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屍従王  作者: シギ
第二章 ギアナードの魔女編
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042 屍従王の逆鱗

「…やあ、ご無沙汰してますね」


『お前、【遠心通話】が使えたのか?』


「【遠心通話】じゃないよ。実際に音声が聴こえてるでしょ。【通信話】だよ。周りに人いない?」


『…この魔蓄石か? しかしどうやって?』


「まあ、そんなことは置いといて。10分話せるか話せないかだから…距離が遠いと1〜2分程度かも」


『……いまさら何の用じゃ?』


「ギアナードにいる聖騎士に撤退命令を出してほしい」


『ああん? なぜ私がそんなことに…』


「“朱羽老人”の素性を世間に明かそう」


『…それで? 素性を明かしたところで、ソリテール家の名が上がるだけだろうが』


「俺の忠臣から、筋書きは聞いているだろ?」 


『……』


「ソリテール家は“悪霊に呪われた家”の代名詞となる。…財産も使い切ってしまった。何も残らない。終わりなんだ。聖教会の邪魔はもうできなくなる」


『…はぁ。お前のすることは前からそうだったが、今回はそれにも増して意味がわからんぞ』


「それと君たちが手を焼いてる魔女をどうにかしてやる。…この2つが条件だ」


『……なんだと?』


「悪くないだろ?」


『……信じられるものか』


「昔馴染だろ。俺が君に嘘をついたことがあったかい?」


『……なぜそこまでする?』


「あるに泣かれたくなくてね。それだけだよ」




──




 廊下ですれ違う相手に【酩酊】をかけまくる。だいたいの男が酒呑みで助かるわ。


 メイドとかの女の子には華麗に首トンだ。…というのは嘘で、首トンなんてしても気絶なんかせん。


 だから【倍加】させた【照光】で、「目がー、目がー」の状態にさせる。

 

 叫ばれて人が集まるかと思うかもだが、その状態で首筋に刃物当てて「叫ぶと殺す」とか言うと大概が大人しくなるもんだ。


 人間、本当に怖いと黙るもんだ。ましてや視覚が奪われると恐怖がより強くなるしな。


 まあ、それで駄目なら口の周りをグルグル巻きだな。こういうパニックに起こして人の話を聞かないのもいるから面倒だ。


「普通ならさ、魔法なら【催眠】とか【睡眠】だろ。ねぇんだよなぁ。【酩酊】ってなによ。絶対にこの魔法創った賢者って呑んべえだろ」


「あーん、ダンナさまぁ」


「あー、はいはい。あんま飲み過ぎちゃ駄目よ。お嬢さん」


 中には酒呑みのメイドもいるからな。


 でも、例外なしに甘えてこようとするのはなんでだ? この世界にもメイド酒場みたいなのがあってそういうことさせてるのか?


 昼は宮仕えの生真面目メイド、夜は酒場でちょっとイケないメイドに大変身…とかね。


 そもそも、メイド服って本当に機能性あるのか? この世界でも白が基調だし、汚れちゃマズイとか気を使うんじゃね?


 俺は皆、学校の紫色のダサジャージみたいなのでいいんじゃないかと思う。


 え? 色気がない? わかってないな〜。下着は白シャツでヘソ出しという……


 いや、やめよう。道貞の時の趣味だ。今は違う。


「しっかしエレベーターとかねぇのかよ。何階建てよ。疲れ…はしねぇけどさ」


 こういった塔は、俺がいま昇っている以外にもある。

 途中に連絡通路みたいなのはなかったし、もし違ってて1階からやり直しってのは勘弁だな。


 それに王や将軍率いる本隊が戻ってきたら厄介だ。魔女との鉢合わせの危険性もある。


「かー、“ロリー探知せよ”、みたいな魔法あって下さいよー。もう肝心なところで使えねぇんだからさ」


 螺旋階段の途中、ひとりで愚痴を言い続けていた俺は口を閉じる。


 扉が見えたからだ。その前に見張りがいる。


(あの鎧は…ビンゴ! 聖騎士だ!)


