ここに絵描き志望がいるぞ!」


「店長! 紙とペン大至急!」


 ニックスとポーチが立ち上がって大騒ぎしている。


「…でも、なんでそれが屍従王だと?」


 ウェイバーが尋ねると、男はニタリと笑った。


「ずっと修道士が『カダベル様』って言ってたからさ…屍従王の本名だろ、それ」


「そんな話はいい! ちょっとこっちに来い!」


 不気味な男は襟首を掴まれ、ニックスとポーチに連れられて別の席に行く。

 きっと、絵描き志望とやらのところへ向かったのだろう。 


「屍従王の名前は…“カダベル”って言うのか?」


「屍従王カダベル・ソリテールだ。兵士たちは隠しているみたいだが、もうとっくに漏れちまってる。なんかどっかの元貴族だとか何とか」


 ウェイバーは独り言のつもりだったが、スキンヘッドが答えた。


「貴族? 屍従王が?」


「そんな情報なら山ほど出ているさ。屍従王に菓子を売ったってドワーフも…確かさっきまでそこに。あれ? うーん、昼間には居たんだけどな」


「菓子?」


 死者を従えるというおぞましいイメージのせいで、ウェイバーの頭で子供が食べるようなオヤツと屍従王がすぐには結びつかなかった。


「ああ。屋台に出してた甘棒を根こそぎ買っていったらしい。屍従王も死者なんだろ? 甘いもんで死者を手懐けるられるのかねぇ?」


「そんなん聞かれても誰も知らねぇよ」


 スキンヘッドの問いに、誰かがツッコミを入れて笑い声が上がる。


「でも、本当になぜ菓子なんか買ったんだろう?」


「さてね。もしかしたら魔法の儀式に必要なのかもな。見た目から言っても魔法士らしいし」


「姿を見たんですか?」


「…見たヤツが描いたイラストがあるよ」


 スキンヘッドがテーブルに放ってあった紙を取って渡す。


 紙と言っても製本に使えるような上質紙ではない。ゴワゴワした藁半紙である。

 それでも巷に出回る紙としては上等で、比較的に都市部では広く流通している。ギアナードでは入国申請書もこの紙を使っていた。


 そこに描かれていたのは、仮面を付けた細身の魔法士だ。

 いかにもな風貌だが、王と言う割には装飾品なども身につけておらず、みすぼらしくすら見えた。


「…仮面つけてますね」


 素顔を知れると思ったウェイバーは、少し残念そうに言う。


「そう思うだろ。仮面付けた魔法士なんてざらにいるからな。これを屍従王だって決めつけんのもどうかと思うぜ」


「おー! これか! スゲェ美少女じゃん!」


「…だから言ったでしょ」


 ニックスがはしゃいで戻ってくる。ポーチが手に持った紙を奪い取ろうとしたが、サッとかわしてウェイバーの前に座った。

 皆に見せびらかすと、チラッと見えただけでも「へー」だの「マジか」などという声が聞こえてくる。


「屍従王の素顔?」


 美少女にも興味は惹かれるが、ウェイバーは屍従王への好奇心の方が勝っていた。


「ああ。だが、屍従王の方はあんまおもしろくもないぜ。普通のミイラだ。特徴も何もない」


「…ミイラの特徴を言えって方が無理あるだろ。それにさ。しっかり抱きかかえてたから、よくは見えなかったんだ」


 よほどしつこい質問攻めにあったのだろう。不気味な男は疲れたような顔をして、不貞腐れたように言う。


「おい! ニックス! 独り占めはずるいだろ!」


「へへ。冗談だよ。ほら、ウェイバーも見るだろ」


 ニックスはジョッキやツマミを乱暴にどかすと、袖で濡れたところを拭き取り、机に藁半紙を広げた。

 皆が顔を覗き込むようにする中、ウェイバーは隙間から絵を見やった。


 そこに描かれていたのは、ほんの数分でよく描き上げられたなと思えるほど詳細な絵だった。


 それは物憂げそうな美少女だ。修道士の服を着ていて、手にはおぞましいミイラの頭を抱いている。


 最初に抱いた印象は背徳の美だ。白く拡がるキャンパスの中にポツンとひとつだけ黒染みが生じたような、何となく勿体ないような、それでいて黒があるからこそ白が引き立つような、そんな歯痒さにも似た、深く惹きつけられる何かがあった。


