049 新たなる魔女、ひとまずの決着
巨大な爆発が巻き起こり、その爆風が王都から離れたところまで吹き荒れる。
馬が驚いて嘶いたのに、危うくミューンは振り落とされるところであった。
「本当にやりおった! 馬鹿めが! 机上の理論だけで、成功するかなんてわからんだろうことを!!」
ミューンは苦々しい気持ちを抱く。
魔女の魔法力を予め想定し、どこまでやればその防御を貫きダメージを与えられるのか、その計算を手伝ったという負い目があったからだ。
「…カダベル。お主が犠牲になる必要がどこにあったというのか」
当初の計画では、自爆を行うのは打つ手が無くなった時の最終手段のはずだった。
魔女による支配力を弱める、または国王ゼロサムに魔女の危険性を認知させる…それができれば今後の展開の布石になる。
ミューンからしても、カダベルがやるのはそこまでで充分であったのだ。
「さすがに屍従王もおっ死んだかな〜」
「だといいわ。魔女もろとも消え去ってくれれば万々歳ね」
後方から来たシャムシュとイスカが、そんなことを言う。
ミューンは内心苛立ちを覚えたが、このふたりの気持ちもわからないでもなかった。
あの魔法がどれだけ凄いものか、ランク1しか使えないカダベルがどれだけの苦労をしてあれほどの爆発を生み出したのか、それを理解できるだけの魔法知識を有していないのだ。
友を擁護したい気持ちを、ミューンは自分の心の奥底へと押し込む。
モウモウと煙が立ち上る王城跡を見やり、ミューンは違和感に目を細めた。
「…しかし、奇妙だ」
「なにが?」
「爆発の規模はあんなものじゃ済まん。魔女が抑えたにしても…」
魔女ジュエルの力は、飽くまで推論の域を出ない。
もしかしたら爆発を完全に抑える魔法もあるのかも知れないが、カダベルが見立てでは【土塊起壁盾】か、またはランク6の防御魔法ならば【地龍金剛隔壁】を使うだろうと言っていた。
魔女がランク7の魔法が使える可能性もあったが、天変地異のような規模の攻撃に対しては、それを防ぐに見合っただけの発動時間が必要となる。つまり、とっさの防御で使うには間に合わないと結論づけたのだ。
その為、実際に相対して、魔女の防御力を見極め、爆発の規模を調整する…ランク1の魔法しか使えない研究者が何を言っているのかとミューンも思ったが、実際に【大火球】を超える炎の球を作り出させられてはもはや何も言い返すこともできなかった。
「そうじゃ。あれは抑え込まれたようにも見えんかった…」
「これだけでも凄い大爆発だったでしょ。だってここまで揺れたんだし」
「ランク7クラスだぞ! それが簡単に…」
「でも、ミューンもランク7の魔法って見たことないんでしょ?」
イスカに言われ、ミューンはウググと唸る。
確かにランク7は生涯に一度見られるかどうかもわからないほどの魔法だ。
使い手は賢者に継ぐ者として名を残し、魔法の威力に自身が吹き飛んだという英雄の話も少なくはない。
そして殆どが戦闘用の魔法のため、平時では無用の長物であり、学ぼうとする者はまずいないし、その魔法書も厳重に保管されている上、ミューンのような魔法士でも見る事も許されない。
世界を崩壊させられるような魔法がそこら辺に転がっていては困るというわけだ。
だから、その魔法の威力や規模はあくまで逸話や伝説から見聞きしたものだった。
「だが…」
絶対にあんなもののはずがない…そう言おうとして、ミューンは首を横に振る。
「……急ぐぞ。行けばわかる。カダベルが勝ったか、魔女が勝ったかもな」
──
おかしい。
生きている。
……死んでるけど。
爆発は【土塊起壁盾】か【地龍金剛隔壁】なら、仮に【倍加】が成功しなかったとしても“局地的”なダメージで抑え込めたはずだ。
