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屍従王  作者: シギ
第二章 ギアナードの魔女編
45/113

043 カダベルVSジョシュア

「ジョシュア。これはお前の亡き父の拳骨だ!」


 いやね。正直、今のでノックアウトしようと思えばできた。

 【発打】が【対魔法】で防がれるのは予測していた。

 だから、わざと【倍加】させていない【発打】を使い、続けてもう一発…今度は【発打・倍】を出すつもりだったんだ。


 微妙な間隔を空けて続け撃ちすれば、ジョシュアの魔法発動スピードでは【対魔法】は間に合わない。


 それに【牽引・倍】で前後から殴れば、威力と角度によっちゃ頭を潰せるし、手加減しても人間ぐらいだったら昏倒させられる。


 だけどさ……


 やっぱりどんなに頭にきているからって、ロリーと瓜二つの顔は殴れない。


 後頭部に軽く当てるしかできなかった。


 ましてや、ロリーの唯一の残った血縁じゃないか。


 ぶっちゃけ贔屓するわけだが、下の転がっているふたりとはちょっと違う。


 先に倒した聖騎士(アイツら)だって、ちょっとお仕置きしてやろうと怖いこと言ったけどさ。本当を言うと簡単に治せるし。


 【醗酵】って触れなきゃ使えないからさ、鎧着たままじゃ腐敗させられんのよ。


 はー、それにしたって兜脱ぐなよなぁー。   


 それは卑怯だよ。とってもね。


 ボッコボコにする気マンマンだったんだけどなぁー。


「父親…父親の拳骨だと!」


「そうだ。姉に酷いことをしたことへの怒りの拳骨だ」


「ふざ…ふざけてんのかッ!!」


 うーん。額に血管浮き立たせるなよ。その顔でやるの似合わないわー。


「…はー。もういい。赦す」


「……は?」


「…姉に謝れ。そしてロリーが赦すなら俺も赦す」


「ふ…ふざけんじゃねぇッッ!!!」


 まあ、そうなるよなぁ。


 怒ってるから剣筋がだいぶ読み易くなったけど、そうするのが目的じゃない。


「あのな、俺もいま大人になって、冷静になってだな、ロリーの気持ちをよぉーく考えたんだ」


「ロリーと呼ぶな! クソ野郎!!」


 俺は息が切れないから、剣を捌きながら話せるけど、ジョシュアはよく体力が持つなぁ。さすがショタで中二病だけど、ちゃんと聖騎士だわ。


「俺がロリーだったら、お前らに危害を加えることは望まないだろうよ。

 お前の仲間は…まあ、事故だな。うん。不幸で可哀想な事故みたいなもんだ」


 かなり苦しい言い訳だが、それだけ頭に来てたんだからしゃあない。


 単なる勘だが、アイツらはロリーにもっと酷いことをしてたような気がする!


 …うーん、憶測にも程があるかな?


「…お前の姉は、そういう優しいだ。俺とお前が戦うことも望むはずがないだろ。なあ、ジョシュア。お前も大人になれ」


「俺の名を気安く呼ぶな! お前にロリーの何がわかる! 魔法で操ってる癖に!」


「操るだって? そんな魔法は使えん」


「嘘だ! 洗脳したのは知っている!」


 洗脳? まさかミイラフェチになったことを言ってるのか?