「…こりゃ一体全体どういうことなんだ? この修道士は何者だ?」


「さあ? おい、宿屋の息子」


「…知ってたら話してるよ。俺は見ただけ。詮索はするなって言われた」


 ますます謎が深まる屍従王に、何人かの者たちがそれぞれ考察を始める。

 思いつくことを言っては、誰かが訂正し、修正した話や、または違う視点からの話が始まる。 


 屍従王の素顔から目を離せず、ウェイバーはそれを見やり続ける。

 まるで今にでもこの屍従王が動き出して何かを語ってくれそうな気がした。


「……屍従王。また来ないかな」


 何気なくそんなことを呟いたのに、周囲が水を打ったように静まり返る。

 そうさせたのが自分の一言だと気づいて、ウェイバーは慌てて首を横に振った。


「い、いや、そういう意味じゃなくて…」


 単なる軽口とはいえ、侵略者に対する台詞にしては不謹慎すぎた。


 城の関係者がいたら国家に対する反逆罪で投獄されてもおかしくない。

 そうでなくても、ここにいる連中に袋叩きにされて半死半生の目に遭わされたとしても文句は言えないだろう。


 冷や汗が背中を伝う。殴られることを覚悟して、ウェイバーは思わず奥歯を噛み締めた。


「……楽しいよな。こんなの滅多にないことだ」


 そんなウェイバーに助け舟を出したのは、意外な人物だった。それは宿屋の息子である。


「まあ…言ったって、死んだヤツも出なかったんだしよ。こりゃ一種のイベントだぜ。浮かれるのもしゃあないだろ」


 スキンヘッドも小さく頷き、周りの様子を確認しつつそう言う。


「そう…だな。こんな風に皆で集まって話が盛り上がるって…そうそうないよな」


「前は王様が変わった時だっけ…」


「ああ。賢王になるはずだって、占い師のバアさんが言い張ってて…皆で賭けたんだっけな」


「こうやって酒場に集まってな」


 ある程度の年齢の者たちは「そうだったな」と懐かしそうにする。

 あの頃はまだウェイバーも幼かったが、王都を上げての戴冠式パレードが行われた覚えはあった。

 

