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屍従王  作者: シギ
第二章 ギアナードの魔女編
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044 救う者の責任

 どうしたものか…。


 実力差は明白。とても俺が何とかできる相手じゃない。


 そして、そんな考える間も与えてくれずに、サトゥーザが俺の前に立つ。


「…ロリーシェ・クシエを助けるのは何故だ? 貴様の弱点を、本当にあの娘が知ってるからか?」


 なんだ?


 なんか半信半疑って感じの質問だな。


 ま、正直に答えてやる必要はないな。


「どうだろうな。助けたのは、単なる死者の気まぐれさ」


「気まぐれだと?」


「お前たち聖騎士こそ、なぜ俺を滅ぼす? なぜ動く死者が邪悪だと決めつける?」


「聞くまでもない! 貴様が大群を率いて生者に仇を為すからだ! 屍従王!!」


「よく見てみろ! 俺がいつ生者に仇を為したと言うのか! 死んだ者がいるのか!?」


 王国軍で、死者の仲間入りした兵はいないはずだ。


 “誰ひとり殺すな”…そう俺が命じたんだからな。


「聞くまでもないと言っただろう!!」


 コイツもジョシュアと同じか! 話にならんなぁ!


 なぜいつも自分の主張だけが通るって思ってるんだ? 聖騎士コイツらは…。


 だから宗教はキライなんだ。道貞もカダベルも双方ともにだ。


 ジョシュアとドロシィも追いついて来た。


 ルフェルニほどではないといえ、鎧着てよくあんなスピードで走れるよ。


 はー、3体1かよ! やっぱり状況はよくならなかったなぁ。


 戦う必要もなかった聖騎士に手を出したのは俺が悪いんだけどさ。


 でも、逃げられるなら、俺も逃げたーい!


 仕方ない。やりますか…こうなったらやってやるさ!


「【金兵8】」


 俺は懐から金貨を8枚投げる。


 【金兵】はランク2だ。俺が到底使える魔法じゃないが、魔蓄石にカナルが魔法を込めたことによって発動が可能となる。


 かといって、俺も初めて使う魔法だ。内容やイメージはそこそこ大丈夫だが、彼女より使いこなせるわけじゃない。【糸操】の延長みたいな感じだ。


 小柄なブリキ人形みたいな兵士が現れる。ランク2の魔法は物理的な代償が必要で、【金兵】だと1体につき金貨1枚を要する。不経済的だ。


「よーし、真ん中の団長は俺が相手をする! 4と4に分かれて左右の敵を倒せ!」


 コイツらは疑似人格みたいなのを宿しているそうだ。作る度に記憶とかはリセットされてしまうが、発動させ続けている限りは単純な命令に従う。

 カナルは心の中で命じられるらしいが、俺は心配だったんで口頭で命令を下す。


 でも、やっぱり慣れていないと…


「あ! なにやってんだ!」


 8体同時にサトゥーザへと向かいやがった!


 そうなんだよな。下手くそな術者だと、命令ちゃんと理解できず、勝手なことをやりだすってカナルが言ってたわ!


「あーもう! しゃあない!」


 まあ、一番強い団長を抑えてくれるならよしとしよう! 


 あれでサトゥーザを倒せるかと言えば、ハッキリ言って無理だ。


 ただ8体は意識を共有しているので、連携攻撃になると鬼みたいに強くなる。


 少なくとも鎧袖一触されるってなことにはならない…と思う。


「カダベル・ソリテール! ロリーを返せ!!」


「まだわからんのか! 彼女の意思を尊重しろ! このシスコンが!!」


 ジョシュア…コイツも強いが、最初に戦った時ほどの殺気がない。

 本気で殺しにかかってこない一撃なら、避けるのはそう難しくはない。


 問題は…


「シィッ!」


 このドロシィって奴だ。細剣で突いてくるけど迷いがひとつもない。


 しかも、かなり正確に心臓とか目玉とかの急所を突いてくる。…ま、どれも俺には無いんですけど。


「いーのかな! このカダベル倒して…」


「……」


 スドッ!


 心臓に一突きが返事!?


「ッ…マジですか!」


 あっれー?  本当にまるで話をする気はないらしい。


 無口かつ無表情…まるで殺戮マシーンだ。こういう手合は本当に相性が悪い。


 お喋りしよーよ。ドロシィちゃん!