威力はランク7相当とはいえ、大災害を引き起こせるほど範囲を拡げられるわけじゃないし、ただ単に威力の高い爆発を局所瞬間的に起こしたに過ぎない。
平たく言えば、いくら威力が強くなろうが、ハンドガンやライフル銃などで、ミサイルやナパームのような破壊はできないということだ。
だから、ランク5やランク6の防御魔法でも充分に抑え込める見込みだった。
それでも爆心地そのものにいた、俺とジュエルが生き残るかまでは半々といった感じだ。
まあ、ジュエルが魔力を防御と治癒に回せば“彼女だけ”は助かる公算が高い。
戦ってる最中、俺の杖の攻撃が弾き返されたことから、きっと魔法を使わずに直接魔力を使う術があるんだろう(魔女だけが持つ特殊スキルかもだが)。
それで4つの宿木石を全部使ったわけだが、そんなことをした俺は間違いなく木っ端微塵に消し飛ぶはずだった。
自分の腹ん中の爆弾を爆発させんだから当然だ。
死骸が無くなると色々不都合もあるだろうが、形があるとロリーやゴライたちによってまた祭壇に祀られるかも知れん。
それが嫌だったから、綺麗に爆散したかったんだが……
「うあー、みっともねぇー」
胸と腹は綺麗に吹っ飛んでいる。
背骨が辛うじて残っているが、身を起こすとゴギッと嫌な音がした。
しかし俺の身体は本当に不思議だわ。こんな状態でも足の指とかは動く。
やっぱバラバラになっても独立して動くのかな。それは絵面的にかなり気持ち悪いな。
あ、でも有線アームとかにしたら、戦法が増えるかも。
手足が伸びて直接殴る…うーん、どんどん魔法使いから離れていってる気がする。
「…だが、起き上がれない」
動くのは腕と頭と足だけだ。胴体が崩れてしまっているので起き上がれない。
無理やり起きると本当にバラバラになってしまいそうだ。
だが、こういう時に視野が広いのはいい。たいして頭を動かさすとも周囲が見える。
まず眼に入ったのが、放心して座り込んでいるジュエルだ。
顔は真っ黒で、爆風のせいか服もボロボロで、スカートも破れてパンツも丸見えだ。
「…生きてるか?」
死んでる者に聞かれたくない台詞だろうが、ややあってジュエルはコックンと素直に頷いた。
「…魔力はまだあるのか?」
「……ある」
「そうか。あるか。俺を消し去れる力が残ってるくらい?」
魔力測定機が燃え尽きたので本人に聞くしかない。
「……余裕で」
「余裕…か」
空っぽにはできなかったか。
まあ、そうだよな。俺の想定していた以上の魔力だったもんな。
無理だよ。百万単位とか。出てくるゲームが間違ってるって。
「……魔女。お前の勝ちだよ」
俺がそう言うと、ジュエルはスクッと立ち上がる。
「……勝ち? これが勝ち?」
「……」
「ふざけんなよッ!」
「ふざけてなんかいない。最後に立っていたのはお前だ。だから、お前の勝ちなんだよ」
俺は自分自身を指差す。もう何もできん。魔法は使えるだろうが、ジュエルに通用するものは最早ひとつもない。
「勝っても全然嬉しくないッ! スッキリしない!」
「……そりゃそうだろ」
魔女ジュエルに得るものなんて何もない戦いだ。最初から戦うこと自体が間違っていたんだしな。
「もう一度勝負しろ! 正々堂々やればアタシが勝つに決まってる! アタシは魔女だぞ!」
「…無理言うなよ。こんなんだぞ」
「キミは屍を従える王なんだろ!? なら治せ! 治せないならアタシが回復魔法を使う!」
「回復魔法は効果ないよ。…それに勘違いしているみたいだが」
「勘違い?」
「俺は屍を従えているわけじゃない。逆に俺が“従っている”んだ」
「は? …どういう意味?」
「俺は死なずに動き続けられた…だから、これが俺の死の在り方なんだろ。それに従っているだけだよ。屍…いや、死を従えるだなんておこがましい話さ」
死を克服する魔法なんかない…と、それを伝えたかったんだが、理解したかどうかは怪しいな。