「結果、バカ王。バアさん、パレードの翌週に寿命で天に召されちまったせいでお咎めなし。あの時は大損させられたなー」


 それを聞いた何人かが笑った。そのおかげもあって、張り詰めた空気が一気に弛緩する。

 “バカ王”だなんて、外では表立って言えない。だが、多くの人々が今の王が無能であることをとっくに知っていたのだ。


「あー! もう我慢できん!」


 部屋の隅にいた老人が大きくジョッキを机に叩きつけて叫ぶ。


「おい! ドン! やめとけ!」


「関わらん約束じゃろ!」


「うるさい! ルッケルズ! ボルアム! ワシらこそが証人じゃ! それが喋らんでどーするか!」


 ニックスが「例の常連老人だ」と耳打ちし、ポーチが「今日はいやに大人しかったのにな」と呟く。


 たまにしか通わないウェイバーでも知っている。

 この酒場に毎日のようにいて、過去の栄光自慢を延々と語り合い、互いの傷を慰め合う有名な3人組だ。

 有名になった理由は、耳が遠いせいで声が大きいのと、その声の大きさを注意したことを発端にしたケンカをよく見かけるからだ。


 今日も同じ指定席にいるのは知っていたが、屍従王の話で持ちきりだったせいなのか、そういえばまったく彼らの話し声が聞こえなかったのだ。


「そこの若者! お前さんは偉い! 真実を見抜く眼がある!」


 だいぶ酔っ払っているドンに指差され、ウェイバーはキョトンとする。


 ドンは唇を舐めて、自分に視線が集まっているのを見ると、機嫌が良さそうに光る頭を撫でつけた。


「おい。ジイサン。勘弁してくれよ。大工の弟子に屍従王が居たとかいうネタならいらねーぞ」


「黙れ! 若造! お前も、お前も、お前も、お前も大したことがない!」


 ニックス、ポーチ、スキンヘッド、葬儀屋の男、そして宿屋の息子を順番に指差してドンは胸を反らす。


「本当に驚く情報はワシらが持っとる!!」


 ルッケルズは顔を覆い、ボルアムは真っ青な顔をしていて、「やめてくれ。問題事は勘弁じゃ」とか「この歳で牢屋行きにはなりたくない」などと言っている。


「それで本当に驚く情報とは?」


「聞いて腰を抜かすな!」


「いいから言えよ! そこまで言うんだ! さそがしスゲェ話なんだよな! なあ!」


 ニックスが皆を煽る。つまらない話なら、皆でこき下ろそうという魂胆だ。


 だが、ドンは鼻の穴を大きく拡げて不敵に笑う。


「何を隠そう、ワシら3人はだな! あの“友である屍従王”と、ここ1週間ずっと酒場で話をしてたんじゃぁー!!」




──




 ゼロサムは双眼鏡を手渡され、城から王都を見下ろし唖然とした。

 

 王都は祭りさながらの賑やかさで、いつもよりも人通りが多くなっていた。

 それだけならば死者の群れに勝利したことを祝っていると理解はできたろう。

 しかし、なぜかどう見ても、屍従王が祭りのメインとなっている様だったのだ。

 のぼり旗には死者たちを統べる屍従王が描かれ、死者たちの頭を模した風船が浮かび、通りを屍従王のような格好をした子供たちが走り回っているのである。


「なぜこんなことになっている?」


 農務大臣が、側に控えていた兵士に向かって尋ねる。


「は、はぁ。どうも屍従王を擁護する者たちがいるようでして…」

 

