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屍従王  作者: シギ
第一章 世界異動編
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005 甦るゴライ(2)

 起きたからといって、現実そのものが変わることはなかった。


 道貞からカダベルになった時のような大変化など、一生のうちに一度あるかないかだろう。


 居なくなってくれればいいなぁと内心思いつつ客間に行くと、やはりそこにはゴライが昨日と同様の状況で横たわっていた。

 少し残念に感じたのと同時に、居なくなっていたら居なくなっていたで困るだろうにとも思う。

 

 あれから少し考えてみたが、いちいち【糸操】と【空圧】で俺が操作するのはひどく面倒なことだ。


 それにゴライを動かすには俺が側にいなくてはならないし、仮に憲兵が来たときに別々に話を聞くなどと言われた場合はどうにもならなくなる。


 ゴライが喋らないことについてはいくらでも誤魔化せるだろうが、いきなり動かなくなったことについては言い訳のしようもない。


 改めて自分の持つ文献の中を探してみたが、自律するゾンビのような物を作ったような例はなかったし、応用できそうな魔法もなかった。


 魔法書以外の文献の中に、ドワーフの作る石工人形ゴーレムについての概要があり、それが使えるんじゃないかと思ったが、あいにくと詳細については省かれていた。


 今ある知識を総動員してゴーレムについて考察してみたが、おそらく何かの媒体を通して魔法を発生させる方法があり、それを組み合わせることで行動を制御しているんじゃないか…ということまで思い至ったが、結局そこまでだ。実物がないのにいくら考えても答えがわかるはずもない。


「…問題は何を介し、魔法を順序立てて発動させているか、だな」


 魔法が使えるようになってから、それは一種のプログラムのような物なんじゃないかと俺は思っていた。


 ある命令があり、起動し、実行され、結果が生じる。このプロセスはどの魔法も変わらない。


 魔法はそこに意図がなければ生じない。自然界に勝手に魔法が現れることはない。そこには人間という主体があって、初めて生み出されている。


 そして、この命令を自動化することさえできれば、継続して魔法を発動させられるのではないだろうか。


 その組み合わせ次第では、ゴライの動きをある程度制御できるのではないかと考えていたのだ。


 いわゆる茶汲み人形のような単純なことができればいいのだ。茶の入った器を乗せると歯車が回って、走り出して配る…それぐらいのことができればいい。


 憲兵たちが取り調べをしている間、何かしら勝手に動いてくれればいいのだ。なんなら部屋の中をグルグル回っているだけでもいい。

 勝手に動いてさえいれば、「ほら、生きているぞ」と言える。


「この“コア”ってのが鍵だと思うんだが…これが何なのか。魔法を自動実行するための簡易装置か何かなのか」


 文献を放り出す。どうもドワーフについての内容は抽象的というか、著者の憶測を含んだものが多いように感じられる。


 ドワーフは亜人の一種だが、商人以外は閉鎖的で他種族と余り関わらない感じらしい。見た目は亀のようで薄暗いところを好む。魔法は不得意だが、魔法と科学を合わせたような独特の技術を持つ。


 閉鎖的なのは、かつてこの魔法科学技術が流出して手痛い目にあったことが原因らしい。ゴーレムなどの情報が極端に少ないのもそのせいだ。


「石の一部は魔法力を宿すことがある…【施錠】などの魔法がいい例だしな」


 【施錠】は奇妙な魔法の一つだ。

 扉に錠前となる適当な拳大の石を用意し、まるで【接合】のように扉に装着して開閉できないようにする。

 【接合】と違うのは、この石錠前自体が鍵ともなり自由に取り外せることだ。この石錠前を取ると普通に開閉できるようになり、再びくっつけると鍵となる。


 これだけを聞くなら、普通に錠前を使った方が良いと思われるが、魔法の優れている点は簡単には破壊できなくなるのと、どこにでも設置ができることだろう。


 壊せなくなるというのは、“扉の開閉でなければ行き来できない”という目的を達成させるためにか、扉自体が物理的に破壊できなくなるのだ。これは仮に薄い紙で扉を作っても機能する。ペラペラのはずの紙がコンクリートのように固くなっている様はまさに魔法の効果が為せることだ。


 そして、錠前自体を別に扉の繋ぎ目につける必要もなく、扉の端だろうが真ん中だろうが、“扉と接触”していることが条件になって発動する。しかも効果は術者が解除しない限りは半永久的に機能する。


 ただし、あくまで対象は“扉”でなければ不可能だ。そこら辺の板を「これは扉だ!」としても機能しない。この線引きが非常に曖昧であるが、普通は家の玄関か部屋の扉にしか使わないので問題になることはまずない。


 この効果を考えるに、石の錠前自体に何かしらの魔法の効果が宿されているのだと思われる。


 【施錠】自体は単純な仕組みだ。だからこそ、適当なそこら辺の石でもできるのだろう。

 カダベルが実験した限りでは、“拳大という大きさ以上”という条件さえ満たせれば、【施錠】に使えない石はなかった。


「希少な鉱石か。ドワーフと言えば、鉱石を掘り出す種族ってイメージがあるからな。

 そういえば、前の世界でも水晶なんかは占いに使われて…」


 ふと昨日のゴライの頭から出てきた水晶を思い出す。


「……試してみる価値はあるか」

 