 いやー、それは俺の責任じゃない。俺だって好きで干乾びたんじゃない。気付いたらこうなってしまったんだ。


「…だが、それにしても俺の何をそんなに恨む?」


「すべてだ!!!」


「もう! 話にならんヤツだなぁ!」


 【牽引・倍】を窓枠に掛けて大きく下がる。


「逃げるな!」


「なら追いかけてくるなよ。俺のことが好きなの?」


「ふざけんなッ!! 俺と戦え!」


 階段はまだ上があるが、このまま逃げ続けるのもなぁ…。


「カダベル様!!」


 ロリーが、俺の今居る場所より階下から顔を出して叫ぶ。


 あ。いけね。気づいたらロリーのいた部屋より上に来ちゃってたか。かなり昇って来てたんだな。


 ロリーはサッパリした感じになってる。まあ、痩せてしまったのはすぐには元に戻らんがね。顔拭くと元気そうに見える。


「危ないから部屋に!」「部屋を出るな!」


 俺の上からの声と、ジョシュアの下からの声が被る。


 ちょうどロリーを挟むような形にして、俺たちは立っていたのだ。


 ロリーは戸惑ったように俺の顔を見た後、ジョシュアをキッと睨みつける。彼女がそんな顔をするのは珍しい。


「いい加減にしなさい! なんなの! どうしてカダベル様に剣を向けるの!?」


「ロリー! そいつは敵だ! 敵なんだ! なぜそれがわからない!!」


「なぜそうなるの!? 私たちはカダベル様に命を助けられたんでしょうが!!」


「もうたくさんだ! そんなウソ! 騙されてるんだよ!!」


 姉弟ゲンカだなー。感情が先走ってるせいで、上手く気持ちが伝えられてない気がする。


 親兄弟って長く一緒にいるから、つい何も言わなくても感情って伝わるんじゃないかって錯覚しちゃうんだよな。それが家族関係の失敗の大半だと思うが…


 そんな風に他人事に思っちゃマズイか。俺が原因でケンカになってるっぽいし。


「カダベル様が一体何をしたと言うの!? ジョシュ!」


「そうやって何もしてないように見せかけてるんだよ! わからないのか!? ロリー!」


「わからないわよ! あなたは私がいくら手紙を書いても返事もしないし! 私をキライだったんじゃないの!?」


「…キライだって? 誰が?」


 ジョシュアが驚いた顔をする。


「かと思えば私をこうやって閉じ込めるし!」


「閉じ込めてなんかいない! それは逃げ出そうとするからだろ!」


「閉じ込められたから逃げようとしたんでしょ!」


「なんで逃げる必要があったんだよ!? 飯も食べない、風呂も入らない! ロリーはおかしくなっちゃったんだよ! カダベルのせいで!! ロリー自身が気付いてないんだ!!」


 …は?


「えー、ロリーよ。まさか食事は提供されてたのか?」


「はい! 3食出されてました! でも食べませんでした! 口に無理やり流し込まれたことはありましたが、後から吐き出してやりました!」


「……風呂は?」


「毎日入れられそうになりました! でも拒否しました! たまに無理やり入れさせられましたが!」


「……男に?」


「団長と補佐官は女だ!」


 ジョシュアが憎々し気に言う。俺の下卑た想像が、聖騎士として許せなかったのだろう。


 なんか物凄く頭が痛くなってきたわ。


「……ロリーよ」


「はい?」


「なんで拒否したの? その理由は?」


「はい! ご飯を食べず、臭くなって汚くなれば、そのうち追い出すだろうと思ったからです!!」


 子供の浅知恵か!!


「これがお前が作り上げた狂信者だ!! 俺の姉をこんなにして満足か!!」


「いやー、お前、すっげー誤解だわ」


「何が誤解だ!!」


「ジョシュ!!」


「もういいわー」


「待て! カダベル!!」


 ロリーの伸ばした手をすり抜けて、ジョシュアは俺を追い掛けて来る。もう姉がどうこうより、俺を倒すことで頭が一杯なのよね。


 あー、面倒くさい。


 無力化するしかないか。


 だけど傷つけずにってのは難しいなぁ。


 それにコイツには“聖撃”とかいう切り札があるからな〜。


「逃げるな!!」


 逃げてるわけじゃないよ。ってか、上に昇ってんだからもう逃げようが…って?


 あれ? なんで最上階に扉があるの? 横に建物なんてなかったでしょ?


 まあいいや。とりあえず開いちゃえ。


「おー、空中大回廊かよ? マジかよ。外から見えなかったじゃんか。やるな、ドン親方」


 別にドンがこの城の設計をやったわけじゃないだろうけどな。


 ここは1階の外から見た側からだと、一番奥側に当たる塔だ。

 下から見上げると、この外回廊は上手く死角に入って見えなくなるようだ。


「これで全部の塔が繋がってんのか? こんなの錯視使ったって…いや、違う。魔法か。なんの魔法だ?」


 魔力測定機が反応を示している。アンテナで発生場所を探すが見当たらない。

 というより、建物上部全体を覆うように発生している。こんな物は今まで見たことがない。


「まさか…」


「カダベル!!」


 少し空気読めよ! 明らかにおかしいだろ!


 外回廊でジョシュアとぶつかり合う!


「でやッ!」「ったく!」


 正面からやり合うなんて、明らかに俺の方が不利だ。


「こういうのなんて言うんだっけかな!」


「何がだッ!?」


 俺はこれを知っている。


 なんか無茶苦茶にイライラして、とりあえず手当たり次第に当たり散らして、なにかをブッ壊さなきゃ気がすまないヤツ…


 あー、忙しい。この建物も気になるし、剣は仮面を掠めるし、予定した脱出ルートは…


 たぶんカナルは上手くやって、“俺のフリ”をさせた屍体を街中で全力疾走させる…『屍従王はどこだレース』の準備しているハズだ。


(それに魔女だ。なぜ動こうとする気配がない? 全部、聖騎士任せにするつもりか?)


