039 屍従王軍VS王国騎士団(2)
およそ半刻後。王国側が常に優勢に戦い続け、攻めきれないと見たのか、死者たちが倒れた仲間にも目を向けず、そのまま退がって行く。
ほんの小競り合いに過ぎなかった。こちら側に被害はまったくと言っていいほどない。
屍従王は何の反応も見せず、顎に拳を当てたままの姿勢で戦況を見やっていた。まるで小手調べでもしているという風だ。
「追撃しますか?」
「無用だ。こちらが優勢とはいえ、防衛戦だということを忘れるな。まだ無理をする時でもない」
罠を用意している可能性は充分にあった。追撃を誘うために、わざと小出しの攻撃しているのではないだろうか。その可能性も考慮すべきだと、バックドロッパーは周囲にも伝える。
それに相手は死者だ。どういう原理で動いているかは知らないが、それでも生者のように息が上がったりはしない。走って逃げ回られるだけでも、消耗するのは人間側だけなのだ。
「なぜ止める!?」
まだアドレナリン全開のゼロサムが暴れている。抑えつけている兵士が殴り飛ばされるのが、まったくもって可哀想だった。
王の強さは圧倒的だった。誰よりも真っ先に飛び出し、最も多くの死者を斬り飛ばした。
もしこれが斬り込み隊長だったら表彰ものの成果と言えただろう。だが、彼は王であり指揮者でなければならない。トップに立つ者としては落第だ。
本当の斬り込み隊長は恥ずかしそうに兵士たちの間に隠れて、今にも消え去りたそうな顔をしている。
「敵は弱い! なら一気に攻めるべきだ! 手応えはあった! なぜそうしない?! 彼らを解放してやるのが騎士道だぞ!」
王の言葉に頷く兵も少なからずいた。
そうだ。さっきより恐怖が薄れている。実際にぶつかって見て、勝てる自信が出てきたからだろう。
(死者とはいえ、間違いなく殺せることがわかった。それなら、何も恐れることはない…俺の杞憂に過ぎなかったのか?)
バックドロッパーは、地面に散らばる亡骸を見やる。もはや彼らは動かない。ゼロサムの言う通り、屍従王の支配から解放されたのだろう。
遺骸を集めるような事まではできないが、それでも王の指示通り、踏み散らかさないように端の方に寄せてはいる。こんなことができるのも、この戦いには余裕があるからだ。
「将軍! この棺桶はどうしますか?」
兵士のひとりが、戦場に放棄された棺桶を指差す。
人間がふたり入れるのではないかというぐらいの大きさがあり、前進しかしない死者は時たまこれにつっかえたりするので、遮蔽物として利用することができた。
向こうにとっては戦いに不利になるだけの荷物だし、邪魔にしかならない。本当に何のために持ってきたのか不明である。
「放っておけ。どうせ中は空っぽか、せいぜいあっても屍体が入ってるのだろう」
爆発物でも隠していたら厄介だったが、そんな風な様子でもない。
「でも、この引きずった跡を見て下さいよ。こんな深い跡ができるなんて、よっぽど重い何かですよ」
好奇心が捨て切れない兵士が言う。戦い以外の何かに囚われるよくない傾向だ。
「どうせ屍体の詰め合わせか何かだ。何が入ってようと構わん。今は次の戦いに備え…」
「開けてみろ」
「…王」
「気になるなら開けてみればいい。俺も中身が見たい」
将軍よりも上からの許可が出たことで、兵士は嬉々として棺桶の蓋に手をかける。
「クソ。固いな。…おい、手を貸してくれよ」
呼び掛けに応じ幾人かが集まる。どうやら釘打ちされているらしく、剣を隙間に差してテコの原理で少しずつ蓋を持ち上げていく。
興味がない振りをしていたバックドロッパーも、湧き上がる好奇心は抑えきれず、ついに「貸してみろ」と悪戦苦闘していた兵士をどかして、自ら手斧の柄を隙間にこじ入れた。
「おお、開くぞ!」
開けてみて、覗き込んだ全員の眼が大きく見開かれた。
「…金だ。おい! ゴールドだぞ!」
上擦った声で、手を差し入れ金貨をすくう。間違いなく本物だ。