 萎縮した兵士は小声でそう答えた。


「擁護だと? 何をどう擁護するというのだ? この国に未だかつてなかった危難を…戦乱を引き起こした張本人じゃぞ!」


 防衛大臣が吐き棄てるように言う。


 王の側にいたバックドロッパーは、(死者が来ると聞いて、真っ先に逃げ出したくせに…)と心の中で愚痴った。


 ここにいる大臣の殆どが雲隠れしたのだが、ゼロサムは自分が戦うことで頭が一杯でそんなことをまったく覚えていなかった。

 それを幸いとばかりに、戦いが終わったと見るや、何事も無かったかのように王城に戻って来て、フカフカの椅子で偉そうにふんぞり返っているわけである。


「その…それがまことに言いにくいのですが…」


「構わん。言うがいい」


 ゼロサムがそう言うと、兵士は王を見やってから頷く。


「屍従王はこの国の問題点を浮き彫りにした英雄なのだと…そういう吹聴が広まっており…」


「なんだそれは! この国の問題点とはなんだと言うのだ! そんなものが民草にわかってたまるか!」


 農務大臣が血走った眼で怒る。


 自分が悪いわけでもないのに、兵士は真っ青になっていた。


「…義賊だな。前にもいたろう。国家に憤懣を持ち、貧民に金を配るような真似をした人気取りが」


「うむ。自身を正当化しようとした盗人だったな」


「ああ。魔女が血祭りに上げた…これは内密だったか。いや、魔女はもうおらなんだから関係ない事だったな」


 大臣たちは憤っていたが、いつものような緊張感はなく口数も多い。

 今までは魔女ジュエルがどこかで聞いている可能性があった。だからこそ、下手な発言はしないように大臣たちも気を付けていたのだ。


「…これが問題なのは、勝利した王国騎士団ではなく、死んだはずの屍従王が讃えられているという点だ。死した者が美化されるのを止めるのは難しいぞ」


 内務大臣が何かの書類に眼を通しながら、机の上に人形をひとつ放る。


 それはコウモリの人形だった。ドクロを持って、やや困った顔をしている。

 しかもドクロはディフォルメ化されて若干可愛くなっていた。まさに子供が喜びそうなデザインだ。


「こんな物まで出回っているのか! 商工会に圧力を…」


「もうとっくにやった。…だが、強く反発されたよ。被害の補償もせずに命令だけするな、とな」


 内務大臣は肩を竦める。


「何を弱気なことを言っとるか!」


「被害の補填だと? 王都だって、王城と同じく、魔法かなにかの力で元通りになったんではないか!」


「それとは別だ。王国軍と屍従王軍との戦いによる損害までは修復されてはいない。それに戦いの間、外出禁止にしたことによる損益も加味して…」


「ええい! 侵略だぞ! 有事に国民が協力するのは当然ではないか!」


「…違う。違うんだ」


 財務大臣が首を横に振る。


「……屍従王は、商工会に多額の金を送っとるんだ」


「なんじゃと?」


「だから、ワシらが強く叩けば叩くほど、余計に屍従王が持ち上げられてしまう。逆効果なんじゃよ」


 農務大臣と防衛大臣は揃って眉を寄せる。


「それは死者の財宝か?」


「いや、それとは別だ。商工会宛に“朱羽老人”という偽名で、クルシァンから直接に送金がされておった」


 聞き慣れない名前に、大臣たちは複雑な表情を浮かべる。


「クルシァンの金ということは、他国に買収されたって話ではないか…」


「商工会の言い分は、“一方的に送りつけられた”…だ。クルシァンからは何の返答もない」


「…不当な金だぞ」


「ならどうしろと? 差し押さえでもしろと言うのか? そんなことをしたら余計に反感を買うだけだぞ」


 大臣たちは揃って頭を悩ませる。


「…皆様にお聞きしたい」


 バックドロッパーが手を上げるのに、大臣たちは少し奇妙そうな顔を浮かべてから「発言していい」と頷く。


「それはナド・ベンチェーべという男が何かしたのではありませんか?」


 バックドロッパーは、あのナドというソリテール家の執事長を疑っていた。もしかしたら、あの男が影の立役者ではないかと思ったのだ。


「そんな名前は出ていない。しかも、朱羽老人とやらはあくまで代表者に過ぎんらしい」


「代表者?」


「…送金元は、クルシァンの孤児院からだったのだ。それもひとつやふたつじゃない」


「孤児院ですって? なぜ?」


「知るか。問い合わせても、“朱羽老人から、寄付金の一部を回すように言われた”という意味のわからん回答ばかりだ」


「そして、それが厄介だ。朱羽老人と屍従王を結びつける明確な線がない。ましてや孤児院からの善意の形をした支援金だ」


「その支援って一体なんのだ…」


「戦争被害を被っても支援を受けられない、可哀想なインペリアーの商工会へ…だろう」


 内務大臣が苦々しく言う。


「屍従王からの直接の金だったら、死者からの汚い金を受け取ったのかと糾弾することもできたろうがな…」


 財務大臣が疲れた顔をして肩を落とした。


「その朱羽老人というのは…」