ジュエルは大きく顔を歪ませる。それは欲しい玩具を買ってもらえなかった子供のようだ。
「イヤだ! もう一度だ!」
「だから…」
「……無い。もう一度などは無い」
「…あ…うう…」
空から声が響く。激高していたジュエルが、借りてきた猫のように急に大人しくなった。
俺が視線を上げると、そこに若い女がいた。
焔のように赤い髪…いや、比喩じゃなく、本当に燃えて大きく拡がっている。だが、決して燃え尽きることがない。
まるで焔の化身とも呼ぶべき姿で、俺が作り上げた【極炎球】よりも高温なのか、白熱して全身が光り輝いている。
しかし奇妙なのは、その全身をラバースーツのようなもので拘束されていることだ。
手枷に、その鎖が首にまで及び、首を振ることすら難しいほどに窮屈そうだった。
「新手かよ…」
想定外はいつも起きる…だが、ラスボスだと思われた魔女ジュエルより強そうな奴が出てくるだなんて勘弁して欲しい。
「“火磔刑の魔女”…」
ジュエルが震える唇で言う。
ですよねー。見た目からそうなんじゃないかと思ってました。
「…無い。与えられた責務を放棄して何をやっている。ジュエル・ルディ」
「ち、違うの! アタシは責務を放棄してないわ!」
ジュエルがビビるってどんだけヤバいのか。
「コイツ! 死の軍隊!」
「ん?」
「それで姉さまたちと戦えるから! プロトと合わせれば、無敵の軍隊になるから!!」
いや、俺を指差して言うなよ。俺、まったく関係ないじゃん。
それになんだよ、無敵の軍隊って。
「…無い。オマエは“限りある魔力”を使い果たしてしまっただろう」
「クッ…」
ジュエルが図星を突かれたように悔しそうにする。
ああ。そうなのか…
ジュエルの使い果たしても構わないってのは、“そっちの意味”だったか。
「…無い。それにソレは“理外者”だ」
「ええッ?!」
怪訝そうにジュエルが俺を見やる。
「無い。賢者どもが創り上げた魔法という理を崩す者。それはワタシたちの必要とする世界の実現に反する…」
「賢者だって? 魔女と何の関わりがある?」
「…無い。答える必要がない。ボウッ!」
ボウッ?
って、え? 火を吐いたんですけど!
「…許容範囲を超えている。制御するのが難しい」
「何を言って…ん!?」
まさか、爆発の威力が弱まって…俺が木っ端微塵にならなかったのは、コイツが何かしたからなのか?
「…オマエは危険な魔法士だ。だが、動けぬなら後回しでいい。今はジュエル。オマエに罰を与える」
「ちょ、ちょっと待って! プライマー・サルタネオス姉さま!! 話を聞いてよ!!」
問答無用とばかりに、火磔刑の魔女が口を軽く開く。口内に灼熱が集まる。
「【集熱収束射】」
焔を一点に集めて放つ…
そうだ。これは熱線だ!
「クノヤロウ! 【牽引】!」
「!?」
刺さっていた岩槍を利用して、俺は無理やり動く。
身体が完璧に半分に折れて、上半身だけが持ち上がる。
熱線! 熱線にはどうすりゃいい!?
「【流水】、【円球】、【収束・倍】!」
水を球体に貯めて収束させる!
こんなんで対抗できるとは思えないが…
熱線に当たると、小規模な爆発を起こして破裂した!
周囲に水蒸気による霧が巻き起こる。
よし、多少は目くらましに…
「相殺された? 無い。無いな。わずかに反らした程度か。ジュエルをかばって?」
ああ。そうだよ。
俺は上半身だけになって地面に転がっているし、残ったもうひとつの手も今の熱線で焼切られてしまった。
なんて威力だよ。あんなの相殺なんてできる代物じゃない。
「…キミ」
「今のが逃げるチャンスだったろ…。クソ。もう次は何もしてやれんぞ」
もう一度、さっきの攻撃がきたら……って、ん?
なんだ? 火磔刑の魔女が俺をジッと見ているけれど…
「……なぜ助けた? オマエたちは敵同士ではないのか?」
話す余地が…あるのか?