やがて、もうひとつの棺も開き、そこでもどよめきの声が生じて、豪華なダイヤの首飾りを手にはしゃぐ兵士の姿が見えた。
「…これは埋葬品か?」
柩の中にはミイラとなった屍体もあったのだが、そんなこと最早どうでも良いとばかりに、皆が競うようにして棺の中に手を伸ばす。それをバックドロッパーが怒鳴って止めさせた。
ゼロサムだけが余り興味なさそうにしている。王族の彼からすれば、金銀財宝などさして珍しいものでもない。むしろ敵でも飛び出して来ないものかと考えていたので拍子抜けしたのだ。
「…王。彼奴らは“己が愛する者”と言っておりました。もしや、この棺に入っているのは…」
「なんだと言うんだ?」
「……単なる推察でしかありませんが、屍従王は彼らの家族などを…このような形で運ばせていたんではないでしょうか」
それも埋葬品を見る限り、相当なまでに高貴な身分の者たちだ。
貴族階級の遺品に手を出すのはまずい。場合によっては、先人たちへの冒涜と取られかねない。それを伝えたかったのだが、この王には正直に話しても「それがどうした」と言われるのが目に見えていた。
どう言えば説得できるかと思案していると、ゼロサムは何度も頷き始める。もしかしたら、考えてることが上手く伝わったのかとバックドロッパーは一瞬そう思った。
「愛する者と共に、歴史ある王都の墓地に眠りたいという死者の気持ちよーく理解した!」
まったく伝わっていなかった。
それどころか変な解釈をしはじめたことに、バックドロッパーは慌てる。
「王! 私はそこまでは言って…」
「そのために金銀財宝まで差し出そうとの心構えは立派だ! 俺はこの死して、なお誇り高き民に対し、とても感動している!」
「いや、なにを…。誰も我々にくれるだなんて一言も…」
「だってここに書いてあるぞ」
「…え?」
ゼロサムが指差したのは棺の蓋の裏側であり、手彫りで『差し上げます』と短く書かれていた。
(わ、罠だー!)
バックドロッパーはあんぐりと口を開く。
(なんだ? 何が狙いだ? なんだか非常にマズイ。マズイぞ。もっと敵の狙いをよく検討する必要が……)
「よーし! 棺を持った敵を討ち取った者にその宝をやる! 早い者勝ちだぞ! 懸命に戦え!!」
「ちょ、まっ!」
王の爆弾発言に、バックドロッパーは真っ青になる。
周囲からやる気に満ちた高揚した声が上がった!
とても防衛戦の兵士がするものではない。まるで狩人のように、獲物を狙うようなギラギラとした眼へと変貌していた。
「フフ。これで戦意高揚はなったな!」
バックドロッパーが制止の声を上げるが、まったく収まる気配がない。
(ウソだ。こんな子供騙しの手で…。ウソだろ。誰かウソだと言ってくれ!)
「王! このすでに手に入れた棺はどうしますか! まだ他にもありますが!
おい! そこ! 抜け駆けするな!」
棺から宝を掠め取ろうとした者同士が互いに揉めている。
「棺は埋葬するのに使いたいしな」
ゼロサムはチラッと床に散らばる骨の残骸を見やる。宝さえ取ってしまえば、まとめて何体かの遺体を一緒に入れることも可能だろう。
「かといって財宝を抜き取るのは手間だし、それを保管して置く場所もない」
「王! 捨て置きましょう! 今は戦いに集中して…」
「そうはいくまい。こんな宝が側にあっては、兵たちの気もそぞろになる」
「そうです! ですから宝のことは忘れましょう! 今一度、敵が死者であることを…」
「…よし! 都の中に運び込め!」
歓声が上がり、兵士たちは喜んで棺桶を移動し始める。かなり重いが、数人がかりでならなんとか動かせるようだ。
「王! それは絶対にマズイです! せめて戦いが終わってから…」
許可もなく小門が開き、中の兵士が「はやくしろ!」と手招きしている。
「駄目だ。そうでないと、ここで仲間内で争う。それが敵の狙いだろう」
取り分の金貨の枚数で言い争う兵士たちを見やって、ゼロサムはしたり顔で言う。
(いや、仲間割れが目的と、そこまでわかっていてなんでだ…。その先に何の狙いがあるかこそが重要なのに!)