 間違いない。独特な形状の兜からして、この国の兵士じゃない。


 背格好から見ても、あの中二病聖騎士じゃないな。もっと大柄だから…たぶん成人男性だ。


 【酩酊】は…使えないな。聖騎士は酒飲むか知らんし、そもそもフルフェイスのヘルムの上からじゃかからん。


 この国の兵士は室内じゃ兜を脱ぐのが礼儀みたいだから助かったけど。

 いや、城内でフルフェイスヘルムだなんて、不審者入り放題になっちゃうしな。普通に考えてありえないだろう。


 聖騎士は…客人対応だから特別というところか。


 あの高そうな鎧兜は簡単に用意できないし、奪い取るにもそう安々とはいかないだろう。


「…あの様子だと撤退命令はまだ聞いてないか。しゃあない。なら、やるかな」


 俺は懐から魔蓄石を取り出す。もう手放せない便利アイテムだ。


 俺はそれを階下へ放ると、中に込められていた【残声】を発動させる。


 【残声】は使い勝手の悪いテープレコーダーみたいなものだ。

 最初の発動で録音して、次で再生される。だが録音と再生は、魔法を使った場所からは動かせないから献立メモとしても使いにくい。紙が無いときに一時的に記録しておくのに使えるかも…という、これまたイマイチな魔法だ。

 しかし、今みたいに魔蓄石に込めた時は超絶便利アイテムと化す。むしろ魔蓄石に込める前提の魔法なのかも知れない。


 ちなみに王都中に警報に使ったコウモリどもが持っていた髑髏も、外門の屍体に話させたのも、同じ【残声】による効果だ。


「よし、【軽化】【牽引・倍】…お馴染みですよねぇー」


 【牽引】も馴れたものだ。最近じゃ両手から別々に発せられることが確認できた。


 これを天窓の丈夫そうな柵に目掛けて使い、俺自身を浮かび上がらせる。


 そして右手の【牽引】が切れたら、次は左手の【牽引】…これを何度も繰り返すと、俺はその場でホバリングができるのであーる!


 え? 前にこれを枝に使って高速移動してただろうって?


 わかってませんねー。あれは遠心力を利用して前に進もうとする力も使っているから、そう難しくないんですよ。


 落ちないように、魔法だけの効果で、同じ場所に留まるのは、それより遥かにコントロールが難しいのです。


 うん。確かに見た目は格好悪い。


 まるで溺れそうな人が、必死に藻掻いてるみたいだし。


 …まあ、関係ない。スゴイんだから!


 そして、俺がわざと入れた“間”が終わり、録音した音が再生される。



『あーれー! 助けてぇー!! 曲者よぉ! 曲者ぉ!!』



 えー。俺の声ってこんななの?


 なんか掠れてるし、枯れたミイラみたいな声してんじゃん。


 録音した自分の声ってなんか変に聞こえる。ましてや裏声だとなおさらだ。


 イメージ的には18歳のキャピキャピの女子高生だったんだが、どう聞いても100歳超えの老人の、気色の悪い断末魔にしか聞こえない。


 良かった。いま使う機会あって。


 もしこんなのが俺が死んだ後も遺って、遺言とかで皆の前で再生されたら死んでも死に切れ…いや、もう死んでるから関係ないか。


 つまり、そういう話じゃないってことだ。



「なんだぁ?」


「何事だ?」



 おいおい。ふたりして見に行くこたぁないだろ。まあこっちにしてみれば手間省けていいが。


 侵入者は下からしか来ないだろう…そんな思い込みによる油断かな。

 …いや、ただ馬鹿なだけだな。魔法が存在する世界でそんな油断なんてするわけない。


 【残声】は“間”も含めて3回ほどリピートされる。

 そのまま1階までアホみたいに追いかけて行くがいい。辿り着いた先にあるのは割れた石コロだ。



「さて、これでよし」


 扉を確認するが罠らしきものはない。ノブを握ったら電流が流れる仕掛けもない…ま、流れたところで俺に害はないが。


「上に牢屋は作らねぇよな。単なる軟禁部屋か。よしよし、ブッ壊すぞ。【発打・倍】」


 俺は鍵穴に連続で魔法を放つ。


 ちなみに【発打】も左右の手交互で放てるが、連続でエネルギーの弾を放ってる雰囲気が堪能できるだけで、あんまり意味はない。


 【牽引】は腕を伸ばすことが条件となって発動するが、【発打】は手の平を対象に向けることだけが条件だから、連発は【牽引】より容易い。

 同じランク1の魔法もこのように様々なんだよね。


 大して連発せずに、デッドボルトが叩き折れた音がする。


「……こんにちは。迎えに来ましたよぉ。王子様じゃないけど」


 本当ならナッシュくんとかさ、あの中二病騎士みたいなイケメン枠が迎えに来るのが筋じゃない?