なら…
「俺は基本的に争いがキライなんだよ。…犬同士が喧嘩してても仲裁する男だ。姉妹喧嘩ならなおさらだろ」
ま、そうやって双方から追いかけ回されて噛まれるってオチなんだけどな。今もそんな状態だしね。
「無い…意味が無い…。これでオマエは魔法を使えない。そしてジュエルも死ぬ。意味の無いことだ」
プライマーが再び口を開き、そしてわずかに首を傾げる。
「……妹たちが動き出したか。早いことだ」
妹…ってことは、他の魔女ってことか?
おいおい。こんなのが、あとどんだけいるんだよ。
「…ジュエル・ルディ。オマエから“魔女”と“資格”を剥奪する」
「ま、待って!」
プライマーが大きく眼を見開くと、まるで金縛りにあったかのようにジュエルが硬直する。
そして、ジュエルの背中から灰色の本のような物がズルズルと抜き出されていく。
とても彼女の身体の中にあったとは思えない大きさだ。辞書のような…いや、これは魔法書なのか?
「オイオイ…なんだよ、これ」
ジュエルの身体から抜き出された魔法書は、回転してクルリと舞ったかと思うと、まるで空に溶けるようにして消えてしまった。
「……これで“魔女”ではなくなった。そして“地没刑の魔女”が支配する北方ギアナード王国は覇権への資格を失う」
「待て! 何を言ってるのかサッパリだ。ジュエルに何をした?」
「…無い。理を外れた者に説明する必要など無い」
まるでゴミでも見るかのような眼で睨みつけて、プライマーは空高く飛んで一瞬で消えてしまった。
「……なんなんだ」
俺は頭だけ動かしてジュエルを見やる。
彼女は自分の手を見やって放心していた。爆発の時よりもショックを受けているみたいだ。
「なあ、ジュエル。さっきのは…」
「グァダベェルザマァ!!!」
「…げ。あれはまさかロリーか。なんでまだここにいるんだよ」
──
「グァーダゥーベールーザマーーー!!!」
俺の頭を抱きしめて、ロリーが泣きじゃくる。
いやー、胸押し付けられている美味しいシーンのはずなんだが、頭部と剥き出しの頸骨だけってのがなんとも。
あ。はい。肋骨から引っこ抜かれてしまったんですよね。もうほぼバラバラの状態でしたから…
「ご主人ザマー!! マ゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ゛!!!」
ゴライやメガボン、カナルも悲しそうにしている。
ジョシュアも口を半開きにして何とも言えないって感じだ。
いやー、皆様、勢揃いですわ。
“死んだふりする”のも大変だ。皆が悲しそうにしてる姿は見たくないよな。
「…これはどうしたことだ? 魔女ジュエル」
ゼロサムって言ったっけか?
この国の王…初めて直に眼にするが、いかにも脳筋っぽい。
「……もうアタシは“魔女”じゃない」
「どういう意味だ?」
「あ、あなたが! あなたがカダベル様にこんな仕打ちをしたの!?」
怒りと悲しみに震えるロリー。
ああ、ゴメンよ。ちゃんと説明する時間があれば良かったんだけどね。
全部の状況を把握しているのは、この中ではナドだけだ。
そんなナドも初めて見るミイラとなった俺に、さすがに半信半疑といった顔つきだけどな。
まあ、こんな事態になっても…この男なら言われた通りにしてくれるはずだが…
…たぶん。
「…アタシがやったんじゃないもん」
「じゃあ誰が! 誰がこんな…こんなヒドイことを!!」
「……ロリー」
「私に触れないで! ジョシュッ! 元はと言えばあなたが!!」
「はいはい。声荒らげるのはもうオシマイ。誰が悪いだなんて、そんな話をしてたってしょうがないじゃない」
ナドが手を叩いて進み出て来る。そうだよな。そろそろ仕切らなきゃだよな。
「…まず、ジョシュア。アンタの上司、あそこで気絶したまんまなんだけど。ほっといていーの?」
「! サトゥーザ団長!?」
ジョシュアが慌てて走って行く。
さすがナド。聖騎士がこの場にいたら話がややこしくなるしな。
「…さて、これで故人との約束を果たすことができました」
ナドは胸に手を当てて恭しく皆に頭を下げる。
そして、座り込んでいるジュエルにと向き直った。
「“屍従王という悪意”に乗っ取られてしまった、我が主人の魂を解放して下さったこと、魔女ジュエル様に心から感謝申し上げます」
「…は?」
青天の霹靂といった顔をジュエルは浮かべた。
「ああ! おいたわしや! 我が主! 死して“悪霊の王”の支配下に置かれ、生者を憎み、望まぬ戦いを強いられたとは! さぞ悔しかったことでしょーに!!」
「モガッ!」
よし! 上手いぞ、ナド!