「おぇッ? あっちもか! ウソぉ…」


 サトゥーザを抑えていたはずの【金兵】が、散り散りになって消えて行くのが見える。


 サトゥーザさん。ちょっと強すぎでしょ。8体倒すのに1分もかかってないじゃん。


 あー、大通りの方から王国兵士たちが走ってるのが見える。


 王様と将軍だろうな。門を少し壊しただけじゃ、そりゃ大して時間稼げるわけないよな。


「カダベル・ソリテール! お終いだ!」


 クソ。【金兵】以外の駒は持ってない…これも脱出する際に使うために持ってきただけだ。


 意外と魔蓄石にランク2の魔法込めるのって時間かかるから、その手間を惜しんだツケだな。


 こんなことなら【土狼】を持っときゃ良かった。…いや、俺じゃ上手く操作できないから意味ないか。それに魔蓄石だと効果時間も短いし。


「…ククク。俺に近づいたら最大の魔法をお見舞いしてやるぞ」


「…その手に乗ると思うか。馬鹿にするな」


 まあ、だよね。


 もう無理。


 絶対に無理。


 ありえないわ。


 もうちょっといい勝負できると思ったんだけどなぁ…5分も時間稼げなかったよ。


 情けない。


 格好悪いー。


 最悪だ。弱すぎる、俺。

 

「……はー。お察しの通りだ。手はもうない。俺の負けだ。降参だよ、降参」


 俺は杖と短剣を放り投げて両手を上げた。


「小賢しい貴様のことだ。別の何かを企んでいるんだろう? 言え!」


「逆に聞くけど、別の何かってなによ。何も企んでなどいない。…聖騎士は止めたつもりでいたからね」


「止めた? 何の話だ? そういえば戦うなという指示が出ていると…なんで貴様が知っていたのだ!?」


 今更かよ。本当に脳筋だな。


「俺は元クルシァンの貴族だぞ。そこそこのツテはあるさ」


「しかし、聖教会上層部に働きかけることなど…」


「なめんなよ、若造(ガキ)ども。お前らのオシメが取れる前から、俺は聖教会とやりあってんだぜ」


 ま、本当はカダベルが…だけどね。


「フン。だが、そのツテとやらも意味がなかったな」


「…ああ。まったく誤算だ。お前たちの正義感がそこまでとは思わなかったんだよ」


 まさか命令至上主義のコイツらが、命令無視するとは思わなかったよ。


 もっと早くに…いや、無理か。あのババア、渋っていたしな。


 それにこの国にロリーを預けるって選択があったからこそ、聖騎士たちもすんなり撤退すると思っていたんだ。


 負け惜しみじゃないが、聖騎士たちを撤退させるタイミングを俺は間違えたわけじゃない。


 そう。怒りに任せて聖騎士たちと交戦した…俺の単なるミスだ。


 俺が武器を捨てても、サトゥーザたちは剣を抜いたままだ。余程、警戒してくれているらしい。


「…ジョシュア。お前に譲る。首を落とせ。そうすればアンデッドとはいえ死ぬだろう」


 ジョシュアは少し驚いた後、決意したかのよう頷く。


 そして俺を睨みつけたままに近寄って来る。


「…ロリーはどこへやった?」


「ゴゴルという村に戻るよう指示を出してある」


「本当だな?」


「嘘は言わん。それくらい調べがついてるだろ?」


 ジョシュアは何も答えない。それは正解だからだろう。


「これらは全部、俺こと屍従王がしでかしたことだ…」


「なに?」


「……【土狼】に乗っていた女も、また村民も無関係だ。脅して協力させた」


「…ッ!」


「…だから傷付けないでやってくれ。“誇り高き聖騎士”よ」


「当たり前だ! お前が…お前が全部悪い!」


 このロリーに似た弟に滅ぼされるか…まあ、それはそれでいいだろ。


 ゴライとメガボンは…まあ、運が良ければ助かるだろう。いざとなれば死んだふりしろって言ってあるし。


「…あー、あと、姉と仲直りしろよ。俺の首を落としたのは団長って事にしとけ。お前がやったと知ったら怒るだろうからな」 

 

 俺のがジョシュアより若干背が高い。だから、首を斬り落としやすいように膝をつく。


 本当はもっと高かったんだけれど、老人になってかなり、ミイラになってさらにヤバイくらい縮んだんだけどな。


 まあ、このイケメンよりひとつでも勝ってることがあってよかった。


「…さ、やってくれ。ジョシュア」


 ひと思いに…スパンッて!