 ましてや城とロリーだよ。まさに囚われの姫じゃん。


 何が悲しくて100歳越えが、老体ってか、屍体に鞭打って来なきゃならんのだか…。


「ロリー?」


 てっきり彼女のことだ。「カダベルざまぁ!」と言って子犬のように走り寄ってくると思っていたが……部屋は薄暗いし、動く気配がない。

 

 あれ? まさかあのマッチョたちの部屋だったのか? 

 ……まあ、アイツらも助けなきゃだから、それはそれでもいいんだけどね。


「まさか、いつぞやのようにオネム…」


 冗談めかして言おうとして、俺は酷く後悔する。


 嗅覚の鈍い俺にもわかる、すえたような臭いだ。


 これには嗅ぎ覚えがある。


 風呂にも入らず部屋に籠もっていた時、あの道貞がトイレに行って戻った時に「あれ? なんか俺の部屋って臭くね?」と気づいた時のニオイだ。


 そうだ。決して女の子の部屋からしてて良いニオイなんかじゃない!


「ロリー!!」


 部屋は綺麗だ。だが、布団の上に座ったロリーの姿を見て絶句した。


 手足には鉄輪が掛けられ、鎖に重りが付いている。

 彼女は酷く痩せ細り、ガサガサの皮膚からどんな栄養状態なのか一目でわかった。


「ロリー…? まさか、ご飯を貰えなかったのか…?」


 ああ、俺はなんて間抜けな質問をしたのだろう。


 着ていた修道士の服もボロボロだ。食事だけじゃなく、風呂どころか、洗濯も…着替えすらも用意してくれなかったのかよ。


 近づいていくと、彼女の胡乱な瞳にわずかに光が戻った。


「……カダベル…さ…ま?」


 まるで夢でも見てるような、そんな素振りで俺を驚いたように見やる。


「ああ…。ああ…。なんてことだ。本当にごめんよ。ロリー。助けに……助けに来たんだよ…」


 声が震える。なぜかとてつもなく悲しくて恥ずかしくて苛立たしくて…


 だが、俺がしっかりしなきゃいけない。


 ロリーを助けに来たのは俺なんだ。 


「カダベル…さま…カダベルさまぁ!」


 ロリーの眼に涙があふれる。


「信じてました! 助けに来て下さるって…信じて待っていましたぁ!!」


「ああ、ああ…ゴメン。本当にゴメンな…遅くなってしまって…」


 俺では胸にしがみついて泣きじゃくるロリーの頭を撫でてやる。


「…あ! ゴメンナサイ」

 

「ん?」


 ロリーがパッと俺から離れる。体力がないので倒れそうになるのを慌てて【牽引】で引き止める。


「…私、いまクサいしキタナイです…だから…」


 俺の服が汚れる…そんなことを気にしたのか、このは。


 ああ、女の子に絶対に言わしちゃいけない台詞だ。


「大丈夫だ。ロリーは臭くもないし汚くもないよ」


「で、でも…」


「大丈夫」


「ぎ、ギライにならないでくだざーい!」


 俺は仮面を外して笑う。いや、笑えないんだが…心の中では優しく微笑む。


「嫌いになんてなるものか。こんなミイラを嫌がりもせず、常に側で支えてくれたのは君の方だったろう」


「…カダベル様」


「さあ、行こう。安全な場所にね」


 俺が手を差し伸べると、ロリーは頷いて掴む。


 その痩せた指を見やり、俺は沸々と怒りが込み上げてきた。


 きっと聖教会は人道的な対処をするだろう。ましてや保護すると言っていたくらいだ。彼女は准修道士だし、それなりに優遇されるだろう……そんな甘いことを考えていた自分自身に腹が立つ!


「あ、あの、カダベル様…。こんな風に助けて頂いておいて、本当に言いにくい事なのですが…」


「ん? なんだい? なんでも言ってくれ」


「…せ、せめて顔だけでも…洗っては…」


 あー。そうだよな。


 ホントに、俺はデリカシーがない。


「…いや、すまない。気が利かなかった」


「いえ! わ、私がワガママを…すぐに」


「いや、待ってくれ。そこに桶があるだろ。俺が水を用意しよう。それで身体を拭うといい」


「でも…時間は…」


 早く逃げなければならない…それは彼女も理解しているようだ。


「いや、少しやることができたからね。大丈夫。君が準備を終える頃にちょうど終わるはずだ」


 俺はロリーの頭を軽く撫でると、懐から魔蓄石を取り出して渡す。


 これには【小治癒】が入っている。

 死んでる俺には効果ないが、もしロリーが万が一にでも怪我をした時のために持っていたものだ。

 怪我をしてなくても、体力もある程度は回復させられる。決して栄養状態がよくなったり、すぐに走り回ったりできるようになるわけではないが、それでも今よりは少し楽になるはずだ。