無能な働き者…誰かが王のことをそう呼んでいたことを思い出し、今まさにその通りじゃないかとバックドロッパーは思う。
今度は壁上の弓兵たちからも不満の声が上がっていた。自分たちは宝を手に入れられないのか、と。
それに対して王は「公平にする!」と勝手に約束する。もう早い者勝ちですらなくなっていた。
「安心しろ! 王の名に懸けて、皆の報奨は確実だ!」
こういう時に王という立場は便利だ。何かと約束するのに、王という肩書きは何よりも頼もしく見える。
だが、それは砂上の楼閣や、張り子の虎に過ぎない。全員の不満を解消する術はなく、だた勢いに任せて、ノリでそう言ったに違いなかった。きっと後々になって、もっと大きく揉めることだろう。
「モタモタするな! 急げ! さっさと運び入れろ! そうだ! 俺は早く戦いたいんだからな!」
「お聞き下さい! 王!」
「さっきから聞いてるぞ! バックドロッパー!」
「いいえ、全然、聞いておられません!」
「聞いている! 俺は部下の話をよく聞く男だ! 今も話してるではないか!」
「で、ですから! そうではなくて…」
「王! 将軍! あれを! 敵に動きが…」
「なんだと!?」
皆が一斉に敵の方を見やる。
死者たちの群れの中、奇抜な格好をした1体のピエロが踊っていた。
恐らくそれもまた死者なのだろう。その踊りに合わせて、死者たちが、それも屍従王までもが手を叩く。
ピエロがズテッと滑って転ぶ。頭を揺らす屍従王は、なんだか楽しそうに笑っているように見えた。
「何を…」
「まさか余興でもやってるのか?」
「小馬鹿にしやがって!」
バックドロッパーは違和感を覚える。
いや、ずっと違和感はあったはずだ。だが、その理由がハッキリしなかったのである。
しかし、ここに来て初めて何なのかわかりそうな気がした。
武力と武力。
人間と人間が争う。
戦争とは本来こういったものだ。
互いに死にたくないからこそ、死力を尽くして勝利をもぎ取る。
「……そうだ。我々はいったい何と戦っているんだ?」
死者が何のために戦うと言うのか。
大軍を率いてやって来て、王都の墓に入りたいなどと、財宝をくれてやるだなんて…こんな取って付けた理由は、どう見ても全部“生者”がための理由じゃないか、と。
“生者”は常に理由を必要とする。どうしてなのか、なぜなのか、なにが起きているのか…それを理解できないと気持ちが悪いからだ。
だが、死者もはたしてそうなのか?
死者にそんな理由などが最初から存在しているのか?
元生者だからと…こちらが勝手にそう思い込んでいただけだとしたら……
「…死者に踊らされているのは、俺たちか?」
そのバックドロッパーの呟きに応えるように、ピエロがクルリとこちらを向く。そして、おどけた表情の仮面をズラしてニタリと笑った。
(!? あれは生きた…人間!?)
「総員突撃!! どんな罠があろうと怯むな!! 我が国に平穏を取り戻すのだ!!」
バックドロッパーが止めようとする前に、ゼロサムが指示を出してしまう!
宝に眼が眩んだ者、怒りを眼に宿した者、王の正義感に当てられた者…多くの“理由”が武器を手に、勝利を確信した鬨の声を上げる!!!
そして、ひた走る!
槍を剣を斧を槌を掲げ、弓が引絞られる!
そう。命なきものの命を奪おうとする、滑稽極まりない生者たちが死者に襲いかかる!!
──翠豹2──
突如として、死者の群れの前に、薄緑をした巨大な豹が2体現れた!
一番前の兵士たちは驚いて立ち止まろうとしたが、後ろから来る兵士たちに強く押されてしまう。この勢いはもはや止められないのだ。
そんな中、豹の1体に巨人が乗る。もう1体には骸骨とあのピエロだ。
屍従王が指で正門を指差している。それは“行け”という指示だった。
「いかーん!! 行かせてはならーん!!」
バックドロッパーが叫ぶ。
門壁の守りは…後衛は?