遺骸の俺を抱きしめるフリして、余計なことを言い出しそうになったロリーの口を塞いだ。
ゼロサムたちからは、抱き合って悲しんでいるようにしか見えん!
ってか、ナド。老けたなー。
カダベルの最後の記憶じゃ、色黒の好青年だったのになぁ。今じゃオネエ系のオッサンじゃん。
「…どういうことだ、ナド殿?」
「はい。我が主人カダベル・ソリテールは、生前から魔法の研究をコッソリ、ヒッソリと行っておりました」
ん? んー、まあ、正しいことを言ってる、かな?
「晩年はこのギアナードの隠れ家に住みつき、人の目につかぬような場所で、本当にコソコソと! 陰湿に! 執念深く! …研究に明け暮れていたのです!」
うーん。なんか言葉の端々に棘があるように聞こえるのは、カダベルの罪悪感のせいかしら。
「…思えば、あの頃から様子がおかしいと気づくべきでした!」
なんか動作がいちいち大袈裟だな。
「しかし、まさか我が主人が悪霊に取り憑かれているだなんて誰が気づけましょう?!」
うん。イグニストよりも酷いぞ。
「だからこそ、残された理性で! あのように人間嫌いを装い! 徹底的に人払いをしていただなんて! 誰が思いもするでしょうかぁ!」
演技だけじゃないなー。
なんか本音もいくつか混じってる。
やっぱ根に持ってんなコイツ。
「悪霊…」
「はい。悪霊の親玉こと“屍従王”です!」
ロリー、ジュエルは元より、ゴライですら啞然としている。
理解がまったく及んでない顔だ。反論しようにも、相手が何を言ってるかわからない時には人間ってのはそんな顔になるもんだ。
カナルは何か察したようだけども。
メガボンは…よくわからん。俺と同じで表情ないし。
「…では、この侵略はカダベル・ソリテールの意思ではなかった、と?」
「仰る通りでございます。バックドロッパー卿。むしろ、主人は死して操られる我が身を厭い、この私に助けを求める手紙を寄越したほどでございます」
わざとらしくハンケチで目元を覆い、手紙を出して見せる。
こんな小道具まで用意したか。チープではあるが、この状況なら効果的だな。
「そして! 我が主は言いました! “屍従王を止められるのは魔女しかいない!”、と! 故にこの国に多大なる迷惑をお掛けするのを承知で、魔女との一騎打ちを臨まれたのです!!」
大嘘だ。でもこんなのを平気でそれらしく話せるナドはやはり凄い男だと思う。
やっぱ何か語らせるには第三者だな。こんな取って付けた話でも確信を持って話されると「ホントかな?」と思ってしまう。
そう思わせられたら後は勢いで押し切る!
「魔女ジュエル。お前はそれを知って戦いを…」
そろそろ俺の出番かな。
「いや、知らな…」
「んあーー!!!」
俺が叫ぶのに、皆がギョッとした顔をする。
「か、カダベル様!! い、生きておられた!!」
いや、死んでますから。
ロリー、ちょっとだけ黙っててちょうだい。
ナド。驚くのはわかる。
眼が血走って、頬が引きつって、「マジか」と言いたくなるのもわかる。
だが、頑張れ! ここは、お前がテンパったらお終いだ!
「……こ、ここは何処だ? 私は今まで何をやっていたのか?」
「お、おお。我が主カダベル様! まだ魂がお身体に残っていらっしゃったのですか!」
「……いや、だってキミ。皆が来るまでずっと喋って…」
「ゲホゲホ! 見えんし、聞こえん! あー、なーにも聞こえーん!!」
余計なことは言うな! ジュエル!
「カダ…ンべッ!」
そうだ。ナド。ロリーの口を強く覆え。絶対に喋らせるな。
「……おお、お前は我が忠臣ナドか! ナドではないか!」
「ご主人ザマァ!!」
ゴライ! ちょっと! うるさい!