 俺はあの水晶を取り出す。


 人体から出てきたという以外は、何の変哲もない石だ。半透明なこともあって、たまたま【牽引】で引っかかったからこそ気づいたものの、脳味噌と頭蓋骨の間にこれがあっても簡単には気付かないだろう。


「…さて、まずは【解析】」

 

 【解析】はその物質が何でできていて、どこら辺から来たものか調べるものだ。


 かといって科学検知のような成分の割合がどうたらとまではわからない。例えば貝殻などであれば、“どこどこの海にいる生物の一部”…くらいの大まかなことがわかる程度だ。

 ご大層な名前ではあるが、それほど詳しく調べられる魔法じゃない。ランク1なんだからそんなもんだ。


「…んー。なんだ、これは?」


 魔法をかけた瞬間、頭に黒い画面のような物が浮かび上がる。目を閉じるとよりそれがハッキリとした。


 【解析】ではこんな効果にはならない。文字の羅列が脳裏に浮かぶのだが、黒い画面が出てきたことなど今までなかった。


「…何も出ないということか? 解析できなかった? いや、それなら何も頭に浮かばないで終わるはずだ。これはどうすればいいんだ?」

 

 しばらく待ってみるが、黒い画面は消えることはない。


 しかたなく【解析】を解除すると黒い画面もスッと消えた。


「うーん?」


 俺は自分の部屋から【解析】の魔法書を持ってくる。


 魔法書はA4ほどのサイズで、辞書並にページ数がある。ひとつの魔法でこの1冊と、そう仕様が決まっている。


 装丁は豪華な羊革で、金枠で四隅が保護されている。見た目からしても贅沢な造りだが、実際に庶民には手が出ないほど高価だ。前の世界の感覚だと、1冊で何百万もする高級車が買えてしまうくらいの金額だ。


 では、庶民がどうやって魔法を学ぶかといえば、簡素で安価な複写本が出ているのだ。


 ただ原本のようにイラストなどは省略されるケースが多く、習得難度が増す。高ランク魔法になればなるほど顕著となるので、複写本はランク1〜2のものが殆どだ。そもそも庶民は高ランク魔法を習得しようしないから需要がないので作られないのは当然だろう。


 そして、ランク5以上の高ランク魔法に至っては、原本自体が一般流通しない。図書館の奥底で大事に保管されているケースがほとんどだ。


 カダベルも幾度となく図書館と交渉し、高ランク魔法書を購入しようとしたことがあったが、さすがに買うことは無理だった様だ。何冊か眼を通すだけ…それだけでもかなりの金額を要した。


 そんなわけもあって、時代の変遷と共に、高ランク魔法の使い手もいなくなり、伝われなくなって消え去る魔法も少なくないのだ。


 ちなみに高価な魔法書をこれだけ持っていると盗難の危険性があると思われるだろうが、カダベル自身もそんな経験はなかったし、まず盗まれたという話も聞かない。

 というのは、魔法書には例外なく追跡を容易にする魔法がかけられていて、非常に足がつきやすいからだ。

 また魔法書は専売制となっているため、購入証明書がないと売れない上、闇市にも出回らないよう商業組合が圧力をかけている。だから不法品は捌きにくいのである。

 いくら高額品でも、現金に換えられないのなら意味がない…ということで、盗人には不人気な代物なのだ。

 

 【解析】の魔法書を読みなおす。2章目に魔法の詳細について書かれているが、そこのどこにもさっきのような黒い画面についての説明はなかった。

 巻末にいわゆるQ&A…魔法を使用する上での想定外の事態についてまとめられた物があるが、そこにもそれらしき記載はない。【解説】効果から情報が出てこない場合のエラッタへの対処ばかりだ。


「違う魔法が発動してしまった…それはありえないな。なら色々と試してみるしかない、か」


 俺はもう一度、【解析】を使う。やはり先ほどと同じように黒い画面が浮かび上がる。


 何度か開いたり閉じたりを繰り返す。それで特に何かが起きるわけでもない。【解析】に対して何かが生じているのは間違いないが、それ以上先には進まないのだ。


「【解析】ができない状態なのか? …なら【抽出】を使ってみれば…」


 【抽出】は、物質の中から特定の物だけを抜き出す魔法だ。例えば砂糖と塩を混ぜこぜにして、その中から砂糖だけを取り出すなどといったことに使うことができる。


 問題点は、溶液の中に混ぜ込んでしまったりした場合には使用できないことだ。元々の形状が変質化してしまった物は対象外となる。料理で塩味が強すぎるから、塩味だけを抜き取る…そういった使い方はできないわけだ。