「…カダベル様は…いったいどちらへ?」


「うん? …ちょっと御礼をしにね」




──




 城内を走っていて、強い違和感を覚える。


 いつもとは何かが違う。棘の付いたボールが自分の内蔵を走り回っているような酷い不快感だ。


 そして、階段の下に誰かが倒れているのが見えた。


 ジョシュアは慌てて側に駆け寄る。


 鎧は聖騎士のものだ。しかし、団長や補佐官じゃない。男性と女性じゃ鎧の形が違うからすぐにわかる。


「アボッド? クズン?」


「イテェよ…イテェよ…ジータ兄…こんなことになるなら、聖騎士なんてならなきゃ良かったよぉ…」


「うっ…うっうぅっ」


 ヘルムを被っているから表情はわからない。しかし、小刻みに震えてることからこのふたりが泣いているのが知れた。


 ジョシュアはひどく驚く。

 聖騎士は痛みに耐える訓練をもこなす。拷問による情報漏洩への対策だ。

 このふたりは素行こそ余り良くなかったが、それなりの実力者だ。能力もある。だからこそ、今回の討伐任務に選ばれた。

 そんな男たちが泣くなんて、滅多なことではない。


 そしてジョシュアは、ようやく今になって気づく。


 ふたりの手足があらぬ方向に曲がっている。


 肘と膝の関節がおかしい。可動域を越えて、反対側にと圧し曲げられているのだ。


 鎧に覆われていて状態がわかりにくいが、この痛がりようからも、きっと骨が飛び出した開放骨折をしているのだろう。


「…だ、誰にやられた? すぐに治癒を…」


「無駄だよ。魔法じゃ治せない」


 その声を聞いた瞬間、ジョシュアの背筋にゾワッと憎悪の感情が燃え広がる。


「傷口に【醗酵】をかけたんだ。普通は人体には影響のない魔法なんだがね」


 声の主は、杖をついて階段をゆっくりと降りてくる。


「それに【倍加】をかけるとどうなると思う? 面白いことに…“腐敗”するんだよ。生物であってもね」


「カダベル・ソリテール…!」


 途中まで降りてきて、屍従王はジョシュアを見下ろす。


「…魔法による腐敗は、【再生治療】でも治せない。自然治癒はするだろうが…そうだな。たぶん完治するまで数十年はかかるんじゃないかな」


 静かに淡々と語っているが、そこには奇妙な圧力のようなものがあった。


「…その間は手足を動かすこともままならず、自らが放つ、爛れた悪臭を防ぐ術もない」 


 あの邪悪な笑みの老人と、今の両手を開く屍従王がジョシュアの中で重なる。


「ジワジワと腐り溶ける激痛……死こそが救いと思う程の地獄を、たっぷりと味わうことになるんだ。お前らはな」

 

 アボッドとクズンはこれから待ち受ける日々を想像し、恐怖に慄き、先程よりも強く咽び泣く。


「…貴様ぁッ」


「聖騎士ぃッ!」


 急に声色が変わったことに、ジョシュアは一瞬戸惑う。


 カダベルが震える手で杖を向けてくる。


 震えているのは怒りのせいだ。怒りでカダベルは震えているのだと、ジョシュアは理解した。


「お前たちは聖騎士なんだよな。“聖なることを為す騎士”なんだろう?!」


 ドン! と、勢いよく杖を突く。


「よくもうちのロリーをあんな目に遭わせてくれたな!」


 握りしめただけで、カダベルの手はパキパキと乾いた音を響かせた。


「仕返しは倍返しぐらいじゃ済まさんぞ!! あの娘の涙はなぁ、お前たちの命より遥かに重い!!」


「俺の姉の名を! その名で呼ぶなぁッ!!」


 ジョシュアは抜剣して斬り掛かる!