 俺の考えじゃ、王たちが城に戻れなくなった時点か、聖騎士たちと交戦した時点で何かしらのアクションを起こすと思っていた。


 プロトを街中に放つ…そんな愚策もやるかも知れない。


 だからこそ、それに備えて大通りにしか屍者を撒いていない。


 これで逃げる時間を……


「うおおおおッ!!」


「お! 聖撃か!? 聖撃で来んのか!? 聖撃来いやぁ!!」


「なッ!?」


 俺の挑発にジョシュアは怯む。


 この反応だと、必殺技は簡単には使えないか。もしくは何か条件が満たされないと使えないって感じかな。


「貴様に聖撃ヒドゥンなんて必要ない!! 俺の剣だけで充分だ!!」


 ヒドゥン?


 …ふーん。それと“剣技”じゃないってことね。


「果たしてそうか? このカダベルが剣で死ぬと思うか!?」


 俺はわざとジョシュアの突きを胸で受ける。


 そりゃ簡単に刺さりますよ。木の幹に刺したような感触でしょうとも。


「うわッ! な、なぜ避けない!?」


「【発打】!」


「クッ! 【対魔法】」


 そうね。魔法に対する立派な反射神経だわ。【発打】は無効化される。


「ほれ、【接合】」


「えッ?!」


 俺は自分の身体と、ジョシュアの剣をくっつける。


 【対魔法】は術者の持ち物にも反映されるから効果が出ないと思われがちだが、わざと発生タイミングをズラしてやればこんなこと造作ない。


「ぬ、抜けない…ッ!」


「こんなんは初めてだろ? さあ、聖撃しかないぞ! 聖撃を使え! 中二病! 俺とルフェルニを崖から突き落とした時のように!」


 ジョシュアの顔に一瞬だけ後悔が浮かぶ。


 そうか。“そこまでするつもりはなかった”…というヤツか。 

 

 コイツ、あの力を思うようにコントロールできてないんじゃないかな。


「…まさか使えないのか?」


 もし本当に聖撃を使われたら……まあ、コイツくらいは“吹っ飛ばして助けて”はやれるだろう。


 “原因”がなくなれば、きっとコイツとロリーが争うこともなくなるわな。


 魔女は……いや、今はジョシュアのが大事だな。


「それともビビってんのか!? あーん!?」


「誰がビビるか! 命を減らすことなど俺は怖れない!!」


 ん? 命を減らす…?


「…まさか、聖撃ヒドゥンって命を削って使うとかそういう技なのか?」


「そうだ! そんなに喰らいたいなら見せてやる! この状態からなら避けられ…」


「いや、待て。使うな」


「…は?」


 チッ。予定が狂ったな。『お、俺は自爆するぅ〜』って言って、慌てて逃げるジョシュアが、最期に見られると思ったのになぁ〜。


「【牽引・倍】」


「うッ!?」


 ジョシュアの背中の方に回してあった杖の先端を【牽引】する。

 杖に背中を押され、ジョシュアの身体がわずかに前に出る。

 

「メッだ!」


 ゴン! 


「イダッ!」


 びっくりしていたジョシュアの額に、俺は頭突きをかました。


「あ…う…ッ」


 ジョシュアの眼に動揺が浮かぶ。


 仮面越しに、眼球のない俺の顔を間近で見てるんだ。 


 そりゃビビるだろ。ミイラとこんな接近するなんてそうそうないことだ。


「死者に命を使うな。それはダメだ。いいな。それは二度と使うんじゃない」


「な、なんなんだ…お前は…なんなんだよ…」


「単なる死者だ。お前が命を張るような存在じゃない」


 そうだ。何をどう誤解してるんだか知らないが、こんなミイラに復讐するだなんて間違っている。


 生者を憎しみ羨むのはアンデッドの特権だろ。だから、俺はイケメンを憎むのだ。


 クソ。なんだこのカッコカワイイ系が!


 中二病の癖に!


 中二病の痛台詞を言ってても別に違和感ないとかさ。反則だろ!


 チートか! クノヤロウ!!


「はあ…。姉に似て可愛い顔してんだ。親に感謝して、鼻頭にシワなんか寄せるな。似合わんよ」


 と、シワシワのミイラが言うのは説得力あるだろ。


「ふざけんな! そうやっていつまでもふざけてんじゃねぇよ!」


「わかる。わかるぞ。なんか怒りをちゃんと受け止めてくれない大人の無理解…腹立つよな。子供だってちゃんと考えて発言してるのにな」


「誰が子供だ! 知った風に言うな! それが頭に来んだよ!」


 あ! これ、あれだ!