「ご主…ンモガァッ!」
グッジョブ! カナルよ、メガボンよ!
ナイスだ! そのままゴライの口の中に帽子と槍先を突っ込んだままにしておけ!
「ああ…。こうして話せるということは、私はようやく“屍従王”から解放されたということか…」
「そうでございます! 我が主!」
「そうか…。魔女ジュエル・ルディよ。その魔力の限りを尽くし、あの“悪霊の王”を倒してくれたこと心から感謝するぞ」
「なに言って…」
「「心からありがとう!! 魔女ジュエル・ルディ!!」」
俺とナドが強引に押し切る。
「王。この話を信じられるので…?」
バックドロッパーといったか…確か、この国の将軍か何かだ。
すげぇ名前だけど。そんなのは今どうでもいい。
まともな思考の持ち主ならそう言うよな。
「その話は本当じゃ」
ルフェルニが、ミューンを連れてやって来る。
俺の姿を見るなり、ルフェルニの唇が震えてるが…耐えろ。耐えるんだ。俺を理科室の模型か何かの残骸だと思え。
「ラモウット卿」
「我が領内に隠れて巣くっておったグランド・リッチー。それがソリテール公の身体を乗っ取り、屍体を操って、この事件を引き起こした真の首謀者じゃ」
書類の束をバックドロッパーに手渡す。
ほとんどがでっち上げの調査報告書で、調べればすぐにガセだとわかる。
だが、恐らくは詳しくは調べないと思っていた。
というのは、プロトと王国を関連付けたネタもふんだんに盛り込んだ内容に仕立て上げているからだ。
しかも、プロトの情報については本当にあった出来事をあえてピックアップしている。王国側からすれば頭が痛くなるものだろう。
触れたら崩れる山にわざわざ登りはしないはずだ。王をともかくとしても、この国の大臣は臭いものに蓋をするタイプだろうし。
ちなみにカダベル・ソリテール自身を悪者にしない理由は、ロリーやサーフィン村、ナドたちソリテール家の関係者に累が及ばないようにするためだ。
魔女ジュエルを悪者にする…ま、それが一番簡単なんだが、“俺が勝った”のなら話は別だ。
“魔女の立場”は利用できる。ジュエルに借りを作ってやるのは悪いことじゃない。
頭じゃ理解できなくとも、俺の描いた通りに物事が進んでいることに気付いたのか、ジュエルが俺を睨みつけてくる。
「おお、これで何も思い起こすことはない。俺は天に召されるとしよう……さらばだ。……ガクッ」
はい。死にました。
「いやぁー!! カダベル様ぁッ! 死なないで!!」「ご主人ザマー!!」
本当にこのふたりは良い演技をしてくれる。
…いや、演技じゃないんだろうな。本気で俺が死んだと思ってるんだろう。
ナドとミューンは、少し冷ややかな眼で見てるし。今の完璧な演技の何に不満があるのか。
「…バックドロッパー」
「は、はい?」
「……よくわからん。悪は誰だ? 屍従王は死んだのか? 悪は滅びたのか?」
え? もしかして、今までの話の流れ…まったく理解してないのか?
こんなに懇切丁寧に、しかも説明調で教えてやったのに?
「……敵対する者がいなくなったという意味であれば、悪は滅びたと言ってよろしいかと」
「そうか!! なら!! 我らの勝ちだ!! 勝ったぞーー!!! 我がギアナードの勝利だ!!!」
ゼロサムがいきなり剣を突き上げて叫びだす!
拡声器でも使ってんじゃないかってぐらいに声がでかい。
王の勝利宣言に、心配そうに見守っていた周囲の兵士たちが一斉に歓声を上げた。
「……なんなんだよ。これ」
ジュエルがポツリとそう漏らしたのに、思わずナドとミューンが頷いていたのに俺は気づかないふりをした。
問題は山積みだ。事態は悪化したのかもしれない。
だが、とりあえず今は終わりが良ければすべて良しだ…俺はロリーに抱かれながら、サーフィン村を出た時と変わらない抜けるような青空を見やりそう思った。