いるはずがない。
命令は“総員突撃”だったじゃないか!
「弓兵! 射て! 一斉掃射!!!」
何本か矢が飛ぶ!
だが、数があまりにも少なすぎる。
「クッ! 宝などにうつつを抜かして、何をやって…どけッ!」
バックドロッパーだけは人の波を掻き分けて戻ろうとする。
「う、うあああッ!?」
戻る最中、壁上から悲鳴が上がった。
「将軍! 門の中から敵が!」
弓兵が叫ぶ!
「なんだと!?」
「棺から! あの棺の死者が動き出しました!」
悪い予感は当たってしまった。
そうだ。なんで、棺なんて門の中に運び入れてしまったんだ…。
普通に考えればわかるじゃないか。敵は最初から“動かぬはずの死者”なのだ。どうして、棺の中の死者が操れないなどという風に思ったのか…と。
「普通? …いや、違う。普通なんかじゃない!!」
最初から普通ではない。これは“異常”だ。なぜ異常として対応しなかったのか…そうバックドロッパーが後悔した時にはもう遅かった。
豹の2体が、大きく兵士たちの頭を跳躍して飛び過ぎる!
対処しようと、ゼロサムが兵に反転後退の指示を出す!
しかし、もう何もかもが遅い。
隊列は乱れ、兵士同士がぶつかり合い、転けて、味方に鎧を踏まれ苦しそうな声を上げる。
その隙を狙っていたのか、屍従王が杖を振る!
死者たちが一気に動き出す!!
彼らは生者と違い、高揚させる必要などない! 命令に着実に従い前へと進む!!
「王! 敵は前です! もはや屍従王を討つ他ありません!!」
バックドロッパーの声に、ゼロサムは大きく頷いて、前を向いて走り出す。
ゼロサムの指揮能力は高くない。だが、個人の戦闘能力は随一だ。それならば単純な指示の方が十全に力を発揮できるだろう。
豹は放置し、先に屍従王を始末する。そして引き返して残党を倒せばいい。門を破壊される前に……
そして、それが誤りだったことに、バックドロッパーはようやく気づいた。
豹に乗っていた大男が、背中に抱えていた大きな分厚い板を取り出す。
それは縁取りを鉄の鋲によって覆われており、大盾か何かのように見えていたが違った。
(武器? まさか…あんなのが攻城兵器なのか?)
「マ゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ゛!!!」
地獄の底から響くような雄叫びに、弓兵たちが竦み上がる。
それでも何人かの弓兵たちが、恐怖にかられつつも射掛けた。
次の瞬間、豹が消える。
そして、骸骨の1体がとんでもない速度で駆けて来たかと思いきや、大男に目掛けてて放たれた矢を高速回転させた槍ですべて叩き落とす!
「クソォ! もっと射ろ!! 臆するな!!」
「カッコカコカク!!」
骸骨は軽快に飛び回り、すべての飛んでくる矢をことごとく叩き折る!
そしてそのまま、大男の肩に着地して眼鏡を得意そうにカチャリと動かそうとして…できなかった。顔に張り付いていたからだ。
「ゴライのサーフィンボードは、モテアイテムッッッ!!!」
大男が振りかぶった板が、思いっきり門にと叩きつけられる!!!
門と壁までもが一緒に、大きくグワンと揺れる!!
弓兵たちがバランスを崩し、その場に転げた!!
それほど、人間の膂力では考えられない威力の一撃だったのだ。
「おのれいッ! だが、外門はそんな程度では壊せんぞ!!」
「ボーン行くデッセ!!」
大男はそう叫びながら、何度も攻撃を繰り返す!
弓兵たちが弓を放って、慌てて落石武器を使用しようとしている最中、眼鏡をかけた骸骨は身軽に壁面を登って行った!