 いや、こういう時は、痛覚だけはないから死んでて良かったと思う。本当に。


「……なんでだよ」


「ん?」


「なんで…なんで抵抗しないんだよ…」


 なんでって言われてもなぁ…


「お前は…死者で、邪悪な存在で、俺やロリーを騙す悪者だッ。そして…そして凶悪な魔法士なんだろうが!!」


「…ジョシュア」


 ジョシュアは剣を下に落とす。


 サトゥーザとドロシィが目を見開いた。


「…なんで、なんで…俺とロリーを助けた?」


「それは…」


「答えるな!」


 そうか…


 そうなのか……


 なんとなくだが、ジョシュアの気持ちがわかって来た。


「…なんで、父さんは死んだ? なんで、助けられた父さんが死ななきゃいけなかった?」


 それに俺は答えない。


 俺に答えを求めているわけじゃないことがわかったからだ。


 ただ、ようやく見つけた言葉を、ジョシュアが絞り出すように口にするのを待つ。


「……なんで、父さんが死んだ時、お前は…俺たちの…側に…いなかったんだ……」


 ジョシュアの片目から涙が流れる。


 そうか。そうだよな。


 寂しかったのか…。ジョシュア。


「……すまないな。俺はあの時、もう死にかけていたんだ。とてもお前たちの面倒をみることはできなかった」


 ジョシュアの揺れていた視線が落ちる。


 そうだ。きっと頭では本当は理解できていたはずだ。


 ロリーも幼かったが、物事の流れそのものは理解できる年齢だった。


 だが、ジョシュアは違う。そんな頭で気持ちを整理する余裕なんてなかったんじゃないだろうか。


 環境が変わり、父親が死に、姉とふたりで生きていかねばならない…その現実と向き合い、どんなに怖くて心細かったことだろうか。


 そして命を助けたはずの俺はいない。


 頼れる存在が近くにいないんだ。


 大人は確かにいた。だが、ナドは変に割り切った男だ。あの男の対応は、子供相手でもそりゃ淡々と事務的だったろう。情愛とは無縁。きっと俺の命令を忠実に守りはしただろうが、ジョシュアの心のケアなんてしないだろうし、フォローもなかったんじゃないだろうか。


 どう考えても俺の落ち度だ。衣食住だけ提供すれば充分だと勝手に思い込んでいた。


 誰かを救うということは、大きな責任を伴う。


 その責任を負えないうちは、誰かを救うことなんてできやしない…


 高慢じゃないか。


 本当に俺のやったことは高慢なことだ。


「…ジョシュア。改めて謝らせてくれ」


「…謝るな。謝罪なんていらない」


「いいや、謝らなきゃいけない」


 ジョシュアは首を横に振る。


 そうだ。受け容れられない。


 俺は手を伸ばす。ジョシュアは怯えたように後退る。


 …時間がかかる。そうだ。時間が必要だ。


「滅私!!!」


 サトゥーザが吼える! ジョシュアの肩が震えた。


「それは宿敵だ!! ジョシュア・クシエ! 見誤るな!! 滅ぼせ!! それが聖教示国の聖騎士として正しい在り方だ!!」


 ジョシュアの眼が大きく左右に揺れる。


「ジョシュア! 滅私だ!!! それができないなら聖騎士として失格だ!!」


「何が滅私だ!!!」


 思わず俺は怒鳴り返す! ジョシュアもサトゥーザも驚いたようだった。


「この子はいま大事なものを取り戻そうとしているんだ! 上司ならその邪魔をするな!!」


「なんだと! 貴様が何を知った…」


「もしジョシュアが聖騎士失格なら、お前は上司としてもっと失格だ!!!」


 サトゥーザの顔が気色ばむ。


「いいか! 部下の責任を取るのが上司だ! もし俺を倒せないのだとしたら、ジョシュアを任命したお前が、適材適所を判断できない無能だったというだけの話だ!!」


 ドロシィが「んッ」と初めて表情を歪める。


「なぜなら、最初に交戦する時に団長であるお前が出張ってくればよかったじゃないか! そうすれば間違いなく俺を倒せたぞ!!」


「クッ! それは! ジョシュアの気持ちを汲んで…」


「何が気持ちを汲むだ! 滅私なんだろ! 気持ちなんて汲むな! 矛盾してるだろう! 上司の命令が感情に左右されるなんて、なんて最悪な職場だ!! ブラック企業か!!」


 よし! チャンスだ!


 勢いを呑んでやった!


 剣では負ける!


 魔法でも負ける!


 だが、減らず口では負けん!!


「さらに言うなら、お前みたいな無能な団長を使って俺を倒そうとした魔女が最も無能のアンポンタンだ!!」


「誰がアンポンタンだぁッ!!!」


 よし! かかった! 本当にアンポンタンだなぁッ!!


「どけ! ジョシュア! 危ない!」


「えッ!?」


 俺はジョシュアを突き飛ばす! 


 次の瞬間、俺の右腕の肘から先が瞬時に消えた。


「な、なんだ!?」


「……魔女のご登場だよ」


 周囲の空間がグニャリと歪む。


 各塔を繋いでいる空中大回廊…その中央に位置する建物が、透明化の魔法を解いて姿を現した。


 それは巨大な星型をした建築物。


 ちょうど王城の中央、最上部に位置するシンボルのようにも見える。


 それが、巨大な魔力の力を受けて浮かび上がっていた。


 さっきから俺はその存在には気付いていた。周囲に魔力値が検知されたことから、きっと“魔女の魔法”が張られているのは間違いないと思っていたんだ。


 そして、これが魔女の住まう本当の城なのだろう。王の住む城の上に浮かぶ城…なんとも黒幕らしく、傲岸不遜じゃないか!!


「黙って聞いていりゃ、ザコザコ魔法士がッ! …誰が無能だッ!!! 調子乗ってっとブチ殺すぞ!!!」

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