 これの主な使い方としては、鉄鉱石の中から鉄分だけを抜き取ったりするのに使用することが多い。または刈った羊の毛からゴミだけを除くことなどにも使える。


 さて、これだけ聞くと物質にしか使用できないと思われるが、実のところそんなことはなく、“概念的な抽象物”も対象にしていた。

 俺が使用した例だと、自分が書いた沢山のメモ書きの中から○月✕日の分だけ抜き出せ…そんなことにも使えたりする。


 これは使用者の認識で大きく作用が異なる魔法の良い例だろう。【抽出】の意味が正確に理解できていないと概念に対しては使えない。


 どういうことかと言えば、例えば固形の塩と砂糖であれば、1粒1粒を舐めて、それを塩と砂糖と分けることができるだろう。もちろんそんなことは現実的には難しいだろうが(そもそも舐めてしまった時点で溶けて消えてしまうだろう)、要はそれは本人がやろうと思えば、時間をかけさえすれば、“抽出可能だから”こそ魔法でも可能とみなされる様なのだ。

 羊の毛や、メモ紙もそうだ。羊の毛を1本1本とってホコリを落とすことは物理的にもできるだろう。

 メモ紙を1枚1枚読んで、それを書いた日付ごとに並べることもできるだろう(正確に並べるのは難しいと思われるが、何度も繰返せばいつか正解の組み合わせになる…つまり、これは実行可能と見なされる)。


 しかし、塩や砂糖を溶液に混ぜ込んで1つにしてしまってはどうにもならない。本人がこれを2つに分けることはどうやっても不可能だ。この場合には魔法でも抽出できないというわけらしい。

 溶液を蒸発させて…というやり方もあるだろうが、判断されるのは“今魔法を使った段階の状態で、それが実現可能なのか?”という基準なのではないかと俺は考えていた。


 もちろん魔法書には一切そんなことは書かれていない。これはカダベルの多岐にわたる実験と、道貞の考察から導き出した答えだ。


 俺は黒い画面に向かって【抽出】を試みる。何を抜き出すのかといえば、“俺の理解できる部分”だ。


 しかし、対象が曖昧すぎる。日付のようにハッキリした物ではない。


 もしかしたら発動しないかもと思っていたが、やがて画面に変化が生じた。


 黒い画面に白い文字列が現れる。それらはこの世界の言語で書かれていた。


「…ゴライ・アダムル。1565年白鏡月24日未明王都インペリアーのディラン地区生まれ。両親死別。兄弟なし。未婚。

 ……まさかこれは個人情報か?」


 俺は思わずゴライの顔を見やってしまう。


 白い文字を追うと、俺が疑問を抱いた部分がさらに追って表示される。今読み上げたのは大概要とも言える部分で、必要とあれば生まれた時間すらも秒単位で調べることができそうだった。


 しかもそれだけではない。例えば一昨日の晩に何を食べたのか、どの時間帯にどれぐらいの量を食べ、それが消化されて人体の何に使われた…そんな細かすぎることまで載っていた。


「こんな小さな水晶に、ゴライのすべての情報が蓄えられているのか?

 となると、これは記録媒体か何かか? ハードディスクやメモリーカードみたいな物?」


 薄ら寒い気持ちを懐きながら俺は首を傾げる。


 いや、きっとこれは記録媒体なんかじゃない。たぶん…そう。たぶんとしか言いようがないが、きっとこれは“ゴライ”そのものなのではないかという気がしていた。 


 そうだ。これは前の世界で言うところの“魂”というヤツなんじゃないだろうか。


 俺はこの異動で、脳の中に人格や記憶が保持されるわけではないと知った。なら、“魂”というものが存在しているのは間違いなくて、このカダベルに入った瞬間に、この肉体の脳に“俺という情報”が書き加わったんじゃないか…そうじゃないと、俺の記憶とカダベルの記憶の双方が保持されている理由がわからなかったのだ。


 しかし、記憶はまあそれでいいとして、問題は“俺が俺である”という人格の部分はどこから生じているのかという点だった。


 記憶が脳に保存されるのだから、きっと脳に宿っているという考えはもっともらしいのだが、ならカダベルの記憶がある俺が、カダベルでないと自分で認識してることが奇妙に思われたのだ。


 説明するのはなかなか難しいが、道貞とカダベルの双方の記憶があることで、もしかしたら今の俺は“自分が異動した道貞だと思い込んでるカダベル”である可能性もあるからだ。


 しかし、現実にはそんな混同はなかった。道貞としての人生の記憶も、カダベルの人生の記憶も、この2つを自分の物としつつも、カダベルは自分ではなく、“道貞こそが自分の意識”だというハッキリとした確信があるのだ。


 とすれば、俺は俺という人格を持ち、カダベルの知識とは別だという認識が生じる何かがある…それがきっと“魂”なのであり、そして今俺が眼にしている水晶こそが“魂”そのものなのではないだろうか。


「…なら、これを弄れば人格まで変えられる?」



 ──神の領域──



 そんな単語が脳裏をよぎった。


「…だが、ゴライの肉体は死んでいる。しかし、もしかしたら本当にゾンビにできるのか?」


 肉体と脳と魂…どういった仕組みで動いているかは現段階では不明だ。


 しかし、俺が使える魔法を駆使すれば、もしかしたらゴーレムのように動かすことも可能性かも知れない。


 俺はゴクリと息を呑むと、次に使う魔法を決めた。


「……【筆記】、【調整】」

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