「…さっき財務大臣が言ったのでわからんかったか? それこそが屍従王なのだ。

 最近判明したようだが、“赤羽老人”というのはカダベル・ソリテールという貴族が使った偽名らしい」


「なんだか化かされたような気分だな。こうなることを予期して、事細かに準備してた…そんな感じがする」


 防衛大臣が言うのに、内務大臣は目を細める。


「やはりソリテール家。だが、他にも…何かを見落として…」


 バックドロッパーは難しそうに唸るが、大臣たちは興味なさそうに鼻を鳴らした。

 この期に及んで、屍従王に協力者がいようが、仮に別の首謀者がいようが、状況は何一つ変わらないからだ。

 バックドロッパーは頭を悩ませても、ナドが怪しい…それ以上はわからず、結局は考えるのを途中で止める。

 いくら考えたところで証拠も何もでてこないのだ。


「……とにかく、屍従王がカダベル・ソリテールであり、朱羽老人というのも間違いのない情報だろう」


 内務大臣が財務大臣をチラリと見やると、「その通りだ」と重々しく頷く。


「…過ぎた話はもういい。今はこれについて考える時だ」


 内務大臣が持っていた書類をパンと手で叩いた。


「……内務の。さっきから何を読んどったんじゃ?」


「そのカダベルという男の遺書だ」


「なんだと? そんな物をどこで…」


「ラモウット卿が見つけた。屍従王がアジトとしていた墓地にあったそうだ」


「何が書いてあるんだ?」


 深く腰を掛け直し、内務大臣は大きく息を吐いてから口を開く。


「……ギアナードへと提言と予言だ」


「提言? 予言? なんだそれは…」


 とても屍従王が書いて遺すような物には思えなかったので、大臣たちはビックリした顔をした。


 内務大臣が老眼鏡を外し、大臣を順繰りに見やる。


「……手紙の内容は三部構成になっとる。

 まずこの国への問題提起だ。我々、元老院が読む事を想定しておるのだろう。

 とくに防衛大臣。お前のことはかなり悪しざまに書かれておるぞ」


 防衛大臣は眼を丸くして「え?」と言う。


「そして二部目がその解決策だ」


「解決策だと? どんな?」


「…長いので要略するが、主に国家統制の見直しを筆頭に、権力の分立による統治、司法制度の見直し…それと福祉、教育制度や雇用制度を作れだのということが延々と書かれている。

 雇用に関してはより事細かい。商工会などと協力し、隠居した職人などに助成金を出して後継者を育成させろ…などといったことだな」


「なんだ? 屍従王…いや、カダベル・ソリテールという男は政治家か何かだったのか?」


「いや、領地は上手く治めていたようで、財は上手く成した様だが…政にはまったく関与していない。クルシァンはギアナードとは違う。宗教国の貴族の発言権はそこまで強くはないはずだ」


 農務大臣は「うーむ」と腕を組む。


「夢想家だったのか? 言うは易しじゃな。悪霊に乗っ取られただけでも迷惑なのに、死んでからも下世話な男だということはわかったわい」


「……そうでもないと思うぞ」


 内務大臣は最後のページを捲って言う。


「どういう意味じゃ?」


「三部構成と言ったろう。最後の一枚が予言めいたものになっとる」


「占い師気取りでもあるのか? …それでなんと書かれておる?」


 内務大臣は、全大臣をジロリと見やった。それから口を開く。


「……“この提言に従わぬ限り、国王は暗殺されるか、血で血を洗う革命が行われる危険性が極めて高い”」


 皆の視線がゼロサムに集まる。

 ゼロサムは「暗殺か! 喜んで受けて立つ! 抗争も面白いな!」などと言っている。相変わらず状況がまるで理解できていないのだ。


「まさか屍従王がまた攻めて来るということか…?」


 防衛大臣がそんな見当違いなことを言うのに、内務大臣は小馬鹿にしたように眼を細める。

 だが、屍従王の書いた文章に眼を落して、もしかしたらそういう可能性もあるのかも知れないと考えを改めた。

 

「……最後の一文はこうだ」


 内務大臣は喉をコクッと動かすと、重々しく続ける。


「“魔女ジュエル・ルディの力から解放されたと思うな。死を葬り去りし者は、常にお前たちの側で待ち構えている”」


 大臣たちは、まるでこの場に屍従王がいて、魔女の代わりに見ているかのような印象を抱き、強い悪寒を覚えた。


 しばし何とも言えぬ沈黙が部屋に流れる。


「……死してなお、ここまで国に影響を与えるだなんて…本当に信じられん」


 やがて口を開いたバックドロッパーはそう言うと、王都をもう一度見やり、この国の行く末を案じて深くため息をついたのであった……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 内政話、面白いですね! ゼロサム相変わらずで笑いましたw
2022/02/25 01:50 退会済み
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