「ぬぬぬッ! クソ! 通せ! 邪魔だ!」
包囲するように群がる死者と交戦しつつ、バックドロッパーは眼を見開く。
「あんなこと人間に…あ!」
そうだ。つい人間に照らして合わせてしまうが、そもそも相手は死者だ。
骸骨は全身をバネのようにして、細い指先をレンガとレンガの間の無理やり乱暴に突っ込んで、わずかな取っ掛かりを利用して登っている。ましてや体重が軽いせいで速い。
常人なら突き指どころではない、下手をしたら骨折してしまうだろう。そんな無茶ができるのは、痛みも何もない死者だからだ。
せっかくの落石武器だったが、使われる前にその骸骨によって阻まれてしまう。
「【石象3】」
大男の後ろに辿り着いたピエロが、何やら小ぶりの石を3つ放り投げて魔法を使う。
その石は大男より少し小さい象となり、大男と協力して長い鼻を振り回して門を破壊せんとする!
「また魔法だ! 門を守れ! 半分、俺について来い!!」
「将軍!」
「今度はなんだ!?」
「て、敵が火を使いました!!」
「な、なんだとぉ!?」
門に気を取られていたバックドロッパーは振り返ってまた驚く。
死者たちが燃えていた。
油まみれの彼らは激しく燃え上がる。猛烈な熱気と、腐った肉が焼け溶ける焦臭さが辺りに漂う。
(どういうことだ?! 最初からそのつもりで…)
バックドロッパーは、燃える死者の先にいる屍従王を見やる。
屍従王は顎に手をやったままだ。そうして、仮面の奥でほくそ笑んでいる気がした。
屍従王の周辺の死者は燃えていない。ということは、少数を犠牲にして効率よく道連れにするつもりなのだ。
「王!? クソ!? 王はどこだ!?」
火に逃げ惑う混乱した兵たちのせいで、バックドロッパーはゼロサムの位置を見失う。
「将軍!」
「ええい! 今は…」
「いえ、門の敵が…」
側の兵士に言われ、バックドロッパーが再び門へ振り返る。本当に目まぐるしい。
「……なんだ。アイツら、どこへ行った?」
門の前にいた大男と象3体、ピエロは忽然と姿を消していたのだった……
──
「…ありがと。ボーン」
ピエロがロープに引き上げられて、門の上にと無事着地する。
「マイマスターの仰られる通り、壁の兵力は少なかったようね。
馬鹿な王様が門の前に出ているんだから、仕方なくあそこに集中させたせいもあるんでしょうけれど…」
ピエロの足元には、メガボンが気絶させたであろう兵士たちが転がっていた。
メガボンは得意そうに親指を立てて見せる。
「…でもすぐに援軍が来るわ。急ぎましょう。ゴライが“門を中途半端に破壊”してくれたお陰で、外から中にはすぐに戻って来られないと思うけれど」
ゴライは役目を果たしてすでに逃走しているだろう。彼ならば、兵士に囲まれても無理やり振り切って逃げれるはずだ。
「…私もマイマスターのように同時に魔法を使えたら、もっとお役に立てたのに」
ピエロは自分の懐から、【糸操】の入っていた砕けた魔蓄石をその場に放る。
「カッカ! カコカク!」
「ええ。わかっているわ。棺のまま門の中に入れられたのは30体ほど? 少ないわね。…メガボン。あなたにも頑張ってもらわないと」
「カコカコ!」
下を覗き込むと、棺桶から出てきた死者たちが何人もの兵士と交戦を続けている。
「…さあ、マイマスター。ここは私が引き継ぎましょう。
あなた様はご存分に御力を振って下さいまし!」
ピエロは大きく手を広げ、下にいる死者たちに向けて【糸操】を使ったのだった……。
──
死者たちがいきなり糸が切れでもしたかのように倒れ始める。
燃えていた死者の灰が風に舞い、火はチロチロと未だに燻っていた。
そんな光景を見て、兵士たちは狐にでもつままれでもしたような顔をして立ち尽くす。
「なんだこれは!?」
ゼロサムが怒鳴る。その顔は煤だらけだ。
「王。良かった…ご無事で…」
「無事に決まっているだろう! コイツらは何も…何の攻撃もして来なかったんだぞ! ただ前に向かって走って来ただけだ!」
ゼロサムが亡骸を蹴り飛ばす。
ついさっきまで、この国の民だと言っていた者たちのはずだ。そんなことすら忘れてしまったくらい、王は激高していたのだ。
「この大馬鹿野郎がッ!!」
ゼロサムはつかつかと歩いて行くと、御輿の上にいた、漆黒のローブ姿の屍体の胸ぐらを掴み上げる。そして、仮面を奪い取って投げ捨てた。
現れた顔は、ただの干乾びたミイラだった。
他の屍体と何ひとつ変わることのない、屍従王とは名ばかりの屍体のひとつにしか過ぎない。
「お…おおおッ!」!!