 昔、俺も親父とやりあったわ。これって…


「…反抗期だな」


「……“はんこうき”?」


 あー。この世界にはそんな呼び方ないのかな?


「うん。反抗期というのはだな…ん? どわっ!」


 眼の前を横切るようにいきなり剣が突き入れられ、俺はよろめく。


 あれ? だけどジョシュアの剣は俺に刺さったままで…


「サトゥーザ団長!」


 団長?


 …団長だって!?


 なんだ? あの鬼のような顔をした女が、ジョシュアの上司なのか!


 般若か! 怖すぎるだろ!


「殺す! カダベル・ソリテール! ジョシュアに接吻した罪、万死に値するぅッ!!」


「接吻? 接吻ってキスか!? 違うだろ! どうみても額を打ち付け合っただけだろ!」


「それでも許されん!!」


「だ、団長! いけません! 交戦しては…」


 なんか側付きの女性も慌ててる。これは想定外の事態なんだろう。


「そうだぞ! 戦うなって指示が出てるだろう!」


 ジョシュアや下っ端はともかく、団長や副団長クラスはマズイ。


 聞いた感じだと、俺じゃまず絶対に勝てない。


 だから、わざわざ前もって手を打っといたのにー!


 コイツらに真っ先に連絡いったはずだろ!


「もはや知ったことか! 屍従王を片付ければ全てが終わる!!」


「団長! 滅私!! 滅私です!!」


「そうだぁ! コイツを“滅”ぼして“死”なせる! “滅()”だ!!」


 なんてこったい!


 ジョシュアより強い怒りに我を忘れてる!


 ああ、なんて部下思いの上司なんだ。日本企業にもこういった人情味あふれる人が上に…いや、今そんなことはどうでもいい!


「【溶離】!」


 俺は自分に刺さった剣の周囲の皮膚を溶かして外す。こんな重りをつけたまま戦える相手じゃない。


「死ねぇ!!」


「うひー!」


 クソ! なんて速い剣だ! 避けるのやっとだわ!


「団長! 俺も!」


「許可する!」


「団長ぉ!」


「ドロシィ、交戦せよ! ここで奴を倒す! 責任は私が取る!」


 あー、3人とも武器とっちゃったよ!


 せめてジョシュアの剣は下に放り投げとくんだった!


 なんでこうなるの!


「カダベル様!」


 ああ、ロリーまで来た!


 無理をするなよ!


 まだ体力が完璧に戻ってないんだから階段昇ってくるなよぉ!


 こっち来るなぁ!


「待て! サトゥーザ・パパトゥ団長! 俺と戦ったら大変なことに…」


 うあー。言ってて自分でスゲー小物臭く感じる。


「黙れ! 聖騎士が死者を葬って何が悪いか! 貴様の存在自体が邪悪だ! だからこそ滅する!」


 うーん、ぐうの音も出ない正論だ!


 どう見ても俺のが悪役だわなぁ〜。

 

 ここら辺が潮時か…。魔女まで至らなかったのは本当に無念だが仕方ない。


 しかし、ルフェルニたちの結束は強まったし、ロリーも無事だったし、ここまで俺は良くやったよな。


 別に……


「カダベル様! 諦めちゃダメです!」


 ロリー?


 君は本当に……


「遅れて申し訳ございません! マイマスター!」


「カナル!?」


 外壁を駆け上ってくる半透明の狼、道化師の格好をしてるのはカナルだ!


「なに! 新手か!?」


 サトゥーザたちが慌てている。


「指定の時間に来られなかったので、当初の予定と変わったと判断致しました! 勝手な行動お許し下さい!」


「いや、素晴らしい状況判断だ! ミイラでも持つべきは生きた仲間だなぁ!」


 残念ながら、ゴライやメガボンじゃこれはできない。アイツら従順なんだけど機転が利かないんだよな。


 俺は斬り付けられる直前で、【牽引・倍】で狼にと飛び乗る。


 【土狼】は土塊を媒介にしてるから、【牽引】対象となる。

 ちなみに“単なる地面”とかだと、範囲が広すぎるらしくて【牽引】は働かないんだが、【土狼】だと“単一の塊”と見做されるらしい。

 【煙魚】とかは対象にできなかったから、きっと実体ある個体にしか使えないということだろう。


「ハッハー! さらばだ諸君!」


 悔しのぅ。悔しいのぅ。そんな聖騎士たちに手を振る。


「このままロリーを回収! 屍体での陽動はなしで構わん! 全力で撤退する!」


「ハッ! 仰せの通りに!」


 カナルよ。さすが元ニルヴァ魔法兵団。俺の意図を瞬時に汲み取ってくれる。

 これがゴライだったら説明するのに小1時間はかかったろう。


「魔女を引きずり出せなかったのは残念だ…んがぁッ?!」


聖技ルククイック』!」


 なんだ!? サトゥーザがメチャクチャ速く走ってきたぁ!!