 もはやカダベルが何故ここにいるのかなど、どうでも良かった。仇敵を倒す。ただそれだけだ。


「姉? …チッ!」


 カダベルは杖を両手に持ち、その斬り落としを横薙で打ち払う。

 そして杖を回転させて反撃してきたのを、ジョシュアは寸前のところで身体を引いて回避した。


(速い!? …前に戦った時の動きじゃない?)


「姉だと? いま姉と言ったのか?」


 やはり気付いていなかったのかと、ジョシュアは舌打ちする。


 ヘルムを投げ捨てる。今の動きから察するに、視界を妨げられた状態で交戦するのは不利だと考えたからだ。


 金髪が揺れる。姉に似ており、男っぽくない顔だと周囲からバカにされる自分の容姿を、ジョシュアは少し恥じていた。

 だが、カダベルに自分の存在を見せつけるにはいい。


「俺はジョシュア・クシエ! ロリーシェ・クシエの弟であり、お前が悪意を持って利用したシデラン・クシエの息子だ!!」


 カダベルの動きが止まる。そして、ジョシュアの顔をまじまじと見やった。


「……そうか」


 思ったよりも驚いてはいないようだった。


 ジョシュアも別に何とも思わない。どうせ自分の存在はカダベルからすれば、姉にくっついたオマケか何かのようなものだったに違いなかったからだ。


(吠えヅラかかせてやる! お前がゴミだと思っていたガキが、どんなに危険な存在だったかを思い知らさせてやる!!)


「……赤の他人なら何も言わん。それぐらいで済ませてやるけどなぁ」


 ジョシュアは、カダベルが自分ではなく床に転がっているふたりを見ていることに気づく。


「悔しいのか? 俺が聖騎士になって貴様に反旗を翻したのが…」


 ジョシュアは心の中で、初めてカダベルを出し抜いてやった気がした。

 溜飲が下がるまではいかないが、自分が精神的に少し有利に立ったのではないかと思う。


「そんなことはどうでもいい」


「ハッ! そんなはずはない! 命を助けてやったガキが、お前に剣を向けたんだ! それを…」


「どうでもいいって言ってんだろ!」


 ビクッとジョシュアは肩を震わせる。


 なぜか彼は、幼い頃に父に怒られた時のことを思い出した。


「弟が、実の姉を…どんな理由があるにせよ、あんな目に遭わせた…そういうのが俺はキライなんだよ!」


 前のおちゃらけた雰囲気が消える。これが本来のカダベルなのだとジョシュアは思った。


「貴様に…貴様なんかに! 俺の、俺たち家族の何がわかるッ!!」


 ジョシュアは階段を駆け上る! そして突き入れた!!


「何もわからん! 姉を閉じ込めて平気な顔をしているクソみたいな弟の気持ちなど何もな!」


 剣と杖が激しくぶつかり合う!!


(鉄杖か! クソ! 叩き斬ることができない!)


 階段は横幅が広い。剣を振るのに問題はないが、立ち位置が悪い。やはり上からの攻撃の方が有利だ。


 それがわかってか、カダベルもまた防御姿勢のままだ。自分から攻撃を仕掛けるより、高い視点から攻撃を確認してカウンターを狙う。


(回り…込めない? 剣士の動きについてくる魔法士…! 冷静になれ、冷静にならなきゃ勝てない!!)


 改めて強敵だと知る。まして今回は魔法を使って来ないのが奇妙に思われた。


 階段を昇りつつあったカダベルが変な動きを見せる。


(! まさか投擲!?)


 まるで槍投げのように振りかぶり、杖を手放したのだ!


「くだらない!」


 どんなに早かろうと、飛んでくる位置がわかれば避けるのは難しくない。こんなものは武器を手放すだけの愚策に過ぎない。


「…【発打】」


「それが狙いか!」


 顔面に一撃当てて怯ませる…そのために武器を囮に使ったのだと、ジョシュアは即座に判断する。


「【対魔法】!」


 低ランクの魔法は無効化できる。これはアボッドやクズンは使えない。

 だから、カダベルはそれを失念したとジョシュアは思った。


 当然ながら、【発打】は無効化される!


「…【牽引】」


「ガッ!」

 

 後頭部に衝撃を感じ、ジョシュアはその場に前のめりに倒れる。


 歪む視界の先に見えたのは、悠々と杖を手元に引き寄せるカダベルだ。


「投げた杖を引き戻す際に…俺に攻撃を…」


「攻撃? 今のは攻撃なんかじゃない…」


「? なんだと…」


「ジョシュア。これはお前の亡き父の拳骨だ!」

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