ゼロサムは嗚咽して、両膝を地面に落とす。
「俺は…俺は! 戦いたかったんだ!! 初めての戦争を! 勇敢に!! 強敵と!!!」
ミイラの顔面に拳を打ち付ける! だが、大した手応えもなく、ボロッと顎が崩れ落ちてしまった。それを見て、ゼロサムは怒りを通り越し、ありありと失意の顔を浮かべる。
「…例え、それが死者であっても!! “王”を名乗る者と!! 真っ向から戦争がしたかったんだぁッ!!!!」
王の言っていることの意味は、兵士たちにも、ましてや長年側で仕えていたバックドロッパーをしても理解することができなかった。
「戦いしか取り柄がない俺だぞ!! この平和な戦いのない世界!! 本当にクソだ!! クソだぁ!!!」
恥も外聞もなく、ゼロサムは泣き喚く。
「戦いのない世界なんて本当につまらん!! つまらーーーん!!!」
子供のような癇癪を起こす王を前にし、慰めの声を掛けることなど、誰にもできなかったのであった…………。
少し不明瞭な点が多いかと思いましたので、小説中に書ききれなかった部分をQ&A式で補足します。
蛇足だと思われる方は、読み飛ばして頂いて大丈夫です。
1.いきなり出てきた人間の“彼女”は誰?
すでに本編に出てきているキャラです。伏線を張っていたつもりですが、気づかなかったらすみません。次話で正体を明かします。
2.【糸操】使ってるのに、どうして他の魔法使ってるの? カダベル以外は魔法は同時に使えないのでは?
【糸操】を一旦使うのを止めてから、他の魔法を使っています。その間は魔蓄石に入った【糸操】で代用していますが、カダベルほど上手くは操れず立たせたままにするのがせいぜいです。死者が走るのを止めてないのは惰性で走らせているからで、【翠豹】が消える直前に【糸操】を戻しています。なんでこんな器用なことが出来るのかと言えば、“彼女”はそういった魔法の専門家であり、またカダベルに【糸操】の操り方の指導を受けているからです。
3.外の屍者と、内側の棺の屍者同時に操るような描写があるけどおかしくない? 【糸操】の範囲ってそんなに広いの?
“彼女”は外の屍者しか操っていません。内側のを操り始めたのは、外門の上に乗った最後の部分で、糸が切れたように外の死者が倒れたちょうどその時です。それまでは別の人物が操っています。
4.その別の人物って、ズバリ、ミューンでしょ!
違います。彼は【糸操】を使えませんし、使えたとしても“彼女”ほど上手くは操れないでしょう。
5.偽物の屍従王はどうやって動かしてたの? 周りの兵とは【連動】してないじゃん。
偽物屍従王は【糸操】の対象外であり、腕以外をただ単に御輿の椅子に括り付けられていました。前話でガックンガックン揺れてたのもそのためです。
では、どうやって動いていたかというと、メガボンが後ろに隠れてこっそりと動かしています。ニ人羽織のような状態をイメージして貰えればいいかと(屍従王は外套を着てるので、その後ろで出入りすれば前からはわかりにくい)。
進軍のために指差しさせてゴライとメガボンが走り出した後は、死者たちに乗せられ、揺らされるままに前進しているだけです。ちなみに杖を振ったのは、揺られて鉄杖が重さで前に倒れたのをバックドロッパーがそう見間違えただけです。
以上、本来小説内で説明しなければならない点でした。ただひとえに筆者の力量不足です。なにとぞ、ご了承くださいませ。