 

 ってか、【土狼】はマクセラルが逃走に使用したように、ランク2の魔法の中でも機動力がある。垂直の壁ですらスイスイ駆け上がってしまえる。とっても便利な魔法だ。


 これに追いついてくるなんてどんだけだ!


 横壁を普通に走るだなんて、お前は忍者か!


 騎士がやることじゃないぞ!


「逃さん! 聖技『シャープ』!」


 なんだ!? 聖撃じゃないのか!?


 剣が光ってなんか飛んでくる! 遠距離攻撃か!


 お前は魔法使いより魔法っぽいもの使ってくんな!


「マイマスター!」


「わかっている! 【牽引・倍】!」


 俺は壁にかかっていた国旗垂幕を引き寄せる! 


 もちろんこんなもので防げるわけもなく、簡単に斬り裂かれる!


 でもたぶん少しは威力が落ち…ないか!


 ブーメランみたいなもんじゃねぇのかよ! 少しは減衰しろよ!


「クソぉ! 【倍加】!」


「キャアッ!?」


 俺は【土狼】の質量を倍にする。当然、走ってる最中なんだから自重でガクンと大きく下に下がる。カナルがびっくりするのも当然だ。それを利用して、あのよくわからん剣閃をギリギリで避けた。


「お、落ちま…」


「落ちん! 走らせ続けろ! 【軽化】、【浮揚】、おまけに【牽引・倍】!!」


 一気に持ち上げて体勢を立て直す! 


 【土狼】を股の力で挟む。


 ああ、クレーンゲームのアームにでもなった気分だ。


「…聖技とやらも、あれも恐らく魔法だな」


「え?」


「巧みに隠してるが、間違いなく魔力が減ってる。…魔蓄石を使ったような何かトリックがあるはずだ」

 

 俺は魔力測定機を見て言う。


 こんな状態でも、団長の魔力はちゃんと測っていた自分を褒めてやりたい。

 どんな魔法を使ってくるかわからないしな。ちゃんとチェックしといたんだ。


 サトゥーザは魔力値4,500。さすが団長なだけあって半端ない。ジョシュアが900程度だったから、どれだけ差があるかわかるだろう。


 聖技自体に魔力は確認できなかったが、今測り直したら3,900に落ちてる。今の2つで600を消費したってことだ。


 …しかし、いちいち腰のベルトから持ち上げるのダルいわ。そのうち腕時計タイプに改良したい。


「カダベル様ぁ!」


「さあ、行くぞ、ロリー!」


 上手く回り込んで、ロリーを無事に引き上げることに成功する。


「待て! 絶対に逃さんぞ!!」


 追い付いてくるのはサトゥーザだけだ。


 ということは、ジョシュアとドロシィとやらは、この移動の聖技を使えないんだろう。


「このまま北に回り、ゴライと合流しろ!」


 【土狼】から回廊へと飛び降りた俺に、ロリーもカナルもギョッとする。


「俺は時間を稼ぐ!」


「カダベル様!?」


「マイマスター! ご一緒でも振り切れます!」


「いーや、無理だ。移動する手段があるの知ったら、追撃は何としてでも止める必要がある」


 魔力の減り具合を見る限り、あれで追い掛け続けることはできないだろうが、下に降りて馬を持ってくるなんて使い方はできる。


「それに騎兵が王都内に隠してあるはずだ! だとしたら3人乗りじゃ絶対に振り切れん!」


 そう。外門に配置してなかったということは、俺の侵入を予期した追撃に回してたってことだろう…ここは参謀の読みが正しい。こんな嫌な時に効果を発揮してくれるなんてね。

 持久力は馬の方に軍配が上がる。【土狼】じゃやがては追いつかれてしまう。


(それに何か見られている気はするしな…)


「カダベル様!! めてお願い!」


「カナル! どっちを優先すべきかお前ならわかるはずだ!」


 少し迷った後、カナルは頷いて【土狼】を走らせる。

 ロリーが騒いでいるが、彼女なら上手く説得してくれるだろう。


「さて、どれくらい時間を稼げるやら…」


 向かってくるサトゥーザを前に、俺は杖を構え直したのだった……。

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